悪魔は天使の面して嗤う

汐月 詩

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本命

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「え? そこ? え、もしかして、それ聞くために今日呼び出したの?」

 蓮見はいささか不本意な顔で目を伏せる。

「……悪いか」

「いやいやいや! 悪いか、じゃなくて。だって私言ったよね? あの時メッセージでちゃんと!」

「親戚にあんな目立つタイプの男がいたなんて話、聞いたことなかったし……」

 首の後ろを抑える蓮見の仕草に、この言動が本気だということが伺える。
 なんだこれ。信じられない。あの蓮見が、そんなことを聞くために今日誘っただなんて。

「えーと……」

 どうしたらいいんだろう。いっその事本当のことを言ってしまおうか。でもそうしたらきっと、蓮見のことだから「そんな奴追い出せ」って言うに決まってる。
 追い出したらたろちゃんはどうなるんだろう。帰る家がないって言っていた。だとしたら、私以外の誰かをターゲットにして、また家探しをするんだろうか。
 ──なんか、嫌だな。
 驚くほど身勝手な思いが、私の心の中に芽生えた。

「──本当だよ。親戚の子。たまたまあの場所にいて、私の様子がおかしかったから連れ帰ってくれたの」

 嘘を、ついてしまった。

 そう思うと、罪悪感で胸がいっぱいになる。蓮見は相変わらずの無表情で、この嘘を信じたのか信じていないのか計り知れなかった。

「わかった。ならいいんだ」

 どうやら信じたらしい。ホッと胸をなで下ろすと、静かに笑う蓮見と目が合った。
 ドキン、と心臓が鳴る。
 そうだ。なんで蓮見が今の今までたろちゃんのことを気にしていたのか。わざわざ飲みに誘ってまで聞いてきたのか。そこが重要なんじゃないか?

「ねぇ……なんで……なんでそんなこと気にするの?」

 自然と口から出た言葉に、自分自身驚く。こんなこと聞いたら、もう元には戻れないのに……。

「それは──」

 蓮見が口を開いた、その時だ。

「すみません、蓮見様」

 目の前のカウンター越しに、奥さんが申し訳なさそうにこう言った。

「そろそろお時間となっております。すみませんが、本日は……」

「あ、こちらこそすみません」

 奥さんの言葉を遮るようにして蓮見がそう言うと、すぐさま会計が行われた。あまりにも慌ただしかったので、「私も出すよ」と言うタイミングを逃し、蓮見のスマートな動作をただ見ていることしかできなかった。

「ね、ねぇ、どういうこと? もしかしてここって時間決まってたの?」

 店を出てすぐ、何事も無かったかのように歩き出す蓮見に訊ねた。

「ああ……言わなかったっけ」

 ──言ってませんが。
 急激におそってくる、脱力感。そういえば、付き合ってた時もこういうことよくあったっけ。
 蓮見ってば肝心なことは何も言わないで、私が「なんで言ってくれなかったの」っていつも怒ってたんだ。それに対して「言わなかったっけ?」って、お決まりのセリフ。
 懐かしくて、無性に笑えてきた。

「……ふふっ……蓮見って変わらないね」

「うん、変わってない」

「あはっ……何それ、開き直り? ふふっ」

 こんなに可笑しいのはお酒のせいかもしれない。でも変だな、今日はそんなに飲んでないのに。
 ふわふわと気持ちが昂って、まるでそのまま幽体離脱でもしてしまいそうだ。身体と心のちぐはぐさが、今は心地いい。
 本格的に笑い出した私の腕を、蓮見がふいに掴んだ。

「ちょっと、大丈夫だよー、酔ってない酔ってない……ふふ」

 介抱してくれなくても大丈夫だよ。そのつもりで言ったのだが、蓮見は尚も手を離さない。

「そうじゃなくて」

 強い口調。掴まれた右腕がピリピリしている。
 「どうしたの、なんか変だよ」と、そう言えたらよかったのに、蓮見の真剣な眼差しがそれを口にするのを許さなかった。
 笑うことも忘れて、蓮見のメガネの奥を見る。

「俺、変わってないから。あの時からずっと……今でも、宮下さんのこと、好きだから」

「え──」

 ふわふわ、ふわり。
 幽体離脱した先は、まさかの四年前だったらしい。
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