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冒険者
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辺境にあるナイハール村近郊から、野太い声が木霊する。
「ぜりゃぁぁぁぁぁっ!」
ザシュッ──。
遅れて轟く斬撃音。
小さな黒い鬼のような魔獣は両断され、断末魔を残して光の粒子となって消え去る。
辺りには他に魔獣の姿は無く、あるのは人影のみとなった。
魔獣を倒した立派な鎧を装備した大男が、得物である大剣を軽々と担ぎ上げる。
大剣に血は付いていない。魔獣が消滅した際、返り血も一緒に消えている。
加えて、刃こぼれ一つしていない。白銀の剣身が陽光を受けて怪しく煌めいている。その輝きが大剣のポテンシャルを象徴していた。
大男は全く乱れていない息を深く吐いた。
「ふぅ。終わった」
「お疲れ様、デュラウ」
純白のローブを身に纏った茶髪の女性が、大男にタオルを手渡す。
デュラウと呼ばれた大男は受け取ると、兜を脱いで汗など一切かいていない顔を一生懸命拭った。
「助かります、リーシャンさん」
皮の厚そうな顔はふやけたみたく緩み、夕焼けのように赤くなっている。
リーシャンは「うふふっ」と微笑んでいた。
つい今しがたまで戦闘が行われていたというのに、空気はすでに和やかなものへとシフトしていた。
ふと、そんな平和な空気に一石投じられる。
「バカじゃねぇの」
デュラウは声がした方を厳しく睨めつけた。
視線の先には、背丈こそ低いが太くて立派な一本の木が立っている。
「おいクロット、今のは誰に向けての言葉だ」
デュラウがそう言うと、木の上から誰やら飛び降りた。
姿を現したのは、左右に二本ずつ、計四本の短剣を腰に差した赤髪の男だった。
クロットと呼ばれたその男は小柄で、デュラウの前に立つと身長差のせいで、まるで大人と子供のよう。童顔さも相まって、より幼く見える。だが、大男のデュラウに睨まれながらも堂々と向き合う姿からは、子供のような様子など微塵も感じられない。
クロットは短剣の一本を抜き放ち、軽く上に放り投げては危なげなくキャッチをする、大道芸のような真似をする。
数回繰り返したかと思うと、最後にキャッチするなり、切っ先をデュラウに向けた。
漆黒の刃が威圧感を放つ。
デュラウは反射的に構えた。
「貴様っ」
怒気を孕んだ声が緊張感を産む。
クロットな小さく笑ったかと思うと、短剣を鞘に戻す。
「冗談」
「冗談だと?」
デュラウは気が収まらないのか、大剣に手を伸ばした。
クロットはもう一つ薄ら笑いを浮かべ、自らも腰を落とす。再び短剣を抜いた。
今にも死闘が始まろうとしている。
しかし、意外にも開戦どころか始まる前から終戦を迎えた。
終わらせたのは一人の女性だった。
臨戦態勢である二人の間に立つ、マントを羽織った紫色の髪をした呆れ顔の彼女。
デュラウは彼女に気付いたためか、構えを解き、鞘から抜いた大剣を収める。
クロットも舌を打ち、短剣をくるくると回して腰に戻した。
ぷいっ、と二人は互いにそっぽ向く。
いくらか険悪さは残っているが、兄弟喧嘩のような軽さも感じられる。それを表すように、戦いを鎮めた彼女がわざとらしく肩をすくめた。
「まったく、あなたたちは……」
「今のはクロットが」
「はんっ。冗談抜かすな。先に敵意を向けたのはあんただろ?それをオレサマが受けてやろうってんだ、感謝してほしいもんだ」
「感謝だと?貴様こそ世迷言を。この狂人めが」
「オレサマが狂人か。もしそうなら、本当に狂っているのはオレサマ以外の全て、の間違いだろうよ」
「よくも抜け抜けと」
「そうか、あんたとしては仲裁が入ったお陰で助かったんだもんな。好きな女の前でボロ負けせずに済んでさ。だったら感謝すべきはオレサマじゃなく、割って入ったユユノだったわけだ。ハハハッ」
「言わせておけば!なら試してやろう。来い、クロット」
「やろうってか?いいぜ。今度は邪魔するなよ、ユユノ」
再加熱した二人が武器に手を伸ばした。
するとユユノと呼ばれた冗談が、
「あー、もう」
と不満声を漏らす。
ユユノは好戦的なクロットの頭を軽く叩いた。
次に、デュラウの頭を杖で叩く。
そして一言。
「喧嘩両成敗」
水を差された二人は、渋々といった様子で剣から手を離した。
特にクロットは不機嫌そうに舌を打つ。
ひとまず落ち着くと、それまで様子を見守っていたリーシャンが口を挟んだ。
「やっぱり彼がいないとダメなのかしら」
「多少問題はあったけど、わたしたちのリーダー役だったからね」
ユユノは同意するが、対してデュラウとクロットは納得いかないと言わんばかりに顔をしかめる。
けれど、デュラウはリーシャンを見てハッとなり、小さく頷いた。そして筋骨隆々の身体をこれでもかと縮こまらせ、リーシャンとユユノに頭を下げる。
「すみません」
だがクロットは何も言わず、後ろの木に飛び乗った。
ユユノとリーシャンはその木を一瞥するが、顔を見合わせ、肩をすくめて苦笑する。
「とりあえず戻りましょうか」
リーシャンはそう言って身を翻し、村に向かってる歩き出す。デュラウもそれに続いた。ユユノも歩き出すが、すぐに立ち止まって振り返る。
「クロットはどうする?」
尋ねるが返事は無かった。
少し待ったが、諦めてユユノも村に戻る。
「ぜりゃぁぁぁぁぁっ!」
ザシュッ──。
遅れて轟く斬撃音。
小さな黒い鬼のような魔獣は両断され、断末魔を残して光の粒子となって消え去る。
辺りには他に魔獣の姿は無く、あるのは人影のみとなった。
魔獣を倒した立派な鎧を装備した大男が、得物である大剣を軽々と担ぎ上げる。
大剣に血は付いていない。魔獣が消滅した際、返り血も一緒に消えている。
加えて、刃こぼれ一つしていない。白銀の剣身が陽光を受けて怪しく煌めいている。その輝きが大剣のポテンシャルを象徴していた。
大男は全く乱れていない息を深く吐いた。
「ふぅ。終わった」
「お疲れ様、デュラウ」
純白のローブを身に纏った茶髪の女性が、大男にタオルを手渡す。
デュラウと呼ばれた大男は受け取ると、兜を脱いで汗など一切かいていない顔を一生懸命拭った。
「助かります、リーシャンさん」
皮の厚そうな顔はふやけたみたく緩み、夕焼けのように赤くなっている。
リーシャンは「うふふっ」と微笑んでいた。
つい今しがたまで戦闘が行われていたというのに、空気はすでに和やかなものへとシフトしていた。
ふと、そんな平和な空気に一石投じられる。
「バカじゃねぇの」
デュラウは声がした方を厳しく睨めつけた。
視線の先には、背丈こそ低いが太くて立派な一本の木が立っている。
「おいクロット、今のは誰に向けての言葉だ」
デュラウがそう言うと、木の上から誰やら飛び降りた。
姿を現したのは、左右に二本ずつ、計四本の短剣を腰に差した赤髪の男だった。
クロットと呼ばれたその男は小柄で、デュラウの前に立つと身長差のせいで、まるで大人と子供のよう。童顔さも相まって、より幼く見える。だが、大男のデュラウに睨まれながらも堂々と向き合う姿からは、子供のような様子など微塵も感じられない。
クロットは短剣の一本を抜き放ち、軽く上に放り投げては危なげなくキャッチをする、大道芸のような真似をする。
数回繰り返したかと思うと、最後にキャッチするなり、切っ先をデュラウに向けた。
漆黒の刃が威圧感を放つ。
デュラウは反射的に構えた。
「貴様っ」
怒気を孕んだ声が緊張感を産む。
クロットな小さく笑ったかと思うと、短剣を鞘に戻す。
「冗談」
「冗談だと?」
デュラウは気が収まらないのか、大剣に手を伸ばした。
クロットはもう一つ薄ら笑いを浮かべ、自らも腰を落とす。再び短剣を抜いた。
今にも死闘が始まろうとしている。
しかし、意外にも開戦どころか始まる前から終戦を迎えた。
終わらせたのは一人の女性だった。
臨戦態勢である二人の間に立つ、マントを羽織った紫色の髪をした呆れ顔の彼女。
デュラウは彼女に気付いたためか、構えを解き、鞘から抜いた大剣を収める。
クロットも舌を打ち、短剣をくるくると回して腰に戻した。
ぷいっ、と二人は互いにそっぽ向く。
いくらか険悪さは残っているが、兄弟喧嘩のような軽さも感じられる。それを表すように、戦いを鎮めた彼女がわざとらしく肩をすくめた。
「まったく、あなたたちは……」
「今のはクロットが」
「はんっ。冗談抜かすな。先に敵意を向けたのはあんただろ?それをオレサマが受けてやろうってんだ、感謝してほしいもんだ」
「感謝だと?貴様こそ世迷言を。この狂人めが」
「オレサマが狂人か。もしそうなら、本当に狂っているのはオレサマ以外の全て、の間違いだろうよ」
「よくも抜け抜けと」
「そうか、あんたとしては仲裁が入ったお陰で助かったんだもんな。好きな女の前でボロ負けせずに済んでさ。だったら感謝すべきはオレサマじゃなく、割って入ったユユノだったわけだ。ハハハッ」
「言わせておけば!なら試してやろう。来い、クロット」
「やろうってか?いいぜ。今度は邪魔するなよ、ユユノ」
再加熱した二人が武器に手を伸ばした。
するとユユノと呼ばれた冗談が、
「あー、もう」
と不満声を漏らす。
ユユノは好戦的なクロットの頭を軽く叩いた。
次に、デュラウの頭を杖で叩く。
そして一言。
「喧嘩両成敗」
水を差された二人は、渋々といった様子で剣から手を離した。
特にクロットは不機嫌そうに舌を打つ。
ひとまず落ち着くと、それまで様子を見守っていたリーシャンが口を挟んだ。
「やっぱり彼がいないとダメなのかしら」
「多少問題はあったけど、わたしたちのリーダー役だったからね」
ユユノは同意するが、対してデュラウとクロットは納得いかないと言わんばかりに顔をしかめる。
けれど、デュラウはリーシャンを見てハッとなり、小さく頷いた。そして筋骨隆々の身体をこれでもかと縮こまらせ、リーシャンとユユノに頭を下げる。
「すみません」
だがクロットは何も言わず、後ろの木に飛び乗った。
ユユノとリーシャンはその木を一瞥するが、顔を見合わせ、肩をすくめて苦笑する。
「とりあえず戻りましょうか」
リーシャンはそう言って身を翻し、村に向かってる歩き出す。デュラウもそれに続いた。ユユノも歩き出すが、すぐに立ち止まって振り返る。
「クロットはどうする?」
尋ねるが返事は無かった。
少し待ったが、諦めてユユノも村に戻る。
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