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決断
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「は、すみ……っ」
「千春、もう……」
「あんっ、うん……いいよ……きて」
互いの吐息が交わる。蓮見が、潤んだ瞳で私を見下ろした。少し汗ばんだ素肌が触れ合う感触が心地いい。繋がったところから、彼の熱を感じる。
嘘っぱちな行為だけれども、そこにはたしかに温もりがあった。
「ああっ……はすみ、はすみ、すき……」
私がそう言うと、蓮見のモノは私の中で一段と大きくなった。
何度目かの『好き』は、すでになんの抵抗もなくなっていた。『好き』と告げることで彼が幸せになってくれるなら、何度だって口にしてあげよう。そう思っていた。
「千春……愛してる」
蓮見は私の唇を塞ぐと、腰の速度を早めた。口内と膣内をめちゃくちゃにかき混ぜられ、頭がおかしくなりそうになる。
「私も……あっ、あん……あいしてる、あいしてる……」
ぼうっとした頭でうわ言のように繰り返すと、蓮見が小さく呻き、私をきつく抱きしめた。
行為の後、ベタついた体をシャワーで洗い流す。私たちは一緒にお風呂なんて甘いことは、しない。甘い言葉もセックスの間だけ
私も蓮見も、距離感をわかりかねているのだ。付き合っていた頃のあの感覚を取り戻せないでいる。
それほどまでに四年の歳月は、長い。『好き』とか『愛している』のセリフだけでは、埋まらない溝ができていた。
この溝を埋めるのは、同じく時間しかないのだと思う。時間をかけてゆっくりと、私たちは私たちのスピードで愛を深めていけばいい。
──そうだよね? 誰かそうだって言って。
鏡に映る自分の顔。目の下には薄ら隈ができている。肌のツヤもなくなった。一言で言うと、『疲れた顔』。なんだろう、なんでだろう、全然『綺麗』じゃない。
それがすごく悲しくて。もどかしくて。私が『幸せ』だと思い込もうとすればするほど、どんどん現実との間にギャップが生まれる。どんどん『嘘』が深くなる。その『嘘』に、足を掬われる。
暗闇の中、一筋の光を掴んだはずなのに、いつの間にかその光も闇に埋もれてしまった。もうどこを向いたらいいか、わからない。
鏡にシャワーをかけた。
浴室を出ると、蓮見がベッドで横になってテレビを見ていた。無駄にテンションの高い深夜番組。芸人の下品な笑い声が耳に障る。
「もう寝てるかと思った」
私が声をかけると、蓮見が意外そうに目を見開いた。
「起きてるよ。なんで?」
「……疲れてるかなと思って」
馬鹿だな、私ったら。夜すぐ眠くなるのはたろちゃんなのに。
蓮見はいつも私より先に寝ることなんてない。彼の無防備な姿を私は見たことがない。彼はいつだって完璧だ。完璧な彼氏だ。
たろちゃんみたいに勝手に着替えさせたりしないし。たろちゃんみたいに本のタイトルを馬鹿にしたりしないし。たろちゃんみたいに勝手にスマホを弄ってメールしないし。たろちゃんみたいにクローゼット漁ったりしないし。たろちゃんみたいに無闇に近づいてこないし。
たろちゃんみたいに……。
ポロリとこぼれ落ちる涙。慌てて手で拭う。蓮見は目線をテレビに向けていて、気づいていないはずだ。
馬鹿だ、本当に馬鹿。彼は『蓮見』。私は蓮見と付き合っているのに。完璧な、とっても素敵な彼氏じゃない。私の欲しがっていた『安定』が、彼にはあるじゃない。
なのになんで、私の中、これほどまでにたろちゃんでいっぱいなんだろう。
「それ、なんの番組?」
軽く息を吸って、蓮見の横に座る。
「いや……よく知らない。つけたらやってた」
「面白い?」
「んー……あんまり面白くはないね」
「ふふ、なにそれ。蓮見変なの……」
彼の肩にもたれながら、少し笑った。大丈夫、ちゃんと私は──
「──千春」
気づいたら、蓮見がテレビではなく私を見ていた。セックスをする前のような真剣な瞳。でもその奥に熱を感じないから、きっと今はその時じゃない。
「ど、うしたの?」
恐る恐る聞き返すと、蓮見が深くため息をついた。そして躊躇いがちに口を開く。
「千春は俺といて──……幸せ?」
「え……」
目の前の男が蓮見に見えなくて、目を擦った。だって蓮見はそんなこと聞くような男じゃない。
困ったように笑うも、彼は真剣な表情を崩さなかった。蓮見、本気だ。本気で聞いているんだ。
「え……そ、そんなの──」
その瞬間、鳴り響くメロディ。ハッとして後ろを振り返る。私のカバンの中のスマホが、私への着信を教えてくれていた。いつもはバイブになっているのに、タイミングが悪い。
「あ、ご、ごめん……」
「……出ていいよ」
そう呟くと、蓮見は再び視線をテレビに戻した。
いつかの私とたろちゃんみたいだ、と思った。映画を見た後、ご飯を食べている時だ。電話に出ていいよと言った時の気持ち、今でも覚えている。
そんなの、出るわけにはいかないじゃないか。
「えー……いいよいいよ、きっと大した用事じゃないだろうし。ほら、アレだ、きっと梨花だよ。無視無視!」
あははと大袈裟に笑うと、その間にメロディは鳴り止んだ。
「ほらー言ったでしょ?」
なるべく自然に、スムーズに、蓮見の肩にもたれた。蓮見は何も言わない。私たちは二人、妙な雰囲気の中テレビを見ていた。面白くもない番組を、芸人がゲラゲラと笑うだけの番組を、くすりともせずに見ていた。
私は頭の中で別のことを考える。
なんで、さっき即答できなかったんだろう。『幸せだよ』って、なんで答えられなかったんだろう。
言うべきだった。着信音なんかに気を取られることなく、真っ直ぐ彼の目を見て言うべきだった。それなのに──
「千春、もう……」
「あんっ、うん……いいよ……きて」
互いの吐息が交わる。蓮見が、潤んだ瞳で私を見下ろした。少し汗ばんだ素肌が触れ合う感触が心地いい。繋がったところから、彼の熱を感じる。
嘘っぱちな行為だけれども、そこにはたしかに温もりがあった。
「ああっ……はすみ、はすみ、すき……」
私がそう言うと、蓮見のモノは私の中で一段と大きくなった。
何度目かの『好き』は、すでになんの抵抗もなくなっていた。『好き』と告げることで彼が幸せになってくれるなら、何度だって口にしてあげよう。そう思っていた。
「千春……愛してる」
蓮見は私の唇を塞ぐと、腰の速度を早めた。口内と膣内をめちゃくちゃにかき混ぜられ、頭がおかしくなりそうになる。
「私も……あっ、あん……あいしてる、あいしてる……」
ぼうっとした頭でうわ言のように繰り返すと、蓮見が小さく呻き、私をきつく抱きしめた。
行為の後、ベタついた体をシャワーで洗い流す。私たちは一緒にお風呂なんて甘いことは、しない。甘い言葉もセックスの間だけ
私も蓮見も、距離感をわかりかねているのだ。付き合っていた頃のあの感覚を取り戻せないでいる。
それほどまでに四年の歳月は、長い。『好き』とか『愛している』のセリフだけでは、埋まらない溝ができていた。
この溝を埋めるのは、同じく時間しかないのだと思う。時間をかけてゆっくりと、私たちは私たちのスピードで愛を深めていけばいい。
──そうだよね? 誰かそうだって言って。
鏡に映る自分の顔。目の下には薄ら隈ができている。肌のツヤもなくなった。一言で言うと、『疲れた顔』。なんだろう、なんでだろう、全然『綺麗』じゃない。
それがすごく悲しくて。もどかしくて。私が『幸せ』だと思い込もうとすればするほど、どんどん現実との間にギャップが生まれる。どんどん『嘘』が深くなる。その『嘘』に、足を掬われる。
暗闇の中、一筋の光を掴んだはずなのに、いつの間にかその光も闇に埋もれてしまった。もうどこを向いたらいいか、わからない。
鏡にシャワーをかけた。
浴室を出ると、蓮見がベッドで横になってテレビを見ていた。無駄にテンションの高い深夜番組。芸人の下品な笑い声が耳に障る。
「もう寝てるかと思った」
私が声をかけると、蓮見が意外そうに目を見開いた。
「起きてるよ。なんで?」
「……疲れてるかなと思って」
馬鹿だな、私ったら。夜すぐ眠くなるのはたろちゃんなのに。
蓮見はいつも私より先に寝ることなんてない。彼の無防備な姿を私は見たことがない。彼はいつだって完璧だ。完璧な彼氏だ。
たろちゃんみたいに勝手に着替えさせたりしないし。たろちゃんみたいに本のタイトルを馬鹿にしたりしないし。たろちゃんみたいに勝手にスマホを弄ってメールしないし。たろちゃんみたいにクローゼット漁ったりしないし。たろちゃんみたいに無闇に近づいてこないし。
たろちゃんみたいに……。
ポロリとこぼれ落ちる涙。慌てて手で拭う。蓮見は目線をテレビに向けていて、気づいていないはずだ。
馬鹿だ、本当に馬鹿。彼は『蓮見』。私は蓮見と付き合っているのに。完璧な、とっても素敵な彼氏じゃない。私の欲しがっていた『安定』が、彼にはあるじゃない。
なのになんで、私の中、これほどまでにたろちゃんでいっぱいなんだろう。
「それ、なんの番組?」
軽く息を吸って、蓮見の横に座る。
「いや……よく知らない。つけたらやってた」
「面白い?」
「んー……あんまり面白くはないね」
「ふふ、なにそれ。蓮見変なの……」
彼の肩にもたれながら、少し笑った。大丈夫、ちゃんと私は──
「──千春」
気づいたら、蓮見がテレビではなく私を見ていた。セックスをする前のような真剣な瞳。でもその奥に熱を感じないから、きっと今はその時じゃない。
「ど、うしたの?」
恐る恐る聞き返すと、蓮見が深くため息をついた。そして躊躇いがちに口を開く。
「千春は俺といて──……幸せ?」
「え……」
目の前の男が蓮見に見えなくて、目を擦った。だって蓮見はそんなこと聞くような男じゃない。
困ったように笑うも、彼は真剣な表情を崩さなかった。蓮見、本気だ。本気で聞いているんだ。
「え……そ、そんなの──」
その瞬間、鳴り響くメロディ。ハッとして後ろを振り返る。私のカバンの中のスマホが、私への着信を教えてくれていた。いつもはバイブになっているのに、タイミングが悪い。
「あ、ご、ごめん……」
「……出ていいよ」
そう呟くと、蓮見は再び視線をテレビに戻した。
いつかの私とたろちゃんみたいだ、と思った。映画を見た後、ご飯を食べている時だ。電話に出ていいよと言った時の気持ち、今でも覚えている。
そんなの、出るわけにはいかないじゃないか。
「えー……いいよいいよ、きっと大した用事じゃないだろうし。ほら、アレだ、きっと梨花だよ。無視無視!」
あははと大袈裟に笑うと、その間にメロディは鳴り止んだ。
「ほらー言ったでしょ?」
なるべく自然に、スムーズに、蓮見の肩にもたれた。蓮見は何も言わない。私たちは二人、妙な雰囲気の中テレビを見ていた。面白くもない番組を、芸人がゲラゲラと笑うだけの番組を、くすりともせずに見ていた。
私は頭の中で別のことを考える。
なんで、さっき即答できなかったんだろう。『幸せだよ』って、なんで答えられなかったんだろう。
言うべきだった。着信音なんかに気を取られることなく、真っ直ぐ彼の目を見て言うべきだった。それなのに──
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