キングゼロ 〜13人の王〜

朝月 桜良

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ルール

メイドのミュア

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「シンリ様」

 不意にすぐ後ろから声が聞こえた。
「──っ!?」
 驚きのあまり身体がビクッと跳ね上がる。
 右手の指が肩なの腹部分に触れてしまった。
「ギャァァァァッ!」
 反射的に断末魔のような叫び声を上げる。
 先ほどまで考えていた刀の能力のせいで、刀身に触れてしまった右手が消滅するイメージに支配されていた。
「ごめんなさいお父様お母様、俺はもう二人の老後を支えて上げられそうにありません。ごめんなさいまだ見ぬ可愛い女の子たち、俺はもうキミたちへの告白のときに手を差し出せられません。なぜなら俺の右手がなくなってしまうから。最後に俺の将来の可愛い可愛いお嫁さん、ごめんなさい俺も凄く愛していました」
「シンリ様?」
「うぅぅっ……ふぇ?」
 再び背ろから聞こえた可愛らしい声に、シンリはようやく我に返った。
 振り返ると、開かれた家のドア前に浅葱色の髪を後ろで結んだ小柄な少女が立っていた。
 すでに見慣れながらも、この場には似つかわしくないメイド服を着ている。
 みっともない姿を見られてしまった。
「──キミは?」
 誤魔化さんと、爽やかにそう尋ねる。
 少女はスカートを軽く摘み、頭を下げた。
「わたしはルナリス様のお傍でメイドとして従事させていただいております、ミュアと申します」
 メイドは何人か見てきたが、目の前にいるメイド──ミュアは初めて見る顔だった。
 改めてミュアをまじまじと見つめる。
 まだ幼さが残る顔立ち。けれど反対に、どこか大人びた顔つきだった。背格好からシルファよりも二つ三つ年下だろう。
「それで、そのミュアちゃんが何か御用かい?」
 先ほどの誤魔化しが尾を引き、キザったらしい口調になってしまった。
 ミュアは気にせず淡々と答える。
「はい。ルナリス様から、シンリ様をお呼びするようにと。ノックはさせていただいたのですが、お返事がなかったので、不躾かと思われたのですが、勝手に入らせていただきました」
「あ、あぁ、そうなんだ……」
「お取込み中でしたらお待ちしますが」
「あぁ、いや、そんなことない……ん? ルナリスが呼んでるって?」
「はい」
「えっと、ルナリスは何の用で俺に?」
「申し訳ありませんが、私は存じ上げません。ただ呼んでくるように申しつかっただけですので」
「そうか、わかった」
 ささっと布団だけ畳む。
「それじゃあ行こうか」
「はい。それではお連れいたします」
「ありが──あ、ちょっと待って」
 慌てて刀を拾う。
「お待たせ」
「……あの」
 ミュアが感情の起伏は薄いが、不安の色を浮かべた表情でシンリを見やる。
「あぁ、変な意味じゃないから安心して。ただルナリスに聞いておきたいことがあって。もしかしてルナリスかシルファに持ってこさせるなとか言われてる? だったら置いてくけど」
「いえ……それは何も」
 そう答えながらも、心配そうな様子は消えない。
 自身の仕える王に会わせるというのに、王武器を持たれたら当然だろう。
 やっぱり置いていこうか、などと考え直すが、
「それではわたしの後ろについてきてください」
 ミュアの指示に従って進み出す。


 シンリの家からファルカリアの門までは歩いて二十分ほどの距離。
 道らしい道はなく、道中にこれといって目印になりそうなものも特にない。しかし、ほとんど直線で進めば城や門が見えてくるので、暗い夜道でもなければ迷わずに済みそうだった。
 いつまでも続く草木が生い茂る景色の中、黙って進むシンリとミュア。
 二人の間には微妙な距離ができている。
 ミュアは少なからずシンリを警戒している様子だった。
 先ほど変なところを見られたからだろうか。それとも武器を所持しているからだろうか。
(もしかしたらシルファに変なことを吹き込まれてるのかも……)
 その可能性もなくはない、とシンリは思わず苦笑した。
「どうかされましたか?」
「いや、何も」
 一人で苦笑ったことで、余計に不審がらせたかもしれない。そう心の中で反省する。
 歩を進めながら、前を歩く後ろ姿をじっと眺める。
 背筋はぴんと伸びており、頭の上に本どころか水を注がれたコップを乗せても一滴たりとも零れなさそうなほどだった。それを意識せずにやってのけている様子。メイドとしての熟練さが見て取れるようだった。小柄なのに身長以上に大きく見える。
「ミュアちゃんって年いくつ? ちなみに俺は十七」
 黙っているのに飽きたこともあり、せっかくなら年の近しい子と親睦を深めたいとミュアに話し掛けた。
 突然長い沈黙を破ったというのに、ミュアは足を止めることはおろか、振り返ることもなかった。
 前を向いて歩きながら、淡々と返す。
「十四です」
「俺の三つ下なんだ。そういえばルナリスたちの年も知らないや。ミュアちゃん知ってる?」
「……ルナリス様が十九、シルファ様が十六です」
「ルナリスが二つ上で、シルファが一つ下か。うん、予想通りだな。さすが俺」
「そうですか」
「何せ俺には、可愛い女の子のそういった情報を見抜く力があるのです!」
「そうでしたか」
「だからミュアちゃんの年もわかってたよ。ミュアちゃんも凄く可愛いからね」
「ありがとうございます」
「それでさぁ──」
 その後も軽い冗談などを交えつつ、会話を続ける。
 だが、ミュアの警戒が解けることはなかった。
(何か冷たい……もしかして俺、嫌われてる?)
 ミュアが可愛い女の子だけに、より残念だった。
 気持ちと一緒に歩みも重くなる。


 そうこうしている間に、門の前に着いた。
 門前には兵士が二人立っている。片方は見知った顔だが、もう一人は知らない。
「こうして門の前に立つと、初めてここに来たときのことを思い出すよ」
 まだ五日しか経っていないが、まるで数年前の出来事を思い出しているかのように門を見つめる。
「あのときは……痛かった……」
 真っ先に思い出したのは、シルファに腹部を殴られたときの痛みだった。
 記憶の鮮明さに思わず腹をさする。
「どうかしましたか?」
「な、何でもありません!」
 ミュアから大きく一歩離れた。
 冗談でもミュアに手を出せば、あのときの痛みとは比べ物にならない激痛を伴った折檻が待っていることだろう。
「早く行きましょう!」
 まさかセクハラでシルファに殴られたとも言えず、歩を進めることしかできなかった。

「やぁ、おじさん」
 兵士二人のうち、知っている髭面の兵士に声を掛ける。
「おお、アンタか──っと、申し訳ありませぬ、シンリ様」
「様って……ちょっとやめてよ、そんな堅苦しい呼び方。シンリでいいよ」
「しかし、貴方様は他国とはいえ王の一人。無礼を働くわけには」
「いいんだって。柄じゃないし。ミュアちゃんも俺のこと、呼び捨てでいいから」
 そう言ったが、ミュアは静かに首を横に振る。
 残念と首をすくめた。
「それで、おじさん、ルナリスから話聞いてる?」
「もちろん。さぁ、どうぞ」
 髭面の兵士は鉄門の脇にある木製のドアを開く。
 城下町に足を踏み入れる前に、髭面の兵士に確認する。
「何の話かは聞いてる?」
「いや、さすがにそこまでは」
「まぁ、だよね。何か怒られるとかじゃないよね?」
「それは自分で確かめてほしい」
「そうするよ」
 改めてドアをくぐろうとしたとき、不意に髭面の兵士が「あっ」と声を漏らす。
「先に一つ言っておくべきことと……謝っておきたいことがある」
「謝って? 何?」
「いや、それを告げる俺個人の無礼に対する謝罪が先か」
「だから何だよ?」
 髭面の兵士はいやに真剣な表情だった。
「シンリ、お前は俺たちにとって他国の王だという自覚を持ってほしい」
「それはまぁ、そうだな。一応自覚してるつもりだけど」
「そして……」
 一瞬言い淀む。
 ようやく続けられた言葉に、シンリは目を丸くした。
「皆を許してやってほしい」
「はぁ?」
 それ以上、髭面の兵士は何も言わなかった。
 シンリは訝しみながらも、ミュアと共に城下町に入った。
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