悪魔は天使の面して嗤う

汐月 詩

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蓋をして

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 たろちゃんについて知っていること。
 その一、猫が好き。





「ねー、千春さんは動物飼わないの?」

「へ? 動物?」

「そう、動物。ほら、可愛くない?」

 そう言って指さす先にはテレビが。画面の中では仔猫がおもちゃと格闘していた。

「うーん、可愛いけどさぁ……」

「俺、ロシアンブルーがいいな」

「いや、飼わないよ? 私、飼育できる気がしないもん」

「だよね」

 小馬鹿にされるのは、日常茶飯事だ。

「………………私はマンチカンがいい」

 ぼそりと言った言葉に、振り返ったたろちゃんは笑顔だった。



 その二、夜は意外と弱い。





「ねー千春さん、眠くない?」

「いや、まだ十時前だよ? 今から昨日録画しておいた映画見なきゃ」

「へー……」

「………………」

「………………」

 そのままベッドに座りながら映画を見始める。いつも煩いくらい茶々を入れるたろちゃんが、妙に静かだ。この場合、真剣に見入っているか、あるいは……。

「──って寝てるし!」

 たろちゃんはいつの間にかソファに座ったまま寝息をたてていた。
 明るくても、煩くても、どんな場所でも寝れる男だ。


 その三、甘いものが好き。





「え! なにそれ、俺知らない!」

「え、これ?」

 たろちゃんがテーブルの上に置いたデザートを見て目を丸くした。それは、コンビニのスイーツだった。

「なんか新商品らしいよ? たまたま見つけて買ってきたんだよね」

「俺の分は?」

「え」

「俺の分は?」

「…………ごめん、ない」

 その瞬間、目に見て分かるように落ち込むたろちゃん。

「千春さん……覚えといて……俺、甘いもの好きだから……」

 幽霊みたいにフラフラと、どこかへ去っていった。



 私が知っているのは、それだけ。
 名前も、生い立ちも、家族構成も、友人関係も、誕生日も、血液型も、普段何をしているのかも、何もかも知らない。
 知らないんだ、私、たろちゃんのこと。
 窓の外の月が、雲に隠れて霞んで見える。朧月夜。たろちゃんはこの月みたいだ。いつもうっすらと見えないベールに包まれていて、私にその全容を見せてはくれないのだ。
 何にも知らない。
 それなのに、いつからだろう、たろちゃんのことを『好きだ』と思ったのは──
 たろちゃんと映画を観て楽しかったから? ううん、違う。
 たろちゃんがかっこいいから? ううん、違う。
 いつからかなんてわからないけれど、いつの間にか心の真ん中にいた。揺るぎない存在として、私の心の大部分を占領していたんだ。
 優しくて、甘くて……だけど本音でぶつかってくる。厳しいことも言われた。今まで『こうだ』と思っていたことが根底から覆されて、悔しくもあった。腹も立った。
 だけど一番にあるのは、『嬉しい』という気持ち。嬉しかったんだ、私の為を思って言ってくれた言葉が、嬉しかったんだ……私。
 だけど──
 日付が変わったというのに、たろちゃんが帰ってくる気配はない。あの後、たろちゃんは『マリコさん』に会いに行ったんだ。あんなに青ざめて、『マリコさん』の元へ飛んで行った。
 今も傍にいるんだろうか。

『俺のこと、好きにならないでね』

 それは、彼に初めて会った日に言われた言葉。好きになんて、なる筈ないと思っていたのに。
 月が雲の隙間から覗く。よくやく見えると思ったのに、それはどろりと溶けてもはや月かどうかもわからなかった。いけない、と目元を拭う。
 泣くな、私。しっかりしろ。
 私はこの気持ちに蓋をする。二度と表に出ないように、きつく。
 彼は御伽噺の王子様。私は現実世界で生きていて、お姫様にはなれない。




 










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