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最強ノ戦士、瀕死!?

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 馬鹿なくせに筋肉馬鹿の体力馬鹿。
 おまけに痛覚まで馬鹿になっている人間というのは、始末に負えない。

「……なにしてんだ、テメェ」
「これー? 重そうだったし、手伝おうと思って」

 足りなくなっている物品の搬送列にしれっと混じっている瀕死患者バカは、暢気に笑いながら答える。

「死にかけなのを忘れたか?」
「ええー、大丈夫だよー。平気平気、これくらい」

 そう言う馬鹿の腕に巻かれた白い包帯には血が滲んでいる。縫合した傷が開いているようだ。
 13発も弾を摘出してから1日と経ってないのだから、いくらハルクが処置をしていようと動き回られれば傷口が開くのも当然だった。

 たった一日で、瀕死患者が健康体に戻れないという常識をこの馬鹿は持ち合わせていない。

「あー、耳を引っ張らないでよぉ。何怒ってるの? ハルクー」
「うるせぇ、馬鹿が。馬鹿のくせに自己判断してんじゃねぇぞクソ馬鹿」

 病室のベッドまで引っ張って連れてきて、部下に頼んでたっぷりの血液をゆっくり点滴させる。

「輸血怖いよー」
「いいから、黙って大人しく寝てやがれ」

 常識や精神的成長、頭のネジ諸々をどこかに置き忘れた真性の馬鹿の名前をマホロ。
 大変頭の具合が残念なこの馬鹿は「最強の戦士」やら「化物」やらと実情を知らない輩に呼ばれる人間であると同時に、ハルクからすれば腐れ縁の幼馴染と呼べてしまう存在である。

 ハルクの父親が経営する牧場でマホロの両親が働いていた縁から、物心ついたときにはハルクの近くには必ずと言っていいほどマホロがいた。
 
 物心つくのが早く、利発で、でも少し体が弱いと言われていたハルクと、いまだに物心ついているのか分からない上に、馬鹿で、無駄に元気があるマホロとは幼い頃から正反対だった。

 問題を起こさないハルクと違い、マホロは信じられないくらいの問題児だった。

 そして、このマホロこそがハルクが日夜、怒りという名の腹の虫や堪忍袋の緒の耐久性の限界に延々と挑戦し続ける原因であり、病気でもないのに瀕死が常態というふざけたような馬鹿だった。

 ただ、一応は幼馴染としての弁明を入れておくならマホロの行動は悪意あるものではなかったし、誰かを無自覚に傷つけるものでもなかった。
 マホロは馬鹿で他人の気持ちも常識も分からないが、善意に満ちた人間だとハルクは評価しているし、行動を見る限りは客観的にも善意の人間であるというのが事実だった。

 ただ、馬鹿で他人の気持ちと常識が分からないゆえに、死にかけるというのが唯一にして最大の問題だっただけで。

 それまでにも色々と兆候はあったが、マホロが死にかけ記録の端緒を挙げろ言われたら、すべての瀕死騒動の始まりと言えるのがハルクとマホロが1歳の時に起きたという誘拐騒動だ。

 家の中に居るはずのマホロが突然姿を消し、マホロの両親は半狂乱になってマホロのことを探した。3日後、無事に発見された時は「歩き始めた1歳児がよくもそんな距離を無事に歩けたもんだ」と人々は口々に言ったが、実際には別に無事でもなかった。
 怪我はなく保護された時も保護された後も動き回っていたマホロだが、3日も飲まず食わずで居た幼児は当然のように瀕死の状態だった。
 そんな状態なのにマホロは平然と遊びに行こうとするから、ベッドに縛り付けておくのが大変だった、と当時のことをマホロの両親は疲れ切った声でその後に語った。

 次にあった大きいものが3歳の時の崖登り騒動だ。遥か高みで猛禽類との攻防を繰り広げながら崖にへばりついているマホロを、マホロの母親が発見した。近所中でその様子をハラハラと見守り、マホロの父親を始めとする大人が数人で崖の上へと馬を走らせた。マホロは無事に頂上まで登りつめ、馬で崖の頂上へ向かったマホロの父親と一緒に翌朝帰って来た。
 猛禽類との攻防で体の随所に大きな傷を作り、酷使した手と足はすべての爪が剥がれかけて腫れ上がり、普通ならしばらくは歩けもしない状態だったのに、監視が緩んだ3日後には家を抜け出してまた崖登りをしていた。
 
 ハルクはそんなマホロを見て幼心にも「人間としてのネジをどこに忘れた馬鹿だ」という評価を、確固たるものにしていった。

 他にも、マホロの兄が暴走する馬から落馬しそうになった時は、馬の手綱を引いて止めたはいいが、止めた場所が底なし沼と呼ばれるぬかるみの激しい場所だったので、馬と一緒に泥の中で溺れて窒息死しかけたこともある。
 速度が落ちて落馬しても大怪我をしなかったマホロの兄が泥の中から必死で抜け出して助けを呼びに行かなければ、マホロは地上で溺死していたというのに、本人は泥の中で眠たくなったと暢気に笑うばかりで身に迫っていた命の危機に気づきもしていなかった。
 泥に頭まで沈んでいたマホロは泥の中から引き上げた時点で泥が気道を塞いで完全に呼吸停止していたし、そこから心肺蘇生をして肋骨が折れていたが、息を吹き返したマホロは気にせずに意識を取り戻してすぐに自分の足で元気に走って家へ帰った。

 あとは、熊と鰐を素手で殺したこともあった。どちらも出会ったら命はない相手で、そんな凶悪生物に単身無防備で立ち向かい、拳ひとつで穴をあけて倒すなど常識のある人間の所業ではない。非常識な人間にだって普通は無理だ。でも、マホロは平然とそれをして、食い千切られかけた腕からドバドバ血を流して、褒めて褒めて、と笑っていた。
 マホロが熊と鰐を殺した後に解体した後で判明したのだが、どちらも胃袋に人を食べたような服の切れ端などが残っていて、さらにそれが近隣で行方不明になった人の服装や所持品と一致していた時にはハルクも幼心に背筋がぞっとしたものだ。

 ハルクの父親がマホロに兵士の道を勧めてからは、幼少期なんて目ではないくらい死にかけているので選ぶことはできないが、13発も被弾するのは日常茶飯事といえばマホロの非常識を理解してもらえるだろう。

 巷では「最強の戦士」や「化物」など呼ばれているが、これだけ死にやすい馬鹿に対してよくそんな呼び方が出来るものだと、ハルクは心の中で思っているし、口にも出している。

 人間としては出来が馬鹿すぎて生き残れないマホロの脆弱すぎる生命を、指の一本に至るまで欠けることなく維持しているのが、天才名医ことハルクであった。


 
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