悪魔は天使の面して嗤う

汐月 詩

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夜に堕ちる

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 ド派手な外観、無駄にきらびやかな内装。アメニティと簡単なスイーツが並ぶ中を、慣れた足取りで通り過ぎる。掃除の行き届いた床は、不自然なほどテカテカして滑りそうだった。
 四年前と同じく、部屋番号を選ぶ蓮見の後ろ姿を黙って見つめていた。
 平日だというのにほぼ満室で、本当に日本人男性は草食になったのかと疑問を抱く。これなら少子化に歯止めが利くかもと思ったが、結婚後の子作りと交際中の性行為ではワケが違うと、思い直した。
 蓮見が振り返る。どうやら『さんまるきゅー』のボタンを押したようだ。高くもなく安くもなく、シンプルなスタンダードな部屋だ。
 いつも一番高い部屋は使用中だ。広くて、天井が鏡になっていて、部屋の真ん中にジャグジーがある部屋。一回見てみたいなと呟いた時の蓮見のなんとも言えない顔を、今このタイミングで思い出した。
 私たちは迷いなくエレベーターに向かう。途中、一組のカップルとすれ違った。禿げ上がったおじさんと、ミニスカートの若い女の子のカップルだった。見てはいけないものを見た気がして、エレベーターの中で蓮見と顔を合わせる。
 部屋に入るまでの気まずさったら。ムードもへったくれもありゃしない。
 それでもいい。それでも私は、今、蓮見に抱かれたい。蓮見以外の人のことを考えられなくなるくらい、ぐちゃぐちゃに愛して欲しい。
 エレベーターを降りると、遠慮気味に、ドアの上に付いたランプが点灯しているのが見えた。『あなたの天国はここですよ』と。導かれるようにその前まで歩いたところで、蓮見が急に固まった。

「……やっぱり……やめないか? さっきも体調が良くないようだったし」

 今更? と目線で合図する。

「俺は千春を大事にしたいんだよ」

 蓮見は困惑気味に眉根を寄せた。
 なんて、愚かなんだろう。私は蓮見を利用するというのに、彼は一ミリも疑うことなく私を愛してくれている。罪悪感に、このまま蓮見にすがって『ごめん、やっぱりやめよう』と言い出したくなる。けれども、もう遅い。あの細い糸を掴んだ瞬間から、もう後戻りはできないのだ。
 決めたんだ。私は、私の幸せのために、蓮見を利用する。今は蓮見のことを『一番好き』とは言えないけれど、きっとこのまま愛され続ければ彼が『一番』になる。いや、順番なんてなくなって、『蓮見だけ』になる。
 私はゆらゆらと頭を振ると、蓮見の手を引いて、強引に部屋の中へと入っていった。

「千春──っっ」

 まだ何か言いたげな蓮見の口を、唇で塞ぐ。彼の固まったまま動かない舌に、ねっとりと舌を絡ませると、蓮見の肩がぴくんと動いた。
 後ろでドアがバタンと閉まる。その音を聞きながら、立ったままキスを繰り返した。彼の首に手を回し、口内の奥深くまで舌を侵入させる。互いの唾液を交換しているうちに、彼もその気になったのか、私の腰に手を回してきた。息をするのも忘れるくらい、唇を貪り合う。
 唇を離し、息が上がった蓮見が「知らないからな」と呟いた。その言葉にゆっくり微笑むと、再び彼に深く口付けた。
 四年分だ。四年を埋めるくらい、キスして欲しい。ずっと蓮見と付き合い続けていたと錯覚するくらい。四年間の虚しさとか寂しさとか、そのせいで芽生えてしまったあの人への恋心とか、そういうものが全て消し飛ぶくらい、激しくキスして欲しい。
 そのままもつれ合うようにしてベッドに入った。シャワーなんか、この際どうでもいい。むしろしない方がいい。蓮見の全てを感じたい。彼の生きているままの全てを。

「んっ……」

 蓮見の唇が首筋に移る。チュッチュと音を立てて小さくキスを落としながら、私をベッドにそっと寝かせた。優しい愛撫。でもだめだ、もっと激しくして欲しい。

「はすみ……っ」

 吐息混じりに名前を呼ぶと、両手で彼の顔を引き寄せた。そのまま彼の首筋に噛み付くようにキスをする。
 顔を離すと蓮見が目を丸くしていた。そりゃそうだ。付き合っていた頃は受け身で、自分から動くことなんてなかった。
 彼のきょとんとした顔が可笑しくて、笑いながら今度は彼のシャツのボタンに手をかけた。二つ外したところで、焦れったくなって、開いたところから素肌に手を滑り込ませた。

「ちょ、ちょっと」

 蓮見の焦った声に構わず、彼の胸の突起をピンと弾く。その瞬間、蓮見がくぐもった声をあげた。
 可愛い。純粋に、そう思う。
 まるで私だけ歳をとったみたいに、二十五の青年に性の手解きをする、そんな感覚だった。

「千春っ……どうした? なんか変だ」

 素肌をまさぐる私の手を制止し、蓮見が訴えかけた。

「変? 変じゃないよ。私だってもう二十九だよ? こんなのは嫌?」

「嫌、じゃ、ないけど……」

「そうだよね。だって蓮見の・・・、すごく大きくなってる」

 私は手を移動させ、蓮見の大きくなったそれを撫でた。ジーンズの上からでもわかる膨らみ。表面上は戸惑ってみせるけど、もう蓮見のここは私に入りたくって仕方ないみたいだ。

「千春っ──」

 またもや蓮見によって制止される手。行き場を失った手は、彼によってキツく握られた。

「らしくない。なんだかヤケクソみたいだ」

 ──ヤケクソ
 そんなことない。ヤケクソなんかじゃない。私は蓮見に抱かれたくって、ただ強く愛されたくってこうしているだけだ。

「……そんなんじゃないよ」

 変なことを言わないで欲しい。そんな不安気な目で見つめないで欲しい。『不安』が私に伝染する。これがマヤカシの行為だって、私たちの関係がマヤカシだって、私に思わせないで欲しい。
 これは『ホンモノ』なんだって、蓮見の身体を使って証明して──
 気づいたら、生暖かいものが頬を伝っていた。
 さっき見た、たろちゃんと女の人のシルエットがフラッシュバックする。嫌だ、嫌だよ。全部、全部、全部、消して。

「ち、はる……?」

「優しいのは嫌……激しくして。壊れてしまうほど激しくしてよ……。四年分、私を愛して……」

 涙を手で乱暴に拭いとると、挑むような目付きで蓮見を睨んだ。

「……わかった」

 蓮見は諦めたように呟き、眼鏡を外した。久しぶりに彼の素顔を見た。優しい瞳。でも今は、悲しげに僅かに揺れる。わかってる。本当は優しく抱きたいんだってこと。わかってるけど……ごめんね。
 蓮見は私の髪をそっと撫でると、「優しくなんかしてやらないからな」と言い残し、私のブラウスを剥ぎ取った。
 そのままブラジャーをずらされ、胸に顔を埋めた。

「あっ……」

 ベッドの中で体が跳ねる。乳首が弱いことを覚えていたのか、彼は執拗にそこを舐めまわした。チロチロと舌先で優しく、かと思えば急に吸い付いてくる。

「ん……はすみぃ……」

 名前を呼ぶ。何度も、何度も。今、私を愛するこの男を、しっかり焼き付けるために。

「はすみっ……はすみ、ぃ」

 甘えるように名前を呼ぶと、蓮見は熱っぽく私を見て「愛してる」と囁いた。

「私も──」

 ほんの少しの罪悪感を抱えながら、私は彼のジーンズのジッパーを下ろす。はち切れそうに主張するそれを、パンツ越しに扱いた。
 息を荒らげた蓮見が、私のスカートを脱がし、下着に手をかける。なすがままに露わになった私の秘部を、もしかしたら蓮見は、ちゃんと見るのは初めてかもしれない。四年前、ウブな私は絶対に明るいところでセックスしなかったからだ。
 蓮見の指が足の間を割って進んでいく。クリトリスを撫でられると、鋭い快感が全身を駆けていった。

「ああっ」

 一際高い声をあげると、蓮見はそれを合図に私の中へ指を入れていく。ゆっくりと時に激しく、緩急をつけて出し入れを繰り返す蓮見の指に堪らなくなり、思わず彼のパンツの隙間に手を入れた。
 熱くなった蓮見のモノを根元から上るように触ると、最後にぬるりと先走りの体液の感触があった。蓮見が興奮している。いつも平静なこの男が。そう思うと、ゾクリとした。

 「ね、舐めたい。いい?」

 返事を聞く前に素早く起き上がり、今度は蓮見の上に跨った。丁寧にジーンズとパンツを脱がし、そそり立ったそれに息をふきかける。
 付き合っていた頃は、フェラもまともに出来なかった。蓮見がそんなことしなくていいと言ってくれていたからだ。でももう、そんな綺麗事だらけの恋愛はやめる。

「はっ……。千春、いいって、そんな……うっ」

 蓮見の言葉を聞かずに、彼の双方の玉を丁寧に口に含んだ。そのまま裏筋からゆっくりと舐め上げていく。彼のモノがぴくりぴくりと動いているのを見るのが嬉しかった。
 大丈夫、私は蓮見を愛している。どんなことだって、できる。
 頂上・・までたどり着くと、一気に根元まで口に含んだ。垂れる横髪を気にしながら激しく上下させる。
 ジュポッジュポッという音が室内に響いた。

「ち、はる……もうダメだって……」

 余裕のない声。もしかしたら限界が近いのかもしれない。
 私は根元を手で扱きながら、亀頭部分を優しく吸った。

「はっ……千春っ……それ以上は……」

 蓮見の手が私の頭をまさぐる。私は名残惜しそうに口を離すと、蓮見が勢いよく私に覆いかぶさってきた。

「いいんだな? 本当に」

 蓮見が息を整えながら聞いてきた。四年前のセックスなら、たっぷり前戯をして十分に濡らしてから入れてくる。

「いいも何も、もう限界でしょ?」

 そっと囁くと、蓮見が一瞬怒ったような顔をした。ごめんね。だけど、もっともっと怒ればいい。怒りの衝動で、私をめちゃめちゃにして。
 蓮見は無言で、ゆっくり腰を埋めてきた。だけどなかなか入らない。理由は明白だった。──濡れてないんだ。
 ──なんで?
 蓮見の愛撫はちゃんと気持ちよかった。興奮だってした。なのになんで、体は反応してくれないんだろう。私の体、どこかおかしくなっちゃったんだろうか。
 なかなか入らないもどかしさに、腰をゆらゆらと動かした。その様子を、蓮見が憐れむような目で見ていた。それはまるで、『もうそんなことしなくていい。ちゃんと優しく抱いてやる』とでも言いたげな瞳だった。
 この人は、もしかしたら何か勘づいているのかもしれない。だけどお願い、言葉にしないで。
 私は微かに頭を振った。彼が言葉を発する前に口を開く。

「そのまま、無理矢理でもいいから、入れてよ」

「な、に、言ってるんだ。そんなの──」

「いいから! ……いいから、早く……早く欲しい……」

 早く私の中を蓮見で満たさなきゃ。ねぇ、蓮見、私たちちゃんと『恋人同士』だよね?
 彼は悔しそうに目を瞑ると、一気に腰を押しつけた。十分に濡れていない秘部は無理矢理押し広げられ、裂けるようなピリリとした痛みを伴った。
 だけど大丈夫。きっとすぐに痛みは快楽に変わる。私たちは『ホンモノ』になれる。
 彼のモノで満たされていくのを感じながら、私はそっと目を閉じた。









 



 
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