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三年生編
さよなら天国
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本当にあっという間の3年間であった。
高1の時は、なんとなく過ごしていたが、高2で友巴ちゃんや帆乃花ちゃん、それにあけみっちと出会い人生が大きく変わった。高3は、受験中心で過ごしたため、あまり思い出はないが、帆乃花ちゃんと同じ大学に合格できたため悔いはない。
今日が最後の登校日。3月1日であるため通学路に植えられた八重桜はまだ咲いていないが、頬をなでる風に春を感じる。
校門で、複数の組みの親と生徒が一緒に写真を撮っている。俺の親は放任主義ではあるが、式には出たいそうで後からこそっと卒業式の会場である講堂にくるそうだ。
校門を抜けたところで、後ろからヒデキに声をかけられた。
「シュウゴ」
「おう、ヒデキ。なんだ、卒業式だって言うのに元気ないな」
「まあな。こんな俺でもなんとなくセンチメンタルになるもんだ」
「へー。お前でもなるのか?」
「ああ。もうこの校舎に来なくなると思うとな。ケイコとの思い出もあるし」
「そうだよな……」
友巴ちゃんや帆乃花ちゃんと同じ教室でもう過ごせなくなる。そう思うと寂しい気持ちが溢れてくる。
「またあとで」とヒデキと別れ教室に入ると、チャイムがなる30分も前だと言うのにすでに多くのクラスメイトが来ていた。
友巴ちゃんや帆乃花ちゃんもいる。
みんなスマホで写真を撮ったり、小型のサイン帳に何やらメッセージを書いている。
「梅谷君も書いて」
ほとんど話したことがない女子から声をかけられた。
友巴ちゃんや帆乃花ちゃんの方を見ると、2人そろって男子陣にサイン帳に書けと言っているようだった。
ならいいか。
書くこともないので、すでに書いてある木下のメッセージを参考にした。
『お互い素敵な人生を!』
木下は「お互い素敵✨な大人になろう」だったからまあいいだろう。
ほかにも女子からメッセージを求められて、同じ文言を書いた。
友巴ちゃんと帆乃花ちゃんが、メッセージを依頼した男子に挟まれ写真を撮られている。正直、ムッとしたが卒業式だから仕方ない。
「あっ、シュウゴくん」
「シュウゴくん、おはよう」
俺に気づいた友巴ちゃんと帆乃花ちゃんが駆け寄ってくる。
ははっ、この優越感。
「一緒に写真撮ろっ」
帆乃花ちゃんがニコリと笑いかけてきた。
2人とは何度も写真を撮っているが、やはり卒業式当日の写真もほしい。
2人が俺の腕に絡んできた。何度されてもドキドキするものだ。
「僕が撮るよ」
俺に声をかけてきたのは木下だ。
まあ木下ならふざけず、ちゃんと撮ってくれるだろう。
俺は自分のスマホを渡した。
木下は俺たち3人の写真を撮り終えると、俺とツーショットを撮りたいらしく、帆乃花ちゃんに自分のスマホを渡した。
「梅谷君は京都、僕は東京で離れちゃうからね」
木下は京都の国立大を目指していたが、結局、東京の有名私大に行くことになった。
「まあな。この学校から何人か東京に行くから仲良くな」
そのうちの1人はサッチだ。第一志望の東京の私大に合格したのだ。
「僕、人見知りだから……」
木下はそう言い下を向いた。
こりゃサッチを今日中に紹介しておいた方がいいな。
ちなみにサッチはシェアハウスに居住するそうだ。
木下もそういうところの方が一皮むけて良いのかもしれない。
担任が教室に入ってきて、みんな、いったん席についた。担任の話を聞き講堂に向かった。
入場は普通クラスからで、特進クラスはそのあと、A組、B組の順となる。
講堂に入ると何人かが、「あっ」と一言、口から漏らした。俺もそのうちの1人だ。
来賓席の末席に、あけみっちが座っている。
あけみっちは俺に気付き、にこりと笑った。
俺も軽く手を振り応えた。
国歌と校歌斉唱後、卒業証書の授与式、大人たちのありがたーい話が長々と続き、在校生の送辞、在校生答辞ととなった。
在校生答辞の役、つまり卒業生の代表は帆乃花ちゃんだ。
進行役の学年主任に名前を呼ばれた帆乃花ちゃんは、澄んだ声で「はい」と応え、壇上に上がった。
その凛とした姿はさすが絵になる。
堂々と答辞を終え、壇上から降りる帆乃花ちゃんと目が合った。あけみっちと同じようにニコリとするかと思ったが、グッと涙を堪えているようであった。
最後に卒業の歌の斉唱だ。
ここでサプライズ発表があった。
国歌と校歌斉唱のピアノ伴奏は、イケメン講師であったが、卒業の歌のピアノ伴奏はあけみっちがするということだ。
舞台にあけみっちが上がると大きな拍手が湧いた。
その拍手がなり止むのを待ち、あけみっちが静かに演奏を始めた。
卒業の歌は、女性シンガーソングライターの曲で、高校生活の思い出を綴った歌詞が評判のものだ。
あけみっちの優しく美しいピアノの音色、心打つ歌詞が講堂全体に染み渡り、卒業生の女子だけでなく、在校生や保護者も啜り泣いている。
俺もなんだか泣けてきた。
卒業生一同歌い終えると、在校生や保護者から大きな拍手をもらった。演奏を終えたあけみっちは一礼し、すっと幕に引いた。自分が主役ではないことを認識しているのだろう。
退場の時、保護者席をちらっと見ると俺の親もハンカチで目頭を押さえていた。
いろいろとわがままを言ってきたけど、ここまで育ててくれてありがとう。4月から実家を離れることになるけど、帰省した時は親孝行します。
そう心の中でつぶやいた。
保護者席から視線を移し、あけみっちが座っていた席を見ると空席であった。
仕事が忙しい中、駆けつけてくれたのだろう。
教室に戻り、担任から卒業アルバムや卒業記念品の名前入りボールペンなど、そして短めのありがたーい話をもらった。
「ありがとうございました」
最後にクラス全員でそう挨拶し頭を下げた。
先生だけでなくクラスメイト、購買のおばちゃんや用務員のおじさんなどなどみんなに感謝だ。
この挨拶をもってこの学校での生活はおしまいとなった。
さっさと教室を出ていく者、教室に残って名残惜しそうにする者それぞれだ。
帆乃花ちゃんは人気者なので、他のクラスの女子たちがこの教室に集まり、一緒に写真を撮られたり、メッセージを求められたりしている。
「シュウゴくん、先に行ってるね」
友巴ちゃんは女子トモと挨拶を交わしたあと、俺に向い手を振り教室を出て行った。
俺も早く出ないといけないが、卒業アルバムにメッセージを書いてと求められ、何を書こうか迷っている最中だ。ここでも木下の真似をさせてもらい急いで教室を出た。行き先は武道場である。
ほぼ幽霊部員であったが一応剣道部であったため「顔を出してください」と現部長に言われたのだ。
俺が到着するのを見計らい、卒業生8人は後輩から花束をもらった。こんなやる気のない先輩にも気を遣ってくれてありがとう。
後輩たちと一言、二言を交わし、友巴ちゃんのもとに向かった。
2年A組の教室に入ると、足音で気付いたのか友巴ちゃんが振り返った。
窓から海を見ていたのだろう。
「まだ友巴ちゃん1人?」
友巴ちゃんに近づきながらそう尋ねた。
「うん。花束綺麗だね」
「こんな先輩だけど、ちゃんと準備しててくれて、なんだかごめんなさいって感じ。友巴ちゃん、いる? 貰い物だけど」
「え、いいの? ありがとう」
プロポーズか告白するかのように、両手で花束を持ち友巴ちゃんに渡した。
「シュウゴくんからもらえるのがすっごい嬉しい。今日、卒業しましたって感じだね」
「ははっ。花束持っているとそういう気分になるよね。この学校最後の思い出になったかな?」
「うん。でも私、この2年A組の教室が一番の思い出だよ」
「俺も。友巴ちゃんを初めて見て、好きになった思い出の場所だからね」
「へへ。嬉しいな」
「ねえ、友巴ちゃん。このクラスになって初めて座った席覚えてる?」
「もちろん覚えてるよ」
「そこに座ってみてくれる?」
友巴ちゃんは素直に席についた。
俺も2年A組、最初の席に座る。
「そうそう。この眺め。友巴ちゃんがそこの席に立って、自己紹介した時に一目惚れしたんだよ」
「あらためてシュウゴくんにそう言われるとすっごく嬉しい」
友巴ちゃんが照れた表情を見せる。それがとてつもなく可愛い。
おもむろに俺は席を立ち友巴ちゃんに近づいた。
「友巴ちゃん。立ってくれる?」
ん? といった表情をしながら友巴ちゃんが立つ。
俺は友巴ちゃんを抱きしめ、キスをした。
「ここの教室で友巴ちゃんにキスをしたかった」
抱きしめながらそう言うと、友巴ちゃんは俺の胸に顔を沈め、ぎゅっと抱きしめ返してくる。
「やっぱりシュウゴくんと離れるの寂しいよ……」
友巴ちゃんがそう呟いた。
「永遠に会えなくなるわけじゃないし、友巴ちゃんが英語をしっかり身につけた後は一緒に過ごそうね」
「うん……」
友巴ちゃんを自分の席に座らせ、俺は友巴ちゃんの後ろの席に座った。
最初に席替えした時の席だ。
「ここでいつも友巴ちゃんの背中を見て勉強したなあ」
「背中にシュウゴくんの視線感じてたよ」
「え、マジで? 恥ずかしい」
「背中に目があったら、いつもシュウゴくんを見てられたのに」
「そしたら勉強どころじゃないね」
「よく考えたら怖いもんね。妖怪背中目みたい」
「そんな妖怪がいるの?」
「知らない」
まだ目には涙が溜まっていたが、友巴ちゃんが笑顔になった。
「お、いたいた。ってトモハ、なんで泣いてるのよ。まだ卒業式の余韻?」
俺のすぐ隣の扉からサッチが入ってきた。
「まあ、そんなところだよ」
「だよね。私も。ホノカはまだ?」
そう言いながら、サッチは友巴ちゃんの隣に座った。
「これって、最初の席替えの時の位置だよね。懐かしいね」
「サッチやホノカちゃんのおかげで、私の青春がここから始まったんだよ」
「楽しかったね、いろいろとたくさん。大学に行っても楽しいことばっかりだといいな」
「サッチ。シェアハウスの場所は決まったのか?」
「うん。あけみっちが大学近くの良いところを探してくれた」
「ここでもあけみっちがサポートしてくれたか」
「本当に良い先生だったよね。先生というよりも頼りになるお姉さんって感じかな」
「友巴ちゃんの言うとおり。あけみっち、ピアノ伴奏が終わったらいなくなっちゃったけど、もう帰っちゃったのかな?」
「たぶんね。仕事が相当忙しいみたいだし」
「ごめん、遅くなった」
帆乃花ちゃんが教室の前の扉から入ってきた。
「大丈夫だよ。次の授業、もうないし」
友巴ちゃんが笑って言った。
帆乃花ちゃんは、すっと俺の隣の席につく。
「最初の席替えの時の位置だね、これ。懐かしいね」
「それ、もう私が言った」
「ホノカちゃんとサッチって、ほんと似た者同士だよね」
そう言い、また友巴ちゃんが笑った。
「でも私が東京、トモハはイギリス、ホノカとシュウゴは京都。バラバラになっちゃうね」
「みんなが揃うのは正月とお盆くらいになっちゃうかもね」
「ホノカサーン。イギリスニハ、オボンハナイノデス」
友巴ちゃんが片言の日本語を話す外国人の真似をした。
「はあ……。卒業を迎えてついにトモハも壊れたか……」
サッチがやれやれと大袈裟なジェスチャーをした。
「今のは冗談だけど、私が帰国した時は、みんな集合してね」
友巴ちゃんのお願いにみんながうなずく。
「そう言えばサッチ。東京の大学に何人かこの学校から行くだろ。うちのクラスに木下っていうのがいて、そいつも東京に行くからよろしくな」
「木下って子は、男子? 女子?」
「男子」
「どんな」
「うーん、ひとことで言うとサッチと真逆の性格かな。真面目でおとなしい」
「ちょっと、私が不真面目で騒がしいみたいじゃん」
「それ、サッチそのものだよ」
「トモハちゃんの言うとおり。サッチは不真面目で騒がしくて落ち着きがない」
「私、そこまで言ってないよ。確かにサッチはとーっても落ち着きないけど」
みんなで笑う。
「あーあ。もうこの学校でこんな風に笑うことないんだね」
サッチのつぶやきにみんな無言になった。
「俺たちの人生はこれからだし、永遠の別れでもない。4人で会う時はみんなそれぞれ成長した姿を見せようぜ」
「おっ、シュウゴくん、なんだかかっこいい」
友巴ちゃんが褒めてくれた。
「いつのまにかシュウゴくん、普通じゃなくなったね。もちろんいい意味でだよ」
帆乃花ちゃんも褒めてくれた。
「私に出会えてシュウゴって運が良いよね」
サッチは俺を褒めたのか?
「たしかに3人に会えたから今の俺がいるのは間違いない。友巴ちゃん、帆乃花ちゃん、サッチ、ありがとう」
「シュウゴ、何真面目になってるの。って、もうこんな時間じゃん。卒業旅行の打ち合わせに行かなきゃ。ケイコたち、待ってるよ」
「駅前のファストフード店だったっけ?」
「ははっ。いつもと変わらないね」
「人間、そんなに簡単に成長しないってことだね」
4人同時に立ち上がる。
ありがとう。最高の思い出を作ってくれた学校よ。それに、友巴ちゃんや帆乃花ちゃんたちに出会わせてくれた運命の神様、感謝してます。ゆっくりだけど、俺は成長していきます。
そう心の中でつぶやき、みんなとともに思い出の教室から新たな一歩を踏み出した。
高1の時は、なんとなく過ごしていたが、高2で友巴ちゃんや帆乃花ちゃん、それにあけみっちと出会い人生が大きく変わった。高3は、受験中心で過ごしたため、あまり思い出はないが、帆乃花ちゃんと同じ大学に合格できたため悔いはない。
今日が最後の登校日。3月1日であるため通学路に植えられた八重桜はまだ咲いていないが、頬をなでる風に春を感じる。
校門で、複数の組みの親と生徒が一緒に写真を撮っている。俺の親は放任主義ではあるが、式には出たいそうで後からこそっと卒業式の会場である講堂にくるそうだ。
校門を抜けたところで、後ろからヒデキに声をかけられた。
「シュウゴ」
「おう、ヒデキ。なんだ、卒業式だって言うのに元気ないな」
「まあな。こんな俺でもなんとなくセンチメンタルになるもんだ」
「へー。お前でもなるのか?」
「ああ。もうこの校舎に来なくなると思うとな。ケイコとの思い出もあるし」
「そうだよな……」
友巴ちゃんや帆乃花ちゃんと同じ教室でもう過ごせなくなる。そう思うと寂しい気持ちが溢れてくる。
「またあとで」とヒデキと別れ教室に入ると、チャイムがなる30分も前だと言うのにすでに多くのクラスメイトが来ていた。
友巴ちゃんや帆乃花ちゃんもいる。
みんなスマホで写真を撮ったり、小型のサイン帳に何やらメッセージを書いている。
「梅谷君も書いて」
ほとんど話したことがない女子から声をかけられた。
友巴ちゃんや帆乃花ちゃんの方を見ると、2人そろって男子陣にサイン帳に書けと言っているようだった。
ならいいか。
書くこともないので、すでに書いてある木下のメッセージを参考にした。
『お互い素敵な人生を!』
木下は「お互い素敵✨な大人になろう」だったからまあいいだろう。
ほかにも女子からメッセージを求められて、同じ文言を書いた。
友巴ちゃんと帆乃花ちゃんが、メッセージを依頼した男子に挟まれ写真を撮られている。正直、ムッとしたが卒業式だから仕方ない。
「あっ、シュウゴくん」
「シュウゴくん、おはよう」
俺に気づいた友巴ちゃんと帆乃花ちゃんが駆け寄ってくる。
ははっ、この優越感。
「一緒に写真撮ろっ」
帆乃花ちゃんがニコリと笑いかけてきた。
2人とは何度も写真を撮っているが、やはり卒業式当日の写真もほしい。
2人が俺の腕に絡んできた。何度されてもドキドキするものだ。
「僕が撮るよ」
俺に声をかけてきたのは木下だ。
まあ木下ならふざけず、ちゃんと撮ってくれるだろう。
俺は自分のスマホを渡した。
木下は俺たち3人の写真を撮り終えると、俺とツーショットを撮りたいらしく、帆乃花ちゃんに自分のスマホを渡した。
「梅谷君は京都、僕は東京で離れちゃうからね」
木下は京都の国立大を目指していたが、結局、東京の有名私大に行くことになった。
「まあな。この学校から何人か東京に行くから仲良くな」
そのうちの1人はサッチだ。第一志望の東京の私大に合格したのだ。
「僕、人見知りだから……」
木下はそう言い下を向いた。
こりゃサッチを今日中に紹介しておいた方がいいな。
ちなみにサッチはシェアハウスに居住するそうだ。
木下もそういうところの方が一皮むけて良いのかもしれない。
担任が教室に入ってきて、みんな、いったん席についた。担任の話を聞き講堂に向かった。
入場は普通クラスからで、特進クラスはそのあと、A組、B組の順となる。
講堂に入ると何人かが、「あっ」と一言、口から漏らした。俺もそのうちの1人だ。
来賓席の末席に、あけみっちが座っている。
あけみっちは俺に気付き、にこりと笑った。
俺も軽く手を振り応えた。
国歌と校歌斉唱後、卒業証書の授与式、大人たちのありがたーい話が長々と続き、在校生の送辞、在校生答辞ととなった。
在校生答辞の役、つまり卒業生の代表は帆乃花ちゃんだ。
進行役の学年主任に名前を呼ばれた帆乃花ちゃんは、澄んだ声で「はい」と応え、壇上に上がった。
その凛とした姿はさすが絵になる。
堂々と答辞を終え、壇上から降りる帆乃花ちゃんと目が合った。あけみっちと同じようにニコリとするかと思ったが、グッと涙を堪えているようであった。
最後に卒業の歌の斉唱だ。
ここでサプライズ発表があった。
国歌と校歌斉唱のピアノ伴奏は、イケメン講師であったが、卒業の歌のピアノ伴奏はあけみっちがするということだ。
舞台にあけみっちが上がると大きな拍手が湧いた。
その拍手がなり止むのを待ち、あけみっちが静かに演奏を始めた。
卒業の歌は、女性シンガーソングライターの曲で、高校生活の思い出を綴った歌詞が評判のものだ。
あけみっちの優しく美しいピアノの音色、心打つ歌詞が講堂全体に染み渡り、卒業生の女子だけでなく、在校生や保護者も啜り泣いている。
俺もなんだか泣けてきた。
卒業生一同歌い終えると、在校生や保護者から大きな拍手をもらった。演奏を終えたあけみっちは一礼し、すっと幕に引いた。自分が主役ではないことを認識しているのだろう。
退場の時、保護者席をちらっと見ると俺の親もハンカチで目頭を押さえていた。
いろいろとわがままを言ってきたけど、ここまで育ててくれてありがとう。4月から実家を離れることになるけど、帰省した時は親孝行します。
そう心の中でつぶやいた。
保護者席から視線を移し、あけみっちが座っていた席を見ると空席であった。
仕事が忙しい中、駆けつけてくれたのだろう。
教室に戻り、担任から卒業アルバムや卒業記念品の名前入りボールペンなど、そして短めのありがたーい話をもらった。
「ありがとうございました」
最後にクラス全員でそう挨拶し頭を下げた。
先生だけでなくクラスメイト、購買のおばちゃんや用務員のおじさんなどなどみんなに感謝だ。
この挨拶をもってこの学校での生活はおしまいとなった。
さっさと教室を出ていく者、教室に残って名残惜しそうにする者それぞれだ。
帆乃花ちゃんは人気者なので、他のクラスの女子たちがこの教室に集まり、一緒に写真を撮られたり、メッセージを求められたりしている。
「シュウゴくん、先に行ってるね」
友巴ちゃんは女子トモと挨拶を交わしたあと、俺に向い手を振り教室を出て行った。
俺も早く出ないといけないが、卒業アルバムにメッセージを書いてと求められ、何を書こうか迷っている最中だ。ここでも木下の真似をさせてもらい急いで教室を出た。行き先は武道場である。
ほぼ幽霊部員であったが一応剣道部であったため「顔を出してください」と現部長に言われたのだ。
俺が到着するのを見計らい、卒業生8人は後輩から花束をもらった。こんなやる気のない先輩にも気を遣ってくれてありがとう。
後輩たちと一言、二言を交わし、友巴ちゃんのもとに向かった。
2年A組の教室に入ると、足音で気付いたのか友巴ちゃんが振り返った。
窓から海を見ていたのだろう。
「まだ友巴ちゃん1人?」
友巴ちゃんに近づきながらそう尋ねた。
「うん。花束綺麗だね」
「こんな先輩だけど、ちゃんと準備しててくれて、なんだかごめんなさいって感じ。友巴ちゃん、いる? 貰い物だけど」
「え、いいの? ありがとう」
プロポーズか告白するかのように、両手で花束を持ち友巴ちゃんに渡した。
「シュウゴくんからもらえるのがすっごい嬉しい。今日、卒業しましたって感じだね」
「ははっ。花束持っているとそういう気分になるよね。この学校最後の思い出になったかな?」
「うん。でも私、この2年A組の教室が一番の思い出だよ」
「俺も。友巴ちゃんを初めて見て、好きになった思い出の場所だからね」
「へへ。嬉しいな」
「ねえ、友巴ちゃん。このクラスになって初めて座った席覚えてる?」
「もちろん覚えてるよ」
「そこに座ってみてくれる?」
友巴ちゃんは素直に席についた。
俺も2年A組、最初の席に座る。
「そうそう。この眺め。友巴ちゃんがそこの席に立って、自己紹介した時に一目惚れしたんだよ」
「あらためてシュウゴくんにそう言われるとすっごく嬉しい」
友巴ちゃんが照れた表情を見せる。それがとてつもなく可愛い。
おもむろに俺は席を立ち友巴ちゃんに近づいた。
「友巴ちゃん。立ってくれる?」
ん? といった表情をしながら友巴ちゃんが立つ。
俺は友巴ちゃんを抱きしめ、キスをした。
「ここの教室で友巴ちゃんにキスをしたかった」
抱きしめながらそう言うと、友巴ちゃんは俺の胸に顔を沈め、ぎゅっと抱きしめ返してくる。
「やっぱりシュウゴくんと離れるの寂しいよ……」
友巴ちゃんがそう呟いた。
「永遠に会えなくなるわけじゃないし、友巴ちゃんが英語をしっかり身につけた後は一緒に過ごそうね」
「うん……」
友巴ちゃんを自分の席に座らせ、俺は友巴ちゃんの後ろの席に座った。
最初に席替えした時の席だ。
「ここでいつも友巴ちゃんの背中を見て勉強したなあ」
「背中にシュウゴくんの視線感じてたよ」
「え、マジで? 恥ずかしい」
「背中に目があったら、いつもシュウゴくんを見てられたのに」
「そしたら勉強どころじゃないね」
「よく考えたら怖いもんね。妖怪背中目みたい」
「そんな妖怪がいるの?」
「知らない」
まだ目には涙が溜まっていたが、友巴ちゃんが笑顔になった。
「お、いたいた。ってトモハ、なんで泣いてるのよ。まだ卒業式の余韻?」
俺のすぐ隣の扉からサッチが入ってきた。
「まあ、そんなところだよ」
「だよね。私も。ホノカはまだ?」
そう言いながら、サッチは友巴ちゃんの隣に座った。
「これって、最初の席替えの時の位置だよね。懐かしいね」
「サッチやホノカちゃんのおかげで、私の青春がここから始まったんだよ」
「楽しかったね、いろいろとたくさん。大学に行っても楽しいことばっかりだといいな」
「サッチ。シェアハウスの場所は決まったのか?」
「うん。あけみっちが大学近くの良いところを探してくれた」
「ここでもあけみっちがサポートしてくれたか」
「本当に良い先生だったよね。先生というよりも頼りになるお姉さんって感じかな」
「友巴ちゃんの言うとおり。あけみっち、ピアノ伴奏が終わったらいなくなっちゃったけど、もう帰っちゃったのかな?」
「たぶんね。仕事が相当忙しいみたいだし」
「ごめん、遅くなった」
帆乃花ちゃんが教室の前の扉から入ってきた。
「大丈夫だよ。次の授業、もうないし」
友巴ちゃんが笑って言った。
帆乃花ちゃんは、すっと俺の隣の席につく。
「最初の席替えの時の位置だね、これ。懐かしいね」
「それ、もう私が言った」
「ホノカちゃんとサッチって、ほんと似た者同士だよね」
そう言い、また友巴ちゃんが笑った。
「でも私が東京、トモハはイギリス、ホノカとシュウゴは京都。バラバラになっちゃうね」
「みんなが揃うのは正月とお盆くらいになっちゃうかもね」
「ホノカサーン。イギリスニハ、オボンハナイノデス」
友巴ちゃんが片言の日本語を話す外国人の真似をした。
「はあ……。卒業を迎えてついにトモハも壊れたか……」
サッチがやれやれと大袈裟なジェスチャーをした。
「今のは冗談だけど、私が帰国した時は、みんな集合してね」
友巴ちゃんのお願いにみんながうなずく。
「そう言えばサッチ。東京の大学に何人かこの学校から行くだろ。うちのクラスに木下っていうのがいて、そいつも東京に行くからよろしくな」
「木下って子は、男子? 女子?」
「男子」
「どんな」
「うーん、ひとことで言うとサッチと真逆の性格かな。真面目でおとなしい」
「ちょっと、私が不真面目で騒がしいみたいじゃん」
「それ、サッチそのものだよ」
「トモハちゃんの言うとおり。サッチは不真面目で騒がしくて落ち着きがない」
「私、そこまで言ってないよ。確かにサッチはとーっても落ち着きないけど」
みんなで笑う。
「あーあ。もうこの学校でこんな風に笑うことないんだね」
サッチのつぶやきにみんな無言になった。
「俺たちの人生はこれからだし、永遠の別れでもない。4人で会う時はみんなそれぞれ成長した姿を見せようぜ」
「おっ、シュウゴくん、なんだかかっこいい」
友巴ちゃんが褒めてくれた。
「いつのまにかシュウゴくん、普通じゃなくなったね。もちろんいい意味でだよ」
帆乃花ちゃんも褒めてくれた。
「私に出会えてシュウゴって運が良いよね」
サッチは俺を褒めたのか?
「たしかに3人に会えたから今の俺がいるのは間違いない。友巴ちゃん、帆乃花ちゃん、サッチ、ありがとう」
「シュウゴ、何真面目になってるの。って、もうこんな時間じゃん。卒業旅行の打ち合わせに行かなきゃ。ケイコたち、待ってるよ」
「駅前のファストフード店だったっけ?」
「ははっ。いつもと変わらないね」
「人間、そんなに簡単に成長しないってことだね」
4人同時に立ち上がる。
ありがとう。最高の思い出を作ってくれた学校よ。それに、友巴ちゃんや帆乃花ちゃんたちに出会わせてくれた運命の神様、感謝してます。ゆっくりだけど、俺は成長していきます。
そう心の中でつぶやき、みんなとともに思い出の教室から新たな一歩を踏み出した。
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