20 / 25
第二十話 暗闇は音もなく
しおりを挟む「蓮華様は陽治郎様のことを知ってるの?」
「知ってる?」
右白と左黒とともに庭で野花を摘んでいたとき、彼女たちは蓮華にそう問いかけてきた。
蓮華はぱちりと目を瞬いてから固まり、どう答えようか迷った。もしかすると、この間、蓮華が紫に話していた夢の話を聞いていたのかもしれない。
右白はヒルガオを突きながら「あのね!」と続けた。
「陽治郎様はね、私たちを直してくれたの!」
「直してくれた。痛かった」
「ひび割れたり、欠けたりしてたんだけどね、丁寧に丁寧に、みんなと一緒に直してくれたの!」
「綺麗になった」
二人はそろって犬の面に手を当て、嬉しそうに目もとを細める。
蓮華の頭に、陽治郎の記憶がよぎる。
子どもたちとともに、古びた神社の狛犬を直した陽治郎の姿。その狛犬の顔は、右白と左黒が身に着ける面の顔と似ていた。
蓮華はひとり納得する。
ただの少女でなく、神である紫の使いであるとは知っていた。犬の面をした彼女たちの正体が、神社を守る狛犬であるとは思いもしなかったが。
「私たち、陽治郎様が好きなの!」
「大好き」
「蓮華様も陽治郎様のこと好き?」
「同じ?」
蓮華は胸をぎゅっと抑え、泣きそうに目を伏せてから笑う。
「うん。私も、陽治郎さんが大好きだよ」
口に出して、蓮華の心はまっすぐに定まっていく。まるで紫が束ねる【悪縁】の縄のように、蓮華の思いもまたひとつに固まる。
「ちょっと家の中に戻るね」
一声かけると、右白と左黒は楽しそうに手を振った。蓮華は縁側から家の中に入っていく。
いじめの主犯たちが退学してから、蓮華の学校生活は一変した。平和な日常とはこの光景を指すのだろうと、友人たちに囲まれて楽しく過ごせている。
家に帰れば、可愛らしい少女たちが迎えてくれる。ひとりっ子の蓮華にとって、右白と左黒と戯れる時間は心弾むものだった。
温かなおいしいご飯を並べてくれる嵐には、消極的な蓮華も心底懐いた。手伝うことはないか、と親鳥を追うひよこのように後ろをついて回る。強く出られない嵐から、やかましく走り回る少女たちの世話を任される機会も多くなった。
話を聞いてほしいとき、紫は先読みしたように居間の定位置に座っている。「今日は学校でこんなことがあった」「友達とこんな話をした」と、拙い語彙で説明すると、紫は穏やかに笑ってうなずく。蓮華が父親にしていた代わりを、紫は平然と担う。
蓮華は優しい空間に染まりすぎていた。優しい生活、優しい日々、優しい人たち。自分を害するものなど何ひとつないと錯覚しそうになるほど、蓮華は父親と一緒だったときのような幸せを思いだしていた。
この毎日を大事にしたい。優しくありたい。このまま、ずっとこのままであればいい。
ずっとこの家にいたい、と強く思うようになっていた。
「二人と遊んでくれてありがとう」
「いえ。あの子たちと遊ぶのは楽しいので」
居間で本を読んでいた紫は、庭から帰ってきた蓮華に茶を淹れてくれた。
いつも通り、紫とお茶を飲みながら、日常の場面ごとに楽しい会話を繰り広げる。紫は頬をゆるめて話を聞いて、蓮華も落ちついた心で楽しさを感じていた。
だから、自然と欲があふれていた。右白と左黒たちと話をして定まった気持ちを、すぐに聞いてほしい気がはやったのだ。「ずっと、一緒にいたい」、その一言を口に出す。
「ずっと、紫さんたちと、この家で一緒にいたいな」
この時間がずっと続けばいい、と本音をぽろり。
すぐに、言ったことを後悔した。
紫が顔を強張らせ、悲しそうに目もとを伏せたから。
「ごめんね。それは無理だよ」
失敗した。
勘違いした。
紫が、嵐が、右白や左黒が、友人たちが、優しいから思い違いをしていた。
周りが変わったからと言って、蓮華自身が変わったわけではないのだから。蓮華の卑屈な性格も弱い心も、何ひとつ変わってはいないというのに。
顔がかっと赤く染まる。恥ずかしさと、悲しさで圧し潰されそうになる。どこかから湧いてでた悔しさに目の奥がじわじわと熱くなる。
蓮華はせめてもの意地で、震える声を発した。
「そう、ですよね」
自身でも肯定して、「みんなとずっと一緒にいたい」という夢は粉々に砕け散った。
プルル――、と固定電話が鳴った。すぐに音は聞こえなくなったので、嵐が代わりに電話を取ったのだろう。話し声が廊下の方から聞こえてきても、蓮華のほてった顔はなかなかもとに戻らない。
「紫さん」
居間にやってきた嵐が、紫の耳もとに顔を寄せる。蓮華は紫の顔を見られないまま、膝に目線を向け続けた。
「蓮華さん」
聞きとれない二人の話が終わり、紫に声をかけられて、ようやく顔を上げた。視線の先の紫は真剣な目をしている。
あっと、息を整える前に、紫の形のいい口は開かれる。
「蓮華さんのお母上から、お電話のようだ」
心臓がぎゅっと音を立て、止まってしまったような心地だった。何も聞こえない。何も見えない。
怖くてしかたない、暗い闇を思いだした。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
黒龍の神嫁は溺愛から逃げられない
めがねあざらし
BL
「神嫁は……お前です」
村の神嫁選びで神託が告げたのは、美しい娘ではなく青年・長(なが)だった。
戸惑いながらも黒龍の神・橡(つるばみ)に嫁ぐことになった長は、神域で不思議な日々を過ごしていく。
穏やかな橡との生活に次第に心を許し始める長だったが、ある日を境に彼の姿が消えてしまう――。
夢の中で響く声と、失われた記憶が導く、神と人の恋の物語。
『イケメンイスラエル大使館員と古代ユダヤの「アーク探し」の5日間の某国特殊部隊相手の大激戦!なっちゃん恋愛小説シリーズ第1弾!』
あらお☆ひろ
キャラ文芸
「なつ&陽菜コンビ」にニコニコ商店街・ニコニコプロレスのメンバーが再集結の第1弾!
もちろん、「なっちゃん」の恋愛小説シリーズ第1弾でもあります!
ニコニコ商店街・ニコニコポロレスのメンバーが再集結。
稀世・三郎夫婦に3歳になったひまわりに直とまりあ。
もちろん夏子&陽菜のコンビも健在。
今作の主人公は「夏子」?
淡路島イザナギ神社で知り合ったイケメン大使館員の「MK」も加わり10人の旅が始まる。
ホテルの庭で偶然拾った二つの「古代ユダヤ支族の紋章の入った指輪」をきっかけに、古来ユダヤの巫女と化した夏子は「部屋荒らし」、「ひったくり」そして「追跡」と謎の外人に追われる!
古代ユダヤの支族が日本に持ち込んだとされる「ソロモンの秘宝」と「アーク(聖櫃)」に入れられた「三種の神器」の隠し場所を夏子のお告げと客観的歴史事実を基に淡路、徳島、京都、長野、能登、伊勢とアークの追跡が始まる。
もちろん最後はお決まりの「ドンパチ」の格闘戦!
アークと夏子とMKの恋の行方をお時間のある人はゆるーく一緒に見守ってあげてください!
では、よろひこー (⋈◍>◡<◍)。✧♡!
職業、種付けおじさん
gulu
キャラ文芸
遺伝子治療や改造が当たり前になった世界。
誰もが整った外見となり、病気に少しだけ強く体も丈夫になった。
だがそんな世界の裏側には、遺伝子改造によって誕生した怪物が存在していた。
人権もなく、悪人を法の外から裁く種付けおじさんである。
明日の命すら保障されない彼らは、それでもこの世界で懸命に生きている。
※小説家になろう、カクヨムでも連載中
ちょっと訳ありご当地アイドルな私とさらに訳あり過ぎなアイドルヲタな俺の話
麻木香豆
恋愛
引きこもりなトクさんはとある日、地方アイドルを好きになる。
そしてそんなアイドルも少し訳ありだけど彼女の夢のために努力している!
そんな二人が交互に繰り広げるラブコメ。
以前公開していた作品を改題しました
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる