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すべて順調なはず

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 王太子からの正式な招待状がホワイト家に届くことはなかった。

(何か手違いでもあったのかしら)

 しかしだからと言って行かないという選択肢はない。レオニー1人の問題ではなく、ホワイト侯爵家の存在そのものが危ぶまれる事態になりかねない。
 また、レオニーがいない場所で王太子とマティアスの間に何か起きても、大変なことになる。

(大丈夫。きっとうまくいく)

 この日のために、レオニーはクロエとジェラルドと何度も打ち合わせをし、準備を進めてきた。
 そして今、王宮に向かう馬車の中で、レオニーの隣にクロエ、向かいにジェラルドが座っている。

「そんなに緊張することはない。俺が失敗することなど絶対ない」
「ええ、信じてるわ」

 クロエもいつも通り背筋を伸ばし、つんと澄ました表情ですぐそばにいてくれる。とても心強い。

 馬車の小窓から見える王宮の灯りは、今夜も眩しい。あの光り輝く宮殿から、何事もなく笑って帰って来られることを祈ろう。

(私が守るわ。家族もマティアスも)





 王宮の入り口に着くと、レオニーは1人で馬車を降りた。クロエとジェラルドはここで待機することになっている。

「お嬢様、お気をつけて」
「ありがとう。行ってくるわ」

 入り口から少し離れたところで、マティアスが待っているのがすぐわかった。

「よおレオニー、来たか」
「遅くなってごめんなさい。今夜はよろしくね、マティアス」
「任せておけ」

 にやりと口の端を持ち上げ、マティアスはレオニーに向かって腕を差し出した。そこにレオニーが自分の手を添える。
 普段のレオニーだったら顔から火が出そうなほど恥ずかしくて嬉しい行為。しかし今日はそれどころではない。
 レオニーにはやるべきことがある。

(ここが頑張りどころよ、レオニー)

 震えている場合ではない。家族を守るため、大切な人を守るために、もっと強くならなければ。

 しっかりと前を見据えると、レオニーはマティアスと共に会場に足を踏み入れた。

「今夜も結構人が多いな」

 マティアスの声にレオニーも頷く。 

 夜は昼間よりいくらか涼しいとは言え、会場内は人の熱気で蒸し風呂のようだった。 

 一番奥の一段上がった場所に王家の席が設けられ、国王や王妃に並んで王太子もそこにいるのが見て取れた。

「まずは謁見に行くか?」
「それなんだけど、実は招待状が届かなかったの」
「え? じゃあこの前の王太子殿下のあれは何だったんだ?」
「さあ……」
「そういうことなら今夜は来なくても良かったんじゃないか?」
「それは……どうかしら」

 本当にこのまま何も起こらないなら、今夜は無駄足だったことになる。しかしそんなことがあるだろうか。





 王太子が動いたのは、今夜の招待客の謁見が終わり、ワルツが流れ始めた時だった。

(来た……)

 マティアスの肩越しに、王太子がこちらに近づいてくるのが見える。

「マティアス」
「どうしたレオニー」
「本当に危なくなったら助けてって呼ぶから、それまでは決して動かないでね」
「はあ? 何言って」

 マティアスが最後まで言い終わらないうちに、王太子がすっと現れレオニーの手を取った。

 
「レオニー来てくれたんだね。ありがとう。さっそく1曲お相手願えるかな」
「王太子殿下、光栄でございます。喜んで」

 今にも動き出しそうなマティアスを目線で制する。

(お願い、動かないでマティアス!)

 レオニーの意志が伝わったのか、マティアスは一歩踏み出しかけた右足をそっと元に戻した。

(ありがとう……)

 心配そうに唇を噛み締めるマティアスに、レオニーは大丈夫と笑って見せ、王太子に続いた。

「この前も彼と一緒にいたね。彼はレオニーにとって何なの?」

 手を引かれながら、王太子が疑問を口にした。

「彼は……大切な友人です」
「友人ね、なるほど」
「決して悪い人ではないんです。殿下を害するような気持ちはまったく」
「わかってるよ、大丈夫。僕だってそこまで馬鹿じゃない。しかし君にそこまで言わせるとは、何だか妬けるね」

 そう言うと王太子は悪戯っぽく笑った。

「え……」

 数秒置いて王太子の言葉の意味をようやく理解したレオニーは、ぼっと全身赤くなった。

(本当に殿下は、私のことを……?)

 信じられない話だが、それなら今日の計画は必ず成功させなければならない。

 赤くなったレオニーを見て楽しそうに笑う王太子に、レオニーは少しだけ体を寄せて囁いた。

「あの殿下、そういったお話は……後で、花火を見ながらお聞きしたいです」
「うん、君が望むならそうしようか」

 そこでちょうど音楽が終わり、王太子は名残惜しそうにレオニーから手を離した。

「では、また」

 王太子が後ろを向くと同時に、レオニーはドレスに隠れた足を大股にして駆け出した。

(ひとまず、殿下から決定的な言葉を言われないことには成功したわ。あとは……)

 会場の奥に位置する小さなバルコニー。そこはカフェテラスのような広さはなく、人が数人立てるだけの広さしかない。

 事前にジェラルドが王宮に忍び込みそこに結界を張ったため、誰もそこには近寄らない。無意識に避けて通り過ぎて行く。

 そのバルコニーに面した木々のうち、1本だけピンクの細いリボンが枝先に結んである。レオニーがジェラルドにあらかじめ渡しておいたものだ。その木の根元には転移魔法の魔法陣が書かれている。

(あった!)

 レオニーはドレスの裾をたくし上げると、バルコニーの枠によじ登り、魔法陣に向かって迷わず飛び降りた。
 ぱっと真っ白い光に包まれ、着いた先はクロエとジェラルドが待つ馬車の中だ。

「お帰りなさいませお嬢様」
「ジェラルドは?」
「少し前に出ました。問題ございません」
「そう、良かった」
「さあお嬢様、お着替えを」

 クロエに促され、レオニーはアベル用の男性衣装に身を包んだ。そして変身薬を一気に喉に流し込んだ。
 あっという間に少年アベルの姿に変わる。

「じゃあ行ってくる」
「お気をつけて」





 レオニー達の計画はこうだ。

 王太子がレオニーを誘い出したタイミングで、ジェラルドがホワイト侯爵夫人になりすましマティアスを引き止める。レオニーの母であれば、マティアスも無下にはできないと考えての人選だ。

 レオニーは王太子から求婚めいた発言をされないよう細心の注意を払い、誰にも見つからないようにその場から退出する。

 そしてアベルの姿で再び会場入りし、ジェラルドがマティアスの前でぼろを出す前に交代する。後はマティアスと王太子が接触しないように、レオニーがアベルとして最後までその場にいる予定だ。

 レオニーは途中で気分が悪くなって帰ったことにする。夜会そのものにはちゃんと出席したし、王太子とも話したのだから表立って叱責されることはないだろう、と踏んでいる。




(大丈夫、順調に進んでるわ)

 あとはマティアスとジェラルドを見つけ出し、ジェラルドを退出させれば、計画は完遂したも同然だった。

 アベルとして会場入りすると、すぐにレオニーは辺りを見回した。
 少し離れたところにマティアスらしき人影を見つけた。早足で近づくと、何食わぬ顔で母のふりをしているジェラルドが隣にいた。
 変身そのものは完璧だが、長く話せばその言動から偽物であることがばれてしまうかもしれない。

「カミーユ様」

 アベルとしてどう呼びかけるか迷った末、母の名をそのまま呼ぶことにした。できるだけ大きな声で、後ろから声をかけた。
 と同時に、ジェラルドの横にもう1人誰かいることに今更ながら気づいた。

「君は……?」

(ユーグ! どうしてここに)

 レオニーは一瞬固まった。するとジェラルドがさっとフォローに回った。

「夫の遠縁にあたるアベル・ホワイトよ。会ったことなかったかしら」
 
 少し考えるような仕草をしてから、ユーグは誰もが魅了される美しい微笑を浮かべた。

「ああ……一瞬わからなかったよ。久しぶり」

 ユーグとアベルが会ったことなど、もちろんない。

(嫌な予感がする……)

「せっかく偶然会えたんだから、あっちでゆっくり話さない?」

 何を考えているのかさっぱりわからない笑みでそう誘われ、レオニーはジェラルドを振り返った。

(どうしよう、助けてジェラルド)

 しかしジェラルドは母の姿のまま、にっこりと笑い返した。

「そうね、しばらく会ってなかったなら積もり積もる話もあるでしょうし。私はもう少しマティアスと話してるわ」

(ええ、何で?)

 ひらひらと手を振るジェラルドと、優しくレオニーの肩を掴むユーグ。

「いってらっしゃーい」

(この裏切り者ー!)

 そうしてレオニーは引きずられるようにしてユーグに奥の小部屋に連れて行かれた。
 休憩用に用意された部屋の1つで、空いていれば誰でも使用できる場所だ。

 優雅な足取りでテーブルに座ると、ユーグは向かいの席を指し示した。それに従いレオニーも腰掛ける。

「さて」

 ユーグは軽く背もたれに体を預け、腕を組んだ。

「ホワイト侯爵のご両親はとうに亡くなられているし、ご兄弟は皆女性で然るべき家に嫁がれている。アベル・ホワイトなんて遠縁が存在するはずがないんだけど」

 その通りだった。万が一アベルの身に何か起こったとしても、伯母達に迷惑がかかることのないように、あえてこの名にしたのだ。
 それがまさかこんな形で裏目に出ようとは。

「君は、誰?」

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