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第六話 悪縁と犯した罪
しおりを挟むまるで宗教勧誘のような怪しさなのに、と心中でぼやいて、蓮華はまた奥深くに眠ってしまう。陽治郎は蓮華の記憶から浮かびあがった新興宗教の知識に、苦笑いをこぼした。それらの怪しい新興宗教と違うのは、紫自身が神だと信じて疑わないところだろう。真実に、紫は神と崇められる存在に違いないという点だ。
「ここには人ならざる者が出入りすることもあるんだ。あ、嵐くんはちゃんと人間だよ」
「はいはい。その人間の俺が作った朝飯を並べるんで、テーブル拭いてくださいよ」
「やった、朝ごはん!」
「ごはん」
「飯の前にはしゃぐんじゃねえ」
『使い』と呼ばれていた、おそらく人ではない少女たちの頭を、嵐はがっと乱暴に掴んだ。そのまま紫の隣に座らせる。怒られた二人はいつものことなのか、大人しくしつつも朝食が待ち遠しいと鼻歌を鳴らしている。
手伝うために立ちあがろうとした蓮華の膝には、いまだにでっぷりとした三毛猫が乗ったまま。
「おまえは今日くらいゆっくりしてろ」
嵐はそう吐き捨てて、また台所に戻っていった。見た目に反して、彼は優しい人なのかもしれない。
朝食を座卓に並べていく嵐の手腕は素早く的確で、あっという間においしそうな料理の数々が用意されていく。始終、香っていた味噌汁は、昨晩から何も食べていない陽治郎の食欲をそそった。口内にじゅわりと唾液がにじむ。
「今日もおいしそうだね」
歓声を上げる紫は、用意に一切手出ししていない。少女たちとともに機嫌よく待機している。
台所と居間を往復して何度目かの嵐が呆れた口調で「紫さんは台所接近禁止令中だから」と教えてくれた。いったい彼は何をしたんだと見つめれば、紫は【悪縁】を切ったときの威厳がまったくない顔で、暢気に笑っている。
嵐が茶碗に白飯をよそい終わると、目の前には伝統的な朝の日本食が並び終わっていた。
一粒一粒が輝いて見える白飯、湯気の立った麩と玉ねぎの味噌汁、焦げ目のついた分厚い卵焼き、桃色が鮮やかな鮭の切り身、胡麻の振られたきんぴらごぼう、濃い緑色をしたほうれん草の和え物、きゅうりの漬物。
手間のかかった料理の品々は、陽治郎にとっても蓮華の記憶においても、初めての素敵な朝食の姿だった。
「いただきます」
家主の一声で、それぞれが挨拶をする。陽治郎も遅れて、「いただきます」と続けた。
まだ温かい卵焼きに箸を入れる。綺麗に巻かれた黄色く厚手の卵焼きは、早く食べてと言わんばかりにおいしさを振りまいている。口に入れた瞬間に甘味が広がる。卵と料理酒、砂糖の甘さが優しく口内を占領する。この甘味は白飯とともに食べても喧嘩しない。
「おいしい……!」
感慨深く感想をもらすと、作り手である嵐は「そうかよ」とぶっきらぼうに味噌汁をすすった。隠れた耳が赤くなっている。照れ隠しであるのはすぐに分かった。陽治郎は彼を完全に「いい人」だと認識する。
右白と左黒は面の口の部分をそれぞれ上下に動かすと、一口分を器用に面の向こうの口に入れていった。まさかの開閉式かと驚きつつも、食欲はとどまることを知らず、周りを気にせず箸を動かした。
味噌汁の最後の一滴までしっかり飲み干して、かけらひとつも残さずに完食した。「ごちそうさま」と手を合わせるころには、ほかの面々はすでに食べ終えており、食後の茶を飲んでいる。
「おっかたづけ~!」
「おかたづけ」
右白と左黒が自分と紫の食器を重ねて、台所に持っていく。その後ろに蓮華も続いた。
「まだ茶でも飲んでてよかったのに」
台所の主は食器を片づけながら、不愛想にぼやく。
「さすがに何もしないのは失礼なので」
「ふうん。じゃあ、俺が洗うから、拭いて棚にしまって。場所が分からなかったら聞いてくれ」
勝手を知らない蓮華の気持ちを汲んでくれたのか、嵐は深く追求せず指示をくれた。
「らーん、右白は~?」
「左黒も」
「はいはい。じゃあ、炊飯器持ってきて。あとテーブル拭け」
布巾を渡してやると、二人は嬉しそうに居間へ駆けていった。
二人並んで食器を片づけていても、お互いに会話はない。蓮華はもともと自分から話しかけられる方ではない。彼女の行動を模している陽治郎は、率先して会話を楽しむ真似はできなかった。
「さっきのあれ」
唐突に、嵐が口を開いた。洗い終わった食器を手渡され、反射的に受けとる。
「一週間に一回か二回くらいあるんだ。たまりにたまった【悪縁】が集まって、いっぺんに紫さんのところへ来るんだと。夕方か、今日みたいな時間帯が多い」
手を動かしながら、嵐は分かりやすく教えてくれる。紫が多くを語らない性質に反して、嵐は人間らしく丁寧な説明をしてくれる。
「なぜ神様……紫さんのところへ?」
皿を重ね、疑問に思ったまま問う。
昔の紫も変わらず神として存在していたが、【悪縁】との関わりはなかった。もしかすると、当時から役目はあったのかもしれないが、少なくとも陽治郎や子どもたちの前では神がかった行いはしていなかった。
彼はいったいいつから、【悪縁】を引き寄せているのだろう。
陽治郎の質問を受けて、嵐は手を止めずに答える。
「俺も詳しくはないけど、以前に罪を犯したからだって、言ってた。【縁】の理を捻じ曲げたから、【悪縁】の中心地になっちまったんだとさ」
「罪を犯した?」
――あの神様が……?
陽治郎はかつての友を思い浮かべる。
人との関わりを避けていた神様。それは紫だけに限った話ではなく、神は人の近くに在りながら、人のそばには近寄らない。神の住まう世界と人の住まう世界は同じではなかったから。
神様は、紫は、初めて話した人が陽治郎だと言った。人の暮らしを教えてしまった。人の幸福を、伝えてしまった。
それは神の世界にとって、どれほどの罪になるだろう。
陽治郎はぞっとした。
もし、陽治郎という人と関わった事実が罪だとしたら。陽治郎はどうやって紫に償えばいい?
紫に人を教えてしまったことが罪だと決まったわけではない。そうでなければいいと願っても、答えは分からない。
――ああ、だめだ。いけない。
陽治郎は、もう肉体を持たない。今は陽治郎の魂が奇跡的に蘇っただけで、陽治郎の生(せい)ではないのだ。
すべては蓮華のために。蓮華に関わらない行動を、思いを、表に出してはならない。陽治郎の都合に、蓮華を巻きこむわけにはいかない。
ごくりと、陽治郎は唾を呑みこんだ。
「人が持つのに限界になった【悪縁】が、絡まり合って人を襲わねえように、回収して絶縁するのが紫さんの役目だって。俺たちにできることはねえから、邪魔にならねえように端っこにいるこったな」
嵐による人側の注意事項に、陽治郎はこくりと頷き返す。
陽治郎にできることは何もない。そう言われるとつらかった。
だが、言葉の通り、ただの人の蓮華にできることはない。体もなく、魂だけの陽治郎はそれこそ手も足も出ない次元だった。
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