真の愛を覚えているか

帳すず子

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第二話

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 鈍色の曇天が空を隙間なく覆い尽くし、地上には乾いた強い風が吹いていた。比較的年中温暖と言われるここスフランでも、晩秋から冬ともなると晴れの日も少なくなる。
この日は、領主城で行われる特別訓練の日だった。年に数回、領主側近の気まぐれで周囲の町や村から招集される。名目上は『魔物狂奔 (スタンピード)に備えた定期的訓練』であるが、実態としては普段民間人として暮らしている剣自慢や魔術師たちと、領主の近衛騎士団の官民一体となった合同訓練である。近隣の村から集めた同じく官民一体の集団との模擬戦だ。側近の仕事した感をアピールする場でもある。
 ユノも、その『民間人』の一人だ。父親は剣魔術師、母親は魔力を持たない人間で、父からの遺伝で生まれつき魔力を持っていた。しかも、父親譲りの強大な魔力量。十一歳の頃にはじめて参加した特別訓練で、その実力は領主に一騎当千と言わしめたほど。しかし、ユノはその力を使おうとは思わなかった。だから今もこうして、『民間人』として特別訓練に参加している。
「おい、ユノ」
 名前を呼ばれて顔を上げると、グランが人一人分ほどの距離をおいて手を挙げていた。
「お前のことだから、来ないかと思ってたよ」
「本当は、来るつもりなかったんだけど。うちに来たホロワさんに部屋から追い出された」
「母さんならやりそうだ」
 ホロワはグランの母親だ。幼い頃から、実子と変わらぬ態度でユノのことも面倒を見てくれた。今では軽口も叩けるほどだ。
「魔術師の点呼はもう終わった?」
「いや、もうすぐ始まる。今日は最初から模擬戦だ。新入りがいないからな」
「なら早く終わるか」
「いや、終了時刻はいつもと変わらない。模擬戦後の鍛錬の時間が伸びただけだ」
「まぁ、早く帰されるわけないか」
「ああ。場所も、いつもと変わりなしだ。あの庭、そろそろ草も生えなくなるんじゃないか?」
「そうかもな。毎度丸焦げだから」
 こう答えてユノは歩き出した。もう十年も同じことをやっている。訓練の内容も時に変えたり調整を加えたりしているようだが、どれも領主側近の気分に振り回され続けていた。
「ユノ! うまくやれよ」
「ああ」
 背中にグランの声を聞きながら、ユノは毎度合同演習が行われる領主上の中で一番大きな訓練場へと向かった。
集まった顔ぶれも当然いつもと変わらず、何人かがユノに挨拶がてら声をかけてきた。ユノはそれに適当に応じて、後方支援の位置につく。前衛の指揮官は、17になってからグランが務めていた。
(グランの顔を潰すわけにもいかないか)
 若くして一等司令官に上り詰めた親友のためにも、来たからにはやるだけのことはしよう。ユノはそう心に決めて、演習開始の合図を待った。開始は仮想敵側からの鐘の音から。
 神経を研ぎ澄ませて、静寂に耳が慣れた頃。空気を裂くようなけたたましい鐘の音が、北西あたりから訓練場一体に響いた。
(相変わらずこの音、嫌いなんだよな)
「敵襲! 敵位置確認!」
 グランが各小団に号令を飛ばす。グランは訓練だからといって手抜きをする人間ではない。味方の一部を索敵に送り込むと、すぐに態勢を整えた。
「第一後方支援部隊は前方索敵部隊に筋肉強化、五感清澄のバフをかけてくれ。第一中方迎撃部隊はそのまま攻撃の姿勢を維持、第二は索敵部隊の帰還を待ち、第三は後退して戦況把握に努めてくれ」
 グランの的確な指示を、ユノは黙って聞いている。ユノは敵襲があった場合、第三後方支援隊とともに行動することになっているのだ。
魔術師は騎士団員も民間人も、主に中方迎撃部隊と後方支援部隊に配属される。この国ではそれほど攻撃魔術は発達していない。できても魔力をエネルギーとして発散し相手に当てることくらいで、いささか火力不足が否めない。そのため前方は剣や槍を持つ騎士たちに任せて、彼らにバフをかけるのが主な仕事だ。
魔術師団の中でも第三後方支援部隊は最も味方の治療に強い隊だ。助かりそうな味方を治癒魔法で治して再び戦線に送り込み、死にそうな味方は感覚無効化の魔法でできるだけ安らかに逝けるようにしてやる。魔法ですべての命を救うことはできない。第三が最後まで温存されるのは、闇雲に戦闘へ投下されるのを防ぐためだ。戦場の様子がある程度わかって、第二が簡易治療所を設置できたのを見てから現場に降りる。
「ユノ! ユノはいるか? 誰か、ユノ見たか?」
「クジョウさん! いますよ」
 第三後方支援部隊を取りまとめるクジョウが周囲を見渡している。ユノは声を上げ、その言葉に応じた。
「おう、いたか。って、寒そうだな、鼻が赤い。そういうとこ、ガキの頃から変わってねえなぁ」
「もう、やめてくださいよ。それで?」
 おちょくってくるクジョウを睨み、用件を聞き出す。
「ああ。今日の相手はかなり強者だと聞いている。油断はするなよ。第三はいつも通り後退する。全員に筋肉強化のバフをかけられるか?」
「はい。やります」
 クジョウにはユノが十一歳の頃から世話になっている。クジョウは戦闘経験も豊富で、今でも近隣でスタンピードがあればすぐに駆けつけているらしい。
 ユノはぎゅっと集中力を寄せて、体内の魔力を解放した。大量の魔力を使うときは、こうして自分の中に押し込めてある魔力の栓を開ける感覚を味わう。それから差し出した右手の手中に灯った光が大きくなっていくのを見て、クジョウに目配せをした。
「第三支援部隊はこれより後退する! ユノにバフをもらった者から撤退してくれ!」
 これもいつもの特別訓練通りだ。年に数回とはいえ、さすがに十年もやっていたらみな覚えてくる。
「いつも悪いな、ユノ」
「いえ。クジョウさんは温存対象ですから」
 クジョウは騎士団の中でも上位の魔術師だ。ユノとは異なり攻撃魔術にも長けている。いざというときのために魔力を温存しておく必要がある。
 というのも、魔力はみな上限があり、使えば消費もする。いくら上位魔術師と言えど、基本複数人に魔力効果を付与使用する魔術を何度も何度も使えない。攻撃に魔力を使用する場合は、さらに強度をあげなくてはならないため、クジョウのような攻撃にも後方支援にも回れる魔術師は温存対象とされていた。
「そろそろ俺たちも下がるぞ」
「はい」
 ほとんどの魔術師たちがユノからのバフを受けたのを見て、二人も走り出す。いくら敵が強くても、グランがいる限り負けることはない。いつも飄々として冗談ばかり言っているが、やるときはやる男なのだ。
 幼馴染の贔屓目かもしれないが、グランはそれほど指揮にも武力にも長けている。ユノは自分が強くなったような得意げな気持ちになりながら、グランに背を向けた。
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