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第七話
しおりを挟む(結局、あのときから俺は何も変わってねーな)
大人になれば少しはユノから気持ち的に離れられるかと思っていたのに、今もこのざまだ。むしろ恋愛的戦略上、悪化の一途をたどっているというのに、ユノと一緒にいられるだけで嬉しいと思ってしまう。
ユノはあのあと、ティルバーグの娘と数ヶ月にわたり親愛を深めようとしていたらしいが、どうもうまくいかなかったと聞いている。最後には彼女のほうから振られたのだと、ユノが言っていた。
ユノの父親を探すのなら、まずは帝国騎士団の本拠地に行くのが大目的か。グランは昨日の任務中に見た、魔物による被害にあった町村の位置を思い出す。
(過去にスタンピードにあった村の位置は覚えた。被害の規模も確認済み。あとは、あいつのバフと俺の剣でやっていけるか……)
ユノの命を預かると言った。大見得を切ったつもりはない。それなりに自分の腕に自信もある、その裏付けとなる努力も怠ったことはない。それでも、愛する者の命がこの手中にあると思うと、どんな戦場に立つよりも恐ろしい気がした。グランは自分の両手の平を見つめる。剣をたくさん振ってきてタコができたし、手の皮もずいぶん厚くなった。背が高い分手も大きく指も太い。
(やるしかないな。あいつの命をここで消してたまるか)
ここ数日、十分にその覚悟はしてきたつもりだ。上長には、ユノから話を聞いた翌日に伝えてある。
(明日には出るってユノも言ってたし──)
「グラン、おはよう」
「あ……おはようございます、クジョウさん」
思考に没頭していたグランに、背後から声をかけたのはクジョウだった。
「どうした、浮かない顔して。不安なのか?」
「ええ、まぁ」
クジョウにも、ユノと一緒に旅に出ることを、上長に伝えたその足で伝えに言っていた。クジョウはユノの父親代わりであり、グランの年の離れた兄貴分でもある。グランが司令官に昇格してからは、魔術師部隊を率いるクジョウと連携を取ることも多くなって、ユノがあれだけなつくのもよくわかる気さえしていた。だから、誰よりも先に伝えるべき相手だとも思ったのだ。
クジョウはグランの隣に腰を下ろした。
「そりゃそうだよなぁ。お前くらいの年齢で、親友の命預かるってんなら、俺もビビっちまうよ。俺なら、怖気ついてやっぱりやめようって、ユノに言ってたかもなぁ」
「……それも、正直考えました」
「ああ、そうか。お前も意外と年齢相応なとこもあったんだな。ユノよりすっかり大人びてるんで、心配してたが」
クジョウが自分をそういうふうに見ていたことには、グランも気づいていた。自分でも子供らしい振る舞いをしてこなかったのはよくわかる。
クジョウの前では、いつもグランはこころの仮面を外されてしまうような気がしていた。自分でも知らない自分の本当に気持ちを、見透かされているような気になる。ユノに叩く軽口も、クジョウの前では言えない気がしていた。
「お前はさぁ、ユノが好きだろ」
「……まぁ、はい」
どういう意味かは正直この一瞬でははかりかねた。しかし、どういう意味を持っていても、その言葉は常に正解である。グランは頷いた。
「ユノの精神的支柱になってくれたこと、すげー感謝してるんだ。あいつ、俺には素直になれねぇからなぁ。だが、そのせいで、お前はユノより早く大人になる必要があったんだろうな。正直、お前はいつかぐらつくときが来るんじゃねぇかと思ってさ。俺はそのときいつでもこの胸に飛び込んでこいって、言ってやるつもりはあったんだ」
「……そうだったんですか」
「だけど、お前は強いなぁ。あいつを支えた上、自分がぐらついたときも自分の足でしっかり立ってた。偉いよ、お前は」
クジョウがグランの頭をがしがしとがさつに撫でてくれる。いつからか、他人にこうされることもなくなっていて、どこか懐かしさを覚えた。
「俺が言うことでもねぇけどさ、お前にならユノも任せられるんだ。お前じゃなきゃ無理だ。けど、お前にだって自分の人生がある。ずっとユノの人生を優先してきたんだ。お前の決断も、尊重されるべきだと思うぜ」
クジョウは、暗に逃げてもいいのだと言っている。グランが、少し荷が重いと感じている今を、的確に理解しているようだった。
「……俺は、あいつがいなきゃ無理なんで。俺の人生は、あいつにかかってるんですよ。悔しいけど。逃げるくらいなら、地獄までとことん付き合いますよ」
グランがそう言い切ると、クジョウがグランの肩をぐっと自分の方に引き寄せた。驚いてクジョウのほうを見ると、目を細めたクジョウと目が合う。
「……グラン……お前、幸せになれよぉ」
クジョウはグランの肩を大きく揺さぶってくる。その声音には少し涙が混じっている気がした。
「わかってますよ。クジョウさんこそ、簡単に死なないでくださいね? いつも危ないとこ、飛び回ってんだから」
「俺はお前らが安心してくらしていけるようになるまで、くたばるつもりなねぇよ。それより、お前とユノは俺より先に死ぬなよ」
クジョウの声音がいつになく切実さを帯びていて、この不器用な大人の愛情が伝わってくる。
「帰ってきたら、酒でも飲もう」
「はい、必ず」
「……よぉし。剣を構えろー! 最後に俺が稽古相手になってやるよ!」
「かっこいいとこ、見せてくださいよ?」
わざと挑発的にグランが答えると、クジョウもそれに乗ってきた。互いに見つめ合い、どちらともなく打ち込む。この間だけは、この先への不安を忘れて稽古に夢中になれたのだった。
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