悪魔は天使の面して嗤う

汐月 詩

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メグルちゃん

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「何考えてるの?」

 私は蓮見の腕の中で、天井を見つめる彼の横顔に問いかけた。今日は土曜日。私たちは、四年前と同じく、毎週土曜の夜をホテルで過ごしていた。誰が言い出したというわけではない。強いて言うなら、私がそうなるように仕向けた。
 四年前と同じことをしたら、脳が錯覚してくれると思ったからだ。今は四年前で、私は蓮見と結婚したいくらい彼のことが好きだと、脳に思い込ませたかった。

「いや……」

 歯切れの悪い返事。こんな時の蓮見は、大概何かを腹に抱えている。でも聞いたところで教えてはくれない。だから私もそれ以上は聞かない。長い付き合いだと、相手のことがよくわかるから、楽ではある。
 私は「ふぅん」と呟くと、おもむろにシーツの中に手を潜り込ませた。もう既に一度放出している蓮見のモノは、しょんぼりと小さくなっていたが、悪戯に触っているうちにゆっくり首をもたげてきた。

「千春……」

 咎めるような蓮見の視線。でも気にせずに扱き始めた。

「千春、待って。話がある」

 焦った蓮見の声が、私の手を止めた。

「……なに、話って」

 仕方なしに、手を引っ込める。行き場をなくした手は、しばらく宙をさまよった。
 蓮見の『話』……なんだか嫌な予感がする。私の態度がおかしいと蓮見が気づいているのはわかっているし、でも、だとしてもそれは言わないでほしかった。
 心臓の音が早くなる。蓮見が躊躇いがちに口を開いた。

「ずっと言おうと思ってたんだけど……その……なんでホテルなんだ?」

「え?」

「ホテルが嫌、というわけではないけど、あの時と違ってお互い一人暮らしなんだ。家じゃダメなのか?」

「話って、それ?」

「そうだけど……」

 なあんだ、と言ってしまいそうになり、慌てて口元を押さえる。てっきり、私の心の中を暴かれると思ったからだ。蓮見には言えない、たろちゃんのこと……。

「別に、理由はないけど……」

「なら──」

「でもさ、一緒に住んだらもうこういう場所に来ることもなくなっちゃうし、今のうちかなーって」

 私が笑顔でそう言うと、蓮見は間を開けて「まぁ、そうか」とだけ答えた。多分、納得はいっていない。
 たろちゃんがいるから、うちには来て欲しくない。彼をそんな理由でうちから追い出したくはない。それに、私は蓮見の家にも行きたくはなかった。
 だって、蓮見の家に行ってしまったら、そのままなし崩し的に同棲生活が始まってしまいそうだからだ。
 それはまだ避けたい。なんて、ズルいかな、私──
 胸の痛みに気づかないフリをして、私は蓮見に覆いかぶさった。

「ね、話はもういいでしょ? ……しよ?」

 蓮見の頬にキスを落とす。もっともっともっと、私を満たして。

「千春……」

「好きだよ、蓮見……」

 私は囁く。嘘の愛の言葉を。
 たろちゃんに初めて会った時、彼を『悪魔』みたいだと思ったけれど、『悪魔』は私の方だったのかもしれない。
 幸せそうに微笑む蓮見を前に、そう思った。
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