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ショートショート
鞄の男
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恐らくは日本にある、ごく普通の一軒家。その家の玄関から一人の男が大きな手提げ鞄を持って出ていく。男は顔に脂汗を浮かべて通りを下っていく。雑踏と人混みの中、ぶつかりそうになった大きな手提げ鞄を迷惑そうに睨みつけすれ違う人々の目も、男には届かない。彼は急いでいるらしく、速足で地下鉄へと降りていく。その中身を早く誰かに届けるためか、それとも単純に鞄を手から離したいのか。それは不明だが、男は歩き続ける。
改札に鞄を引っ掛けながら定期券を使い、ホームから電車の中に入る。満員電車の中で男と鞄はガタンゴトンというレールの隙間から来る振動に揺られ続け、カーブでは他の乗客たちと一緒に圧縮された。それでも、他の大勢の人々と同じように、男は手提げ鞄を手から離すこともなく、あるいは鞄の中身を誰かに盗まれることもなく、満員電車の檻から脱出することに成功した。
しかし電車の外にあったのもやはり人混みと雑踏であり、男の鞄はそこでも圧縮され、心無い人間からの蹴りを受けた。それでも男はその大きな鞄を改札の外に持ち出し、駅の向かい側にあるビルへと入っていった。
受付嬢に向かって身分証らしきものを見せた男は鞄をカウンターに置いた。彼女はその鞄を受け取り、男に愛想笑いを見せる。しかしそれに何も反応を示さないまま、男はビルの外に出た。
彼はもうその日の仕事を終えたかのようにコンビニへ行くと、豆菓子と発泡酒を買い、会計を済ませてプラスチックの袋に自ずから詰め、その袋と共に公園へ行った。
静かな公園だった。監視カメラは街灯の柱についているが、平日の朝、オフィス街ということもあって鳥たちが歩いているのみで、数百数千の革靴が一斉にアスファルトを叩いてどこかへ向かう音の鬼気迫る雰囲気もここまでは届かないらしく、穏やかな時間が流れていた。男はベンチに座ると、発泡酒の蓋を開け、飛び出てきた泡を口に吸いこみながら豆菓子のパッケージを開けた。その音に反応した卑しい鳥たちが数羽、チュンチュンと彼の足元に寄ってくる。男は上機嫌に、あるいは不機嫌に遠くへ豆を投げる。鳥たちはそちらに行って豆を夢中で食す。男はそれを笑いながら見ると、一気に発泡酒を飲み干した。そのままポリポリと豆菓子を鳥たちと分け合っていく。犬の散歩をしていた、左手に指輪を付けた女性がその様子を遠くから怪しげに見ているのもお構いなしだ。彼にとっての仕事は既に終わっており、今は無礼講ということだろう。
そうしてひとしきり一人と数羽での宴会を愉しみ、駅前に戻ってきた彼を出迎えたのは、駅に向かって根元から煙を出して倒れている、彼が先ほど訪れた高層ビルだった。
改札に鞄を引っ掛けながら定期券を使い、ホームから電車の中に入る。満員電車の中で男と鞄はガタンゴトンというレールの隙間から来る振動に揺られ続け、カーブでは他の乗客たちと一緒に圧縮された。それでも、他の大勢の人々と同じように、男は手提げ鞄を手から離すこともなく、あるいは鞄の中身を誰かに盗まれることもなく、満員電車の檻から脱出することに成功した。
しかし電車の外にあったのもやはり人混みと雑踏であり、男の鞄はそこでも圧縮され、心無い人間からの蹴りを受けた。それでも男はその大きな鞄を改札の外に持ち出し、駅の向かい側にあるビルへと入っていった。
受付嬢に向かって身分証らしきものを見せた男は鞄をカウンターに置いた。彼女はその鞄を受け取り、男に愛想笑いを見せる。しかしそれに何も反応を示さないまま、男はビルの外に出た。
彼はもうその日の仕事を終えたかのようにコンビニへ行くと、豆菓子と発泡酒を買い、会計を済ませてプラスチックの袋に自ずから詰め、その袋と共に公園へ行った。
静かな公園だった。監視カメラは街灯の柱についているが、平日の朝、オフィス街ということもあって鳥たちが歩いているのみで、数百数千の革靴が一斉にアスファルトを叩いてどこかへ向かう音の鬼気迫る雰囲気もここまでは届かないらしく、穏やかな時間が流れていた。男はベンチに座ると、発泡酒の蓋を開け、飛び出てきた泡を口に吸いこみながら豆菓子のパッケージを開けた。その音に反応した卑しい鳥たちが数羽、チュンチュンと彼の足元に寄ってくる。男は上機嫌に、あるいは不機嫌に遠くへ豆を投げる。鳥たちはそちらに行って豆を夢中で食す。男はそれを笑いながら見ると、一気に発泡酒を飲み干した。そのままポリポリと豆菓子を鳥たちと分け合っていく。犬の散歩をしていた、左手に指輪を付けた女性がその様子を遠くから怪しげに見ているのもお構いなしだ。彼にとっての仕事は既に終わっており、今は無礼講ということだろう。
そうしてひとしきり一人と数羽での宴会を愉しみ、駅前に戻ってきた彼を出迎えたのは、駅に向かって根元から煙を出して倒れている、彼が先ほど訪れた高層ビルだった。
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