宝石花の聖歌姫

白香堂の猫神

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第一話 珠煌族の少年と宝石花

珠煌族の少年

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 それから更に数日が過ぎ、私は街に来ています。

 シルバホルン公爵家の領地。その中でも特に栄え、領主館がある街・ラグーリア。

 そこにある錬金術師のギルドへ初級ポーションの納品に今回、一人で来ているの。もちろん変装してだけど。

 平民が来ている様な素材の紺のワンピースに白のブラウス、赤金色の髪を隠すため黒髪のストレートロングのカツラを被った姿を見て、私が公爵家の令嬢だとは思わないだろう。

「はい、確かに。お疲れ様、ロサ」

 私の偽名を呼んだ受付のお姉さんが、にっこりと笑って報酬の入った袋を渡してくれた。報酬は少ないけれど、私のお小遣いになるのだからこのくらいの金額が丁度いい。

 自分が作った物が評価されるのが素直に嬉しいから、気にならないのもあるけど。

 ほくほく顔で帰路を辿っていると、ほんの少し好奇心と、悪戯心が芽生えてしまう。立ち止まった私は、一度も通った事の無い道―――路地裏へと続く道を覗き込んでニヤリと口角を上げた。

 侍女と来る時はこういったいかにも怪しい、危険が潜んでいると解る場所には当たり前だけど、入る事ができない。

 まぁ、それが彼女達の仕事なのだけれど、私はどうしてもこの先へ行ってみたくなったのだ。

 街に降りる様になってから、何故だか解らないけれど、一定の方角が気になる様になった。

 初めはちょっと行ってみたいといった、好奇心に近かったのだけど……日が経つにつれそれは強まっていき、今では『行かなくてはいけない』と思うほどだ。

 だから両親に掛け合って一人での外出の許可をもぎ取った。精神年齢的に初めてのお使い状態なのは、かなり堪えたけども!

 薄暗い道へ足を踏み入れた私は、こっちだと感じる方へ歩いて行く。

 比較的綺麗で、人が居ないけれど……やっぱり何処の世界でも、闇の部分があるんだなぁと自嘲に似た笑いが浮かんでしまう。

 関わってこなかったといえ、今の私は『そういった事』を考えなくちゃいけない家に、生まれて来たのだから。

 実際に実行するのは父と将来的には兄だけどネ!

 あてもなく歩きながら今度は、感じている『コレ』について考えを巡らせる。

「感……なのかな? これは……んー? 何か違うような……」

 いきなり生まれて、自分を動かしている『コレ』は何となくだが、感といった曖昧なものというより感情に近い気がする。

 初めはそれこそ感だった。強制力の無い弱いもの。

 でも今は、今でなくては駄目だと行動を強制するほどの焦燥感に変わっていた。

「何でかなぁ? 今日じゃなくちゃ駄目って感じるのは……」

 明日じゃ駄目。今日じゃなくちゃ、探さなくちゃ……なくしちゃう。

「……なくし、ちゃう?」

 何を?

 するりと出て来たワードに足を止めた。

 いや、本当に何を失くすというのか? 家の中ならともかく、最近まで関わりを持たなかった外の世界で、失くした物も探す物も思いつかないのに。

 わかんない、のに。

「さがさ、なくちゃ……」

 探して見つけないと、後悔する。それこそ一生。

 ジリジリと胸が痛くて、解らないままに視界が揺れた。

「……わけ、わかんないよ」

 変わらず胸が痛くて、なのに理由が解らなくて頭の中はぐちゃぐちゃだ。

 胸を押さえて俯いたその時だった。

「「うわっ!?」」

 誰かに後ろから思いっきり体当たりされた。

 思考の海を漂っていた私は、受け身も取れずに前に倒れる。一緒に倒れたらしく、相手は私を下敷きにした。

 ぐぇっと声が出たし、何よりめちゃくちゃ物理的に痛いし、重い。

 実は厄日なんじゃないかな、今日。

「いったた……」

「うぐ……おも、い」

「あっ!? ご、ごめんなさい!」

 予想していたよりも幼い声が聞こえてすぐに、背中の重みが消えた。

 体を起こして立ち上がって、相手に向き直った。もちろん膝や服についた砂を払ってから。

「あんた、どこ見てるわ……け」

 文句を言おうとして私は固まった。

 体当たりしてきたのは私とそう歳の変わらない男の子。周りを見ずに走って来たのか、擦り傷だらけ、砂まみれになっている。

 けれど、それでもなお、白い髪と肌にペタリ伏せられた耳と毛が逆立った尻尾。おそらくだけど猫の亜人だ。

 しかし、目が行くのはそこじゃない。

 綺麗なのだ、とにかく。

 顔の造形が物凄く綺麗、男の子なんだけど傾国と付いても可笑しくないくらい。

 男の子はボロボロで、服だって見えてはいけない所が見えるくらいはだけている。まるで、強姦に襲われそうになって命からがら逃げてきたみたい。

 うわっ、想像したらゾワッとした。

 金の瞳を真ん丸に見開いた男の子の胸元に、白い輝きが見えた気がして首を傾げ、視線を向けた。気が付いた男の子は慌てて胸元を隠す。

 隠しようがないほど、怯えた表情をして。

 この反応、もしかして……この子は……。

「あなた、珠煌族しゅこうぞくなの?」

「っ!?」

 問いかけると男の子は顔を真っ青にして、自身の身体に腕を回した。少しでも自分を守る様なその動きに色々と察してしまった。

 取り敢えず宥めるべきかな? と、声をかけようとしたその時だった。

 男の子の背後から「居たぞ!」と大声が聞こえた。ビクッとした男の子の手を掴み引き寄せると、私は自分の後ろに男の子を隠す。

 逃げようにも土地勘がない私では、回り込まれてしまう危険があるし、何より相手をぶちのめしてしまう方が手っ取り早い。

 薄暗い路地の向こうから、三人の男達が現れた。どう見てもゴロツキかつ、真っ当な仕事をしていないと解る身なりと顔つきをしている。

「ガキが増えてるじゃねぇか」

「こいつも、珠煌族か?」

 私を見た男達はひそひそ話を始める。そして、三人のうち一人が懐から何かを取り出すと、それを覗き込んだ。

 背後の男の子が息をのんだのを感じたけれど、男達の警戒を優先した。

「違うな。反応は一つだけだ」

「じゃあ、嬢ちゃんもお仲間かぁ?」

 下卑た口調に目を半眼にした。ぶっちゃけイラッとする。

「一緒にしないで、この人殺し」

 嫌悪を隠さずに男達を睨みつける。

 私の様子に男達は一瞬黙ると、おかしそうに笑い声をあげた。正確には二人だけ。

「こりゃ驚いたな、珠煌族を人と同じに扱う子供が居るなんてなぁ」

「おいおい、俺達は魔石をもらってるだけなんだぜぇ」

 嘘つけ、と心の中で毒づく。

 珠煌族とは、その胸に核石と呼ばれる魔石が埋まっている異種族の事である。

 核石と同じ色の髪と瞳を持ち、美男美女揃いの種族。その寿命は人間よりも遥かに長く、外見は成人した時に留まるのだという。持っている魔力も人間より強い。

「力づくの間違いでしょう? 心臓を渡す馬鹿はいないもの」

 そんな彼らの欠点は核石を奪われると死んでしまうという事。

 男の子が怯えているのが証拠だ。

 核石は魔石という事もあって、様々な種族から狙われ続けている。珠煌族の核石を狙うハンター達は『珠煌狩り』と言うのだけど……。

 お解かり頂けただろうか? こいつら珠煌狩りだ。

 そして、うちの領内は世界的にも珍しい、珠煌狩りを禁止しているのだ。破れば殺人罪で捕まる。

 珠煌族の人権はうちの領内くらいしか保証されないせいか、圧倒的に弱いままで、領内から出ると彼らを人として見る目は無くなる。外から流れて来た人々の認識が段々と根付いてしまっているせいもあって、領内でも彼らを軽く見る住人は多い。

 ちなみに私の認識はどっちでもない。

 今まで、珠煌族にも珠煌狩りにも、会った事が無いのが理由です。

 まぁ禁止してる領主の娘が破る訳も無いし、目の前で子供が殺されるのを黙って見ている趣味も無い。

 殺人罪が適応されるから、人殺しと言ったのだけど……うん、こいつら私が嫌いなタイプだ。

 これはローザと天音の共通点でもあるのだけど、典型的な悪役と言うか、いかにもゲスと言った言動や行動する奴が嫌いなのだ。

 そう、他人を見下したり無抵抗な相手を傷つける奴とか。

 はは、ゲームの自分ローザに対して、でっかいブーメランだけど気にしなーい!

「そういう言い方は無いぜ、嬢ちゃん。珠煌族ってのは、生きていたって金になんねぇ種族なんだ、なら死んで人間様の金になった方が幸せだろうよ」

「そうだぜ。見た目と魔石にしか価値が無い石っころに、肩入れした所で何の得にもならないぜぇ」

 ゲラゲラと笑う男二人に私のイラッとカウンターは、すごい勢いでカウントしていく。
 只今、七十五回。あはは、二言三言喋っただけなのにね。
 怒りへ変換されるまで、あと二十五回だ。

 チラリと男の子を盗み見ると、怯えていた表情は怒りと悲しみが混ざったものになっていた。でも、やっぱり怖いんだろう、私が握ったままの手は震えている。

 元気づけるように手に力を籠めると、ハッとした男の子は目を丸くして、泣きそうな顔で私の手を握り返してくれた。

 うおっ、めっちゃ可愛い。怯えた猫耳美少年って心臓に悪い。
 開いたらいけない扉が開いたら、どうしてくれるの。責任取ってくれ。

 何とか平静を保つと、私は黙ったままの男に目を向けた。喋る二人よりも何もしてこない一人を警戒してだったのだけど……ね。

 会話に加わらないままの男は、何処かうつむき加減で手の中の物を見つめている。その表情は悲しみと憎しみに満ちている。

 悲しみは手の中の物へ、憎しみは男達を含めた自分自身に向けられている、のかな?

 おや? と、私は心の中で首を傾げる。珠煌狩りなのにこの人は、珠煌族が貶される事を怒っている……ような?

 変わらずベラベラ喋る二人を見つつ、様子を窺っているとそれは顕著だった。おいおい、仮にも仲間に何で殺気を向けてんの?

 訳あり確定だなぁ、こりゃ。

「しっかし、美人な嬢ちゃんだなぁ。一瞬、珠煌族かと思ったぜ」

「だな……なぁ、やっぱり魔石を取るんじゃなくて、娼館に売るか? 嬢ちゃんも一緒に」

 おーっと、こっちにまで飛び火したぞぉ。

 意識を二人に向けると、いやらしい目を私達に向けていた。うわっ、ゾワッとする。

「まぁ、帰すわけにはいかないからな……殺すよりそっちの方が金になる、か」

「それに、そいつ……キャッツアイの珠煌族だろ、珍しくも無いクズ石だ。魔石にしちまうより、特殊な娼館に売った方が良いって! 好きな奴はいくらでも金を積むし、嬢ちゃんみたいな子供が良いって奴もいる。……俺とか」

「は? おいおい、売る前に手ぇつけるのかよ? 価値が下がるだろうが」

「いやー、その方が後々、買いやすいかなって」

 言いながら二人のうちの一人が、私達に近づいてくる。その顔はうん、形容したくない。

 一言で言うなら気持ち悪い、それだけだった。

 もちろん、仲間達はドン引きしている。黙ったままの男にいたっては、殺しそうな視線を向けている。

 近づいてくる男の手が触れようとした時、私は逆にその手首を掴んだ。
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