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決断
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頭蓋骨内で反響する、蝉の声。どうやら窓のすぐ近くの電柱に一匹とまっているらしい。うるさくて、集中できなくて、イライラする。
まだまだやらなければならないことは多いのに。思わずため息がもれる。
私は本をしまう手をとめると、窓辺に足を運んだ。ガラッと勢いよく窓を開けると、驚いた蝉がジジ、と音を立てながら逃げていった。
蝉の背景には、ソフトクリームのような入道雲が広がっていた。
窓を開けたことにより、むわっとした熱気が部屋の中に入ってくる。それと同時に、近所の子供たちの元気な声が聞こえてきた。
季節は夏になっていた。
二ヶ月、というタイムリミットまで、残り一週間を切っていた。別に何日に家を出ていくとか、詳しいことが決まっているわけではないけれど、それでもたろちゃんが最初に口にした二ヶ月という期限が、頭の中にこびりついていた。
きっとたろちゃんは、あの言葉通り、あと一週間でここを出ていく。そんな予感がするのだ。
だから私も荷造りをする。ダンボールに本をしまっていく。
たろちゃんが出ていった後、なるべくすぐにこの部屋を出たかった。彼の余韻を感じながら過ごすなんて、ごめんだった。私はそんなに強くない。
ダンボール箱を二つ作ったところ部屋を見渡す。まだまだ荷物はたくさんある。大きい家電などは蓮見と一緒に処分するとして、細々としたものだけでも結構な数あるものだ。シンプルに暮らしてきたつもりでも、物は増えていたようだ。
「こんなの、あと一週間で片付くかなー……」
手元のお皿を見て、呟く。それを新聞紙で雑に包むと、新しいダンボール箱に入れた。もう食器類はほとんどしまってしまった。棚に残るのは、普段使っているお皿とお椀、たろちゃん用のマグカップだけだった。
──あのマグカップ、どうしよう……
棚の一番目立つところに置いてある、たろちゃんのマグカップ。たろちゃんがここに来るまでは、単なる『お客さん用マグカップ』だった。けれども今は、『たろちゃん用マグカップ』になってしまっている。それを使い続けるなんて、できるはずがない。ましてや、蓮見に使わせるなんてもってのほかだ。
とすると、捨ててしまうしか道はない。いや、いっその事割ってしまおうか。たろちゃんが出ていく日に割るんだ。この部屋で過ごした思い出も、マグカップと一緒に粉々になってくれる気がした。
全てを粉々にして、ゼロからスタートするんだ。
新しい新居で新しい生活。この部屋で見た数ヶ月の夢は、蜃気楼のように消えていくだろう。
ふと時計を見ると、もう約束の時間が迫っていた。今日は土曜日。いつもの日だ。
立ち上がり、鏡をチェックすると、そのまま部屋を後にした。
まだまだやらなければならないことは多いのに。思わずため息がもれる。
私は本をしまう手をとめると、窓辺に足を運んだ。ガラッと勢いよく窓を開けると、驚いた蝉がジジ、と音を立てながら逃げていった。
蝉の背景には、ソフトクリームのような入道雲が広がっていた。
窓を開けたことにより、むわっとした熱気が部屋の中に入ってくる。それと同時に、近所の子供たちの元気な声が聞こえてきた。
季節は夏になっていた。
二ヶ月、というタイムリミットまで、残り一週間を切っていた。別に何日に家を出ていくとか、詳しいことが決まっているわけではないけれど、それでもたろちゃんが最初に口にした二ヶ月という期限が、頭の中にこびりついていた。
きっとたろちゃんは、あの言葉通り、あと一週間でここを出ていく。そんな予感がするのだ。
だから私も荷造りをする。ダンボールに本をしまっていく。
たろちゃんが出ていった後、なるべくすぐにこの部屋を出たかった。彼の余韻を感じながら過ごすなんて、ごめんだった。私はそんなに強くない。
ダンボール箱を二つ作ったところ部屋を見渡す。まだまだ荷物はたくさんある。大きい家電などは蓮見と一緒に処分するとして、細々としたものだけでも結構な数あるものだ。シンプルに暮らしてきたつもりでも、物は増えていたようだ。
「こんなの、あと一週間で片付くかなー……」
手元のお皿を見て、呟く。それを新聞紙で雑に包むと、新しいダンボール箱に入れた。もう食器類はほとんどしまってしまった。棚に残るのは、普段使っているお皿とお椀、たろちゃん用のマグカップだけだった。
──あのマグカップ、どうしよう……
棚の一番目立つところに置いてある、たろちゃんのマグカップ。たろちゃんがここに来るまでは、単なる『お客さん用マグカップ』だった。けれども今は、『たろちゃん用マグカップ』になってしまっている。それを使い続けるなんて、できるはずがない。ましてや、蓮見に使わせるなんてもってのほかだ。
とすると、捨ててしまうしか道はない。いや、いっその事割ってしまおうか。たろちゃんが出ていく日に割るんだ。この部屋で過ごした思い出も、マグカップと一緒に粉々になってくれる気がした。
全てを粉々にして、ゼロからスタートするんだ。
新しい新居で新しい生活。この部屋で見た数ヶ月の夢は、蜃気楼のように消えていくだろう。
ふと時計を見ると、もう約束の時間が迫っていた。今日は土曜日。いつもの日だ。
立ち上がり、鏡をチェックすると、そのまま部屋を後にした。
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