13 / 27
第12話
しおりを挟む
作戦はとっても単純だ。
走っても間に合わない、カカシの体にこだわる必要もない。
それならいっそ、それらを手段から排除しちゃえばいい。
「作戦名は……名付けて『飛んでけ☆生首剛速球!』だよ、みずっち!」
あたしが自信満々に作戦名を伝えるも、ぜんぜんピンときていない様子のみずっち。
「えーっと、わかりやすくいうとね。あたしのことを思いっきり投げてほしいの」
「……え? で、できない、そんなこと……。友達の頭、投げるなんて」
みずっちは眉を寄せて首を振った。
いやいや、さっきはボールみたいに扱えてたじゃん!
けどまいったな。みずっちが投げてくれないとそもそも作戦が始められない。
魔法少女はコスチュームを展開している間、常人離れの身体能力を発揮する。その力を駆使してあたしを投げ飛ばせば、メジャーリーガーもビックリな剛速球を投げられるはず。
そして、それを後押しするのがあたしの魔法だ。
他の魔法少女と違って例外的に使える『魔法らしい魔法』を駆使し、剛速球をさらに加速させる!
……っていう作戦なんだけど、うーん。
友達の生首を投げるのは躊躇っちゃうのか……予想外の展開だ。
「でもね、みずっち。もう勝つにはその方法しかないんだよ。みんなのパンツを守るための、唯一の方法なの! お願い!」
懇願しても、みずっちはまだ躊躇っている様子だった。
でもあたしは、この作戦は成功するって確信している。
髪の毛の時もカカシの時もそうだったけど、あたしの魔法が発動するのは『こうしたい』って思いが強くなった時だ。
髪の毛を動かしたい! カカシを操りたい! そう強く思えば任意に魔法を使うことができる。それは今までの生活の中で実証済み。
だから今回も、どんな形で推力を得るかは想像しかしていないけど、魔法で実現できる範囲なら成功できるという確信を持っていた。
だってここエルドラは、夢の世界だよ? 魔法が実在する世界だよ?
不可能なはずがないよ!
そんな思いを込めて、あたしはみずっちを見つめた。
あたしの真剣な眼差しから、なにを言っても撤回しないモードに入っていることを悟ったみたいで、みずっちは立ち上がった。
「フラッグ目がけて、投げればいいんだね?」
「そう! 思いっきりやっちゃって!」
みずっちは頷いて答えると、あたしをドッジボールのように持って――
「ノゾミ……いくよっ!」
ぶうん! 魔法少女として強化された力で投げられたあたしは、剛速球となって砂の上を飛んだ!
びらびらと唇が震え、目が一気に乾燥してシパシパする。
でも予想通りに……いや、予想以上の速度で飛んでいるあたしは、あっさりとラミラミ先生を抜いた。
「な……なんというムチャクチャな手段をとるのですか、あなたは!」
ラミラミ先生が驚いたように声を上げる。
「ルール上は問題ないはずですぅぅぅぅ!」
言われたことをそっくりそのまま言い返してやったあたし。
とはいえ、まだ飛距離は足りていない。だいぶフラッグに近づいているかすみんを追い抜くには、もっとスピードがほしい。
あたしはなるべく明確なイメージを思い浮かべる。この状態から、あたしの飛ぶスピードが速くなるような……そんな現象や道具のイメージを、強く抱く!
やがてあたしは、発動のキーになるようにと叫んだ。
「アフターバーナー、点火あああああぁぁぁぁ!!」
ゴオウ! 魔法陣が展開し、突然あたしの後方へ向けて火柱が立った。
それはまさに、戦闘機とかが火を噴く姿にそっくりだ。
一気に加速したあたしは、砂浜すれすれをトップスピードで翔る。砂塵が巻き上がり、視野がぎゅーっと狭まる。
その真ん中に捉えたフラッグが、ぐんぐんと近づいてくる。
そして、前方を走っていたかすみんも!
「――え!?」
アフターバーナーの音に驚いて振り返ったらしいかすみんが、あたしを見て驚く。
いつの間にか背後に迫っていたことはもちろんだろうけど、火を噴いていることにもびっくりしたんだろう。
でも、その一瞬が仇となった!
「おっ先にぃぃぃぃぃ!」
あたしはとうとう、かすみんを抜いた。
そして見事――フラッグを口でキャッチした!
「勝者――ノゾミちゃんミズホちゃんチームぅ~!」
若葉ちゃんがチェッカーフラッグのようにハンマーを振るう。
同時に沸き起こった歓声が、あたし達の見事な逆転勝利を讃えてくれた。
…………でも。試合終了直後のこと。
「誰が一回勝負と言いましたか? ……ぜえ、ぜえ」
ラミラミ先生が息を切らして、泣きの再戦を申し込んできた。
「三回勝負です。あと二回勝てば私達の勝ち。諦めてはいけませんよ、カスミ君!」
ラミラミ先生は、かすみんの肩をポンと叩く。
奮い立たせようとしたんだろうけど、かすみんは、
「は、はい……ぜえ、ぜえ……先生……ふう、ふう」
「二人とも、いっぱいいっぱいじゃん!」
突っ込みつつ、あたしはしょうがないなぁと思いながら再戦を受け入れ、勝負し。
――そのすべてに見事勝利したのだった。
「つ、次は……別の、競技で……」
「往生際が悪すぎるよ! 帰れ!」
* * *
「くかー、すかー、すかーれっとよはんそーん」
そんな、いびきなのか寝言なのかわからない言葉を口にしながら、まん丸な物体が眠っている。
みずほはそのまん丸な望実を眺めながら、そっと息を吐いた。
望実は今、無数の管が伸びているソケットの中で眠っている。魔力を吸い取る装置の中に入る作業を、みずほが手伝ってあげていたのだ。
望実は一人でできると言い切るのだが、みずほは頑として譲らず、いつも手伝っていた。
――だって、やっとなんだもん。
ざわつく心の中で、独白のような声が広がる。
望実はいつもそうだった。理由もなく前向きで、能天気で。時に空気が読めないとさえ感じるぐらいに、この子は毎日自由に独りで生きていた。
自分の思ったこと、感じたことに対して、ひたすらにまっすぐだったのだ。
そして、それを咎める者だって誰もいなかった。
それは、周囲がほったらかしているわけでも、甘やかしているわけでもない。
望実は、それが許されるぐらいの環境と能力を、最初から持って生まれたのだ。
能天気に見えて賢く地頭がいいから、テストの成績もよかった。気づけば体を動かしているような活発な子だったから、運動だって学年随一だった。前向きな性格は多くの人から好かれていたから、なにかを発案すれば大勢がそれを支持して動いた。
望実は一人でなんでもできてしまう。一人でなにかをしようとすれば、すぐに周りがサポートしてくれる。そんな、恵まれた子だったのだ。
自分とはまるで正反対。環境を奪われ、努力して得た能力も無自覚な才能の暴力に打ちのめされてしまう……そんな凡人の自分とは、真逆の存在だった。
それが、柳瀬川望実という女の子だ。
だからこそみずほは、今の状況を喜んですらいた。
望実が生首となってエルドラにやって来た、この状況を。
――ようやく手に入れた、ノゾミがわたしを必要としてくれる状況なんだもん。
みずほ自身の声が、布に落ちた一滴の血のように広がる。
同時に望実は、自分のことを親友だと呼んでくれた。
助けるためにと、わざわざエルドラにまで来てくれた。
こんな、身動きもろくに取れない生首の状態になってまで、望実は自分のところへ来てくれた。
やっぱりわたしは望実に選ばれている。選んでくれていたんだ!
必要とされていることが、心の底から嬉しかった。
――ダカラ、ソノ席ハ、誰ニモ渡サナイヨ……。
「――っ!」
不気味な声に、みずほは驚いて萎縮した。
その声の主を、みずほは知っている。油断すると顔を出す『そいつ』のことを、みずほはずっと認識し、嫌悪していたから。
きつく口を結んで押さえ込む以外に、『そいつ』を否定する手段はない。
でも、それでいい。それがいい。
そうすれば明日にはまた、何食わぬいつも通りの自分で望実に会えるから。
「……おやすみ、望実」
一言、生首になっても生きている不思議な友達に告げて、みずほは校長室を後にする。
淡い月明かりが窓から差し込み、廊下の黒い背景は青白く塗られていた。誰もが寝静まった夜は、みずほの足音でさえけたたましい騒音のようだ。
そんな静かな夜の景色を眺めようと、ふと窓の外に目をやった時。
中庭にある生徒達が世話をしている畑で、なにかが動いたのを確かに見た。
(…………あれは? でも、なんで?)
その影には見覚えがあった。同時に疑問が脳裏に浮ぶ。
一瞬のためらいのあと、眠っている生徒を起こして騒ぎにするのも忍びないからと、みずほは独り魔導器を構えて畑へ向かった。
畑に到着し、警戒しながら影に近づく。ジッとしたまま動かないそれは、みずほに気づいていなくて動かないのか、気づいててあえてそうしているのか。
「こんな夜半に女の子が出歩くのは感心しませんね。生活指導対象ですよ?」
答えは後者。翼を生やした鎧甲冑の影――ラミエルは、怖いほど穏やかな声で言った。
「そういうあんたは、畑荒らし? そっちの方が看過できないけど」
みずほが答えると、ラミエルはフフッと笑った。
「あいにくと、そのような趣味は持ち合わせておりません。そこまで私は、欲深くはありませんから…………あなたと違って」
瞬間、みずほは薙刀の切っ先をラミエルへ突きつけた。
そして、直後に後悔した。
「思った通りです。あなたは人一倍、夢を願う力が強いようですね。ちゃんと自覚すら持っている。見込んだとおりのすばらしい逸材です」
自分はラミエルに踊らされた。言葉ではなくとも行動で肯定してしまった。
ついさっき心がざわついたばかりでタイミングが悪かったのもあるが、悪手だ。
薙刀の切っ先が月明かりを明滅させていた。
ラミエルはそれを押さえ込むように、峯を掴んで下げさせた。みずほは抗えなかった。
「今日ここに来たのは他でもない、あなたにお会いするためなんです、高坂みずほさん」
どういうつもりなのだろう? 疑問に思ったみずほだが、下手な言動は相手のペースに持って行かれる。黙ったままラミエルの言葉を待つ。
「奇襲をしかけようとか、あなた一人を呼び出して手にかけようなどと、卑怯なことは考えておりません。最低限のルールとモラルは私にだってあります。なので、そんなに警戒しないでいただきたいのですが……」
ラミエルは、言いながら自分の鎧の中へ手を突っ込み、なにかを探した。
やがて取り出したのはペンダントだった。
「これは魔法少女の魔力を高めるペンダントです。魔力が高まれば強くなりますし、魔法少女として生き残れる確率も増えるでしょう。これを、あなたに差し上げます」
静かに差し出してくるラミエルを、みずほは鋭く見つめる。
「敵に塩を送る……ってこと?」
「敵対はしていますが、嫌っているわけではありませんもの。あなたの夢に対してまっすぐなところを見込んでの、
敬意を表した手土産です」
胡散臭いことこの上ない。受け取るもんか。
だがその意思とは無関係に、無理矢理に、ラミエルはみずほの手を取って開かせ、ペンダントを握らせた。
「渡すぐらいならタダですからね。確かにお渡ししましたよ。あとはあなたのお好きなように」
そう言い残したラミエルは、無防備に背中を晒して去っていく。
攻撃のチャンス。だが、みずほの足は動かなかった。
やがてラミエルの姿が視界から消える。残ったのはやつの冷たい手甲の感触と、飾り気のないペンダントだけ。
心がざわつく。色んな感情がない交ぜになって、どう形容していいのかわからない。
その衝動の赴くまま、みずほは掌を硬く握り、
――振りかぶった。
走っても間に合わない、カカシの体にこだわる必要もない。
それならいっそ、それらを手段から排除しちゃえばいい。
「作戦名は……名付けて『飛んでけ☆生首剛速球!』だよ、みずっち!」
あたしが自信満々に作戦名を伝えるも、ぜんぜんピンときていない様子のみずっち。
「えーっと、わかりやすくいうとね。あたしのことを思いっきり投げてほしいの」
「……え? で、できない、そんなこと……。友達の頭、投げるなんて」
みずっちは眉を寄せて首を振った。
いやいや、さっきはボールみたいに扱えてたじゃん!
けどまいったな。みずっちが投げてくれないとそもそも作戦が始められない。
魔法少女はコスチュームを展開している間、常人離れの身体能力を発揮する。その力を駆使してあたしを投げ飛ばせば、メジャーリーガーもビックリな剛速球を投げられるはず。
そして、それを後押しするのがあたしの魔法だ。
他の魔法少女と違って例外的に使える『魔法らしい魔法』を駆使し、剛速球をさらに加速させる!
……っていう作戦なんだけど、うーん。
友達の生首を投げるのは躊躇っちゃうのか……予想外の展開だ。
「でもね、みずっち。もう勝つにはその方法しかないんだよ。みんなのパンツを守るための、唯一の方法なの! お願い!」
懇願しても、みずっちはまだ躊躇っている様子だった。
でもあたしは、この作戦は成功するって確信している。
髪の毛の時もカカシの時もそうだったけど、あたしの魔法が発動するのは『こうしたい』って思いが強くなった時だ。
髪の毛を動かしたい! カカシを操りたい! そう強く思えば任意に魔法を使うことができる。それは今までの生活の中で実証済み。
だから今回も、どんな形で推力を得るかは想像しかしていないけど、魔法で実現できる範囲なら成功できるという確信を持っていた。
だってここエルドラは、夢の世界だよ? 魔法が実在する世界だよ?
不可能なはずがないよ!
そんな思いを込めて、あたしはみずっちを見つめた。
あたしの真剣な眼差しから、なにを言っても撤回しないモードに入っていることを悟ったみたいで、みずっちは立ち上がった。
「フラッグ目がけて、投げればいいんだね?」
「そう! 思いっきりやっちゃって!」
みずっちは頷いて答えると、あたしをドッジボールのように持って――
「ノゾミ……いくよっ!」
ぶうん! 魔法少女として強化された力で投げられたあたしは、剛速球となって砂の上を飛んだ!
びらびらと唇が震え、目が一気に乾燥してシパシパする。
でも予想通りに……いや、予想以上の速度で飛んでいるあたしは、あっさりとラミラミ先生を抜いた。
「な……なんというムチャクチャな手段をとるのですか、あなたは!」
ラミラミ先生が驚いたように声を上げる。
「ルール上は問題ないはずですぅぅぅぅ!」
言われたことをそっくりそのまま言い返してやったあたし。
とはいえ、まだ飛距離は足りていない。だいぶフラッグに近づいているかすみんを追い抜くには、もっとスピードがほしい。
あたしはなるべく明確なイメージを思い浮かべる。この状態から、あたしの飛ぶスピードが速くなるような……そんな現象や道具のイメージを、強く抱く!
やがてあたしは、発動のキーになるようにと叫んだ。
「アフターバーナー、点火あああああぁぁぁぁ!!」
ゴオウ! 魔法陣が展開し、突然あたしの後方へ向けて火柱が立った。
それはまさに、戦闘機とかが火を噴く姿にそっくりだ。
一気に加速したあたしは、砂浜すれすれをトップスピードで翔る。砂塵が巻き上がり、視野がぎゅーっと狭まる。
その真ん中に捉えたフラッグが、ぐんぐんと近づいてくる。
そして、前方を走っていたかすみんも!
「――え!?」
アフターバーナーの音に驚いて振り返ったらしいかすみんが、あたしを見て驚く。
いつの間にか背後に迫っていたことはもちろんだろうけど、火を噴いていることにもびっくりしたんだろう。
でも、その一瞬が仇となった!
「おっ先にぃぃぃぃぃ!」
あたしはとうとう、かすみんを抜いた。
そして見事――フラッグを口でキャッチした!
「勝者――ノゾミちゃんミズホちゃんチームぅ~!」
若葉ちゃんがチェッカーフラッグのようにハンマーを振るう。
同時に沸き起こった歓声が、あたし達の見事な逆転勝利を讃えてくれた。
…………でも。試合終了直後のこと。
「誰が一回勝負と言いましたか? ……ぜえ、ぜえ」
ラミラミ先生が息を切らして、泣きの再戦を申し込んできた。
「三回勝負です。あと二回勝てば私達の勝ち。諦めてはいけませんよ、カスミ君!」
ラミラミ先生は、かすみんの肩をポンと叩く。
奮い立たせようとしたんだろうけど、かすみんは、
「は、はい……ぜえ、ぜえ……先生……ふう、ふう」
「二人とも、いっぱいいっぱいじゃん!」
突っ込みつつ、あたしはしょうがないなぁと思いながら再戦を受け入れ、勝負し。
――そのすべてに見事勝利したのだった。
「つ、次は……別の、競技で……」
「往生際が悪すぎるよ! 帰れ!」
* * *
「くかー、すかー、すかーれっとよはんそーん」
そんな、いびきなのか寝言なのかわからない言葉を口にしながら、まん丸な物体が眠っている。
みずほはそのまん丸な望実を眺めながら、そっと息を吐いた。
望実は今、無数の管が伸びているソケットの中で眠っている。魔力を吸い取る装置の中に入る作業を、みずほが手伝ってあげていたのだ。
望実は一人でできると言い切るのだが、みずほは頑として譲らず、いつも手伝っていた。
――だって、やっとなんだもん。
ざわつく心の中で、独白のような声が広がる。
望実はいつもそうだった。理由もなく前向きで、能天気で。時に空気が読めないとさえ感じるぐらいに、この子は毎日自由に独りで生きていた。
自分の思ったこと、感じたことに対して、ひたすらにまっすぐだったのだ。
そして、それを咎める者だって誰もいなかった。
それは、周囲がほったらかしているわけでも、甘やかしているわけでもない。
望実は、それが許されるぐらいの環境と能力を、最初から持って生まれたのだ。
能天気に見えて賢く地頭がいいから、テストの成績もよかった。気づけば体を動かしているような活発な子だったから、運動だって学年随一だった。前向きな性格は多くの人から好かれていたから、なにかを発案すれば大勢がそれを支持して動いた。
望実は一人でなんでもできてしまう。一人でなにかをしようとすれば、すぐに周りがサポートしてくれる。そんな、恵まれた子だったのだ。
自分とはまるで正反対。環境を奪われ、努力して得た能力も無自覚な才能の暴力に打ちのめされてしまう……そんな凡人の自分とは、真逆の存在だった。
それが、柳瀬川望実という女の子だ。
だからこそみずほは、今の状況を喜んですらいた。
望実が生首となってエルドラにやって来た、この状況を。
――ようやく手に入れた、ノゾミがわたしを必要としてくれる状況なんだもん。
みずほ自身の声が、布に落ちた一滴の血のように広がる。
同時に望実は、自分のことを親友だと呼んでくれた。
助けるためにと、わざわざエルドラにまで来てくれた。
こんな、身動きもろくに取れない生首の状態になってまで、望実は自分のところへ来てくれた。
やっぱりわたしは望実に選ばれている。選んでくれていたんだ!
必要とされていることが、心の底から嬉しかった。
――ダカラ、ソノ席ハ、誰ニモ渡サナイヨ……。
「――っ!」
不気味な声に、みずほは驚いて萎縮した。
その声の主を、みずほは知っている。油断すると顔を出す『そいつ』のことを、みずほはずっと認識し、嫌悪していたから。
きつく口を結んで押さえ込む以外に、『そいつ』を否定する手段はない。
でも、それでいい。それがいい。
そうすれば明日にはまた、何食わぬいつも通りの自分で望実に会えるから。
「……おやすみ、望実」
一言、生首になっても生きている不思議な友達に告げて、みずほは校長室を後にする。
淡い月明かりが窓から差し込み、廊下の黒い背景は青白く塗られていた。誰もが寝静まった夜は、みずほの足音でさえけたたましい騒音のようだ。
そんな静かな夜の景色を眺めようと、ふと窓の外に目をやった時。
中庭にある生徒達が世話をしている畑で、なにかが動いたのを確かに見た。
(…………あれは? でも、なんで?)
その影には見覚えがあった。同時に疑問が脳裏に浮ぶ。
一瞬のためらいのあと、眠っている生徒を起こして騒ぎにするのも忍びないからと、みずほは独り魔導器を構えて畑へ向かった。
畑に到着し、警戒しながら影に近づく。ジッとしたまま動かないそれは、みずほに気づいていなくて動かないのか、気づいててあえてそうしているのか。
「こんな夜半に女の子が出歩くのは感心しませんね。生活指導対象ですよ?」
答えは後者。翼を生やした鎧甲冑の影――ラミエルは、怖いほど穏やかな声で言った。
「そういうあんたは、畑荒らし? そっちの方が看過できないけど」
みずほが答えると、ラミエルはフフッと笑った。
「あいにくと、そのような趣味は持ち合わせておりません。そこまで私は、欲深くはありませんから…………あなたと違って」
瞬間、みずほは薙刀の切っ先をラミエルへ突きつけた。
そして、直後に後悔した。
「思った通りです。あなたは人一倍、夢を願う力が強いようですね。ちゃんと自覚すら持っている。見込んだとおりのすばらしい逸材です」
自分はラミエルに踊らされた。言葉ではなくとも行動で肯定してしまった。
ついさっき心がざわついたばかりでタイミングが悪かったのもあるが、悪手だ。
薙刀の切っ先が月明かりを明滅させていた。
ラミエルはそれを押さえ込むように、峯を掴んで下げさせた。みずほは抗えなかった。
「今日ここに来たのは他でもない、あなたにお会いするためなんです、高坂みずほさん」
どういうつもりなのだろう? 疑問に思ったみずほだが、下手な言動は相手のペースに持って行かれる。黙ったままラミエルの言葉を待つ。
「奇襲をしかけようとか、あなた一人を呼び出して手にかけようなどと、卑怯なことは考えておりません。最低限のルールとモラルは私にだってあります。なので、そんなに警戒しないでいただきたいのですが……」
ラミエルは、言いながら自分の鎧の中へ手を突っ込み、なにかを探した。
やがて取り出したのはペンダントだった。
「これは魔法少女の魔力を高めるペンダントです。魔力が高まれば強くなりますし、魔法少女として生き残れる確率も増えるでしょう。これを、あなたに差し上げます」
静かに差し出してくるラミエルを、みずほは鋭く見つめる。
「敵に塩を送る……ってこと?」
「敵対はしていますが、嫌っているわけではありませんもの。あなたの夢に対してまっすぐなところを見込んでの、
敬意を表した手土産です」
胡散臭いことこの上ない。受け取るもんか。
だがその意思とは無関係に、無理矢理に、ラミエルはみずほの手を取って開かせ、ペンダントを握らせた。
「渡すぐらいならタダですからね。確かにお渡ししましたよ。あとはあなたのお好きなように」
そう言い残したラミエルは、無防備に背中を晒して去っていく。
攻撃のチャンス。だが、みずほの足は動かなかった。
やがてラミエルの姿が視界から消える。残ったのはやつの冷たい手甲の感触と、飾り気のないペンダントだけ。
心がざわつく。色んな感情がない交ぜになって、どう形容していいのかわからない。
その衝動の赴くまま、みずほは掌を硬く握り、
――振りかぶった。
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
インフィニティ•ゼノ•リバース
タカユキ
ファンタジー
女神様に異世界転移された俺とクラスメイトは、魔王討伐の使命を背負った。
しかし、それを素直に応じるクラスメイト達ではなかった。
それぞれ独自に日常謳歌したりしていた。
最初は真面目に修行していたが、敵の恐ろしい能力を知り、魔王討伐は保留にした。
そして日常を楽しんでいたが…魔族に襲われ、日常に変化が起きた。
そしてある日、2つの自分だけのオリジナルスキルがある事を知る。
その一つは無限の力、もう一つが人形を作り、それを魔族に変える力だった。
魔王城の面子、僕以外全員ステータスがカンストしている件について
ともQ
ファンタジー
昨今、広がる異世界ブーム。
マジでどっかに異世界あるんじゃないの? なんて、とある冒険家が異世界を探し始めたことがきっかけであった。
そして、本当に見つかる異世界への経路、世界は大いに盛り上がった。
異世界との交流は特に揉めることもなく平和的、トントン拍子に話は進み、世界政府は異世界間と一つの条約を結ぶ。
せっかくだし、若い世代を心身ともに鍛えちゃおっか。
"異世界履修"という制度を発足したのである。
社会にでる前の前哨戦、俺もまた異世界での履修を受けるため政府が管理する転移ポートへと赴いていた。
ギャル受付嬢の凡ミスにより、勇者の村に転移するはずが魔王城というラストダンジョンから始まる異世界生活、履修制度のルール上戻ってやり直しは不可という最凶最悪のスタート!
出会った魔王様は双子で美少女というテンション爆上げの事態、今さら勇者の村とかなにそれ状態となり脳内から吹き飛ぶ。
だが、魔王城に住む面子は魔王以外も規格外――そう、僕以外全てが最強なのであった。
転移想像 ~理想郷を再現するために頑張ります~
すなる
ファンタジー
ゼネコン勤務のサラリーマンが祖父の遺品を整理している中で突如異世界に転移してしまう。
若き日の祖父が言い残した言葉に導かれ、未知の世界で奮闘する物語。
魔法が存在する異世界で常識にとらわれず想像力を武器に無双する。
人間はもちろん、獣人や亜人、エルフ、神、魔族など10以上の種族と魔物も存在する世界で
出会った仲間達とともにどんな種族でも平和に暮らせる街づくりを目指し奮闘する。
その中で図らずも世界の真実を解き明かしていく。
精霊のジレンマ
さんが
ファンタジー
普通の社会人だったはずだが、気が付けば異世界にいた。アシスという精霊と魔法が存在する世界。しかし異世界転移した、瞬間に消滅しそうになる。存在を否定されるかのように。
そこに精霊が自らを犠牲にして、主人公の命を助ける。居ても居なくても変わらない、誰も覚えてもいない存在。でも、何故か精霊達が助けてくれる。
自分の存在とは何なんだ?
主人公と精霊達や仲間達との旅で、この世界の隠された秘密が解き明かされていく。
小説家になろうでも投稿しています。また閑話も投稿していますので興味ある方は、そちらも宜しくお願いします。
男装の皇族姫
shishamo346
ファンタジー
辺境の食糧庫と呼ばれる領地の領主の息子として誕生したアーサーは、実の父、平民の義母、腹違いの義兄と義妹に嫌われていた。
領地では、妖精憑きを嫌う文化があるため、妖精憑きに愛されるアーサーは、領地民からも嫌われていた。
しかし、領地の借金返済のために、アーサーの母は持参金をもって嫁ぎ、アーサーを次期領主とすることを母の生家である男爵家と契約で約束させられていた。
だが、誕生したアーサーは女の子であった。帝国では、跡継ぎは男のみ。そのため、アーサーは男として育てられた。
そして、十年に一度、王都で行われる舞踏会で、アーサーの復讐劇が始まることとなる。
なろうで妖精憑きシリーズの一つとして書いていたものをこちらで投稿しました。
42歳メジャーリーガー、異世界に転生。チートは無いけど、魔法と元日本最高級の豪速球で無双したいと思います。
町島航太
ファンタジー
かつて日本最強投手と持て囃され、MLBでも大活躍した佐久間隼人。
しかし、老化による衰えと3度の靭帯損傷により、引退を余儀なくされてしまう。
失意の中、歩いていると球団の熱狂的ファンからポストシーズンに行けなかった理由と決めつけられ、刺し殺されてしまう。
だが、目を再び開くと、魔法が存在する世界『異世界』に転生していた。
ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話
ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。
異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。
「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」
異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…
【完結】国外追放の王女様と辺境開拓。王女様は落ちぶれた国王様から国を買うそうです。異世界転移したらキモデブ!?激ヤセからハーレム生活!
花咲一樹
ファンタジー
【錬聖スキルで美少女達と辺境開拓国造り。地面を掘ったら凄い物が出てきたよ!国外追放された王女様は、落ちぶれた国王様゛から国を買うそうです】
《異世界転移.キモデブ.激ヤセ.モテモテハーレムからの辺境建国物語》
天野川冬馬は、階段から落ちて異世界の若者と魂の交換転移をしてしまった。冬馬が目覚めると、そこは異世界の学院。そしてキモデブの体になっていた。
キモデブことリオン(冬馬)は婚活の神様の天啓で三人の美少女が婚約者になった。
一方、キモデブの婚約者となった王女ルミアーナ。国王である兄から婚約破棄を言い渡されるが、それを断り国外追放となってしまう。
キモデブのリオン、国外追放王女のルミアーナ、義妹のシルフィ、無双少女のクスノハの四人に、神様から降ったクエストは辺境の森の開拓だった。
辺境の森でのんびりとスローライフと思いきや、ルミアーナには大きな野望があった。
辺境の森の小さな家から始まる秘密国家。
国王の悪政により借金まみれで、沈みかけている母国。
リオンとルミアーナは母国を救う事が出来るのか。
※激しいバトルは有りませんので、ご注意下さい
カクヨムにてフォローワー2500人越えの人気作
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる