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第2話
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ホームのベンチの隣の席に、真新しいスーツを着た新入社員らしき男性が座る。
男性は膝の上に黒いカバンを乗せ、さらにその上に小さなノートパソコンを乗せた。電源を付けると、ホーム画面一面に、鮮やかな桜の写真が映し出された。僕は横目でその写真を見た。眩しくて目を閉じた。
目の前には相変わらず、電車が行ったり来たりしていた。
東京駅は観光客や仕事の出張のための乗客で、混雑していた。
東北新幹線の改札を通り抜け、山形新幹線のホームへと続くエスカレーターを登る。ホームは売店で駅弁を買う帰省客で賑わっていた。
構内アナウンスが鳴り響く。滑り込むように入ってきた真新しい新幹線車両に乗ると、座席に沈み込むように座った。車内はひっそりとしていた。アナウンスが流れる。ホームにいた人たちが手を振っている。プシューーーとドアが閉まると、背中にわずかな圧力を感じ、電車は前へと動いた。
終着の新庄駅に到着するまで数時間はある。僕は窓の外の景色を眺めた。行き過ぎる東京の街並みをぼんやりと目で追った。
上京してから過ごした五年間があっという間に思える。ただせわしなく追われるように過ぎ去っていた日々は、僕を成長させてくれたのかどうかは分からなかった。残ったのは、少しの社会人経験と、一人暮らしで増えた、がらくたと荷物。
新幹線はどんどんスピードを増して、僕の思い出を振り切るように高速運転になった。
あっけないほど、目の前を消え去って行く、乱立するビル群、山手線の駅、商業施設、横断歩道を渡る、人、人、人。僕は知らない間に眠っていた。トンネルに入り、ゴーゴーという音だけが響いていた。
目が覚めると、窓の外の風景はすっかり変わっていた。
どこまでも続く広い田んぼと、濃い緑色の山並み。時計を見ると、発車してからもう三時間も経っていた。すっかり眠りこんでしまったらしい。
山形方面に入ってからは、新幹線は各駅停車になり、周りの乗客もまばらになっていた。あと二駅で着くので、僕は倒していたシートを元に戻し、荷物をまとめ始めた。
終点の新庄駅に到着し、ホームに降りると、草と土が混ざったような、のどかな匂いが鼻に入り込んできて胸いっぱいに広がった。懐かしい匂いに僕は思わず顔がほころんだ。
小さな改札を抜けロータリーに向かうと、いとこのノリが遠くに小さく見えた。軽自動車の運転席からこっちに向かって、大きく手を振っている。
「おーーーい、タカちゃーーーん!」
数年ぶりにあったノリは、全然変わっていなかった。帽子を前後さかさまに被り、膝に穴のあいた、古着のジーンズを履いている。側に行くと、僕の肩を叩き、顔をくしゃくしゃにしながら喜んだ。ノリは母方のいとこであり、年は僕よりも3つ下である。僕の実家から車で十五分ほどの所で大規模な養鶏場を営んでいる。
黒のワゴンに二人で乗り込むと、ノリは運転席で大きな声で話し始めた。
「タカちゃん、久しぶりだんなあー。元気だったかい?向こうは、もう桜も咲いてんのかい?こっちはまだだよー。きのうは大雨が降って大変だったんだー。鶏舎の窓が壊れちまってよー。修理してたら全身びしょ濡れ。あ、お土産ありがとなー。なんだーこれ、東京ツリーサブレット?おー、いただきまーす。」
ノリは狭い道も慣れたハンドルさばきで、スピードを出し豪快に運転していく。話している横顔から見える人懐っこい瞳も、子どものころから全然変わってない。
「お前、ほんとに変わってないなー、子どもの頃のまんま」
「何いってんだー、成人式もとっくに終わったし、俺ももう大人。実家手伝ってっから、ほんと忙しいよ。年中無休だ」
「実家、手伝ってるのか?」
「ああ、そうだよ」
「あの養鶏場?」
「ああ、もう五年も経ったけど、最近、やっと慣れてきたところだ」
「そうか、偉いな」
「へへ、父さんも忙しそうだしな」
窓の外を緑色の木々や田んぼ、さびれたパチンコ店、新庄ののどかな風景が僕の左目に入っては過ぎ去っていく。
「そういや、昔さ」
「ん?何?」
「二人で迷子になったこと、覚えてる?」
「ぎゃははは!あーあれは大変だったな!」
僕が小学校低学年の頃、ノリや他のいとこたちと一緒に、近くの山までよく探検しに行った。夢中になってとんぼを捕っているうちに、僕たち二人は皆からはぐれた。いつも遊んでいる見慣れた森のはずなのに、どこをどう歩いても家に帰る道が見つからない。歩きまわってへとへとになり、とうとう迷子になった。二人で山の中に座り込んでいると、日暮れになりあたりはどんどん暗くなって行く。心細くなった僕らは二人ですすり泣き始めた。夜になりあたりが真っ暗になったころ、遠く向こうから懐中電灯の小さな明かりが見え始めた。近所の農家や親戚中で、あたりを探しまわっていたのだった。保護された僕たちはそれぞれ家に帰された。僕は風呂に入れられ、すぐに布団に休まされた。一方ノリは両親から相当カミナリを食らったらしい。
当時を、昨日のことのように思い出し、僕が一人ニヤけていると、ノリは急に真剣な顔になって言った。
「そういや…タカちゃん…父さん、大変だったな…」
「ああ……もう年なんだろ…母さんからはまだ詳しく話は聞いてないけど」
「牛舎で、いきなり倒れたって聞いたぞ」
「らしいな…当たったんじゃねーの?」
「ウチの父ちゃんも行ったけど、牛の世話が間に合わねえんだ。先週なんか、夜中に牛が暴れちゃって、お前んとこの母ちゃんが、ものすごい形相でウチに駆け込んできたんだぞ」
「へ?それホントか?」
「ああ、血相変えて、玄関まで来て、ウチの父さんに、頼む、助けてくれって、土下座して頼んだんだ」
「…」
「父さんは、しょうがいないから、夜中だったけど、車出して、二人で牛舎に向かったよ。そしたら、雌牛が一頭、暴れてた。柵も乗り越えて、縄も引きちぎって」
「まさか…」
「止められなかったんだろうな、まあ、雌っていっても大人の牛だ、体重は重いし、人間一人じゃ無理だべ」
「母さんは大丈夫だったのか…?」
「ああ、ケガは無かったけどな、昔から腰悪かったみたいで、また痛めたみたいだぞ。次の日は動けなかったらしい」
ノリから実家の様子を聞くうちに、混沌とした状況が僕の頭に浮かんできた。そんなに切羽詰まっているなんて、なぜ母さんは電話では言わなかったのだろう。牛の管理が出来ていないとは、相当キツイに違いない。
僕は窓の方を見た。道路標識に目をやると、「動物注意!」の道路標識があった。鹿が勢いよく飛び跳ねている絵が描かれた、この辺りでは良く見かける、逆三角形の黄色い派手な標識だ。ここは町からそんなに離れてはいないが、カモシカやら狸やら、道の脇から車道にひょっこり出てくることがあった。道路に飛び込んできた野生動物に、うっかり衝突でもしたら、大きな事故になりかねない。
「お前の実家の方はどうなの?おじさんおばさんは元気?」
「ああ、なんとかやってるけどなー。市内に行っても職も無くて、俺もこんな状態だべ、ずっと実家手伝ってんだ…。最初は嫌だったけどな。…でも一生懸命やってると、鶏も分かんのか、懐いてくれるんだよ。へへ、農協からも、ウチんとこの卵の質が良くなったって最近言われてんだ。親も年だしな。そろそろ親孝行でもしないと…」
ノリがしゃべっていると、突然車が縦に激しく揺れ、ガコンという大きな音がした。僕は車の天井に思い切り頭をぶつけ、あまりの痛さに頭頂部を思わず手で押さえた。
「痛てぇぇーーー!なんだ?今の?」
「狸だな、飛び出しやがった!まったく危なねぇな!うっかり引いちまうところだったべ!こっから先、道が入りくんでっから、つかまっててー!」
男性は膝の上に黒いカバンを乗せ、さらにその上に小さなノートパソコンを乗せた。電源を付けると、ホーム画面一面に、鮮やかな桜の写真が映し出された。僕は横目でその写真を見た。眩しくて目を閉じた。
目の前には相変わらず、電車が行ったり来たりしていた。
東京駅は観光客や仕事の出張のための乗客で、混雑していた。
東北新幹線の改札を通り抜け、山形新幹線のホームへと続くエスカレーターを登る。ホームは売店で駅弁を買う帰省客で賑わっていた。
構内アナウンスが鳴り響く。滑り込むように入ってきた真新しい新幹線車両に乗ると、座席に沈み込むように座った。車内はひっそりとしていた。アナウンスが流れる。ホームにいた人たちが手を振っている。プシューーーとドアが閉まると、背中にわずかな圧力を感じ、電車は前へと動いた。
終着の新庄駅に到着するまで数時間はある。僕は窓の外の景色を眺めた。行き過ぎる東京の街並みをぼんやりと目で追った。
上京してから過ごした五年間があっという間に思える。ただせわしなく追われるように過ぎ去っていた日々は、僕を成長させてくれたのかどうかは分からなかった。残ったのは、少しの社会人経験と、一人暮らしで増えた、がらくたと荷物。
新幹線はどんどんスピードを増して、僕の思い出を振り切るように高速運転になった。
あっけないほど、目の前を消え去って行く、乱立するビル群、山手線の駅、商業施設、横断歩道を渡る、人、人、人。僕は知らない間に眠っていた。トンネルに入り、ゴーゴーという音だけが響いていた。
目が覚めると、窓の外の風景はすっかり変わっていた。
どこまでも続く広い田んぼと、濃い緑色の山並み。時計を見ると、発車してからもう三時間も経っていた。すっかり眠りこんでしまったらしい。
山形方面に入ってからは、新幹線は各駅停車になり、周りの乗客もまばらになっていた。あと二駅で着くので、僕は倒していたシートを元に戻し、荷物をまとめ始めた。
終点の新庄駅に到着し、ホームに降りると、草と土が混ざったような、のどかな匂いが鼻に入り込んできて胸いっぱいに広がった。懐かしい匂いに僕は思わず顔がほころんだ。
小さな改札を抜けロータリーに向かうと、いとこのノリが遠くに小さく見えた。軽自動車の運転席からこっちに向かって、大きく手を振っている。
「おーーーい、タカちゃーーーん!」
数年ぶりにあったノリは、全然変わっていなかった。帽子を前後さかさまに被り、膝に穴のあいた、古着のジーンズを履いている。側に行くと、僕の肩を叩き、顔をくしゃくしゃにしながら喜んだ。ノリは母方のいとこであり、年は僕よりも3つ下である。僕の実家から車で十五分ほどの所で大規模な養鶏場を営んでいる。
黒のワゴンに二人で乗り込むと、ノリは運転席で大きな声で話し始めた。
「タカちゃん、久しぶりだんなあー。元気だったかい?向こうは、もう桜も咲いてんのかい?こっちはまだだよー。きのうは大雨が降って大変だったんだー。鶏舎の窓が壊れちまってよー。修理してたら全身びしょ濡れ。あ、お土産ありがとなー。なんだーこれ、東京ツリーサブレット?おー、いただきまーす。」
ノリは狭い道も慣れたハンドルさばきで、スピードを出し豪快に運転していく。話している横顔から見える人懐っこい瞳も、子どものころから全然変わってない。
「お前、ほんとに変わってないなー、子どもの頃のまんま」
「何いってんだー、成人式もとっくに終わったし、俺ももう大人。実家手伝ってっから、ほんと忙しいよ。年中無休だ」
「実家、手伝ってるのか?」
「ああ、そうだよ」
「あの養鶏場?」
「ああ、もう五年も経ったけど、最近、やっと慣れてきたところだ」
「そうか、偉いな」
「へへ、父さんも忙しそうだしな」
窓の外を緑色の木々や田んぼ、さびれたパチンコ店、新庄ののどかな風景が僕の左目に入っては過ぎ去っていく。
「そういや、昔さ」
「ん?何?」
「二人で迷子になったこと、覚えてる?」
「ぎゃははは!あーあれは大変だったな!」
僕が小学校低学年の頃、ノリや他のいとこたちと一緒に、近くの山までよく探検しに行った。夢中になってとんぼを捕っているうちに、僕たち二人は皆からはぐれた。いつも遊んでいる見慣れた森のはずなのに、どこをどう歩いても家に帰る道が見つからない。歩きまわってへとへとになり、とうとう迷子になった。二人で山の中に座り込んでいると、日暮れになりあたりはどんどん暗くなって行く。心細くなった僕らは二人ですすり泣き始めた。夜になりあたりが真っ暗になったころ、遠く向こうから懐中電灯の小さな明かりが見え始めた。近所の農家や親戚中で、あたりを探しまわっていたのだった。保護された僕たちはそれぞれ家に帰された。僕は風呂に入れられ、すぐに布団に休まされた。一方ノリは両親から相当カミナリを食らったらしい。
当時を、昨日のことのように思い出し、僕が一人ニヤけていると、ノリは急に真剣な顔になって言った。
「そういや…タカちゃん…父さん、大変だったな…」
「ああ……もう年なんだろ…母さんからはまだ詳しく話は聞いてないけど」
「牛舎で、いきなり倒れたって聞いたぞ」
「らしいな…当たったんじゃねーの?」
「ウチの父ちゃんも行ったけど、牛の世話が間に合わねえんだ。先週なんか、夜中に牛が暴れちゃって、お前んとこの母ちゃんが、ものすごい形相でウチに駆け込んできたんだぞ」
「へ?それホントか?」
「ああ、血相変えて、玄関まで来て、ウチの父さんに、頼む、助けてくれって、土下座して頼んだんだ」
「…」
「父さんは、しょうがいないから、夜中だったけど、車出して、二人で牛舎に向かったよ。そしたら、雌牛が一頭、暴れてた。柵も乗り越えて、縄も引きちぎって」
「まさか…」
「止められなかったんだろうな、まあ、雌っていっても大人の牛だ、体重は重いし、人間一人じゃ無理だべ」
「母さんは大丈夫だったのか…?」
「ああ、ケガは無かったけどな、昔から腰悪かったみたいで、また痛めたみたいだぞ。次の日は動けなかったらしい」
ノリから実家の様子を聞くうちに、混沌とした状況が僕の頭に浮かんできた。そんなに切羽詰まっているなんて、なぜ母さんは電話では言わなかったのだろう。牛の管理が出来ていないとは、相当キツイに違いない。
僕は窓の方を見た。道路標識に目をやると、「動物注意!」の道路標識があった。鹿が勢いよく飛び跳ねている絵が描かれた、この辺りでは良く見かける、逆三角形の黄色い派手な標識だ。ここは町からそんなに離れてはいないが、カモシカやら狸やら、道の脇から車道にひょっこり出てくることがあった。道路に飛び込んできた野生動物に、うっかり衝突でもしたら、大きな事故になりかねない。
「お前の実家の方はどうなの?おじさんおばさんは元気?」
「ああ、なんとかやってるけどなー。市内に行っても職も無くて、俺もこんな状態だべ、ずっと実家手伝ってんだ…。最初は嫌だったけどな。…でも一生懸命やってると、鶏も分かんのか、懐いてくれるんだよ。へへ、農協からも、ウチんとこの卵の質が良くなったって最近言われてんだ。親も年だしな。そろそろ親孝行でもしないと…」
ノリがしゃべっていると、突然車が縦に激しく揺れ、ガコンという大きな音がした。僕は車の天井に思い切り頭をぶつけ、あまりの痛さに頭頂部を思わず手で押さえた。
「痛てぇぇーーー!なんだ?今の?」
「狸だな、飛び出しやがった!まったく危なねぇな!うっかり引いちまうところだったべ!こっから先、道が入りくんでっから、つかまっててー!」
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