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異世界クローヴェリア

美しき王女

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 絶体絶命──かと思われた、そのときだった。
 
「その方ですか?」
 
 シルファのものでも、ましてやシンリのものでもない声が、辺り一面に優しく響く。
 その声は、どんなものでもすり抜けてしまいそうなほど透き通っている。耳すらも通り抜け、頭の中にまで入って脳を溶かすかのようだった。
 一瞬にして聞き惚れてしまうほどの美声が、シンリの頭を踏み潰そうとするシルファの動きを寸前のところで止める。
 間一髪だった。
 シルファはシンリの頭上から飛び退き、声の主に跪いた。
 つまり声の主こそ、シルファたちの主であり、この国の王。
「はい、ルナリス様」
 シンリはどうにか身体を起こす。
 そこにいたのは、跪くシルファの前に立つ、天使の羽を思わせる純白のドレスを身に纏った綺麗な女性だった。
「顔を上げて、シルファ」
 仰々しく頭を下げるシルファに、優しい声音でそう言った。
「し、しかし──」
「私たちは姉妹でしょう。実の妹にそんな態度を取られると、姉として悲しく思います」
「ですがルナリス様、私とルナリス様では──」
「姉妹は仲良くするものですよ」
「……はい」
 シルファは遠慮がちに頷き、ようやく面を上げた。その表情は嬉しさが隠し切れていない。堪えようとしているのだろうが、微笑がにじんでいる。ルナリスもそれを察していのか、嬉しそうに微笑んだ。
 躊躇いつつもゆっくり立ち上がり、姿勢を正すシルファ。
 ルナリスは改めてシンリに目を向けた。
 ようやく正面からルナリスの顔を見たシンリは、感嘆の息を漏らす。
「──綺麗だ」
 陽光にも負けぬ輝きを放つ、そよぐ風でなびいている細く長い金色の髪。端整な顔立ちで浮かべる、まるで聖母のような優しい笑顔。シルファと同じ色をした、澱みの一切ない澄んだスカイブルーの瞳。それらをより美しく引き立てて飾る、よく似合った真っ白なドレス。凛としながらも、内にはとても強い温かみと優しさを感じさせる。
 圧倒的なまでの存在感だった。
 そんな彼女を目にしたシンリは、ある言葉が口を衝いて出た。
「────……」
 シンリの発した声はとても小さく、呟くと同時に吹いた一陣の風に乗り、この場にいる誰の耳に届くこともなく飛んでいってしまった。シンリ自身、無意識のうちに出た言葉だったので、何を言ったのか覚えていない。
 何か言ったことには気付いたのか、ルナリスが小首を傾げる。
「どうかされましたか?」
「えっ……? あ、いや……な、なははっ」
 慌てて立ち上がり、服に付いた砂や草を叩き落とした。
「何でもないです。えっと……あなたが、ルナリス様?」
 彼女は優しく微笑み、頷く。
「ルナリス・ファルカリアと申します。貴方が旅の方で間違いありませんか?」
「旅? えっと……」
 何のことだ、と考えてすぐに思い至る。きっと髭面の兵士がそう伝えたのだろう。
「あっ──そうなんですよ。それで偶然ここに立ち寄って」
 ルナリスはシンリの顔を──黒い瞳を何やら真剣な面持ちで見つめた。
 やがてルナリスはまた優しく微笑んだ。
「でしたら、ぜひ泊まっていって下さい。部屋を用意させます。お食事もまだでしたら用意させますが」
「食事? そういえば……」
 シンリはシルファに殴られた腹を撫でた。幸い、痛みはもう感じない。
 ぐぎゅるるるぅ、と盛大に腹の虫が鳴った。
「お願いします。昨日の昼から何も食べてなくて腹減ってて」
 ふと、シルファの表情が険しくなっていく。
「お前、ルナリス様に向かって気安く――」
「大丈夫ですよ、シルファ。いつも言っているでしょう。私は自分が王だからといって民を下に思いたくないのです。それは私が目指す王の姿ではないですから。私の目指している王は、貴方が一番よく知っているでしょう。ましてこの方はファルカリアの者ではありません。ならば身分など関係ない」
「……承知しました、ルナリス様」
「ほら、言葉遣い」
「……はい」
 シルファは渋々といった様子で黙る。なぜだかシンリを一睨みした。
「私のことは気軽にルナリスとお呼び下さい。言葉遣いも楽にしていただいて結構です。それで、えっと……」
 不意にルナリスが言葉を詰まらせる。
 すかさずルナリスの横へと移動したシルファが耳打つ。
「シンリというそうです」
 わずかに聞こえたので、自分からも名乗る。
「俺の名前はシンリ。俺のことも気軽に呼んで」
「ではシンリ、どうぞお入りください」
 ルナリスは城門の脇にあるドアの前まで行き、開けようと手を伸ばす。しかしそれよりも早く、シルファが代わりに開けた。
 ルナリスは少し不満そうな顔をしたが、すぐに笑顔を浮かべ、シンリの手を引いた。
「こちらです」
「あ、うん」
 シンリはぼんやりと、つないだ手を見やる。
 今まで見たことないほど綺麗な女性と手を繋いでいる。その事実と感触を感じるほどに鼓動が早まった。
「どうかしましたか?」
「……いや、何でもないよ」
 シンリは顔の赤みを飛ばすように頭を強く振った。
 気持ちを落ち着かせ、城下町へとつながるドアをくぐり抜ける。
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