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第3話

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 ティッシュの広告に書かれていた住所は、商店街を抜けたところの路地の奥を示していた。
 その住所をスマホで調べてみると情報が出てきた。空き地には以前、小劇場があったらしい。
 でもその劇場、オーナーが地主と揉めちゃって、しかもその地主があっち系のヤバい人達だったらしい。しばらくして舞台は弾痕と血で染まった、って書いてあった。
 二時間サスペンスドラマも真っ青な話だった。
 あたしが歩きながらネットの情報を読み上げると、みずっちが呆れたように息を吐いた。

「夢や希望とはほど遠い場所だね」
「むしゃむしゃ……でもそっち系の人達絡みなら、もぐもぐ……なおさら怪しくない?」
「怪しい以前に危険すぎるよ……って、食べながら喋らない」

 みずっちはまた短くため息をついた。
 あたしの手は今、街の鶏肉屋さんから分けてもらったネギマや皮串と、カレー屋さんの揚げたてカレーパンで塞がっていた。お店の前を通りがかる度に顔見知りの店員さんがくれるのだ。
 お肉屋さんの前を通ればコロッケが、タイ焼き屋さんの前を通ればタイ焼きが。
 お店の前を数件横切るだけで、夜ご飯が済んじゃう親切設計なのだ。
 だから、もらったそばから食べちゃわないと手が何個あっても足りない。お行儀が悪いのはわかっているけど、しかたない。
 あんこの甘い香りにみずっちも負けたのか、二人でタイ焼きを食べながら歩くこと十分ちょっと。
 ティッシュに記された空き地の住所にやってくると――神殿が建っていた。

「すごーい! おっきぃー! なにこれー!」

 その神々しさに、あたしは素直に思ったままの感想を零しちゃった。
 乳白色の支柱が美しい立派な神殿が、板橋の路地の空き地に立っている。
 そのアンバランスさや美しさに驚き、圧倒されちゃった。
 みずっちもその神殿を見上げて、なにかに気付いたのか、言った。

「……パンテオン、神殿? いやいや、あり得ないよ」
「なんだろうね、これ! 板橋の新名所!?」
「だとしても、こんなところに建てないでしょ。どうせ怪しい宗教のたまり場だよ」

 と、みずっちが真っ当な考えを口にしている間に、あたしは神殿に近づいて周囲を見回す。
 きっとどこかに、建物の名前とか書いてあるはず……。
 そして目的の物を見つけて指さすと、あたしはずっちを呼んだ。

「みずっち、これ見て! ここ、画廊だって。おっしゃれ~」

 恐る恐るといった様子で近づいてきたみずっちが、あたしの指先を追いかける。いかにもヨーロッパ風な建物なのに、ばっちり日本語で『絵流頭羅の画廊』と書かれていた。

「…………ますます胡散臭いね」

 みずっちはもはや、ため息すら出さずにポツリと言った。

「でも画廊なら、これぐらいの方が一周回っておしゃれだよ! ちょっと入ってみよ?」

 そう言うと、あたしはみずっちの手を取って入り口に足を踏み入れた。
 受け付けの人もいないし、入館料の案内もなかったので、言われたら払えばいいやという気持ちで見物する。
 誰が描いたのかも、その良し悪しも、あたしにはよくわからない風景画の数々。でも飾られている絵画はどれも、眺めていると気持ちが安らいでいった。
 不思議な感じだった。見たことも行ったこともない、知らない場所の風景なのに。
 頭の片隅には、描かれている景色を『見た』記憶が薄ぼんやりと残っていた。
 なんだろう。まるで忘れかけている夢の記憶のような。
 でも、そんな曖昧な記憶の出所よりも、強く興味を引かれるものを見つけた。
 明らかに他の絵画とは扱いの違うコーナーだ。今いる場所よりもずっと奥にあった。
 あたしはみずっちを引っ張り、そのコーナーへと進んでいく。

「人物画……のコーナー?」

 周囲を見回しながらみずっちが言った。
 学校の廊下ぐらいの幅しかない通路の両脇に、たくさんの額縁が並んでいた。描かれているのはどれも、高一のあたし達と同い年ぐらいの女の子だ。みんな似たような衣装を身にまとい、それぞれ違う武器みたいなものを構えている。
 アニメとかで見たことがあるから、なんとなくわかる。
 描かれているのは、いわゆる『魔法少女』ってやつだ。
 どれも可愛い絵だなぁ……、と思って眺めていたら、みずっちが言った。

「写真みたいにリアルな絵。っていうか、これ、本当に絵?」
「本当に疑り深いなぁ、みずっちは。あたしはぜんぜん気にしなかったよ」

 でも言われてみれば、どちらなのか判断に困るぐらい、描かれている魔法少女達は生き生きとしていた。
 それに何人かは見たことがある女の子だ。どこで見たのかまでは、はっきり思い出せないけど……。
 と、記憶を探りながら見物していると、妙な物を見つけた。

「あれ? これだけ、まだなにも飾られてない……」

 通路の奥に一箇所だけ、額縁しか飾られていなかった。
 額に入れ忘れたのか、まだ完成していないのか。
 なんにせよ、なんかここだけぽつんと寂しいな。
 そんなことを思いながら、背後――反対側の壁に飾られている絵を見て。
 あたしはふと気づいたことがあった。

「……この絵の女の子、あたし知ってるなぁ」

 あたしがポツリと呟くと、みずっちが興味深げに横から覗き込んできた。

「……誰? 知り合い?」
「このあたりじゃないけど、板橋に住んでる子だよ。友達の友達が友達で、ガラの悪い男子に絡まれてるところを助けたことがあって、ちょっとだけ顔は知ってるの」

 みずっちの問いに答えながら、あたしはこの子の情報を思い出していた。
 人づてに聞いた話だと、最近はずっと学校を休んでるらしい。
 噂じゃ、『女子高生神隠し事件』に巻き込まれたんじゃって話も出ている。
 ――女子高生神隠し事件?
 何気なく思い浮かべた単語に、あたしはハッと気付かされた。
 そして、さっき抱いた絵に対する違和感の原因にも行き当たった。
 そっか、ようやく理解できた!

「ヤバいよ、みずっち。あたし達、すっごくヤバいもの見つけちゃったかも!」

 あたしは興奮気味にみずっちを見つめた。
 突然のことにキョトンとしているみずっちへ、あたしは訳を説明する。

「この絵に描かれてる人達――きっと、神隠し事件の被害者なんだよ!」

 だからあたしは、描かれている女の子の何人かに見覚えがあったのだ。
 事件を取り上げるニュース番組で、何度も見ているから。
 そのことに気づいて、あたしは自分でも驚くほど興奮していた。
 足だって震えている。怖いからじゃない。妙な高揚感のせいだ。
 この絵が神隠し事件の重要な手がかりなら、もっと調べたい。そして、助けたい。
 ……ううん、助けなきゃ! そんな正義感に全身が支配されていた。
 今のこの気分は、まさにそう――

「これは事件だよ。出発しよう、ハドソン君!」

「逆。相棒の方はワトソン」
「…………あれ? 夫人の方がハドソンだったっけ?」

 みずっちが、正解だよと言わんばかりにコクコクと頷いた。
 せっかくパイプと鹿撃ち帽を装備してるイメージで、探偵っぽくかっこつけてみたのに。
 やっちゃった。名前が似てるからたまに間違えちゃうんだよね、あの二人……。
 みずっちは呆れたように息を吐き、でもすぐに真面目な顔つきになった。



「……ノゾミ。冗談抜きに、今すぐここを出よう。さすがにこれはヤバいかもしれない」

 みずっちは問答無用であたしの手を握り……というか掴み、出入り口までひっぱる。
 彼女の手はびっくりするほど湿っていた。
 あたしは困惑しながらみずっちの様子を窺う。でもみずっちは問答無用に、競歩と駆け足の間ぐらいの速度で館内を戻り、画廊を出た。
 外の空気はまるで、喉がグワッと開いたように清々しく感じた。
 大きく深呼吸したみずっちは、まっすぐあたしを見据えた。

「神隠し事件と関係あるかどうかはわからない。でも、この画廊は普通じゃないよ。一般人が関わって平気でいられるものじゃない。それこそ警察の仕事」

 みずっちの言うことは間違っていない。
 外に出てちょっと冷静になれたおかげで、正論なんだと理解できた。
 たしかにこの画廊は存在そのものが怪しいし、描かれているのが神隠し事件の被害者として挙がっている子達だっていうのも奇妙だ。警察の仕事、というのはその通りだと思う。
 同時にみずっちが、あたしを心配して怒ってくれていることにも、ようやく気がついた。

「ごめん、みずっち……ありがとう」

 あたしが怖ず怖ずとお礼を言うと、みずっちはゆっくりと首を振った。

「……ううん。わたしも、ちょっと強引だった。ごめん」

 みずっちは控えめに笑顔を作った。
 空も薄暗くなり始めた、ひと気のない路地の真ん中で。
 親友の表情だけは、柔らかく輝いて見えた。

「今日はもう、帰ろ。帰りが遅くて、ノゾミのお母さん心配してるよ」
「むしろ、みずっちの方がお母さんみたいだよ」

 ついポロッと出ちゃった本音に、みずっちはなにも言わずに笑ってくれた。
 そうしてあたし達は、二人並んで帰り道を歩き、それぞれの家に帰った。

 ――翌日。みずっちは失踪した。
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