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プロローグ
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彼女が亡くなったのは去年のクリスマスだった。
雪が降り、数年振りのホワイトクリスマスだったのを覚えている。
通夜はその日のうちに行われた。
同じクラスだった俺たちは、通夜と葬式の両方に参加した。両日とも、一生忘れられそうにないほど印象的だった。俺にとって初めての葬儀だったから、だけではない。たった一人を除いて、誰も涙すら流していなかったからだ。俺も含めて。
死因は飛び降り自殺だった。
自宅のマンション屋上から飛び降りたらしい。即死だったそうだ。
しかし、ちょうど植え込みの上に落ちたらしく、雪のお陰もあって、外傷はほとんど無く綺麗なものだったそうだ。
それこそ、棺桶の中で目を瞑る彼女は、ただ眠っているだけじゃないかと思ってしまうほど。
遺書が見つからなかったことから、他殺の可能性も考えられていたらしい。
だけど彼女の人間性、あるいはクラスでの彼女を鑑みて、自殺だと結論づけたのだ。
彼女は学校ではほとんど喋らなかった。
口を開くのは、授業で教科書を読まされる時か、単なる気まぐれなのかとある一人のクラスメートと少し話すくらいだった。
休み時間には読書をしているが、まさに雑食と言うべきか、様々な本を読んでいた。
ある時は宮沢賢治やシェイクスピア、またある時は天文学の本、またまたある時は神話の本。覚えているだけでもかなりのジャンル数だった。
本当に色々な本を読んでいた。
彼女が読んだ本の種類数は、イコール彼女の人並外れた強い好奇心を表していたのだと思う。
そんな彼女を、クラスメートたちは避けていた。
避けて、と言ってもイジメほどではない。強いて言うなら無視ぐらいだった。それだってイジメとしてじゃなかった。本人たちからすれば彼女と関わりたくなかっただけだったのだ。
ほとんどのやつらが、近付くことすら躊躇うほどに気味悪がっていたのを覚えている。
ただ、避けられていたという状況だけを聞いた人たちは、それで彼女が心を病んだのだと決めつけたに違いない。
イジメだという公表こそしていないが、警察が自殺だと決めたのはそういうことなのだろう。
彼女には友達がいなかった。
覚えている限り、彼女と話していたのはたった一人。
クラスメートで、よく隣の席になっていた人物──そう、俺だけだった。
だからって、俺も彼女と友達だったわけじゃない。たまに喋った程度だ。
それでも周りの連中は俺を指差し、こう言うだろう。
「彼女の友達はあいつぐらいだ」と。
まぁ、確かに学校内では俺が一番親しかったのかもしれない。唯一話していたのが俺なわけだからそうなのだろう。話したことは、どれもよく分からないことばかりだったけれど。
印象的だった会話の内容は、彼女と初めてちゃんと話した、好きな花についてだった。
「あなたは何の花が好き?」
唐突にそう聞かれた俺は、適当に思いついた花の名前を口にした。
何て答えたのかはもう覚えていない。
だけど、この話が印象的だったのはその次だ。
俺が同じ質問を彼女に投げ返すと、彼女は悩むことなく答えた。
「私が好きなのは彼岸花かな」
そう言った彼女は、ちょうど見ていた植物の図鑑から彼岸花の写真を見せてくれた。
綺麗な花だった。目が眩むほど鮮やかな赤い花。一見、色も形状も作り物だと思わされるほど、不思議な花だった。
その時は、彼女がこの花を好きだと言ったのも納得できた。
俺が「綺麗だね」と答えると、彼女はどこか嬉しそうな表情を浮かべながら、彼岸花について教えてくれた。
彼岸花には毒があるらしい。それに墓場によく咲いているのだとか。それもあって多くの人から恐れられ、嫌われているそうだ。
そこまで聞いて、さっきは納得できた俺も分からなくなっていた。
何でそんな花が好きなのか分からない。
彼女のことなんて何も分からない俺に分かった唯一のこと。
彼女は──早川皐月は彼岸花が好きだった。
雪が降り、数年振りのホワイトクリスマスだったのを覚えている。
通夜はその日のうちに行われた。
同じクラスだった俺たちは、通夜と葬式の両方に参加した。両日とも、一生忘れられそうにないほど印象的だった。俺にとって初めての葬儀だったから、だけではない。たった一人を除いて、誰も涙すら流していなかったからだ。俺も含めて。
死因は飛び降り自殺だった。
自宅のマンション屋上から飛び降りたらしい。即死だったそうだ。
しかし、ちょうど植え込みの上に落ちたらしく、雪のお陰もあって、外傷はほとんど無く綺麗なものだったそうだ。
それこそ、棺桶の中で目を瞑る彼女は、ただ眠っているだけじゃないかと思ってしまうほど。
遺書が見つからなかったことから、他殺の可能性も考えられていたらしい。
だけど彼女の人間性、あるいはクラスでの彼女を鑑みて、自殺だと結論づけたのだ。
彼女は学校ではほとんど喋らなかった。
口を開くのは、授業で教科書を読まされる時か、単なる気まぐれなのかとある一人のクラスメートと少し話すくらいだった。
休み時間には読書をしているが、まさに雑食と言うべきか、様々な本を読んでいた。
ある時は宮沢賢治やシェイクスピア、またある時は天文学の本、またまたある時は神話の本。覚えているだけでもかなりのジャンル数だった。
本当に色々な本を読んでいた。
彼女が読んだ本の種類数は、イコール彼女の人並外れた強い好奇心を表していたのだと思う。
そんな彼女を、クラスメートたちは避けていた。
避けて、と言ってもイジメほどではない。強いて言うなら無視ぐらいだった。それだってイジメとしてじゃなかった。本人たちからすれば彼女と関わりたくなかっただけだったのだ。
ほとんどのやつらが、近付くことすら躊躇うほどに気味悪がっていたのを覚えている。
ただ、避けられていたという状況だけを聞いた人たちは、それで彼女が心を病んだのだと決めつけたに違いない。
イジメだという公表こそしていないが、警察が自殺だと決めたのはそういうことなのだろう。
彼女には友達がいなかった。
覚えている限り、彼女と話していたのはたった一人。
クラスメートで、よく隣の席になっていた人物──そう、俺だけだった。
だからって、俺も彼女と友達だったわけじゃない。たまに喋った程度だ。
それでも周りの連中は俺を指差し、こう言うだろう。
「彼女の友達はあいつぐらいだ」と。
まぁ、確かに学校内では俺が一番親しかったのかもしれない。唯一話していたのが俺なわけだからそうなのだろう。話したことは、どれもよく分からないことばかりだったけれど。
印象的だった会話の内容は、彼女と初めてちゃんと話した、好きな花についてだった。
「あなたは何の花が好き?」
唐突にそう聞かれた俺は、適当に思いついた花の名前を口にした。
何て答えたのかはもう覚えていない。
だけど、この話が印象的だったのはその次だ。
俺が同じ質問を彼女に投げ返すと、彼女は悩むことなく答えた。
「私が好きなのは彼岸花かな」
そう言った彼女は、ちょうど見ていた植物の図鑑から彼岸花の写真を見せてくれた。
綺麗な花だった。目が眩むほど鮮やかな赤い花。一見、色も形状も作り物だと思わされるほど、不思議な花だった。
その時は、彼女がこの花を好きだと言ったのも納得できた。
俺が「綺麗だね」と答えると、彼女はどこか嬉しそうな表情を浮かべながら、彼岸花について教えてくれた。
彼岸花には毒があるらしい。それに墓場によく咲いているのだとか。それもあって多くの人から恐れられ、嫌われているそうだ。
そこまで聞いて、さっきは納得できた俺も分からなくなっていた。
何でそんな花が好きなのか分からない。
彼女のことなんて何も分からない俺に分かった唯一のこと。
彼女は──早川皐月は彼岸花が好きだった。
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