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第7話

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「今月に入って、パンツ泥棒がもう四件目だなんて……ゆゆしき事態よ」

 カマカマ先生――じゃなくてカマエル先生は、真剣な顔つきで言った。

「そろそろ本格的な手を打たないと、脱落者が出てしまうかもしれないわね」

 脱衣所での事件発覚後、あたしやみずっち、つきのんに若葉ちゃんは、学校に備え付けの大食堂へ集められた。事件を受けて、カマカマ先生が招集をかけたからだ。
 あたし達以外の魔法少女も大集結で、食堂の席はちらほらと埋まっていた。

「はーい! カマカマ先生、質問でーす!」

 みずっちの太ももの上で髪を乾かしてもらっているあたしは、気になったことがあって声を上げた。

「変な呼び方はやめてちょうだい! ……それで? 質問ってなにかしら?」
「さっき、脱落者って言ってたけど、パンツが盗まれるとなんで脱落者が出るの?」
「いい質問ね。じゃあノゾミ。あなたにとって、パンツってなにかしら?」

 ……パンツがなにかって?
 なにそれ、哲学かな。
 あたしはうーんと唸って考えをまとめてみた。

「できれば見られたくないもの……それか、絶対に見られちゃいけないものを守る、最後の砦、って感じかな?」
「そうね、その解釈でほぼ間違いないわ。パンツっていうのは、この世界に転移した魔法少女にとっての絶対防衛着衣なのよ」
「絶対防衛……着衣! なんかかっこいい!」

 そういう言葉のセンス、あたし意外と大好きだったりするのだ。

「じゃあ実際に、パンツがなにを守っているのか。それはあなた達の心なの」

 カマカマ先生は、自分の胸の辺りにそっと手を添えて続けた。

「エルドラは夢の国。夢は人の心の在り方で成り立っている。つまり、今のあなた達の姿は、自分が抱いている夢や心によって形作られているの。その心が折れてしまったり絶望しすぎて夢を抱けなくなった時、あなた達はエルドラで人の形を保てなくなる。魔法少女として脱落し、現世へ帰還することになるわ」
「帰還したら、どうなるんですか?」

 みずっちが冷静な口調で訊ねる。
 たしかにあたしも気になっていたところだった。
 するとカマカマ先生は、ちょっとだけ伏し目がちに答えた。

「…………自分から進んで悪夢を見る必要はないと思うわ。ただ、安心してちょうだい。死ぬことはないから」

 …………ん? どういう意味なんだろう? よくわからない。
 でも周りのみんなは、なんとなく察しているっぽい。
 首を突っ込みすぎない方が幸せなこともあるよ、ってことを言いたかったのかな?
 カマカマ先生はさらに続けた。

「パンツを履いている限り、あなた達の心はそう簡単に折れない。でも、パンツを履いていないのは防御力ゼロ、紙装甲も同然。いとも簡単にポキッよ。だから、これ以上パンツが盗まれるのは、ゆゆしき事態ってことなの」

 カマカマ先生がそこまで説明してくれた時だ。
 みずっちが再び、静かな声音で質問する。

「先生。それは、『魔法少女の脱落を望んでいる敵』がいる、ってことですか?」
「そうなるわ。これは紛れもなく、魔法少女に対して敵対の意思を持つ誰かの犯行なのよ。単なる愉快犯じゃない。このままじゃ、被害者は増え続ける一方だわ」

 おお、ここにきて敵さんの存在が明らかになった。
 冒険活劇みたいでワクワクしてきたねよ。
 …………って思ったけど、よくよく考えたら大変だ!

「それって一大事だよね! 早く犯人捕まえて取り返さないと!」

 ようやくことの重大さに気付いて、あたしは大声を上げた。
 つきのんが呆れたようなため息をついたけど、なんでだろう?
 さらにはカマカマ先生まで短いため息をついた。

「もちろんそうしたいわ。でもね、犯人の目星がつかないのよ」

 頬に手を添えて先生は言う。こういう仕草はやっぱりオネエっぽいなぁ。

「神出鬼没のパンツ泥棒は、一切の痕跡を残さないの。犯人の絞り込みもできないから、防犯も難しくてねぇ……。ほんと、どうしましょ」

 カマカマ先生は家事に疲れたお母さんみたいな感じで言った。それだけ心労が溜まってるんだろうなぁ。夢の世界にある『夢の学校』なのに夢がない。
 とはいえ、みんなにとっての一大事だ。
 あたしもあたしなりに考えてみる。
 生首の状態じゃパンツなんて必要ないけど、みずっちやつきのん、若葉ちゃんを守るためだもん!

「持ってるパンツを常に全部履いたまま生活、っていうのはどうかな?」

 あたしのその提案に一番苦そうな顔をしたのはつきのんだった。

「い、いくらなんでも洗濯もしないで履き続けるのは……。庶民は慣れていることかもしれませんが、私は無理ですわ」
「えっとぉ、普通に考えてぇ、庶民でもそれはキツいですよぉ、ツキノちゃん」

 若葉ちゃんがのんきな調子で突っ込む。
 んー、やっぱりダメかぁ。

「そしたらやっぱり、罠を仕掛けて犯人を誘き出すしかないかなぁ…………そうだ!」

 そう、何気なく口にした自分の言葉がヒントになって、あたしは一気に作戦を思いついた。

「いい作戦があるよ! これならバッチリ犯人捕まえられると思う! あのね――」



 ――で、その日の夕暮れ。

「さあさあさあ! どこからでもぉ、かかってきなさい~!」

 声高らかに宣戦布告し、あたしは満足げに息を吐く。
 高い目線から眺める学校の景色はなかなかに絶景だった。夕日に染まる校舎が美しくって切なくなっちゃう。
 そんなあたしの眼下では、みずっちとつきのんがあたしを見上げていた。
 ……でも。

「ぷ……ふふっ、や、柳瀬川さん……くくっ、そ、その作戦……ぷ、あははっ、本当にやるんですの?」
「ふふ……さすがにノゾミが……くふふ……ここまで能天気だとは、思ってなかったかも……ふふっ」

 つきのんはあからさまに笑ってるし、みずっちは堪えているけど笑いが漏れていた。

「二人とも、もっと真剣になろうよ! 一世一代の大作戦なんだよ!? こんなにナイスでグッドな作戦、なかなかないんだよ!?」

 囮作戦の内容は単純だ。あたしがたくさんのパンツを抱えて囮になるだけ。
 あたしには意識があるから、犯人が近づいてきたら声を出して合図を送ることができる。そうすれば、近くの茂みに待機しているみずっちやつきのんが犯人に気付かなくても、すぐ行動に移せるというわけだ。

「で、でも……あはははっ! だからって柳瀬川さん……ぷーっ、あはははっ!」

 いよいよ我慢する気もなくなったのか、つきのんは爆笑しながらあたしを指さした。

「な、な、なんで頭にパンツを被って、カカシにご自分を乗っける必要があるんですの? あははっ! お、お腹痛いですわ……ひ~、ひ~!」



 そうなのだ。あたしは今、カカシの上に自分を乗せていた。
 この学校の中庭には自給自足のための畑があって、そこにカカシが置いてあったのだ。それをちょっと拝借し、エサとなるパンツをカカシに埋め込んだり、手に持たせたりして目立たせた。
 警報器代わりのあたし自身は、生首と悟られないよう顔面にパンツをかぶせてカムフラージュ。これなら絶対、生きている罠だと悟られることはない。
 ……我ながら、いいアイディアだと思うんだけどなぁ。

「とにかく! これも、みんなのパンツを取り返すためだから! 気合い入れていくよ、二人とも!」

 あたしの宣言に、二人は笑いを堪えるのに必死だった。
 代わりに、どこかでカラスが鳴いて答えてくれた。



 そして、その夜。
 ――ガサッ
 微かな物音が耳に入り込んで、あたしは目を覚ました。
 どうやら居眠りしてたみたい。危ない危ない。警報器代わりのあたしが機能しなかったら、この作戦はおじゃんだよ。
 周囲を確認する。パンツはまだ盗まれていない。
 離れたところで待機しているみずっちやつきのんに、変わった様子は見られない。物音にも気付いてないみたい。ここで合図を出すこともできるけど、ぎりぎりまで引っ張った方がいいよね……。
 あたしは唾を飲み、物音のした方へ目を向けた。もし音の主が犯人なら、その顔を拝んであるんだから。

「…………え?」

 あたしは思わず小さい声を上げてしまった。幸い、相手に聞こえてないみたい。
 犯人らしきなにかを見つけた。見つけることはできた。
 だから顔を拝んでやろうと思ったんだけど――

「…………鎧?」

 何人らしき人影は、頭のてっぺんからつま先まで、鎧に包まれていた。
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