キングゼロ 〜13人の王〜

朝月 桜良

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ルナリス・ファルカリア

暴走爆発

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 森林地帯を抜け、草花が生い茂る草原に戻った。
 二人がある程度、距離を取ったところでルナリスが声を出す。
「それでは」
「はっ──まさかこの刀をすぐに手放したら、それで終わりになるんじゃ?」
「ならないから」
 すぐさま却下される。
「わざと負けようとしたら許さないわよ」
「やっぱり?」
 数秒間の静寂が顔を覗かせる。
 仕切り直し、
「改めて──いくわよ!」
 キングゼロが再開された。
 ルナリスは槍を握る力を強め、重心を下げて深く構える。
「──しょうがないか」
 仕方なくシンリも真面目に刀を構えた。
 先ほどまでの緩い空気が、これでもかと引き締まる。今にも弾けてしまいそうだった。
 静かに火花が散る。
 シンリは、ちらりと刀を見下ろした。
 真っ黒な鞘に収められたままの刀。
「抜かなくてもいいよな……?」
 誰に尋ねるでもなく、そう呟く。
 ルールはあくまで刀か槍を手放した方の負け。ルナリス自身を攻撃する必要などない。ならば鞘から抜く必要もないはず。彼女を傷つけたくないシンリは、あえて刀身を抜き放たなかった。
 抜刀もしていない刀を向けただけでも、拒絶反応のように全身の筋肉が強張る。血の気が失せているのか、異様な寒気も感じた。
 今すぐにでも降参したいところだが、この戦いはルナリスたっての希望だ。シンリには受ける義務と責任がある。そうでなくとも、女性の頼みは断れない性分であり、ルナリスの願いであればなおのこと。
 ルナリスに視線を戻し、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。
「……準備オーケー」
 その言葉を最後に、周囲から音が消えた。
 重い静寂に包まれる中、二人は構えたまま睨み合う。
 ふと、シンリの足が小刻みに震え始めた。息苦しさが付き纏う。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
 先ほどまでの静寂が嘘のように、シンリの荒い呼吸音だけがうるさく木霊した。肌は粟立ち、額には脂汗が滲んだ。
 呼吸は次第に早く、浅くなっていく。
 意識すら朦朧としてきた。
 嫌な雰囲気を振り払うように首を振った。
「……いやいや」
 まずは乱れる呼吸を整える。
「真面目に考えるな。これはゲームだ。そう、美女と一緒にゲームをしてるんだ。熱いだろ? 燃えるだろ? 萌えるシチュエーションだろっ?」
 そう口にすることで、自己暗示を掛けるように自らを鼓舞した。
 脳内麻薬が分泌されていく。
 シンリの様子を不審に思ったのか、ルナリスが心配そうに声を掛ける。
「だ、大丈夫?」
 だが、今のシンリの耳には届かなかった。
「これはゲームだ、死ぬようなことじゃない。楽しいゲーム。そう、楽しい楽しいゲームなんだ。可愛い女の子とキャッキャウフフなことをする、素晴らしいゲーム! 間違って変なところを触っても事故で済まされる、最高のゲームだっ!」
 全身から無駄な力が抜けていく。
 ゆらゆらと振り子のように上体が揺れる。
「落ち着いたみたいね、それじゃあ──」
 ルナリスはすぐに構え直した。
 改めて槍を引く。軸足に力を入れ、突進の構えを取った。
 今にも地面を蹴り出し、先制攻撃として駆け出そうとしている。
 だが次の瞬間、全てが音を立てて壊れた。
「女の子! 美女! ルナリスぅっ!」
 彼女よりも先に駆け出し、突っ込むシンリ。
 その足は、込み上げる感情に突き動かされていた。
「はぁっ!? な、何なの? この女性に対する異常なまでの執着心は!?」
 驚きのあまりルナリスの構えが緩んだ。
 慌てて構え直すが、突進のタイミングを逸してしまい、動けずにいる。
 シンリはそんなこと気にも留めず、突っ込み続けた。まるで狂人というものに片足を突っ込んでいる気分だった。
「ルぅ、ナぁ、リぃ、スぅぅぅ!」
「嫌っ──こ、来ないでっ!」
 臆したのか、ルナリスは後ろに下がろうとする。しかし、王のプライドなのか、逃げようとする恐怖心を捻じ伏せ、足の動きを止めた。むしろ、槍を構え直してシンリを迎え撃とうとする。
「伸ッ!」
 深く引いてから、力いっぱい槍を突き出す。その勢いを使って先端が凄まじい速さで伸び、突進するシンリを狙う。
 距離を喰らい合うシンリと槍。
 槍先がシンリを捉えようかという瞬間、
「にゃふんッ!」
 シンリは槍を軽やかに、まるで猫のようなアクロバティックな動きで、いとも容易く躱してみせた。身体能力が向上しているからこそできる芸当だ。
 だがそれ以上に、本当に猫が憑依していると思える動きだった。
「なっ!? 縮ッ!」
 まさかの動きにルナリスも動揺を見せたが、慌てず立て直す。
 槍は伸びたのと同じスピードでみるみるうちに縮み、走るシンリも追い抜いて収縮していく。あっという間に、元の長さに戻った。
「今の俺は王どころか、神にも匹敵するッ!」
 実際、今のシンリは常識を超えた動きでルナリスを圧倒している。
 シンリの心は、得も言われぬ高揚感に満たされていた。
 ルナリスも負けじと顔つきが変わった。
「……私も本気で行くわよ」
 ずっと狼狽えていたルナリスだったが、ようやく王としての姿を思い出したのか、冷静さを取り戻す。
 見開いていた目を細め、なおも突進し続けるシンリを見据えた。ふぅぅっ、と深く息を吐き出し、槍を深く引き絞る。
 ルナリスの雰囲気が変わったことに気付き、シンリは速度をもう一段階上げた。刀を持つ右手も含め、手を羽のように後ろへ伸ばし、風を切って駆ける。
 ふと、ルナリスの持つ槍が淡く光り出した。
 共鳴するように、耳鳴りのような甲高い音も聞こえてくる。
 槍全体を覆う光は、先端に向かって収束していく。光が槍先に集まったかと思えば、先端のさらにその先に、光でできた小さな球体が生まれた。ピンポン玉程度の大きさだが、その大きさには見合わぬ、恐ろしいまでの存在感を持っている。
裂鋼伸槍れっこうしんそうッ!!」
 機は熟したと言わんばかりに、ルナリスが叫ぶ。
 叫び声と一緒に、槍を全力で前に突き出した。ルナリスの声に呼応し、槍はまたも空間そのものを喰らうような勢いで、シンリに向かって真っ直ぐ伸びていった。槍先に謎の光球が存在している状態で。
 ルナリスは間違いなく何かを狙っている。
 それでもシンリは立ち止まらなかった。
 ルナリスに──向かってくる槍に、迷わず向かっていく。
「甘い甘い甘いッ!」
 勝ち気に吼える。
 今ならどんな攻撃も躱せる、シンリはそう感じていた。
──ダンッ。
 先ほどと同じく、真っ直ぐ突き進んでくる槍を軽やかに跳んで躱す。
 難なく回避してみせた。
 宙を舞いながらシンリは自慢げに笑う。
「言ったろ、欲望度MAXの今の俺は神をも超える! 今までの俺と思うなよっ!」
 しかし、ルナリスは攻撃を躱されたにも関わらず、怯むことなく、冷静に、薄ら笑いを浮かべた。
「甘いのは──貴方の方よ!」
「──っ!?」
 シンリは跳んで躱したはずの槍の先に目を向け、ハッとした。
 伸び続けていた槍が、伸びるのを止めている。むしろ少し縮み、槍先を着地するシンリの真横につけていた。
 槍の先端には今でも謎の光球がある。光球はいつ破裂してもおかしくないほど、バチバチとより激しく音を鳴らしていた。その回りには音の正体であろう稲妻が走っている。まるで炎をうねらせる太陽を彷彿とさせた。
 それを見た瞬間、シンリは嫌な予感に駆られる。
 本能がアラートを響かせていた。
「やばっ!」
 再び地面を蹴り、槍から離れようとする。
 だが、すでに遅かった。
「喰らいなさいッ!」
 刹那、呼応するように光球が弾けた。
 凄まじい衝撃と、地響きを起こすほどの爆音が、辺り一面に響き渡る。
 光球が弾け、爆発したのだ。
「うわぁぁぁぁっ!」
 シンリの悲鳴が、爆発音によって掻き消される。
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