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第十五話 あなたは私の神様
しおりを挟む「私には制約が多くてね。力はあっても、できることには限りがある」
嵐が淹れた茶を手に持ちながら、紫は静かに口にする。
廊下からは、右白と左黒が笑いながら駆けている音が聞こえてくる。居間には対面に座る蓮華と紫、側面に茶をそそぐ嵐がいた。
「蓮華さんのお父上の死において、私は役立たずだった。手が出せない制約のひとつだったんだ」
いつもはほころんでいる紫の口角は、ずっと下がったままだ。
「だから、何もできなかった。私は、れっきとした神を名乗っている身なのに。君たちを見守っていたのに、私には何もできなかった。蓮華さんは、私を責める資格があるんだよ」
その紫の言葉は蓮華に向けられたもの。以前、蓮華が八つ当たりのような心の叫びの返答だった。
どくんと、鼓動が強く波打つのを、陽治郎だけが感じた。
「多くの制約の中でね。私は病に干渉できない。青葉の病を治すことも、癒すことも、私にはできない。私にできたのは、蓮華さんの引きとり手として名を上げるだけだった」
切なげに語る紫の目は揺れていた。
助けたくなかったはずがない。紫はきっと助けたかったはずだ。今まで見守ってきた子どもたち、その子孫を、紫はきっと何度も救えなかった。そのたびに制約で足を止めた。手出しできないことをもどかしく感じただろう。
紫は自分ができることを考え続けた。蓮華を引きとる選択は、その限られたできることだったのだ。
「ふがいない神だと笑ってしまうだろう? 長寿なだけで、神と名乗るのもおこがましい。私とは、そんなちっぽけな存在なんだよ」
神が万能な存在なのに対して、紫にできることは限られていると言う。だが、ときおり起こる、この家での不思議な現象。神様の紫にしかできない【悪縁】の対処でさえ十分な能力と言える。たびたび見てきた神業を、蓮華も陽治郎も無下にはできない。
蓮華の目もとに薄く膜が張る。続けて自身を卑下する紫に、蓮華はすぐに首を横に振って否定する。違う、と全身で訴える。
「あなたは私を助けてくれました」
蓮華の声は小刻みに震えていた。
助けてくれた。葬式のときも、学校での事件も、紫は手を差し伸べ続けてくれた。蓮華はそれらの恩を感じられないほど、礼儀知らずな子ではない。
「ひどいことを言った私を、守ろうとしてくれました」
伝えたい。どれだけ蓮華の心を守ったか。陽治郎だけでは守りきれなかった心を、守ってくれたか。
「あなたは間違いなく、私の神様です」
陽治郎の思いを引き継いで、蓮華の感じたままに伝える。陽治郎の神であるように、蓮華もまた紫が自分の神であると。
鬱憤をぶつけたことを謝罪すると、紫は大したことではないと軽く流す。子どもの些事だとする態度に、神の器の大きさを示されたようだった。
「学校のことだけれど」
紫にしては珍しく、迷うような出だしだった。嵐からも気遣う視線が向けられ、蓮華は目にたまったしずくを強引にぬぐう。力強い目で前を向き、正面に座る紫を見据えた。
「私、いじめになんて負けません。学校を変えるつもりもありません。ちゃんとこれからも風巻高校に通います」
蓮華の言葉ではっきりと宣言する。消極的な道を選んできた蓮華にとっては、初めてと言えるほど前向きな表明だった。
陽治郎は蓮華の決め事を心から応援し、どのようなときもそばにいると呼びかけた。
ほっとした顔を見せたのは紫ではなく嵐の方だった。すぐにいつもの無表情に戻ってしまったが、嵐が行く末を案じていてくれたことに蓮華の心も穏やかな心地になる。
紫は蓮華の決意にうなずいた。
「【悪縁】なら、私がいつでも切ってあげられる。蓮華さんはいつも通りの日々を過ごせばいい。嵐くんのおいしいご飯を食べて、友人たちのいる学び舎に通って、私たちのいるこの家に帰っておいで」
目を細め、紫は穏やかな表情を浮かべる。
「蓮華さんがそう決めたのならその通りにする。できることはすべてやる。――だから、安心して、いつでも助けを呼びなさい」
紫は蓮華を尊重し、柔らかく微笑む。
「助けてほしい」と告げて、実際に助けてくれる者がいると蓮華は知った。心強い守護者の存在に、蓮華は父親が亡くなってから初めて心から笑顔をあらわにした。
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