悪魔は天使の面して嗤う

汐月 詩

文字の大きさ
上 下
42 / 91
決断

1

しおりを挟む
 頭蓋骨内で反響する、蝉の声。どうやら窓のすぐ近くの電柱に一匹とまっているらしい。うるさくて、集中できなくて、イライラする。
 まだまだやらなければならないことは多いのに。思わずため息がもれる。
 私は本をしまう手をとめると、窓辺に足を運んだ。ガラッと勢いよく窓を開けると、驚いた蝉がジジ、と音を立てながら逃げていった。
 蝉の背景には、ソフトクリームのような入道雲が広がっていた。
 窓を開けたことにより、むわっとした熱気が部屋の中に入ってくる。それと同時に、近所の子供たちの元気な声が聞こえてきた。

 季節は夏になっていた。

 二ヶ月、というタイムリミットまで、残り一週間を切っていた。別に何日に家を出ていくとか、詳しいことが決まっているわけではないけれど、それでもたろちゃんが最初に口にした二ヶ月という期限が、頭の中にこびりついていた。
 きっとたろちゃんは、あの言葉通り、あと一週間でここを出ていく。そんな予感がするのだ。
 だから私も荷造りをする。ダンボールに本をしまっていく。
 たろちゃんが出ていった後、なるべくすぐにこの部屋を出たかった。彼の余韻を感じながら過ごすなんて、ごめんだった。私はそんなに強くない。
 ダンボール箱を二つ作ったところ部屋を見渡す。まだまだ荷物はたくさんある。大きい家電などは蓮見と一緒に処分するとして、細々としたものだけでも結構な数あるものだ。シンプルに暮らしてきたつもりでも、物は増えていたようだ。

「こんなの、あと一週間で片付くかなー……」

 手元のお皿を見て、呟く。それを新聞紙で雑に包むと、新しいダンボール箱に入れた。もう食器類はほとんどしまってしまった。棚に残るのは、普段使っているお皿とお椀、たろちゃん用のマグカップだけだった。

 ──あのマグカップ、どうしよう……

 棚の一番目立つところに置いてある、たろちゃんのマグカップ。たろちゃんがここに来るまでは、単なる『お客さん用マグカップ』だった。けれども今は、『たろちゃん用マグカップ』になってしまっている。それを使い続けるなんて、できるはずがない。ましてや、蓮見に使わせるなんてもってのほかだ。
 とすると、捨ててしまうしか道はない。いや、いっその事割ってしまおうか。たろちゃんが出ていく日に割るんだ。この部屋で過ごした思い出も、マグカップと一緒に粉々になってくれる気がした。
 全てを粉々にして、ゼロからスタートするんだ。
 新しい新居で新しい生活。この部屋で見た数ヶ月の夢は、蜃気楼のように消えていくだろう。
 ふと時計を見ると、もう約束の時間が迫っていた。今日は土曜日。いつもの日・・・・・だ。
 立ち上がり、鏡をチェックすると、そのまま部屋を後にした。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

土曜の夜に、また来ます。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:274

男装魔法使い、女性恐怖症の公爵令息様の治療係に任命される

恋愛 / 完結 24h.ポイント:497pt お気に入り:908

花と悪魔~いったいどこまでが媚薬のせい?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:3,026

麗しの騎士様の好きな人

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:113pt お気に入り:985

MAN OF THE FULL BLOOM

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:12

処理中です...