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しおりを挟む冒険者組合での一件が起きてからは冒険者を雇わず、薬草の採取をしたり護衛に討伐させていたので、困りごとを除けば充実していた。
その困りごととは、護衛が優秀なために冒険者組合から送られてくる密偵を取り押さえ、学園長に引き渡しているが一向に減らない事だった。
また冒険者組合での一件で変わったことはベルトンだった。以前までのベルトンから嫌がらせ行為や尾行が少なくなり、大人しくなっていた。
が、その親であるチャール公爵から便宜が図られるようになり、セリアに向ける周囲の視線が異様に鋭くなった。原因としては組合での出来事だと推測できるが確証はないので、セリアはこれを保留とした。
そのチャール公爵から寮に向けて、屋敷への招待状がひっそりと来ていた。
「チャール公爵様。以前から言っていますが、こうも何度も招待されると私が困ります。」
「でもね。本当に依頼をしたいだけなんだよ?どうして断るのか知りたいのだが。」
「毎度同じことを言っていますが、その家庭教師?を受けるつもりも、予定も一切ありません。仮に受けたとしても、教材を渡して終わりにするつもりで考えています。」
公爵家の屋敷の中で、セリア付き護衛が1人控えていた。それに対して、部屋の中には帯剣した騎士や執事を含め、茶会という雰囲気でないにも関わらず、セリアは依頼を断っていく。
公爵がその気になれば、その場で物理的に命令を出せる、という形を取っていた。それでも護衛は何もせず、セリアの背後に控えている場面は公爵に焦りを与えていた。勿論、公爵が一令嬢に向けて物理的に動けば周囲からの反発や圧力がくる可能性がある。だがそれも、相手側にとっては巻き添えを食らう事に等しい。手を取り合えば何事もなかったように過ごせるが、取り合わなければ双方とも倒れるまで続くだろう。
しかし護衛から敵意も感じられず、目の前で優雅に茶菓子を食べている状態は異様に見える。貴族としての体面を口にしても関係無いの一点張りなため、周囲の騎士でさえ動揺し始めるほどだった。
「そのようなことを堂々と言える事には感心するが、貴族社会で高位貴族からの依頼を断るということは、社交界での立場が無くなるのだよ?それを分かって言っているなら、君の父君に私の名で依頼を出そう。」
「そうですか。まぁ好きに成されては如何ですか?こちらとしては関係のない事ですし」
「…っ!? それはどういう事かな?流石に言い過ぎではないか。生家を捨てるなど出来るはずもない。かと言って、打てる伝手も無いだろう?」
「? 何か勘違いをされているようですね。私は別に構わないのですよ、生家を捨てる事で助かるのであれば。こちらも時期が早まったと思うだけであります。」
「…それはどういう事だろうか?まさか家名を捨てる覚悟があると、いうのか」
「ええ。そのために学園で勉学に励んでいる次第であります。まぁ講師からは見捨てられているので、自力でやっていますが。」
「む。では教材だけでも作って貰えないだろうか?それさえあれば、きっと出来るはずだ。」
「良いでしょう。でも条件があります。」
「何かな? …公爵家でできないことは少ないはずだよ。流石に養子にするには時間が必要だが」
「そんなことはどうでも良いです、そんなもの要らないですし。私の出す条件は、これ以上の便宜は必要性がないので、私に関わらないでいただきたい。」
『………』
「それと最近出ている私に関する噂を抹消してもらいます。そもそもの原因は、そちらの暴走なのですから。…あまり噂が父の耳に入るようなことがあれば、婚姻を振りまくに違いありませんし。」
「ちょっと良いかな?」
「何か?まさか噂を抹消できないとは言いませんよね! そちらが勝手にやった事ですし、公爵という大きな盾があるのですから潰してもらいたいですわ。」
「噂は勿論、無くすことは元々やろうと思っていたので問題はない。しかし家名を捨てる覚悟には驚いたが、随分と欲が無いのだな?もっと大きい事を頼んでくるかと思っていたのにな。それに、だ。」
「? …それに、なんですか」
「それに、君にはベルトンを導いてほしいのだよ。嫡男とはいえ、これ以上は無視することが難しいのだ。だから、教材を使って少しでも良いから…力を貸してもらいたい!」
『当主様…!』
護衛騎士が見守るなか、会話中に公爵は姿勢を正す。訝しむセリアの前で、椅子から立ち上がると公爵はセリアへ頭を下げていた。護衛も執事も、目を見張り駆け寄ってくる。
その間も公爵は姿勢を変えないが、セリアは表情を変えずに席に座ったまま、静かに公爵を見据えていた。
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