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第4話

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 みずっちの失踪を知ったのは、二人で画廊に行った翌日の朝だった。
 いつもはみずっちが家まで起こしに来てくれるのに、今日は来ないなぁ……と催促のメールを出したら、返事が返ってこなくて遅刻が確定。
 いよいよおかしいと思ってみずっちの家に行ったら、彼女のお母さんが血相を変えて、昨日の夜から帰っていないことを教えてくれたのだ。
 全身の血がサァーッと引いていった。
 みずっちが失踪? きっとただの冗談に違いない。そう思いたい。
 そもそも、これは夢なんだ。そう自分に言い聞かせて正気を保とうとした。
 むしろ、夢なら今すぐ覚めてほしい。
 ………………夢?

「――あいつだ! 昨日のチャラ男!」

 きっとみずっちは、あたしと別れたあと事件に巻き込まれたんだ。画廊やティッシュがらみの、あのチャラ男が関わっているだろう事件に。
 根拠なんてなにもない。けど、あいつの姿がちらついた瞬間、絶対にみずっちのことを知っているって直感した。
 探し出してやる。板橋区内に――都内にいる限り、逃げ場はないと思え!

 結論から言うと、チャラ男は最寄り駅からたった二駅しか離れていないところでティッシュを配っていた。

「ちょりーっす! ちょちょりーっす! ティッシュ受け取って~。これでお鼻かめばマジでバイブス上げぽよ~♪」

 駅前を出入りする女子高生相手に、鼻がつまっているような独特の喋り方でティッシュを差し出しては、スルーされまくっていた。
 あたしは近づくと、周囲の目なんて気にせず声を張った。

「ちょっと、そこのチャラ男! みずっちの……みずほの居場所知ってるんでしょ!?」

 あたしの声に、チャラ男はビクンと跳ねてこっちを見た。

「うわぉ! なになに、いきなり。みず、ほ? 銀行ならあっちに――」
「違う! あたしの親友の、みずっちのこと! 昨日ティッシュ受け取った女子高生のこと! どこ連れてったの!? 教えて!」

 チャラ男はサングラスを上げたり下げたりして、あたしのことをじっくり観察した。
 しばらくして。フッと鼻で笑うと、すごく冷静な声で言った。

「ああ、あの子か。資格があったからティッシュを渡した。そして、あの子自身が望んだからゲートを通した……それだけだよ」

 駅前の喧騒に、チャラ男の声が溶けていく。
 言ってる意味がわからない。あたしはさらに食いつく。

「資格ってなに? みずっちが望んだってこと? ちゃんと説明して!」
「守秘義務ってものがあるんだよ、お嬢ちゃん。それにキミには資格がない。ほら、仕事の邪魔だから大人しく――」

 ガシッ!
 ごちゃごちゃと回りくどいチャラ男の腕を、あたしはほとんど無意識に掴んで、

「大人しく、知ってること全部……話せえええぇぇぇっ!」

 問答無用で、人生初の背負い投げを決めた。

「どぅえあっ!」

 ドタアアンッ! と倒れてチャラ男は悲鳴を上げる。
 はぐらかすんなら、こっちは実力行使だ。仰向けのチャラ男にマウントを取ってバシバシ叩く。

「みずっちは! あたしの、大切な! 親友なの! 言え! 知ってること全部! この! この! 言えっ!」

 叩く度に手が痛い。それ以上に痛い場所が胸の奥にあって、涙が溢れてくる。
 でも、こいつが口を開くまで攻撃は止めない。何度も、何度も……何度も!
 すると、さすがにチャラ男も痛いのは嫌だったのか、あっさりと折れた。

「わ、わかった! 話すから、話すからもう! いてっ! 叩くのはやめ――ぐほぁっ! なぐ、殴るなよ!」

 本当は殴る前に止めてあげるつもりだったけど、無性に腹が立って手が止まらなかった。
 でもそれでちょっとスッキリしたあたしは、チャラ男の言葉を待つ。

「……と、とりあえずここを離れよう。人が集まってきたし……駅前で女子中学生が大人の男に馬乗りしてるのは……青少年保護の観点からも、ね」

 言われてようやく、あたしはチャラ男の腰の上に馬乗りしていたことを知って、

「こ、こ、これでもあたしは高校生だ、バカァっ!」

 追加でもう一発殴っといた。


 野次馬から逃げるように立ち去って、あたし達は『絵流頭羅の画廊』へとやって来た。
 ちなみにこのチャラ男の名前はハイスレンと言うらしい。
 ふざけてる。いったい何人なのよ。
 そんな怒りがこもってしまったのか、キツめの語調でハイスレンに訊いた。

「ねえ、なんで画廊なの? そこにみずっちがいるっていうの? あたしまで騙そうったってそうはいかないからね!」
「この期に及んで騙すつもりなんかナッシンだって。ちゃんとノゾミちゅわんをミズホちゅわんに会わせてあげ――いてっ! なんで蹴った!?」
「『ちゃん』を『ちゅわん』って言うのに、もの凄いイライラしたから」

 文句を言いながら、あたしはハイスレンのあとを追って画廊の中へ入る。
 まっすぐ進んで到着したのは、魔法少女の絵が飾られているスペースだ。
 そこであたしは、昨日はなにも飾られていなかった額縁に、新しい絵が飾られていることに気付き――、

「み、みずっち!?」

 リアルなタッチで描かれている親友を見つけたのだ。
 どういうことか訊こうとハイスレンに目を向けると、ヤツはあたしの訊きたいことを察しているかのように語り出した。

「この子はゲートを潜り、向こうの世界へ旅立った。自分の意思でね。このキャンバスは、向こうの世界に行った者の姿を描き出すんだ」
「向こうの、世界?」
「そう――『エルドラ』と呼ばれる『夢の世界』。あるいは『理想郷』のことだよ」

 ハイスレンは、今回ばかりはマジメに答えてくれた。
 エルドラ……そっか。だから、画廊の名前が『絵流頭羅』だったんだ。

「この子に会いたいなら、ノゾミちゅわんもゲートを潜ればいい」

 するとハイスレンは、言いながらパチンと指を鳴らした。
 どういう仕掛けか、みずっちの絵の隣に新しい額縁が現れる。
 当然、まだなにも飾られていない。
 言わんとすることはわかる。みずっちがここを潜ってエルドラに行った。あたしはそれを追いかけたい。なら、やることは一つしかないもん。

「この額縁を潜れ……って言いたいの?」

 あたしの問いに無言で頷くだけのハイスレンを、ジトッと睨みつつ。
 あたしは恐る恐る、額縁の中心に手を触れてみた。
 とぷっ

「ひぇっ!?」

 手が額縁の中に潜ったのだ。まるで水の中に手を突っ込んだみたい。
 額縁の表面も小さく波打っていた。
 怖い。正直、この先になにがあるのかわからないから、ものすっごく怖い。
 でも、そんな考えの隅っこで、みずっちの控えめな笑顔が浮んだ。
 この先になにがあるのか、わからない。でも、みずっちはいるかもしれない。
 あたしは意を決した。

「う、うおりゃああああっ!」

 一気に頭から突っ込む。本当に壁の中に潜っちゃった!

「よし! 思った通り! 行け、一気に行け! ノゾミちゅわんがエルドラに行ければ……オレは一生遊んで暮らせ
るパーリーピーポーだ! はははっ!」

 ハイスレンの声がくぐもって聞こえてくる。
 思った通り? 俺は一生遊んで暮らせる?

「あんたまさか、あたしのこと騙したでしょ!?」

 そうとしか考えられない不穏な言葉に、あたしは猛抗議死体気持ちだった。
 慌てて引き返そうと、頭を抜こうとした……だけど。

「ひゃあぁぁっ!」

 顔が埋まってて見えないから、誰だかわからないけど……って絶対ハイスレンしかいないけど、あたしの体に触れてるやつがいる。グッと押し込もうとしている。
 我慢できず、あたしはジタバタと足を動かして抵抗する!

「あ、あたしのお尻、触らないでよー! バカッ、変態、エッチぃ!」
「いやノゾミちゅわん、お尻つき出して壁にめり込んでいる自分の状態が、どれほどエッチで無防備でヤバいか想像してからそれ言おうな? ……って、そんなことより! ミズホちゅわんを助けたいんだろ!? なら、ユー、一気に潜っちゃいなヨ♪」

 ハイスレンは適当なノリで言う。本当にこのチャラ男は……っ!
 でも、進むにしても戻るにもしても、なぜか首が引っかかっていた。
 うまく進めなくてもがいていると、次第に目の前が明るくなってきて――
 ぬぽんっ!

「うわわっ!」

 急に体が軽くなって、あたしは光の中に飛び込む。
 眩しさのあまりに両目を瞑ったところで、あたしの意識は途切れてしまった。

     * * *

 そんなこんながあって、あたしは異世界のエルドラへ転移して……。
 ――生首状態の絶賛大ピンチ中ってわけ! はい、回想終わり!
 目の前の女の子は魔法少女の姿に変身し、生首のあたしを恐れて敵意剥き出しだ。
 でも、もしかしたらこの子も、あたし達の世界からエルドラにやって来た子かもしれない。彼女のコスチュームは、画廊に飾られていた絵とデザインがそっくりだから。
 なら、みずっちのことも知ってるかもしれない!
 ええい、ダメ元だ! あたしは思いきって訊いてみることにした。

「あ、あの! みずっち……高坂みずほって女の子、知らない? クールな見た目で、いつもパーカー着てる、ロングヘアの女子高生で……」
「し、知りませんわ。もしかして、共犯者ですの? でしたら、情報提供ありがとう、そしてさようなら!」

 情報を手に入れるどころか、まったく聞く耳すら持ってくれなかった。
 メガネの奥を鋭くさせて、女の子は扇子を振り払う。



 体がないからもがくことすらできない。思わずあたしは目を瞑った。
 ――その時だ。
 キィィン!
 甲高い金属音が響いた。
 恐る恐る目を開けてみると、魔法少女がもう一人増えていた。メガネっ娘の扇子を薙刀で受け止めている、もう一人の魔法少女が。
 後ろ姿しか見えなくて、顔もなにもわからない。
 でも見慣れたパーカーを羽織るこの子が誰なのか――あたしにはハッキリとわかる。
 嬉しさからかな、自然と名前を口にしていた。

「…………みずっち……みずっち、だよね!?」

 ずっとずぅっと一緒にいた友達。心から大好きって思っている、大親友なんだ。
 その後ろ姿を、見間違うはずがない。
 一方でメガネっ娘は、突然現れた魔法少女に驚いた様子で問う。

「な……なんなんですの、あなた? その生首お化けの仲間でして?」
「お化けじゃない。ノゾミはノゾミ。その言い方、撤回して」

 この声はやっぱりみずっちだ! 思わず泣きそうになっちゃったあたしは、必死に堪える。今はまだ、泣くべきタイミングじゃないもんね。
 鍔迫り合いのまま動かないメガネっ娘とみずっちは、さらにやり取りを続けた。

「わかりましたわ、言い直します。あなた、その生首の仲間でして?」
「説明を求めるなら、先に武器を収めて。それが無理なら、せめて間合いを取って。じゃないとわたし、あなたのこと……」

 そこから先を、みずっちはあえて言わなかった。
 でも、メガネの少女が危険を感じるにはそれで充分だったみたい。

「…………わかりましたわ」

 メガネっ娘は一度みずっちから離れると、扇子を構え直した。
 でもみずっちは薙刀を光の粒状に弾けさせ、無防備な姿をさらす。
 その行動にメガネっ娘は目を丸くしたけど、直後には同じように武器を納めていた。
 メガネっ娘から敵意がなくなったと判断したのか、みずっちはゆっくり話し始めた。

「見ての通り、わたしはこの子を守りたかっただけ。こんな姿じゃ攻撃もなにもできないだろうし。わたしだって、無防備な相手に敵対するつもりはない」

 みずっちはチラリとあたしを見た。
 なんだかみずっちの目は、少しだけ悲しい色をしていた。
 理由を考えてみたけど思い当たることがなくって、ちょっとだけ不安になってしまう。
 その後みずっちは、絡まっているツルを千切ったり除けたりしてあたしを下ろしてくれた。なぜか途中で、ものすごく驚いたように固まったけど……なんでだろう?
 でもあたしを下ろして抱きかかえると、ポツリと呟いた。

「なんで……ちゃったの……」
「……え?」

 なんて言ったんだろう。よく聞こえなかった。それぐらいか細い声だった。
 あたしがみずっちに聞き返そうと思った、その時。
 メガネっ娘のため息がそれを遮った。

「とりあえず、あなたに敵対の意思がないことは、信じてあげますわ。でも、その……な、生首……は何者なんですの? 本当に人? あなたとどういう関係でして?」

 やっぱりメガネっ娘は、生首のあたしを相当警戒しているみたいだった。
 でも、それもしょうがないかなって思う。だって生首だもん。
 あたしとみずっちは、一言でメガネっ娘の警戒心を解く言葉を探し、同時に口を開いた。

「親友!」
「友達」

 バッチリな答えだと思ったのに、なぜかメガネっ娘は、再び変身して武器を向けた。

「る、類友ですわ! やっぱり揃って化け物ですわ!」

 ……あれれ? また警戒されてる。
 どうしたら誤解が解けるのかわからなくて、いっそ素直に聞くことにした。

「だ、だから化け物じゃないってば! どうしたら信じてくれるの?」
「百歩譲って、生首であることは許容したとして……その状態はやっぱりあり得ませんわよ。もう一度、自分の姿をよぅくご覧なさい」

 なんだか含みのある答えだった。生首ってこと以外に、どんな状況が今のあたしに?
 ともかくあたしは、メガネっ娘に言われてもう一度、扇子に映る自分を観察する。

「……………………………………はぁっ!?」

 結論から言うと、パートⅡ。
 生首のあたしには、なんと――

「な、な……なにか頭に刺さってるぅぅぅぅ!!」

 基本色の白に、リボンのピンクが可愛らしい【魔法のステッキ】っぽいなにかだ。
 それがあたしの頭のてっぺんから、BBQの鉄串よろしくぶっ刺さってたのだ!
 そりゃ、メガネっ娘が警戒するのも納得だよっ!
 しかもそのステッキ、普通だったらシンボル的な宝石の飾られていそうな箇所が、なぜかガイコツと一体化していて、

「な~んだ、見つかっちまったぜ。へいへいへーい、ノゾミちゅわん、ちょりーっす!」
「ぎゃあああっ! が、が、ガイコツが喋ったあああぁぁぁっ!!」

 カタカタと顎を鳴らして喋り出したのだ!

「し、しかも誰!? なんであたしの名前知ってるの!? キモいっ!」
「どいひ~、マジどいひ~だよ~! ついさっきまで一緒にいたオレのこと、もう忘れちゃった系!?」

 ガイコツは、まるであたしと知り合いであるかのような口ぶりだった。
 ついさっきまで? こんなチャラチャラした喋り方のやつ、あたし……。
 ……ああ、うん。知ってた。

「あんた、まさかハイスレン? なんでそんな状態でアタシに刺さってるのよ! 最悪なんだけどー!」
「そう言うなって、ノゾミちゅわ~ん。刺しつ刺されつな仲なんだから、これからも仲良くシクヨロ、うぇーい!」
「いやあああ……骨伝導で頭痛いよおおぉぉぉ」

 チャラい魔法のステッキが、生首のあたしにぶっ刺さって異世界転移。
 どうやらあたしの異世界生活、初見殺しのベリーハードモードらしい。
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