涙雨

燐華

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第1話

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「次は、○○駅。○○駅です。」

ガラガラな地方の普通列車の車内に、車掌の気だるげな低い声が木霊している。しかし、それを気にする隙もなく、日常茶飯事な、上司からのご指導説教に、雑用に、ミスの押しつけに、サービス残業で、疲弊した体を座席に放り投げてから、
少し呆れたようにため息をついた。

最近はゆったり休みが取れている気がしない。世間一般のアラサー独身男性なんて、こんなもんなのだろうか。死ねるわけでもなくて、こういう生き方を耐え抜いているのだろうか。色恋沙汰だったりの心を寄せられる場所もなく、彷っている様なものに思える。

「ゔっ」

...にしても、最近は本当に体調が優れない。一時的で普段は特に弊害もなく過ごせているのだが、突然なんの前触れもなく、可笑しなノイズが脳に直接響いている感じがして、頭が痛くなる。
有給休暇が欲しい...
さっきより大きく、わざとらしく息づいてみた。
ため息は幸せが逃げるなんて言うが、ため息を我慢するだけで幸せになれようものなら、とっくにため息なんか吐かずにいる。
...その努力をしない時点でなんとなく自分がダメ人間な感じがしてならないのだが。

落ち着くために、外を眺めてみたものの、都会とも田舎ともつかないこの場所では、ぽつんぽつんと星が散らばめられているだけでそっけなく感じた。

今勤めている会社の近くの大学に通っていた学生時代から、この電車には孤独ひとりでこうやって静かに佇んでいた。
デジャヴみたいにいつもと何も変わらない終電前のこの電車は、疎外感も安心感も感じない空虚。
まあ、残業帰りのこんな時間にわざわざ欲しい刺激がある訳でもないのだから、文句を垂れるのもおかしな話だ。

「まもなく、終点××駅。××駅です。」

自分の最寄り駅を告げる車内放送。
黙って帰ろう、と腰を上げた。

「終点××駅。××駅です。」

何とか上げておかなければならない瞼を擦って電車とホームの間を跨ぐ。


改札口を出て、駅の出口へ向かう。
駅を出て少し真っ直ぐ歩いたところにはいつもお世話になっている自販機がある。

「今日の褒美だな」

人工的なその光に虫の如く引っ張られる。
今日はどれにしようか。この冬の時期にアイスは無いだろうし、ホットだな。微糖...。あれ飲んでみたけど、普通に砂糖結構入ってるんだよな。無難にブラックか。そういえば、昔は全然コーヒーなんて飲まなかったような気がする。いつからこんなに飲むようになったのだろうか。
そんなことを考えながらボタンを押そうとした時。




「ゔぐっ...!」


脳に、鞭を打ち付けるように女性の甲高い叫び声が混ざった雑音が轟いた。

それと同時に頭が異様に痛くなる。
思わず自販機に手をついてもたれ掛かった。

その雑音と頭痛はしばらく経っても収まらない。

背筋にツゥーっと冷たいものが通ったように感じる。
それによる寒気がして風邪を引いたようだ。

その途端に、キーンと耳鳴りのようなものが耳の奥まで響き渡る。

昔から耳鳴りは大の苦手で、吐き気がするような気持ち悪さを覚える。

自分が過呼吸の状態であるのを自覚したタイミングから、更に更に息が上がり続ける。

拷問にしか思えない。何とか目をこじ開けて、気絶することはないように耐えてはみる。しかし、視界はぐらぐらぐらぐらくらんでいる。

そして、明らかに体調不良とは関係の無い何かに気づく。



誰かが自分のこめかみを押さえつけているのだ。

ぐーっ、ぐーっ、ぐーっ

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ

頭が狂ってしまいそうになる。
状況の整理がつかなくて、そのパニック状態が自分の苦しみに、拍車をかけているようだった。

ぼやけて霞む視界に耐えきれなくなって、
グッと目を瞑った。




...暫くして、目を開けた時には、まだ少し息は上がっていたものの、体の異変はほとんど治まっていた。

...にしても、これはヤバイな。
でも、今のは一時的な何かでしかないのかもしれないな。
とりあえず、明日"アイツ"に相談してみるか。

さっき変に力を入れたせいでか、力が入りづらくなっている体を何とか起こして自宅に向かい、歩いた。
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