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宵の明星
六夜
しおりを挟む「さぁ出発だ。」
アルスラーンが私に手を差し伸べてくれる。そして昨夜の名残で少しふらついた私を力強い腕でふわりっと壊れ物のように抱き上げてくれた。そして彼の蜂蜜色の瞳が太陽の光のように輝くのを見上げる。
「マコ、俺は軍を動かす」
「それはどういうこと?」
あまりに簡単のことのように彼が言うから・・・それがどういうことなのか一瞬、理解できなかった。
「マコが自分らしく在れる場所を俺は創りたい。マコが自由に、何者にも脅かされることなく生きられる場所を創る・・・それは俺の役目だろう?」
私が自由に、何者にも脅かされることなく生きられる場所・・・今までの苦しみを全て見ててくれたアルスラーンの言葉に涙が自然とツゥーッと零れ落ちる。
「そのために 俺は王となろう」
これほど無償の想いを与えられたこと無かった。涙が止まらない。
ほろほろ泣く私にアルスラーンが頬に口付けて唇で涙を吸ってくれて「なにも心配するな」と囁く。
そしてそのまま扉付近に控えていたザイードさんにアルは声をかける。
「ザイード。準備は出来ているな?コンスタンティノルを陥落せしめる。」
「殿下っ」
感極まったようなザイードさんの声に”軍を動かす”と言ったアルスラーンの言葉の意味が実感として追いついてきて・・・それがどんなことなのか私はやっと察した。
イェニチェリを統率する司令官であるアルスラーンであるから・・・それが意味することは戦争だ。
アルスラーンはけれど私を横抱きに抱えたまま自室を出て、歩き出してしまう。
「アルッ待って、だって戦争って誰かが傷ついてしまうっ」
戦争など経験したことがない。まして私が原因だとすれば耐えられなくてアルに訴える。けれどアルの応えは凛として揺らぐことは無かった。
「そうだな。だか元より戦時下にあったんだ。」
そしてアルスラーンは私を抱き上げたまま、宮殿の広場に続く階段へ佇んでみせた。彼の朱金色の髪が太陽に透けると陽光のように輝く、王になると言った彼の光輝はあまりに眩しくて、その瞬間の人々の歓呼の声はまるで、地響きのようだった。
「アルスラーン殿下ッ!!!アルスラーン殿下っ!!!!」
目の前の宮殿を埋め尽くす。見渡す限りの犇めく兵がいた。その数、3万。皆がみな一様に顔をあげてアルスラーンを見つめている。歩兵部隊、騎馬部隊、駱駝部隊。象部隊。城壁からアルスラーンが姿を現すのを待って歓呼の声で迎えた軍団(イェニチェリ)。
数万もの兵士たちがアルの声を待っている。打ち鳴らされる武具の音。はためく色彩豊かな12諸侯の旗。
アルスラーンがそっと私を横に下ろして、右手を挙げた瞬間に銅鑼がドオオオオオオンッと空気を震わせた。喇叭(らっぱ)の音が重なりどこまでも響く。
「アルスラーン殿下万歳!!!!万歳!!!!万歳!!!!万歳っ!!!!!!」
ドオオオオオンッドオオオオオオンッと打ち鳴らされる銅鑼の音に交じり、軽快な太鼓の音が聞こえる。
そしてアルスラーンが手を払うと、一切の無音。ただ風が軍旗をはためかせる音だけが響いている。
統率しつくされたイェニチェリ軍隊の姿がそこにはあった。
パシャは軍の将。万の軍団を束ねる軍事の最高位。
【音に聞こえし、勇猛なるイェニチェリの姿を見るがいい。万の軍が地平線の此方より駆けいずる。】
そしてアルスラーンはまた私を抱き上げる。それに何故か兵士の人たちから「おお」とどよめきが起こっていたたまれない、何も言えない。
恥ずかしくて堪らない私など構わず城の中央階段をアルスラーンが当然のように降りて進んでゆく。彼が進めば兵士たちが次々に武器を掲げて礼を払う。彼は王族なのだ、万人の礼を当然のように受けて進む。そんな彼に抱きあげられて黒のアラビアン衣装を着込んだ私。
『貴方(アルスラーン)の色以外に染まらない』と服で示しながら万人の人々に見られている。
兵士の人達の視線は好意的だけれど、なぜ万人の前で私はアルスラーンに抱き上げられているのか。
恥ずかしくて堪らないのに・・・彼がそれを示すぐらい私を大切にしてくれているのがとても嬉しくはあるのだから、どうしようもない。
そして私たち二人で幌(ほろ)着きの駱駝の上に乗る。まずアルが私をそっと幌(ほろ)の中へ入れてくれて彼自身は身軽に駱駝のこぶを使いながら乗り上げる。そして業者がトトンッと合図を出して駱駝を起こすと、アルスラーンは幌(ほろ)から顔を出してシャムシールを抜き放った。
太陽の光に彼の剣がさんざめく。
「聞けっ勇猛なるイェニチェリよっ!!!!これより出立するっ!!!目指すはコンスタンティノルッ!!!これをもってかの地での戦を終結させっ古の地を我らが帝国のものとするっ!!!!!」
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ
アルスラーンの声に幾万の兵たちが一つの大きな命のように意思をもって動き出す。風が砂の匂いを含み鼻腔をくすぐる。何千もの馬が隊列を組んで進軍する。なんていう光景なんだろろう。何万もの人々を束ねる。こんな人に愛されているのかとアルスラーンの後ろ姿を見つめると、彼はちょうど振り返って微笑んでくれた。私の戸惑いが伝わったんだろう・・・頭をそっと撫でてくれる。
「マコと出会った俺はただのアルだぞ。」
ひとりぽっちの神子と衛士。
はじまりから大分、遠くに来た気がする。
そして私の不安を晴らすかのように、そう言ってくれるから私も笑うことができた。
首都を出立し、アルスラーンはコンスタンティノルを陥落させるといった。
私が自分らしく在れる場所。
私が自由に、何者にも脅かされることなく生きられる場所を創ると・・・。
国すら動かすアルスラーンの途方もない大きさに抱かれて、彼の抱き寄せる腕に抱かれて、私の心は憩っていた。
◇
「どうして行かせたの。」
カオルコは第一皇子の宮から出立するアルスラーンを見つめて泣いていた。陽光に朱金の髪を輝やかせて軍を指揮する姿に胸が痛くなる。その側にもう一人の神子がいることもカオルコを苦しめた。
カオルコが欲しいのはアルスラーンだけなのに、誰もかれもがカオルコに傅(かしず)くのにアルスラーンだけはカオルコの心を明け渡さない・・・でも欲しいのはたった一人だけだ。
「アルスラーン殿下は軍の統率を先帝陛下より一任されております。」
「そんなおためごかしなんて聞いてないのっ」
すぐにマムルークが返事をするのをカオルコは不愉快気に怒る。
「わたしが言いたいのは早くアルスラーンが私に振り向いてっ私だけを愛するようにしたいだけなのっ!」
それがどれほど傲慢な言葉なのか・・・壊れたカオルコには分からない。けれどそんな彼女に言葉をかける者がいた。先程からずっと水煙草の硝子煙管をふかせていたファトマ王太子だ。
「わかったカオルコ。お前がそんなに辛いなら、この都の軍を動かそう。」
それにマムルークはハッとして非礼と知りながら制止する。
「殿下っ恐れながらそれは・・・国が割れますっ」
ファトマ王太子は礼をつくすマムルークを一瞥すると、彼の腹を蹴り上げた。
「ぐぅっ」
呻くマムルークは無様に膝をつくことはなく、それにファトマ王太子は鼻を鳴らしてみせる。
「つまらん男だ」
すぐに王太子はマムルークには興味がなくなったようでカオルコに向き直ると彼女の手をとる。
「先ほどの話だが・・・軍を動かして、お前に忠実になるよう直接、彼らを鼓舞してやるといい」
国を割った戦争の予感にマムルークは唇を噛みしめながら、立ち尽くすしかなかった。
◇◇◇
「今日一日、暑かったね」
駱駝の幌の中で私がそう言うとアルスラーンは駱駝の横腹にくくりつけられている荷物の紐を手繰り寄せて水袋を持ち上げてみせた。
「マコ、もう少し水分を取った方がいい。」
「大丈夫。さっきも飲んだから」
と言っても、アルスラーンの目は真剣だ。
「砂漠での水と塩は取りすぎるということはない。ましてやマコは砂漠越えは初めてだろう?我慢をしては駄目だ。」
彼が水袋をかかげる手を下げないから私は仕方なく受け取った。意固地になるのも良くない。
「でも本格的な砂漠じゃなかったし」
そうなのだ。王都から出立し、絢爛なイスラーム建築の街並みを抜けて、軍とともに行軍してきたが、本格的な砂漠でなく木々も生える街道を抜けてきたから思ったよりも辛くない。
日本の夏の方が湿気があってじめじめと肌にまとわりついて過ごしにくいとすら思うほどだった。そしてそういう行程ということもあって、アルが指揮する軍は僅か半日で、広大なゴヒ砂漠の入り口まで到着していた。
水袋をアルに返しながら、そんな物思いをしていたら砂煙をあげながら一頭の駱駝が私たちの側に寄って来る。騎乗しているのはザイードさんだ。白い砂除けの服(ガンドーラ)で顔すら覆いながら近づいてくる。
「アルスラーン殿下、駱駝部隊以外の二万八千。ゴヒ砂漠を迂回し、コンスタンティノルへ迎います。」
アルスラーンがそれに頷くのを私も横で納得した思いで聞いていた。砂漠越えを駱駝部隊以外が無理に行うより、きっと行路がいいのだろう。
駱駝部隊はこのまま砂漠へ足を向け、幾万の軍隊は迂回して西を進路を取ったようだった。
「これから、まずは何処へいくの」
そう行く先を問えば、アルスラーンは目を細めて口を開く。
「父上と母上の廟へ行く。」
「アルのお父さんとお母さん?」
会うことが出来るのかと声をあげた私にアルスラーンは少し苦笑したようだった。
「二人とも、既に亡くなっているんだ。」
あまりのことで絶句する私にアルは哀しみを悟らせぬように微笑む。
「納得はしているんだ。母上は病弱であられたし、父上はつい数週間前のことだ・・・戦場で命を落とされた。」
どんな言葉も薄っぺらくなるだろうと私はそっとアルスラーンの手を握りしめる。すると彼は身を寄せて、私の肩にそっと頭を預けて、目を閉じる。
「父上と母上の廟へ軍で入るのは忍びない…」
静かな声だった。嗚呼、だから彼は部隊を分けたのだろう。
大勢で踏み入ってはいけない場所なのだ。
私たちは暫くそうして言葉なく駱駝の背に揺られていた。
◇◇◇
どれぐらいの時間が経ったのだろう、景色はすっかり荒涼たる砂漠へと変わり。
遠くに竜巻が立ち昇っているのが見えた・・・砂嵐だ。
そして群青色の空を黒い鳥が飛んでいる。高く澄んだ声で主を呼ぶ声にアルスラーンは顔を上げて幌から顔を出した。空を見て「来たか」と呟くと、内側にかけてあった革籠手(かわごて)をつけて腕を出す。すると鷹は一気に急降下してきた。
鋭い爪を立て、バサバサという羽音と共に降り立った猛禽の存在感に私が「すごいっ」と感嘆の声を上げるとアルは微笑みながら、「ファタルという名だ」と教えてくれる。
「ファタル。格好良い。」
つい身を乗り出す私にアルスラーンは懐から干し肉を出して鷹にあげつつ、駱駝の横腹にかけられていた籠を引っ張り出す。
「マコ、籠に入れるから、ちょっと持っていてくれるか。」
「分かった」
アルは私が持っている籠の中に鷹を放つと器用にその足に括りつけられていた円筒から手紙を取り出した。私はそれを横目に見ながら自分の隣にファタルの入った籠を落ち着かせる。いくら動物といえど駱駝の横腹で揺られるのは可哀想だ。
黙って、アルスラーンの大きな手がくるくるの小さな手紙を伸ばして読んでいるのを眺める。いいことが書いてある訳じゃないのは表情を見ればわかる。やがてアルは、「もう動き出したのか。」そう呟いたのだった。
元より、アルスラーンはカオルコや兄の様子から追手はかかると踏んでいた。だから自分の”目”を旧都に残してきたが早すぎる。これでは目的地に到着する前に追いつかれるだろう。
(ならば、ここで迎え撃つしかない。)
元より地の利はこちらにある。
砂漠の風が吉兆のようにアルスラーンの服の裾を巻き上げて攫っていった。
「ザイードッ」
「ここにっ」
そしてずっと駱駝を併走させていた腹心の部下にアルスラーンは指示を飛ばす。
「部隊全体へ通達せよっ砂嵐への対策をとれっ!!そして王都から追手が来るっ”沼”へ誘い込むぞっ!!」
「畏まりましたっ!」
応えるように、ザイードさんは腰に置いていた角笛を二回吹いてみせる。
やがて慌ただしくアルスラーンが私に厚手の砂除け服(ガンドーラ)を被せてくれた。目元だけが出るそれに「どうして」と問えば「これから砂嵐を突っ切ることになる」とアルは私の服の合わせをキュッと閉めてくれる。アルスラーン自身も手早く服(ガンドーラ)を着込んだところでザイードさんの緊張した声が聞こえてくる。
「追手ですっ!王都の兵たちがっ!!」
アルはそれに無言だったけれど、自分たちを追いかけてくる軍に向かって厳しい視線を投げて、一度だけ私を軽く抱きしめる。
「必ず守るから」
そう囁いて立ち上がり、
「俺の駱駝を引けっ!!!」
そして彼は出陣をしたのだった・・・風が彼の服をはためかせる。
「アルッ待ってっ」
怖くなって手を伸ばすけれど、私の小さな手じゃ、裾をひるがえして駱駝に飛び乗る彼を捕まえることが出来なかった。
◇
「お前はマコを守れ、たとえ俺が死んだとしても。」
駱駝に飛び乗り、そのまま兵たちの元へ向かいながらアルスラーンはザイードに向かって命じた。
「殿下っ」
腹心の乳兄弟が不満を唱えるのをアルスラーンは許さない。
「復命せよっ!!」
それはアルスラーンにとって譲れぬことだったからだ。
「時と場合によりますっ」
けれどザイードもだてにアルスラーンの乳兄弟ではない。アルスラーンの厳しい視線に真正面から受け止めて見せる。風と砂が吹き荒ぶ中、二人は暫く見つめあい折れたのはアルスラーンの方だった。
「仕方ない・・・今はマコを優先しろ。」
「承知いたしました。」
飄々と駱駝を操りながら、頭を下げてみせる乳兄弟(ザイード)にアルスラーンは不満そうに眉を寄せた。そうしてみると幼さが垣間見えるが、直ぐにアルスラーンは表情を引き締めて「では行け」とマコを乗せた駱駝の手綱をザイードに託し、二頭の駱駝が”砂嵐”に向かって駆け抜けていくのを見送る。
もう王都の追手は直ぐそこに迫っている。
そして自分は其処に残り駱駝部隊の中心で兵士たちと紡錘隊形になりながら迫る追手を確認する。数はこちらよりも少なく、急ごしらえで整えられた軍の様子が伝わってくる上に、
「あちらは馬だな、追いつくことを優先したのだろうが愚かな。」
砂漠の砂は重く沈む。
一度踏み込めばありとあらゆる生き物の体力は奪われる・・・それは人も馬も同じことだ。駱駝は馬より平地では機動力で劣るかもしれないが砂漠では比べるべくもない。右手で砂除けのガンドーラを引き上げて、口まで布で覆いながらアルスラーンは背後の空を覆いつくさんばかりの黒い”砂嵐”を振り返る。
前方には追手、後方には砂嵐に挟まれながら・・・この状況で彼は笑ってみせた。
マコとザイードを乗せた二頭の駱駝は嵐の中で見えなくなっている。それはアルスラーンに安堵を齎した・・・ザイードはきっと砂嵐をやり過ごしているだろう。
風が砂を巻き上げて、ガンドーラから僅かに出ている肌に当たれば、痛みすら感じた。
「先頭が到着いたしますっ」
部下の声に意識を戻される。
整然と並んだ駱駝部隊と騎馬部隊が砂嵐の手前で向かい合う中、アルスラーンは命ずる。
「威嚇の弓を構えっ・・・撃てっ」
ドオンッと銅鑼が打ち鳴らされて、矢が追手との間に降り注げば相手は足を止めてみせた。幾分、風で矢が流れてしまったが、それは致し方ない。ようは足を止めさえすればいいのだ。
「アルスラーン殿下っすぐに王都へお戻り願いますっ」
すぐに王都の軍がアルスラーンに向かって叫んできた。
「先帝より軍の指揮を任されている俺に対し、何者が命じるというのだっ」
今、アルスラーンに軍の指揮で何者も命じることは出来ない。先帝が勅命で命じた。それを・・・
「神子様でございますっ」
それがどれほど烏滸がましいことかアルスラーン側の兵士たちからは失笑が漏れるがアルスラーンは決して笑わなかった。こんな理不尽な命すら兵士たちが従わされている事態こそ恐ろしい。
「俺を連れて帰りたいのなら、力づくでも連れて行くんだなっ」
声音は厳しかった。だが王都の兵たちは一定の距離を開けたまま叫ぶ。
「残念ですっ!では力づくでご同行を願うのみっ!!」
そして隊長と思しき人間は腰に差していた曲刀を抜き放ち、それをアルスラーンたちへ掲げてみせた。
それにアルスラーンは獰猛に嗤う。
「王都の行儀の良い兵士たちに砂漠には砂漠の戦い方があるということを教えてやろうっ!!」
そしてアルスラーンは手を上げ、それを左へ払う。
「後退しながら南へ移動せよっ」
彼の指示がくまなく行き渡らせる為に銅鑼と太鼓が打ち鳴らされ、幾千の兵士たちが背後の砂嵐に向かって一斉に駆け出した。統率しつくされたアルスラーンが指揮する駱駝部隊の足は速い。
「追えっ逃がすなっ」
それに王都の騎馬部隊が砂に足を取られながらもアルスラーンたちを追いかけてくる。
正常な判断が出来る人間であれば深追いは危険だと気づくものだが、実はアルスラーンは丁寧にその可能性を潰した・・・兵士たちに餌である自分自身に切迫させたのも、声を交わし煽ったのもその為だ。
「追ってこいっ」
砂嵐のすれすれで砂漠を駆ける駱駝部隊は前にいる筈なのに追いつけるとはとても思えなかった。やがて砂漠での駱駝の速さに馬が付いて来られずに明らかな疲労と後れを見せ始め、「くそっ」と王都の兵達が次々に鞭を馬にビシィビシィと打った時だった。兵たちの足元が崩れたのは、
「うわぁぁぁあぁっっ」
「なんだっ」
砂がまるで蟻地獄のように兵士たちを馬ごと飲み込んでゆく。後続部隊も気づいた時には馬を止めることも間に合わず砂の中に突入してしまう。
「流砂だっ!」
「飲み込まれるっ!!!」
砂嵐に視界を奪われて踏み込んだ先は流砂だったのだ・・・馬たちは次々と沈んでゆく。
「砂漠の恐ろしさを味わうといいっ」
その瞬間、アルスラーンは見事に駱駝部隊の首を返してみせた。そこで王都の兵たちは知る・・・走りながら自分たちはこの場所に誘い込まれたのだと。
先帝をして”軍略に長けた将器”と言わしめた第三皇子の刃が振り下ろされる。
「蹂躙せよっ!!」
駱駝からシャムシールを抜き放つ。
その剣の輝きは闇の中であっても兵士を鼓舞し、砂嵐の中で導のように輝いていた。
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