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今日は神様に会える日。
しおりを挟む"今日は神様に会える。"
柔らかくて温かい誰かの膝の上で、安心した幼い私が、自分の羽を自分で弄って遊んでいる。
......そんな穏やかで幸せな夢の中で、そのことを思い出した私は、飛び起きて、寝ぼけ眼をゴシゴシと擦った。
カーテンの外から私の体に、白い朝の光が降り注いでいる。私はぐーっと伸びをした。
少し時間が経って落ち着くと、さらにその実感が湧いてくる。
そうだ、今日は神様に会えるんだ!
私はすぐにベッドから飛び降りた。
天使の見習いである私たちが、本物の天使になれるかどうか、神様に見ていただく。私たちの代にとっては今日がその日になっていた。
部屋に置いてあった荷物をまとめて、いつも通りの朝の支度をして、私たち見習いにとっての正装を纏って、自分のボブヘアを少し巻いて、鏡の前で神様に会った時に向けるための笑顔を作ってみる。
緊張のせいかいつもより頬が上がらない。緊張するのなんて当たり前だ。何時からか分からないくらい、ずっとずーっと前から大好きな神様にお会いできるんだもの。
部屋を見渡してみると、ここには私の荷物と私の身体以外何もない。
同じ部屋で過ごしていた他の子達は、せっかちなのか先に行っちゃったらしい。
まあ、心おきなく準備できるから私はいいのだけれど。
「......よしっ!」
しっかり自分の身だしなみを整えられたところで、荷物を持って長い間お世話になったその部屋を後にした。
・・・・・━━━━━━━━・・・・・
「よし、みんな揃ったね」
先生が、人数を確認し、私たちを番号順に一列に並べさせている。
天使たちが見習いの間は個人に名前はついていない。1番、2番、3番と、番号で呼ばれるようになっている。
先生曰く、この番号は生まれの順番で特に意味はないらしい。ちなみに私は全員で40人程度いるうちの13番だ。
「それでは、みなさん。今から神様の元へ参ります。自分が天使であるということをしっかり弁えなさい。」
先生の、いつもより低くシリアスな声に、空気がピンと張り詰める。みんながそれぞれ先生の言葉に頷いている。例に漏れず、私もその言葉を噛み締めるように頷いた。
「それでは行きましょう」
傍にいた番人が、神様のお待ちになられる部屋への大きな扉を開けた。
......扉を抜けた先には、神様が玉座におかけになられていた。若干目は垂れていて唇はぷっくりとしている、純白の布を纏ったその姿は、私の脳裏で昔神様とお話しした日のものと完璧に重なった。
その日が何年前なのか、私も覚えていないけれど、そのある日に見た神様の顔が私は今でも忘れられていなかった。
・・・・・━━━━━━━━・・・・・
『お前は......XXXX代の13番だな?』
私がこくりと頷くと、神様は私に心を赦した相手のように、優しく目尻を下げて微笑んでくださった。
『いいかい?天使とはな、選ばれた者にしか全う出来ない素晴らしい役柄なんだ。真っ白な羽に、美しい声。清らかな心、そして淑やかな振る舞いで魅了し、私のような存在に最期まで尽くしてくれるんだ。きっとお前は、そんな素敵な天使になる』
......そんな神様の言葉で、
誰も私と授業中にペアを組んでくれなかった日。
自分が浅ましいことをしてしまった時。
何の作業も上手く熟せなかった日。
先生に見捨てられそうになった時。
どんな時も、耐えることができた。
だって、神様が私を信じてくださっているから。誰かの言葉にへこたれそうになったって、あの方が私に笑ってくださったのだから。
それがただただ私の心の中にある癒しで、宝物だった。
これで私が素晴らしい天使になって神様の傍で仕えることができたら、その恩返しができる。という気持ちも、私がへこたれない理由の一つになっていた。
・・・・・━━━━━━━━・・・・・
神様によるこの審査では、見習い天使は一人ひとり台の上部の落とし穴のようなものの真上で鎖で繋がれて、神様がその天使の容姿から心の中までじっくり見つめて、判断が下される。
神様に天界での仕事を任せられないと判断された見習い天使は、2度と天界に戻って来れないようないわゆる"奈落の底"とか言うところに堕とされてしまうらしい。噂によれば、暗くて何もない恐ろしい場所なんだって。
でも、これまでに奈落の底に落とされた天使はほとんどいないらしい。そうなら、私が堕とされる訳はない。それに、私は神様の言う"素敵な天使"になるために、ここまで来たんだもの。きっと大丈夫!と自分に言い聞かせる。
......もし神様が幼い頃の私のことを覚えてくださっていたら、また私にあの時のような笑顔を見せてくださるのかな。
そんな淡い期待も心の端っこで抱いていた。
前の方を見ると、私よりも前の番号の子達が、合格を告げられて神様にそっと微笑まれている。
でも、昔神様が私にお話ししてくださった日の笑顔には敵わない。きっとその笑顔はただ、『本物の天使になれて良かったね』くらいの笑顔に過ぎないから。きっと神様は昔"素敵な天使"として見た私のことを1番気にかけてくれているはずだから。
だんだん私の番が近づいている。こんな時に浮かれても、緊張に押し潰されてもいけないのは分かっているから、私は平常心を作り上げた。
「次、13番。この台の上へ」
「はい」
少し震える脚を台の上に持っていくと、先生に鎖で脚を繋がれる。
「神様、よろしくお願い致します」
私はゆっくりと一礼をした。
神様はまじまじと私の方を見つめられている。その眼を見てみると、心の奥底の深く深くまで覗かれているような迫力があって少しギョッとする。
...と思ったら、恐らく私の評定が書かれているであろう書類を捲る。そして大体眼を通した後、もう一度私の方をじーっとお見つめになる。
それを幾度か繰り返す長い沈黙が続き......
「......13番」
神様が突然口を開く。
「はい、神様」
「お前は不合格だ」
......え。なんで......?
頭にかかった靄が消え去った後、ようやく疑問の感情が浮かび上がった。
「ソフィから幾らか話は聞いている。お前の評定はあまりにも低い。天界で天使として働くには実力とスペックが不十分だ。」
......授業の時に、私にだけ出来ないことが出来るだけないように努めた。
「そしてこの審査において容姿についてあまり説いたくないのだが、もう少し羽や顔周りを洗練させることはできなかったか?」
......みんなみたいに端正な顔と綺麗な羽にすることはできないから、髪や肌を磨いた。
「それに加え、なんだお前のその心は。嫉妬に欲望に憎悪に劣等感。ここまでお前は天使になるための何を磨いてきたと言うんだ。」
......神様、ねぇやめて......?
「......ち、ちがっ...」
私が少し反論しようとした次の瞬間に、自分の真下は深く黒い溝となり、鎖は千切られた。
落ちる。
「...たっ、す...」
助けを乞う前に私は声をひそめた。きっと声を上げたって無駄だろうから。先生も神様もクラスメイトも私の方を向かない。それで虚しくなるくらいならもう諦めてしまおうじゃないか。
最後に落ちていく私を見たあの神様の表情など、私は知らない。あんなの私の知ってる神様じゃない。
・・・・・━━━━━━━━・・・・・
......あぁ、堕ちていく。何処に行くかなど何も分からない。
落ちる時って、本当に頭から落ちていくんだなー、なんてことをぼーっと考える。
私はもう、きっと終わる。
「あーあ、」
......私も普通の天使だったらなぁ。
端正な顔立ちで、真っ白で綺麗な羽が生えて。讃美歌が上手で。言われたことを熟せて。淑やかに振る舞う"みんな"みたいな。
もし、私が合格して行ったみんなくらい凄かったなら、自分で隠して誤魔化してきたこんな悪魔みたいに醜悪な心たちを神様に見られなくて済んだのかなぁ。
その心たちだって、自分の中では限界まで奥底に沈め込んだつもりだったんだけどなぁ。
昔見た神様の顔を思い出す。
......あれ。
昔神様と話したあの日、なんで神様は私をあんな風に褒めたの。なんで私にあんな穏やかで優しい顔を見せたの。なんで私に未来の"素敵な天使"を見出したの。なんで私を"素敵な天使"なんて言葉に縋りつかせたの。なんで今になって、落ちていく私をあんな白けた眼で見たの。
なんでなんでなんでなんでなんでなんで。
どうして......?
今思ったって解き明かせるわけのない疑問ばかりが沸々と湧き起こってきた。何故それを疑問に思わなかったんだろう、私は。
突然、神様が憎たらしくなって、過去の自分が馬鹿馬鹿しくなって、仕方がない。
......私が落ちてきた穴の方を見ると、もう穴は閉じられて真っ黒だ。
私の羽から散った白がふわりふわりと黒の中を浮いている。
どんどん私から意識と思考が奪われていく感覚がする。
喪失感と解放感がぐちゃぐちゃと脳を蠢くみたい。
こんな事ならここまで自分の首を絞めないのに。
この意味不明な神様への想いと執念を携えて。
いわゆる"奈落の底"に辿り着いた時。
「私はどうなっているのかなぁ。」
FIN
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