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イエス
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最初の目的地である図書館。
俺には縁のない場所だっただけに、迷わず行けるか心配だった。
だが、幸いすぐに辿り着いた。
考えてみれば、早川行きつけの場所なのだから当然だ。
館内に入るなり、早川はどこかへ行ってしまった。
俺は彼女を探しながら、何か気になる物が無いか適当に見て回る。
本は様々なジャンルで細かく区切られていた。
もっと大まかだと思っていたので、少し興味が湧いてくる。
ほどなくして彼女は見つかった。
本を取ろうとしてはすり抜けてしまい、また取ろうとしてもすり抜ける、そんなことを繰り返している。
余程読みたい本なのだろうか。
彼女が手を伸ばした先にある本を、後ろに回り込んで覗き見る。
書かれていたタイトルを見て思わず驚いた。
早川が読みたがっている本は、生まれ変わりについて書かれた本だったのだ。
(生まれ変わり……死んだ、その後……。そうだよな、早川は死んでるんだから、気になって当然か)
どういう思いかは分からないが、彼女が生まれ変わりについて考えていることを知って、なぜだか心が傷んだ。
俺は早川に気づかれる前に、その場を離れた。
背筋に冷たい何かが伝う。
館内は暖かいのに嫌な寒気がする。寒さのせいではないだろう。だけど理由は分からなかった。いや、正確に言うと、分かりたくないのだと思う。
何も考えないようにした。
身震いしながら歩いていると、不意に視界の端に映った本が気になった。
そこは宗教関係の本が置かれたスペースだった。
気になったのは、その中でもキリスト教の本。
キリスト教。
俺でも名前くらいは知っている。
イエス・キリストを救世主、そして神や神の子だと称える宗教だったはず。
クリスマス──つまり今日は、キリストの誕生日だったか。
そう考えると、何となくでもキリスト教の本が気になったことに少なからず運命めいたものを感じる。
「クリスマスか……」
あることに思い至り、キリスト教の本を手に取って隅の席に腰掛ける。
今日は十二月二十五日、クリスマスだ。
クリスマスとは何の日か──キリストの誕生日だ。
しかし、俺にとってはそれだけではない。
早川の命日でもある。
彼女がなぜ自殺したのかも分からないままだ。
ただ、早川は意味も無く自殺をするような人間じゃないことを俺は知っている。
分からないなら聞けばいいのかもしれない。
──どうして死んだのか、と。
だけど、俺はどうしてもそうしようとは思わなかった。
聞いたところで、すでにどうしようもない過去のことだし。何より、残念なことにそんなことを聞く勇気を俺は持ち合わせていない。
何の覚悟も持ち合わせていない俺には、勝手に考えて納得することしか出来ないのだ。
持ってきた本は、当然のことながら文字ばかりで、だというのにかなりのページ数だった。
斜め読みでも疲れる。根気の勝負だ。
ページをめくってはびっしりの文字を見るだけで、こんなものを嬉々として読む読書家を尊敬、畏怖してしまえそうだった。
さすがに全部読めるわけもなく、気になるところだけ目を通していく。
こんな読み方でも、何となく分かってくることがあった。
イエス・キリスト。
彼は実在した人物ではない。いや、正確に言うと、分からないのだ。
キリストは存在せず、神様のような空想上の存在だという説がある。
対して、実在したという考えを持った人もいるのだ。
つまり──どちらとも断言出来ない存在。
こういったものは珍しく思えた。
神様のように完全な空想上の存在なのか、それとも脚色されたモデルとなった人物がいたのか、そのどちらかだと思っていた。
だが実際は、そのどちらとも言えなかった。
何なら、モデルどころか本人が存在した可能性だってあるわけだ。
いや、しかし……
「実在したかもしれないなんて話、有り得るのか……?」
キリストは数々の奇跡を起こしたという。
現実的に考えて、さすがにそれが事実とは思えない。
それともその奇跡とは、いくつかの偶然が重なっただけか、勘違いか何かなのだろうか。
どちらにせよ、少なくとも俺は、キリストは神話のようなものだと思う。つまり誰かの作り話。そう考えるのが無難だ。
「キリストは存在しない。として……」
だとしたら、クリスマスに本当の意味は無くなる。端的に言ってしまえば、漫画のキャラクターの誕生日みたいなものということになるからだ。
仮にそうだとして、だったら早川がクリスマスに死んだ理由には繋がらない。俺が昨日今日知ったようなことを、彼女が知らないはずないから。
もちろん、彼女がイエス・キリストの信者だったりで、実在したという考えを持っているなら話は別だが。
だとしたら、俺にはもう彼女の死の真相を知る術は無い。無理に納得するしかないだろう。
それにしても、(あくまで俺の中ではだが)実在しない人物の誕生日を祝う日があるのは凄いことだ。どちらにしてもキリストの凄さが窺える。
「何読んでるの?」
不意に視界の端から早川が顔を出した。
思わず声が出そうになった。何とか呑み込み、平静を装いながら手で本を隠す。
「ちょっと気になることがあって」
「ふーん?読み終わったの?」
「うん。いや、正確に言うと、気になるところだけ調べ終わったよ。さすがに分厚い本を数分で読み終わるわけないだろ」
そう答えると、なぜだか早川は突然笑い出した。
「……変なことでも言った?」
「その口癖、一年経っても直ってないんだ」
「口癖?何それ、初耳なんだけど」
口にした言葉を思い返すが、何が口癖なのか皆目見当もつかなかった。
一頻り笑い終えた早川は、
「いや、正確に言うと──って」
と教えてくれた。
けれど、それでもピンとこなかった。
むしろそんなこと言ったのかさえ定かではない。
(まぁ、癖なんてそんなものか)
それにしても、あまり話していない早川にも気づかれているということは、よっぽど口にしているのだろう。
考えれば考えるほど恥ずかしくなってきた。
今後気をつけよう。
「……ところで、そっちは何かあった?」
「ううん。本すら触れなかったよ」
そう答える彼女は、悔しそうに苦笑していた。それでいて、晴れない欲求に駆られてか妙にソワソワしている。
このままここにいると、下手すれば彼女は俺に本を捲るように言ってくるかもしれない。
その前に退散するべきだろう。
俺には縁のない場所だっただけに、迷わず行けるか心配だった。
だが、幸いすぐに辿り着いた。
考えてみれば、早川行きつけの場所なのだから当然だ。
館内に入るなり、早川はどこかへ行ってしまった。
俺は彼女を探しながら、何か気になる物が無いか適当に見て回る。
本は様々なジャンルで細かく区切られていた。
もっと大まかだと思っていたので、少し興味が湧いてくる。
ほどなくして彼女は見つかった。
本を取ろうとしてはすり抜けてしまい、また取ろうとしてもすり抜ける、そんなことを繰り返している。
余程読みたい本なのだろうか。
彼女が手を伸ばした先にある本を、後ろに回り込んで覗き見る。
書かれていたタイトルを見て思わず驚いた。
早川が読みたがっている本は、生まれ変わりについて書かれた本だったのだ。
(生まれ変わり……死んだ、その後……。そうだよな、早川は死んでるんだから、気になって当然か)
どういう思いかは分からないが、彼女が生まれ変わりについて考えていることを知って、なぜだか心が傷んだ。
俺は早川に気づかれる前に、その場を離れた。
背筋に冷たい何かが伝う。
館内は暖かいのに嫌な寒気がする。寒さのせいではないだろう。だけど理由は分からなかった。いや、正確に言うと、分かりたくないのだと思う。
何も考えないようにした。
身震いしながら歩いていると、不意に視界の端に映った本が気になった。
そこは宗教関係の本が置かれたスペースだった。
気になったのは、その中でもキリスト教の本。
キリスト教。
俺でも名前くらいは知っている。
イエス・キリストを救世主、そして神や神の子だと称える宗教だったはず。
クリスマス──つまり今日は、キリストの誕生日だったか。
そう考えると、何となくでもキリスト教の本が気になったことに少なからず運命めいたものを感じる。
「クリスマスか……」
あることに思い至り、キリスト教の本を手に取って隅の席に腰掛ける。
今日は十二月二十五日、クリスマスだ。
クリスマスとは何の日か──キリストの誕生日だ。
しかし、俺にとってはそれだけではない。
早川の命日でもある。
彼女がなぜ自殺したのかも分からないままだ。
ただ、早川は意味も無く自殺をするような人間じゃないことを俺は知っている。
分からないなら聞けばいいのかもしれない。
──どうして死んだのか、と。
だけど、俺はどうしてもそうしようとは思わなかった。
聞いたところで、すでにどうしようもない過去のことだし。何より、残念なことにそんなことを聞く勇気を俺は持ち合わせていない。
何の覚悟も持ち合わせていない俺には、勝手に考えて納得することしか出来ないのだ。
持ってきた本は、当然のことながら文字ばかりで、だというのにかなりのページ数だった。
斜め読みでも疲れる。根気の勝負だ。
ページをめくってはびっしりの文字を見るだけで、こんなものを嬉々として読む読書家を尊敬、畏怖してしまえそうだった。
さすがに全部読めるわけもなく、気になるところだけ目を通していく。
こんな読み方でも、何となく分かってくることがあった。
イエス・キリスト。
彼は実在した人物ではない。いや、正確に言うと、分からないのだ。
キリストは存在せず、神様のような空想上の存在だという説がある。
対して、実在したという考えを持った人もいるのだ。
つまり──どちらとも断言出来ない存在。
こういったものは珍しく思えた。
神様のように完全な空想上の存在なのか、それとも脚色されたモデルとなった人物がいたのか、そのどちらかだと思っていた。
だが実際は、そのどちらとも言えなかった。
何なら、モデルどころか本人が存在した可能性だってあるわけだ。
いや、しかし……
「実在したかもしれないなんて話、有り得るのか……?」
キリストは数々の奇跡を起こしたという。
現実的に考えて、さすがにそれが事実とは思えない。
それともその奇跡とは、いくつかの偶然が重なっただけか、勘違いか何かなのだろうか。
どちらにせよ、少なくとも俺は、キリストは神話のようなものだと思う。つまり誰かの作り話。そう考えるのが無難だ。
「キリストは存在しない。として……」
だとしたら、クリスマスに本当の意味は無くなる。端的に言ってしまえば、漫画のキャラクターの誕生日みたいなものということになるからだ。
仮にそうだとして、だったら早川がクリスマスに死んだ理由には繋がらない。俺が昨日今日知ったようなことを、彼女が知らないはずないから。
もちろん、彼女がイエス・キリストの信者だったりで、実在したという考えを持っているなら話は別だが。
だとしたら、俺にはもう彼女の死の真相を知る術は無い。無理に納得するしかないだろう。
それにしても、(あくまで俺の中ではだが)実在しない人物の誕生日を祝う日があるのは凄いことだ。どちらにしてもキリストの凄さが窺える。
「何読んでるの?」
不意に視界の端から早川が顔を出した。
思わず声が出そうになった。何とか呑み込み、平静を装いながら手で本を隠す。
「ちょっと気になることがあって」
「ふーん?読み終わったの?」
「うん。いや、正確に言うと、気になるところだけ調べ終わったよ。さすがに分厚い本を数分で読み終わるわけないだろ」
そう答えると、なぜだか早川は突然笑い出した。
「……変なことでも言った?」
「その口癖、一年経っても直ってないんだ」
「口癖?何それ、初耳なんだけど」
口にした言葉を思い返すが、何が口癖なのか皆目見当もつかなかった。
一頻り笑い終えた早川は、
「いや、正確に言うと──って」
と教えてくれた。
けれど、それでもピンとこなかった。
むしろそんなこと言ったのかさえ定かではない。
(まぁ、癖なんてそんなものか)
それにしても、あまり話していない早川にも気づかれているということは、よっぽど口にしているのだろう。
考えれば考えるほど恥ずかしくなってきた。
今後気をつけよう。
「……ところで、そっちは何かあった?」
「ううん。本すら触れなかったよ」
そう答える彼女は、悔しそうに苦笑していた。それでいて、晴れない欲求に駆られてか妙にソワソワしている。
このままここにいると、下手すれば彼女は俺に本を捲るように言ってくるかもしれない。
その前に退散するべきだろう。
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