15 / 25
第十五話 あなたは私の神様
しおりを挟む「私には制約が多くてね。力はあっても、できることには限りがある」
嵐が淹れた茶を手に持ちながら、紫は静かに口にする。
廊下からは、右白と左黒が笑いながら駆けている音が聞こえてくる。居間には対面に座る蓮華と紫、側面に茶をそそぐ嵐がいた。
「蓮華さんのお父上の死において、私は役立たずだった。手が出せない制約のひとつだったんだ」
いつもはほころんでいる紫の口角は、ずっと下がったままだ。
「だから、何もできなかった。私は、れっきとした神を名乗っている身なのに。君たちを見守っていたのに、私には何もできなかった。蓮華さんは、私を責める資格があるんだよ」
その紫の言葉は蓮華に向けられたもの。以前、蓮華が八つ当たりのような心の叫びの返答だった。
どくんと、鼓動が強く波打つのを、陽治郎だけが感じた。
「多くの制約の中でね。私は病に干渉できない。青葉の病を治すことも、癒すことも、私にはできない。私にできたのは、蓮華さんの引きとり手として名を上げるだけだった」
切なげに語る紫の目は揺れていた。
助けたくなかったはずがない。紫はきっと助けたかったはずだ。今まで見守ってきた子どもたち、その子孫を、紫はきっと何度も救えなかった。そのたびに制約で足を止めた。手出しできないことをもどかしく感じただろう。
紫は自分ができることを考え続けた。蓮華を引きとる選択は、その限られたできることだったのだ。
「ふがいない神だと笑ってしまうだろう? 長寿なだけで、神と名乗るのもおこがましい。私とは、そんなちっぽけな存在なんだよ」
神が万能な存在なのに対して、紫にできることは限られていると言う。だが、ときおり起こる、この家での不思議な現象。神様の紫にしかできない【悪縁】の対処でさえ十分な能力と言える。たびたび見てきた神業を、蓮華も陽治郎も無下にはできない。
蓮華の目もとに薄く膜が張る。続けて自身を卑下する紫に、蓮華はすぐに首を横に振って否定する。違う、と全身で訴える。
「あなたは私を助けてくれました」
蓮華の声は小刻みに震えていた。
助けてくれた。葬式のときも、学校での事件も、紫は手を差し伸べ続けてくれた。蓮華はそれらの恩を感じられないほど、礼儀知らずな子ではない。
「ひどいことを言った私を、守ろうとしてくれました」
伝えたい。どれだけ蓮華の心を守ったか。陽治郎だけでは守りきれなかった心を、守ってくれたか。
「あなたは間違いなく、私の神様です」
陽治郎の思いを引き継いで、蓮華の感じたままに伝える。陽治郎の神であるように、蓮華もまた紫が自分の神であると。
鬱憤をぶつけたことを謝罪すると、紫は大したことではないと軽く流す。子どもの些事だとする態度に、神の器の大きさを示されたようだった。
「学校のことだけれど」
紫にしては珍しく、迷うような出だしだった。嵐からも気遣う視線が向けられ、蓮華は目にたまったしずくを強引にぬぐう。力強い目で前を向き、正面に座る紫を見据えた。
「私、いじめになんて負けません。学校を変えるつもりもありません。ちゃんとこれからも風巻高校に通います」
蓮華の言葉ではっきりと宣言する。消極的な道を選んできた蓮華にとっては、初めてと言えるほど前向きな表明だった。
陽治郎は蓮華の決め事を心から応援し、どのようなときもそばにいると呼びかけた。
ほっとした顔を見せたのは紫ではなく嵐の方だった。すぐにいつもの無表情に戻ってしまったが、嵐が行く末を案じていてくれたことに蓮華の心も穏やかな心地になる。
紫は蓮華の決意にうなずいた。
「【悪縁】なら、私がいつでも切ってあげられる。蓮華さんはいつも通りの日々を過ごせばいい。嵐くんのおいしいご飯を食べて、友人たちのいる学び舎に通って、私たちのいるこの家に帰っておいで」
目を細め、紫は穏やかな表情を浮かべる。
「蓮華さんがそう決めたのならその通りにする。できることはすべてやる。――だから、安心して、いつでも助けを呼びなさい」
紫は蓮華を尊重し、柔らかく微笑む。
「助けてほしい」と告げて、実際に助けてくれる者がいると蓮華は知った。心強い守護者の存在に、蓮華は父親が亡くなってから初めて心から笑顔をあらわにした。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。
天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」
目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。
「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」
そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――?
そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た!
っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!!
っていうか、ここどこ?!
※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました
※他サイトにも掲載中
2番目の1番【完】
綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。
騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。
それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。
王女様には私は勝てない。
結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。
※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです
自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。
批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…
6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった
白雲八鈴
恋愛
私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。
もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。
ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。
番外編
謎の少女強襲編
彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。
私が成した事への清算に行きましょう。
炎国への旅路編
望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。
え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー!
*本編は完結済みです。
*誤字脱字は程々にあります。
*なろう様にも投稿させていただいております。
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
夫の不貞現場を目撃してしまいました
秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。
何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。
そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。
なろう様でも掲載しております。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
人形学級
杏樹まじゅ
キャラ文芸
灰島月子は都内の教育実習生で、同性愛者であり、小児性愛者である。小学五年生の頃のある少女との出会いが、彼女の人生を歪にした。そしてたどり着いたのは、屋上からの飛び降り自殺という結末。終わったかに思えた人生。ところが、彼女は目が覚めると小学校のクラスに教育実習生として立っていた。そして見知らぬ四人の少女達は言った。
「世界で一番優しくて世界で一番平和な学級、『人形学級』へようこそ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる