6 / 34
異世界クローヴェリア
美しき王女
しおりを挟む
絶体絶命──かと思われた、そのときだった。
「その方ですか?」
シルファのものでも、ましてやシンリのものでもない声が、辺り一面に優しく響く。
その声は、どんなものでもすり抜けてしまいそうなほど透き通っている。耳すらも通り抜け、頭の中にまで入って脳を溶かすかのようだった。
一瞬にして聞き惚れてしまうほどの美声が、シンリの頭を踏み潰そうとするシルファの動きを寸前のところで止める。
間一髪だった。
シルファはシンリの頭上から飛び退き、声の主に跪いた。
つまり声の主こそ、シルファたちの主であり、この国の王。
「はい、ルナリス様」
シンリはどうにか身体を起こす。
そこにいたのは、跪くシルファの前に立つ、天使の羽を思わせる純白のドレスを身に纏った綺麗な女性だった。
「顔を上げて、シルファ」
仰々しく頭を下げるシルファに、優しい声音でそう言った。
「し、しかし──」
「私たちは姉妹でしょう。実の妹にそんな態度を取られると、姉として悲しく思います」
「ですがルナリス様、私とルナリス様では──」
「姉妹は仲良くするものですよ」
「……はい」
シルファは遠慮がちに頷き、ようやく面を上げた。その表情は嬉しさが隠し切れていない。堪えようとしているのだろうが、微笑がにじんでいる。ルナリスもそれを察していのか、嬉しそうに微笑んだ。
躊躇いつつもゆっくり立ち上がり、姿勢を正すシルファ。
ルナリスは改めてシンリに目を向けた。
ようやく正面からルナリスの顔を見たシンリは、感嘆の息を漏らす。
「──綺麗だ」
陽光にも負けぬ輝きを放つ、そよぐ風でなびいている細く長い金色の髪。端整な顔立ちで浮かべる、まるで聖母のような優しい笑顔。シルファと同じ色をした、澱みの一切ない澄んだスカイブルーの瞳。それらをより美しく引き立てて飾る、よく似合った真っ白なドレス。凛としながらも、内にはとても強い温かみと優しさを感じさせる。
圧倒的なまでの存在感だった。
そんな彼女を目にしたシンリは、ある言葉が口を衝いて出た。
「────……」
シンリの発した声はとても小さく、呟くと同時に吹いた一陣の風に乗り、この場にいる誰の耳に届くこともなく飛んでいってしまった。シンリ自身、無意識のうちに出た言葉だったので、何を言ったのか覚えていない。
何か言ったことには気付いたのか、ルナリスが小首を傾げる。
「どうかされましたか?」
「えっ……? あ、いや……な、なははっ」
慌てて立ち上がり、服に付いた砂や草を叩き落とした。
「何でもないです。えっと……あなたが、ルナリス様?」
彼女は優しく微笑み、頷く。
「ルナリス・ファルカリアと申します。貴方が旅の方で間違いありませんか?」
「旅? えっと……」
何のことだ、と考えてすぐに思い至る。きっと髭面の兵士がそう伝えたのだろう。
「あっ──そうなんですよ。それで偶然ここに立ち寄って」
ルナリスはシンリの顔を──黒い瞳を何やら真剣な面持ちで見つめた。
やがてルナリスはまた優しく微笑んだ。
「でしたら、ぜひ泊まっていって下さい。部屋を用意させます。お食事もまだでしたら用意させますが」
「食事? そういえば……」
シンリはシルファに殴られた腹を撫でた。幸い、痛みはもう感じない。
ぐぎゅるるるぅ、と盛大に腹の虫が鳴った。
「お願いします。昨日の昼から何も食べてなくて腹減ってて」
ふと、シルファの表情が険しくなっていく。
「お前、ルナリス様に向かって気安く――」
「大丈夫ですよ、シルファ。いつも言っているでしょう。私は自分が王だからといって民を下に思いたくないのです。それは私が目指す王の姿ではないですから。私の目指している王は、貴方が一番よく知っているでしょう。ましてこの方はファルカリアの者ではありません。ならば身分など関係ない」
「……承知しました、ルナリス様」
「ほら、言葉遣い」
「……はい」
シルファは渋々といった様子で黙る。なぜだかシンリを一睨みした。
「私のことは気軽にルナリスとお呼び下さい。言葉遣いも楽にしていただいて結構です。それで、えっと……」
不意にルナリスが言葉を詰まらせる。
すかさずルナリスの横へと移動したシルファが耳打つ。
「シンリというそうです」
わずかに聞こえたので、自分からも名乗る。
「俺の名前はシンリ。俺のことも気軽に呼んで」
「ではシンリ、どうぞお入りください」
ルナリスは城門の脇にあるドアの前まで行き、開けようと手を伸ばす。しかしそれよりも早く、シルファが代わりに開けた。
ルナリスは少し不満そうな顔をしたが、すぐに笑顔を浮かべ、シンリの手を引いた。
「こちらです」
「あ、うん」
シンリはぼんやりと、つないだ手を見やる。
今まで見たことないほど綺麗な女性と手を繋いでいる。その事実と感触を感じるほどに鼓動が早まった。
「どうかしましたか?」
「……いや、何でもないよ」
シンリは顔の赤みを飛ばすように頭を強く振った。
気持ちを落ち着かせ、城下町へとつながるドアをくぐり抜ける。
「その方ですか?」
シルファのものでも、ましてやシンリのものでもない声が、辺り一面に優しく響く。
その声は、どんなものでもすり抜けてしまいそうなほど透き通っている。耳すらも通り抜け、頭の中にまで入って脳を溶かすかのようだった。
一瞬にして聞き惚れてしまうほどの美声が、シンリの頭を踏み潰そうとするシルファの動きを寸前のところで止める。
間一髪だった。
シルファはシンリの頭上から飛び退き、声の主に跪いた。
つまり声の主こそ、シルファたちの主であり、この国の王。
「はい、ルナリス様」
シンリはどうにか身体を起こす。
そこにいたのは、跪くシルファの前に立つ、天使の羽を思わせる純白のドレスを身に纏った綺麗な女性だった。
「顔を上げて、シルファ」
仰々しく頭を下げるシルファに、優しい声音でそう言った。
「し、しかし──」
「私たちは姉妹でしょう。実の妹にそんな態度を取られると、姉として悲しく思います」
「ですがルナリス様、私とルナリス様では──」
「姉妹は仲良くするものですよ」
「……はい」
シルファは遠慮がちに頷き、ようやく面を上げた。その表情は嬉しさが隠し切れていない。堪えようとしているのだろうが、微笑がにじんでいる。ルナリスもそれを察していのか、嬉しそうに微笑んだ。
躊躇いつつもゆっくり立ち上がり、姿勢を正すシルファ。
ルナリスは改めてシンリに目を向けた。
ようやく正面からルナリスの顔を見たシンリは、感嘆の息を漏らす。
「──綺麗だ」
陽光にも負けぬ輝きを放つ、そよぐ風でなびいている細く長い金色の髪。端整な顔立ちで浮かべる、まるで聖母のような優しい笑顔。シルファと同じ色をした、澱みの一切ない澄んだスカイブルーの瞳。それらをより美しく引き立てて飾る、よく似合った真っ白なドレス。凛としながらも、内にはとても強い温かみと優しさを感じさせる。
圧倒的なまでの存在感だった。
そんな彼女を目にしたシンリは、ある言葉が口を衝いて出た。
「────……」
シンリの発した声はとても小さく、呟くと同時に吹いた一陣の風に乗り、この場にいる誰の耳に届くこともなく飛んでいってしまった。シンリ自身、無意識のうちに出た言葉だったので、何を言ったのか覚えていない。
何か言ったことには気付いたのか、ルナリスが小首を傾げる。
「どうかされましたか?」
「えっ……? あ、いや……な、なははっ」
慌てて立ち上がり、服に付いた砂や草を叩き落とした。
「何でもないです。えっと……あなたが、ルナリス様?」
彼女は優しく微笑み、頷く。
「ルナリス・ファルカリアと申します。貴方が旅の方で間違いありませんか?」
「旅? えっと……」
何のことだ、と考えてすぐに思い至る。きっと髭面の兵士がそう伝えたのだろう。
「あっ──そうなんですよ。それで偶然ここに立ち寄って」
ルナリスはシンリの顔を──黒い瞳を何やら真剣な面持ちで見つめた。
やがてルナリスはまた優しく微笑んだ。
「でしたら、ぜひ泊まっていって下さい。部屋を用意させます。お食事もまだでしたら用意させますが」
「食事? そういえば……」
シンリはシルファに殴られた腹を撫でた。幸い、痛みはもう感じない。
ぐぎゅるるるぅ、と盛大に腹の虫が鳴った。
「お願いします。昨日の昼から何も食べてなくて腹減ってて」
ふと、シルファの表情が険しくなっていく。
「お前、ルナリス様に向かって気安く――」
「大丈夫ですよ、シルファ。いつも言っているでしょう。私は自分が王だからといって民を下に思いたくないのです。それは私が目指す王の姿ではないですから。私の目指している王は、貴方が一番よく知っているでしょう。ましてこの方はファルカリアの者ではありません。ならば身分など関係ない」
「……承知しました、ルナリス様」
「ほら、言葉遣い」
「……はい」
シルファは渋々といった様子で黙る。なぜだかシンリを一睨みした。
「私のことは気軽にルナリスとお呼び下さい。言葉遣いも楽にしていただいて結構です。それで、えっと……」
不意にルナリスが言葉を詰まらせる。
すかさずルナリスの横へと移動したシルファが耳打つ。
「シンリというそうです」
わずかに聞こえたので、自分からも名乗る。
「俺の名前はシンリ。俺のことも気軽に呼んで」
「ではシンリ、どうぞお入りください」
ルナリスは城門の脇にあるドアの前まで行き、開けようと手を伸ばす。しかしそれよりも早く、シルファが代わりに開けた。
ルナリスは少し不満そうな顔をしたが、すぐに笑顔を浮かべ、シンリの手を引いた。
「こちらです」
「あ、うん」
シンリはぼんやりと、つないだ手を見やる。
今まで見たことないほど綺麗な女性と手を繋いでいる。その事実と感触を感じるほどに鼓動が早まった。
「どうかしましたか?」
「……いや、何でもないよ」
シンリは顔の赤みを飛ばすように頭を強く振った。
気持ちを落ち着かせ、城下町へとつながるドアをくぐり抜ける。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
性奴隷を飼ったのに
お小遣い月3万
ファンタジー
10年前に俺は日本から異世界に転移して来た。
異世界に転移して来たばかりの頃、辿り着いた冒険者ギルドで勇者認定されて、魔王を討伐したら家族の元に帰れるのかな、っと思って必死になって魔王を討伐したけど、日本には帰れなかった。
異世界に来てから10年の月日が流れてしまった。俺は魔王討伐の報酬として特別公爵になっていた。ちなみに領地も貰っている。
自分の領地では奴隷は禁止していた。
奴隷を売買している商人がいるというタレコミがあって、俺は出向いた。
そして1人の奴隷少女と出会った。
彼女は、お風呂にも入れられていなくて、道路に落ちている軍手のように汚かった。
彼女は幼いエルフだった。
それに魔力が使えないように処理されていた。
そんな彼女を故郷に帰すためにエルフの村へ連れて行った。
でもエルフの村は魔力が使えない少女を引き取ってくれなかった。それどころか魔力が無いエルフは処分する掟になっているらしい。
俺の所有物であるなら彼女は処分しない、と村長が言うから俺はエルフの女の子を飼うことになった。
孤児になった魔力も無いエルフの女の子。年齢は14歳。
エルフの女の子を見捨てるなんて出来なかった。だから、この世界で彼女が生きていけるように育成することに決めた。
※エルフの少女以外にもヒロインは登場する予定でございます。
※帰る場所を無くした女の子が、美しくて強い女性に成長する物語です。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる