上 下
9 / 27

王室御用達になるには

しおりを挟む
   あちらが何事もなかったように振る舞うのなら、レオニーもそうするしかない。
 というよりも、本当に何もなかったかのように、すべてが今まで通りだった。意識してあわあわと狼狽えている方が馬鹿馬鹿しくなってくるほどに。

 そうして、あの夜の出来事はいつの間にかレオニーの記憶の片隅に遠のいていった。
 どこかの舞踏会やお茶会で顔を見かける度に自然と4人集まり、面白おかしい話をして笑い合う。そんな時間が幾度となく重なり、穏やかに時は流れていった。





 マティアスとリュカが手掛けているロゼワインは少しずつ市場に出回り始め、評判も上々だったが、更なる改良を加える予定だという。

「改良というか、今のものはまあ、これはこれで残しておいても良いんだけどね」
「言うなれば、今あるのが初代、あるいは元祖。次に出したいのが、ロイヤルバージョン」

 とある夜会でいつもの4人が一堂に会した際、その話になった。

「ロイヤルバージョン? 王室に納める用ってこと?」
「そう。王室だったり、国賓に振る舞うものとして取り扱われるような上質なワインを作りたいんだよね」
「ああ、その方が単価が高い分、儲かるからな」
「うわ嫌らしい」
「利益追求に余念がないと言ってくれ」

 どうも2人は、初めて会った時にレオニーが言った「飲みやすすぎる」点を気にしているようだ。

「これがなかなか難しいんだよ。重たくしすぎると、じゃあ赤ワインで良くない? って話になっちゃうから」
「あー、たしかに」
「いくつかサンプル品が出来上がったから、今度試飲してほしいんだが」
「あ、そういうことなら私は無理」

 珍しく下手に出て頼もうとしたマティアスに、容赦なくブランシュが断りを入れる。

「ワインの良し悪しなんて私にわかるわけないもの」

 ブランシュは普段からシャンパンは好んで口にするが、ワインはめったに飲まない。それ以上食い下がる余地はないと見て、マティアスは今度はレオニーに懇願した。

「ワインに合う小菓子も用意する。やってみないか、レオニー」
「そうねえ、マカロンとチーズタルトがあるなら」
「おーレオニー陥落。やったねマティアス」
「ふん、ちょろいもんだ」
「あら、そんな風に言われるなら、やっぱりやめておこうかしら」
「すまなかった」
「ガレットも追加で」

 そんなわけで数日後、レオニーはマティアスの屋敷へ足を運ぶこととなった。

 ワインの試飲をしに行く、と伝えると、侍女のクロエは眉をぴくりと上げ一言「ご一緒します」とだけ呟いた。最初にあんな大失敗をしでかしたのだから、やはり心配なのだろう。





「やあレオニー、今日はわざわざありがとう」

 先に来ていたリュカに出迎えられ、用意された部屋に足を踏み入れるといくつかのグラスと、レオニーがねだったスイーツ達が行儀良くテーブルに並べられていた。
 遅れて、ワインボトルを何本か抱えたマティアスが入ってきた。

「よし始めるか」
「クロエさん! お会いできて嬉しいです」

 マティアスの後ろに付き従っていたメイド服の女の子が、部屋に入るなりクロエの両手を握ってぶんぶんと大きく振りかざした。

「ええと、貴方は……?」
「マティアス様にお仕えしておりますジゼルと申します。クロエさんのファンなんです」

 そう言うとジゼルは瞳をキラキラと輝かせながら、今にも抱きつきそうな勢いでクロエにすり寄った。

「ホワイト家のメイドがいかに優秀か、見習わせようと思って色々語って聞かせていたら、どうも尊敬の念が強くなりすぎたみたいで」

 居心地悪そうにマティアスが頭を掻いた。当のクロエも目を白黒させて驚いている。

「光栄なことですが、私は侍女としてやるべきことをしているだけですので」
「いやいや、そのクオリティが半端ないからなホワイト家は。クロエだけじゃなく全員」

 やいのやいのしているうちに、リュカが手際よくワインをそれぞれのグラスに注ぎ、準備を進めていく。

「お嬢さん方、そろそろ良いかい? レオニーはこっち。手前側のグラスから順番に試飲してね。一通り試し終わったらあとは好きなの飲んでいいよ。スイーツはいつでもご自由に。あ、これは味が混ざらないようにするためのお水ね。適宜使って」

 レオニーの目の前に置かれた5つのワインは、全く同じように見えるものもあれば、ちょっと色味が濃かったり濁りが強いものもあったりと、様々だった。

「難しく考えないで、率直な感想を教えてね」

 リュカの言葉に、レオニーはこくりと大きく頷いた。

 一口飲むごとに、これは渋みが強くてお肉料理に合いそう、これは口当たりが柔らかくて飲みやすい、とレオニーは思いついたままの感想を伝える。それをリュカが逐一手元の帳面に書き込み、マティアスは無言で見守った。
 時折大好物のスイーツを挟みながら、ひととおりの試飲を終えた。

「こんな感じで大丈夫だった?」
「ばっちり。参考になったよ、ありがとう」
「今日のことを踏まえて、明日さっそく会議だな。関係者を召集だ。リュカ連絡頼めるか」
「はいよ」

 少し汗ばむ陽気になってきた。昼間のアルコールはよく回るのか、ほんの少しずつしか飲んでいないのにレオニーは良い気分で、ふわふわと足元が軽かった。

「そろそろ失礼しようかしら。スイーツたくさん余っちゃったわね」
「だいぶ多めに用意したからな。持って帰るか」
「あら、良いの」

 マティアスの指示で、食べ残したスイーツ達が綺麗にラッピングされていく。

「じゃあ、知らせを出しに行きがてら僕が門までお見送りするよ」
「ああ。じゃあなレオニー、今日は助かった」

 口の悪いマティアスから出てきた感謝の言葉と優しい笑みに、レオニーは嬉しくなってふにゃりと微笑み返した。





 玄関先で馬車の用意を待っている間、リュカがレオニーの顔をひょいと覗き込んだ。

「ほろ酔いって感じだね。レオニー可愛い」
「もう、からかわないで」

 ふふ、とおかしそうに笑うリュカに、レオニーは軽く手であしらう仕草をして見せた。
 クロエは最後までジゼルに付き纏われていて、こちらの様子には気がついていないようだ。

「ごめんごめん。怒った? でもレオニーのそういうところ、僕は好きだよ。お近付きになれて本当に良かったなぁって思ってる」

 小さく両手を合わせて謝るそぶりを見せながら、リュカはにっこりと人懐こい笑みを浮かべた。

「ありがとう。私も、リュカやマティアスやブランシュとも仲良くなってから、毎日がすごく楽しいわ」

 素直な気持ちでレオニーもにっこりと微笑み返した。

 友達なんていなくても、自分の部屋があって頼れる侍女がいて、美味しい紅茶とお菓子があって、刺繍をしたり本を読んだり、気ままに過ごせる時間があればそれで充分だと思っていた。 

 でも今は違う。思ったことをそのまま口にできて、応えてくれる人がいる。一緒に笑ったり怒ったりできる人がいる。そんな人達と過ごす楽しい時間を知ってしまった今は、1人の方が良いなんて思えるはずがなかった。

 レオニーの心からの笑顔に、リュカははっとしたように急に俯いた。

「リュカ、どうしたの?」
「僕もあの4人でつるむのはすごく楽しいよ。ずっとこうしていられたらいいのにって思ったりもする。でも、いつまでこのまま変わらずにいられるのかな」
「どういうこと?」

 リュカは言いにくそうに視線をあちこちに彷徨わせた。

「何かあったの?」
「いや、まだ具体的に何かあったわけじゃないんだけど」
「何、私には言えないようなこと?」
「いやそういうわけじゃ」
「じゃあ教えて」

 何度か押し問答を繰り返した後、レオニーが一歩も引かない様子を悟ったリュカは、諦めたように肩を落とした。

「わかった、言うよ。でも僕から聞いたっていうのは内緒にしてよ」
「だから何なの」
「婚約するらしいんだ」

 リュカの腕に掴みかかりそうなほど前のめりになっていたレオニーは、弾かれたようにぱっと後ずさった。

「婚約? 誰が」
「マティアスとブランシュ」

 マティアスと。
 ブランシュが。
 婚約……?


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした

ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。 彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。 しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。 悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。 その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・

【完結】昨日までの愛は虚像でした

鬼ヶ咲あちたん
恋愛
公爵令息レアンドロに体を暴かれてしまった侯爵令嬢ファティマは、純潔でなくなったことを理由に、レアンドロの双子の兄イグナシオとの婚約を解消されてしまう。その結果、元凶のレアンドロと結婚する羽目になったが、そこで知らされた元婚約者イグナシオの真の姿に慄然とする。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

【短編】悪役令嬢と蔑まれた私は史上最高の遺書を書く

とによ
恋愛
婚約破棄され、悪役令嬢と呼ばれ、いじめを受け。 まさに不幸の役満を食らった私――ハンナ・オスカリウスは、自殺することを決意する。 しかし、このままただで死ぬのは嫌だ。なにか私が生きていたという爪痕を残したい。 なら、史上最高に素晴らしい出来の遺書を書いて、自殺してやろう! そう思った私は全身全霊で遺書を書いて、私の通っている魔法学園へと自殺しに向かった。 しかし、そこで謎の美男子に見つかってしまい、しまいには遺書すら読まれてしまう。 すると彼に 「こんな遺書じゃダメだね」 「こんなものじゃ、誰の記憶にも残らないよ」 と思いっきりダメ出しをされてしまった。 それにショックを受けていると、彼はこう提案してくる。 「君の遺書を最高のものにしてみせる。その代わり、僕の研究を手伝ってほしいんだ」 これは頭のネジが飛んでいる彼について行った結果、彼と共に歴史に名を残してしまう。 そんなお話。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

処理中です...