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第一章 きざし
第一話
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ある書店の奥の方。
ライトノベル、キャラ文芸の売り場を越したところに、棚1つ分ほど、いわゆる「ライト文芸」である小説が並べられている。
青春に恋愛やSF、日常系など、自由なテーマで描かれたストーリー性の強い小説たちのタイトルが憧れを集めて、閑静な書店の中で煌煌と見える。
「...あった」
"ここに僕の知る春があった。"
高校生の主人公の前に、好きだった幼馴染にそっくりな少女が転校生として現れ、互いに想いを寄せるにつれて、主人公の葛藤や少女の秘密が顕になっていく物語。
ほんの少し前に出版された、僕が書いた本だ。
表紙には桜の下で微笑みかける瓜二つの2人の少女が描かれている。
昔から、切なげではあるが美化されていくような青春をテーマにした小説が好きだった。
今回の本は、普段より筆が進んで推敲を重ねることが出来て自信があるのは確かだが、まずライト文芸というジャンルが増えてきている中で、他の本と同じように並べられているこの小説を新しく手に取る人が現れるようなことはあまりないのだろうとおもう。
(さて、次のはどうするか...)
そろそろ次の小説を書き始めるという中で、最近気づいたことがあった。
自分の中で"小説を書くこと"が、色褪せていっているのではないかということ。
もちろん好きで、こういう小説を書いているのではあるが、利益とか評判とか人間らしい嫌らしさが出てきてしまう。
もちろん、それは自分にとって嫌な変化だった。
(せっかくだし1冊くらいなにか読んでみようか)
と、1つ少し不思議なタイトルの本が気になったので、買ってみた。
書店を出て、手元の腕時計で時間通りであることを確認してから病院に向かった。
僕は幼稚園の頃から、周りを見ずに衝動的に行動することが多かった。それを見かねた母親に、小学校中学年くらいの頃に、近くにある大きな総合病院に連れて行かれ、僕はADHDと診断された。
それからは定期的に薬を処方してもらっている。
入口付近にある受付に向かい、処方箋を渡してその辺りの椅子に座り、頬杖をついた。
次に書く小説は、命をテーマにしたものにしようかと考えていた。
闘病生活で苦しむ主人公と突然目の前に現れた少女とか、もしくは病に犯されて辛い彼女と不器用だけれど優しい男とか。
でも、そんな闘病生活を強いられている人のことなど僕には分からない。病に苦しむ人はどんな気持ちや思いで人に関わったり、耐え忍んだりしているのだろうか。そして、どんな気持ちや思いで自分に向き合ってもらうのが嬉しいのだろうか。
ありきたりなりにも美しく描きたい僕の詩に込められるものは一体何なのだろうか。
「君浦さーん」
自分の名字を呼ばれてふと我に返る。あまりこんな公共の場で考え込むのも良くない。
少し早足で受付に向かった。
受付の人はにこやかに私に対応する。
「お大事になさってください」
と、その人は体を少し前に傾けた。
僕もこくりと小さくお辞儀をして病院を出ようとした。
しかし、出入口まであと10歩くらいの時。
「あの」
女性らしい少し高めの声が聞こえて、振り向くと、
「"きみうらうた"さんですか?」
少し巻いたような明るい色の髪に白い肌の可憐な女性が立っていた。
「はい、そうですが」
正直こういうところでこうやって芸能人みたいな感じで話しかけられたことなどなく、困惑して上手く返事できなかった。けれど、女性は「やっと逢えた!」と言わんばかりの晴れやかな笑顔でこちらをじっと見つめてくる。
「あっ、やっぱり!君浦っていう名字珍しいから」
女性は嬉しそうに1人で分析?している。
「すみません、帰ってもいいですか」
自分のことを認識してくれていることは嬉しいが、こういう状況で話すのが得意なわけがない。
逃げようとしたけれど、
「え、あ、ちょっと...」
腕を掴んで留めてきた。その反動でその女性と顔の距離が近くなる。
最初はぱっと見、柔らかな印象を覚えたが、全体的に彫りが深く、ぱっちりとした目元にぷっくりと膨らんだ唇と、理想的な整った顔立ちをしていた。
「あの...無理を承知で言うんですが、」
女性は申し訳なさそうに下を向いて口を開いた。
(なんとなく嫌な予感がする...)
「近くのカフェかどこかでお話...」
「ごめんなさい、できません」
僕は決して初対面の人とカフェで話などできるような人間じゃない。それは自分が1番わかっている。それに、正直迷惑だ。
さっさと走ってその場から逃げようとしてみたけれど、またしつこく腕を掴んできた。
「なんですか」
少し不機嫌な声でそう言って振り返ると、
彼女は離したくないと訴えるような目でこっちを見ている。
僕は早くその場から離れたかった。
「初めて見た他人についていくわけないじゃないですか」
少しカッとなってそう言うと、女性は少し悲しそうに目を伏せ、腕を離した。
「...ごめんなさい、初対面で失礼なことをしてしまいました」
申し訳なさそうに困り眉で微笑んでから、
失礼します、と軽く会釈して女性は去っていった。
少し淋しそうに。
ライトノベル、キャラ文芸の売り場を越したところに、棚1つ分ほど、いわゆる「ライト文芸」である小説が並べられている。
青春に恋愛やSF、日常系など、自由なテーマで描かれたストーリー性の強い小説たちのタイトルが憧れを集めて、閑静な書店の中で煌煌と見える。
「...あった」
"ここに僕の知る春があった。"
高校生の主人公の前に、好きだった幼馴染にそっくりな少女が転校生として現れ、互いに想いを寄せるにつれて、主人公の葛藤や少女の秘密が顕になっていく物語。
ほんの少し前に出版された、僕が書いた本だ。
表紙には桜の下で微笑みかける瓜二つの2人の少女が描かれている。
昔から、切なげではあるが美化されていくような青春をテーマにした小説が好きだった。
今回の本は、普段より筆が進んで推敲を重ねることが出来て自信があるのは確かだが、まずライト文芸というジャンルが増えてきている中で、他の本と同じように並べられているこの小説を新しく手に取る人が現れるようなことはあまりないのだろうとおもう。
(さて、次のはどうするか...)
そろそろ次の小説を書き始めるという中で、最近気づいたことがあった。
自分の中で"小説を書くこと"が、色褪せていっているのではないかということ。
もちろん好きで、こういう小説を書いているのではあるが、利益とか評判とか人間らしい嫌らしさが出てきてしまう。
もちろん、それは自分にとって嫌な変化だった。
(せっかくだし1冊くらいなにか読んでみようか)
と、1つ少し不思議なタイトルの本が気になったので、買ってみた。
書店を出て、手元の腕時計で時間通りであることを確認してから病院に向かった。
僕は幼稚園の頃から、周りを見ずに衝動的に行動することが多かった。それを見かねた母親に、小学校中学年くらいの頃に、近くにある大きな総合病院に連れて行かれ、僕はADHDと診断された。
それからは定期的に薬を処方してもらっている。
入口付近にある受付に向かい、処方箋を渡してその辺りの椅子に座り、頬杖をついた。
次に書く小説は、命をテーマにしたものにしようかと考えていた。
闘病生活で苦しむ主人公と突然目の前に現れた少女とか、もしくは病に犯されて辛い彼女と不器用だけれど優しい男とか。
でも、そんな闘病生活を強いられている人のことなど僕には分からない。病に苦しむ人はどんな気持ちや思いで人に関わったり、耐え忍んだりしているのだろうか。そして、どんな気持ちや思いで自分に向き合ってもらうのが嬉しいのだろうか。
ありきたりなりにも美しく描きたい僕の詩に込められるものは一体何なのだろうか。
「君浦さーん」
自分の名字を呼ばれてふと我に返る。あまりこんな公共の場で考え込むのも良くない。
少し早足で受付に向かった。
受付の人はにこやかに私に対応する。
「お大事になさってください」
と、その人は体を少し前に傾けた。
僕もこくりと小さくお辞儀をして病院を出ようとした。
しかし、出入口まであと10歩くらいの時。
「あの」
女性らしい少し高めの声が聞こえて、振り向くと、
「"きみうらうた"さんですか?」
少し巻いたような明るい色の髪に白い肌の可憐な女性が立っていた。
「はい、そうですが」
正直こういうところでこうやって芸能人みたいな感じで話しかけられたことなどなく、困惑して上手く返事できなかった。けれど、女性は「やっと逢えた!」と言わんばかりの晴れやかな笑顔でこちらをじっと見つめてくる。
「あっ、やっぱり!君浦っていう名字珍しいから」
女性は嬉しそうに1人で分析?している。
「すみません、帰ってもいいですか」
自分のことを認識してくれていることは嬉しいが、こういう状況で話すのが得意なわけがない。
逃げようとしたけれど、
「え、あ、ちょっと...」
腕を掴んで留めてきた。その反動でその女性と顔の距離が近くなる。
最初はぱっと見、柔らかな印象を覚えたが、全体的に彫りが深く、ぱっちりとした目元にぷっくりと膨らんだ唇と、理想的な整った顔立ちをしていた。
「あの...無理を承知で言うんですが、」
女性は申し訳なさそうに下を向いて口を開いた。
(なんとなく嫌な予感がする...)
「近くのカフェかどこかでお話...」
「ごめんなさい、できません」
僕は決して初対面の人とカフェで話などできるような人間じゃない。それは自分が1番わかっている。それに、正直迷惑だ。
さっさと走ってその場から逃げようとしてみたけれど、またしつこく腕を掴んできた。
「なんですか」
少し不機嫌な声でそう言って振り返ると、
彼女は離したくないと訴えるような目でこっちを見ている。
僕は早くその場から離れたかった。
「初めて見た他人についていくわけないじゃないですか」
少しカッとなってそう言うと、女性は少し悲しそうに目を伏せ、腕を離した。
「...ごめんなさい、初対面で失礼なことをしてしまいました」
申し訳なさそうに困り眉で微笑んでから、
失礼します、と軽く会釈して女性は去っていった。
少し淋しそうに。
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