キングゼロ 〜13人の王〜

朝月 桜良

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ルナリス・ファルカリア

訳あり

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 微睡みの中から意識がゆっくりと浮上する。
「……んぁ? あれ? ここは?」
 寝惚け眼を擦り、辺りを見回す。
 自分の部屋ではない。けれど見覚えがある。
「あぁ、そっか……何とかって国の……」
 大きな欠伸をして頭を働かせる。
 頭を掻きながら現状を再確認した。
 
 ここはクローヴェリアという世界。
 ここはファルカリアという国。
 ここはファルカリアの城内にある一室。
 そして明日──今日、王であるルナリスと戦う。
 
 正確な時間まではわからないが、目が覚めたということは朝なのだろう。
 ベッドから起き上がり、ややふらつく足取りでドアの前まで行き、ドアノブに手を掛ける。当然ながら、びくともしない。
「まだ閉まったままか」
 仕方なくベッドまで戻って腰掛けた。
 座るや突然、ぐぅぅぅ、と腹が寂しげに音を鳴らす。
「誰かー、俺、腹減ったよー」
 待っても返事はなく、誰も来ない。
「ねぇ、ちょっとー、誰かいないのー? 何か食べ物持ってきてよー」
 やはり返事はない。
「まさか……戦いがどうのとか言っといて、俺を飢え死に──」
「うるさいっ!」
 唐突にドアが大きな音を立てて開かれる。
 現れたのは苛立ちを露わにしたルナリスだった。
「おはよう、ルナリス」
「うるさいと言っているでしょう。まったく。ほら、食事よ」
 持っていたトレイをテーブルの上に置いた。ガチャンッ! と乱暴な音が響く。
 目が合うなり、ルナリスは顔を背けた。
 トレイの上には、湯気の立ち込める料理が盛られた皿が乗っている。
 思わずシンリはもう一度腹を鳴らした。
「これ、食べていいんだよね?」
「どうぞ。毒が入っているかもしれないけどね」
 ルナリスは口の端を上げ、意地悪な笑みを浮かべる。
 しかし、言い終える前──どうぞ、と言われたときにシンリは食べ始めていた。
「はぐっ……むぅ?」
 パンパンになるまで口の中に料理を詰め込んだまま、首を傾げる。
 ごくん、と一気に飲み込んだ。
 腹を軽く叩き、異常がないことを確認する。
「何ともない。大丈夫だったよ」
 なははっ、と笑う。
 シンリの顔と、ティーカップの破片が拾い集められたトレイを見て、ルナリスは気まずそうに顔をしかめた。
「悪いけど、キングゼロまではこの部屋で大人しくしていてもらうわ」
「キングゼロねぇ。それってどこで戦うの?」
 ルナリスは訝しげにシンリを睨んだ。
「それは本気? それとも下らない冗談?」
「本気」
 ルナリスは深い溜め息を漏らす。
戦闘空間リアードと呼ばれる異空間よ」
「戦闘空間? 異空間?」
「キングゼロは、その戦いのためだけに創られた異空間の戦闘空間で戦うの。異空間とは言っても、あまり現実と遜色ないけれど」
「へぇ。どうやって行くの?」
「キングゼロ開始時刻になると、昨日の申請と同じように開始が告げられるわ。そのときに名乗りを上げるのよ。そうしたら勝手に送られるわ」
「ってことは、俺の場合は──」
 食事の手を止め、立ち上がって肩幅に足を広げる。
 小さく深呼吸し、唱えた。
「キングXIII シンリ、キングゼロ!」
 教わった通りにやった。
 当然のように何も起こらない。
「言っておくけど、キングゼロまではまだ時間があるから、今やっても無駄よ。それと声に出さなくても、心の中で唱えればいいの」
「わ、わかってるよ?」
 嘘である。まるで本気で戦隊モノの変身ポーズをやって、それを誰かに見られてしまったような恥ずかしさだった。
 羞恥を誤魔化すためにも食事を再開した。
「……昼食もまた持ってきてあげる。それを食べ終えたくらいにキングゼロは始まるわ」
──キングゼロがもうすぐ始まる。
 その事実を知り、手が再び止まった。
「それまではこの部屋で大人しくしていなさい」
 ルナリスは昨夜のトレイを抱え、踵を返した。
 早々に立ち去ろうとする彼女に、シンリは何度目かになる返答をした。
「俺は戦わないよ」
 ルナリスは振り返らず、足を止める。
 一瞬だけ顔を見せた無音が、続く会話を異様なまでに響かせる。
「どうして?」
「俺には戦う理由がない」
「民のため」
「言ったろ、俺はこの世界の人間じゃない。国民なんて最初からいないよ」
「それじゃあ──負けて」
 音も立てずにドアが閉まった。
 静まり返る室内。
 だが、静寂の中で残り続ける重い声があった。
『──負けて』
 そのたった一言が、いつまでも消えない。
 シンリはぼんやりと天井を見上げた。
「民のため、か。それに……、ねぇ」
 ぽつりと呟く。
 彼女が残した言葉の重みがシンリに圧し掛かる。どんな気持ちで言ったのか計り知れない。
 同時に、違和感を覚える。果たしてルナリスは、いくら大事な戦いとはいえ、そんなことを言うだろうか。

 何かあるのかもしれない。
 王である彼女が抱えている、何かが。
 あるいは彼女自身が抱えてしまった、何かが。
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