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二つの恋物語
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二つの恋物語
ここなに呼び出された。クラスの光を浴びることを許された俺は色んな人を下の名前で呼ぶようにした。ここなは真剣な眼差しで俺に頼んだ。
「彩菜を、幸せにして」
「へっ?」
素っ頓狂な返事しかできなかった。
「急でごめん。だけどあの子今辛そうで、悲しそうだから。でも貴方のことは好きみたいだから」
突然声をかけられたこともこんな話をされたこともかなり驚いた。しかしそんなことを頼まれたことが一番の驚きだ。
「どうして?」
「貴方が優しくて、彩菜に好意を持って接してくれそうだと思ったから。お願い、今のままだと彼女潰れてしまいそうなの」
「一体何があったの」
「それは言えないわ。ごめんなさい」
僕はその頼みは快く受けるつもりだったが、友人の静雄のことが気になった。
「なあここな、君はどうなの?」
「どうって」
「君のことが好きな人、たくさん居ると思うけど。幸せになろうとはしないのかなって」
「私は良いの……、彩菜さえいれば」
俺はスッと立ち上がってここなに告げた。
「いいよ。今度の後夜祭にでも誘ってみる。でも、ここなも近々誘われるから、受け入れる準備しておいて」
立ち去った。
「なあ静雄、お前ここなのこと好きだろ?」
「はあ!?」
突然の声かけに驚いた彼は飛び上がった。
「ま、まあ好きだけど……」
「今度の後夜祭誘わねえの?」
「誘いたいけど、多分断られるよ」
「どうしてそう思うんだ」
「俺、チャランポランだし、あいつと違って背負うもんがないし」
「だから諦めるのか?俺を焚きつけたのに」
静雄は気まずそうに頭を掻いた。
「誘ってみろよ。断られるかどうかなんてわからねえだろ」
俺は立ち去った。また景色が変わるけど、それは青春の1ページを作る小さなものだ。
最近、ここなの様子が変だ。心ここに在らず、と言うかの如く空を見上げてはため息を吐いている。普段の彼女からこんな姿を見れるだなんて思っていなかったが少し心配だ。
「なあここな、どうしたの?」
「……」
「ここな?」
「はっ、はい!」
彼女は飛び上がった。
「どうしたのよ。疲れてるの」
「いえ、ただちょっと気になることがあって」
「へえ……もしかしてそれ静雄君と関係ある?」
なんで、とでも言いたいような顔をしている。
「祐介に聞いたわ。後夜祭のダンスに誘われてるんでしょう」
「祐介に聞いたって、上手くいってるの?二人」
「まあそうなんじゃない。この間誘われたし、私あの人嫌いじゃないしね」
私は少し照れ臭くなって笑った。
「ここなは?静雄君と行かないの?」
「行きたいわ。初めてだもの。男の子とそういうことするの。でも私怖がられないかな」
自分にも刺さる言葉だった。
「それを言ったら私も怖いわ。でも貴女は私に付き合ってるだけでなにも悪くないのよ」
「そんなわけないわ!人に反することを何度もして来た。貴女より卑劣なこともして来た。尊厳を失うことを経験して来た。貴女の方が立派なのよ」
ここなはツインテールを揺らしながら訴えかける。痛いほど伝わる。彼女がいかに自分を大事にしているか。
「なら尚更幸せにならないと。人が人らしくあるためには人並みの幸せが必要よ」
私は彼女のおでこに口付けた。
まっずい!寝坊しちまった!昨日、今日着る服とかダンスの手順とか確認してソワソワしてたから寝るのが遅くなっちまった。急いで会場に向かうけど間に合うだろうか。いや間に合わせる。自転車を走らせて急ぐ。すると左の角から自転車の光が見えた。急ブレーキをかけると、そこにはスーツ姿の静雄がいた。
「あっ、静雄!」
「祐介、……ふっ、お前遅刻しそうなのか?」
「お前こそ、スーツで自転車なんて似合わねえぞ」
「五月蝿え。……ありがとな。ここな、誘ったら来てくれるって言ってたよ」
「そりゃ良かった。まあここで遅刻したらその縁も切れるかもな」
「おっと、ほんじゃま、急ごうぜ」
二つの自転車が競い合うように走り合う。綺麗な彩菜の姿、笑顔のあの子を想像すると胸が高鳴る。高揚して暑くなる。早くあの子に逢いたい。足は勝手に自転車を早く漕いでいた。
そして再び道を憚られる。転がった二つの身体。それはよく知った女の子の姿だった。幸にして二人は元気そうだがなぜこうなったのか全くわからない。
「……彩菜?」
「ゆうすけ?」
彼女は俺に気がつくと隣にいたもう一人の女の子に声をかけた。
「はあ、これで助かったわ。ここなは静雄君に運んでもらいなさい」
「えっ」
彩菜は俺の自転車の後ろに乗って俺の腰を抱きかかえるように掴んだ。さらに心臓が早く動く。
「ウチらも遅刻寸前なの。連れてってよ、祐介」
俺は少し調子に乗って静雄に告げた。
「だってさ、急げよ?あと10分で開始だ」
俺たちは一足先に移動を開始した。しかし出発する寸前に二人が立ち上がる音がしたので大丈夫だろう。
後夜祭会場に到着した。と言ってもいつもの学校だが。それでも空が暗く、見慣れない火の灯りがあるから不思議な感覚だ。到着するとクラスのみんながこっちを見た。
「おー、2分前だよ。ギリセーフだね」
「お二人でのご到着か?お前いつの間にそんな男前になったんだ」
先日カラオケに行ったクラスメイトが俺に言った。
「ふんっ、俺だってやれば出来るんだよ」
俺は自転車から降りて彼女に手を差し出した。スッと彼女も降りてくれた。ただ制服のままなので着替える必要があるみたいだ。
「祐介、待ってて。世界で一番貴方に相応しくなるから」
そう言って着替え場所にはけた。俺は彼女を待とうと思って会場で立っていた。しばらくして自転車に乗った二人組が来た。
「間に合った?」
「アウトでーす!」
二人組にみんなが答えた。
「うそっ、彩菜さんは?」
「着替えに行ってる」
「マジかあ。ごめん、ここな」
静雄は自転車から降りてココナをおろした。彼女はほんの少しつまづいてしまった。彼はつまづく先へ待ち、彼女が転ばないように支えた。
「大丈夫か?」
「う、うん。ありがと」
俺よりカッコいい仕草に思わず口笛を吹いた。
「ここなも着替えるのか?」
「そうね……、待っててくれる?」
「もちろん」
彼女の指先に彼は口付けた。ここなは彩菜と同じ方向に去って行った。
小走りで着替え場所に行くと着替え終わった彩菜が待っていた。
「やあここな、二人ともアウトね。」
「それは彩菜もでしょ」
学校では降ろしてある長い髪が結われ、ほんのりとした赤い化粧が白い彼女の肌に乗っている。
「ドレス、持って来てるの?」
「ううん。それどこにあったの?」
私は彩菜の着ている赤いドレスを指した。
「ここの委員が貸してくれた。で私もう借りて来たから」
彼女は袋に入ったドレスを私に渡した。
「急いでね、私と二人であの人たちを驚かしてやりたいの」
「わかってる」
私は着替え室に駆け込んで急いでドレスを着た。ドレスはフリルのない、落ち着いた色合いだ。流石彩菜だ。私の好みをよく知っている。
着替え終えて彼女の元へ行く。彩菜は私を見て微笑んだ。
「うん。やっぱりよく似合ってる、流石私の秘書」
「貴女もよくお似合いです。ボス」
クスッと笑い合った。こんなに笑った日があっただろうかと感動した。
「さ、行きましょ」
彼女は私の手を引いた。
二人の前に戻ると彼らはかなり楽しみ待ってくれていたみたいですぐさまこちらに駆けつけた。彩菜の手はすぐに離れてしまったけど、静雄の温度が柔らかく伝わった。
「ここな、よく似合ってる。綺麗だね」
彩菜以外にかけられたことのないセリフを少し照れくさく受け取る。
「貴方も……素敵よ」
そして曲が始まる。私は流れに任せて足を運ばせた。教養として知っていた。こういう場での踊り方を。だけどそれより彼の顔を見ながら踊れることが嬉しくて勝手に体が動くのだ。くるりくるりと回りながら彼に身を寄せて愛おしさを込みあがらせる。仲睦まじいカップルは曲が終わるまで踊り続けた。
頼りない足取り、慣れていないのだろう。だけど懸命に引っ張って行こうとしてくれる。それが歯痒くてかわいい。
「祐介。大丈夫よ、落ち着いて」
優しく声をかける。私が少し力強く脚を動かす。
「ワン、ツー。ワン、ツー。そうそう、上手い上手い」
コツを掴むのが早い。しばらくリズムを刻んだ後彼に身を任せる。辿々しさが少し和らいで彼の緊張も解けて来たようだ。優しくて大きい手のひらから喜びを感じる。
「彩菜」
祐介は一曲が終わると人が少ない場所に連れ出して、ジュースを買ってくると言って走り去った。ダンスを終えた後の好き人を置いていく男は初めてだったが、初心な彼が可愛くて大人しく待つことにした。それにこちらにとっても都合がよかった。
「……学校には来るなと言わなかったか」
茂みに隠れる部下に告げた。
「申し訳ありません。電話が繋がらなかったもので」
携帯を見ると着信履歴がいくつもあったことがわかる。
「まあいい。で、何の用だ。手短に済ませろ」
「はっ。先ほどお二人を轢いた車ですが、犯行者の所在がわかりました。……いかがいたしますか」
「誰だった?」
「反対派の黒島が手引きしたようでして現在、犯行者の所在に向かっております」
「そうか。なら見つけ次第捕らえろ、そして地獄を味あわせてやれ、今のボスはこの私だと見せつけるのだ」
「かしこまりました」
「もう時間がない、退がれ」
「はっ」
茂みから影がなくなる。
祐介がペットボトル二つ抱えてやって来た。
「お待たせ。……ってあれ?何かあったの」
「ううん、なんにも。スポドリにしたのね」
「えっ、なんか不味かった?」
「別に。あんたスポドリ飲むイメージなかったから」
「あ、ああ。結構動いたしね」
彼は私にペットボトルを渡すともう片方をほぼ全て飲み干した。
「ぷはあ~」
私も少し飲んだ。甘酸っぱい。
「ふふっ良い飲みっぷりね。スーツも暑いんじゃない?」
「あっつい。ネクタイ外すわ」
彼は慌ただしい手つきでネクタイを外して首のボタンを一つ外した。涼しくなったのか、顔が緩んだ。
「可愛い」
汗をタオルで拭いた。タオルは途中で友達に貰った。
「ありがと……てか、可愛いってなんだよ。俺今日カッコよかったでしょ」
「十分すぎるほどね。楽しかった。あと、嬉しかった」
「彩菜なら誰からも誘われそうだけど」
「そうでもないわ。皆んな、それぞれで組んでいるから。あと私文化祭参加するの初めてなのよ」
「えっ、そうなの」
「ええ。忙しくてね……」
ふといつもの光景を思い出す。去年は母が亡くなったばかりで組織を纏めるのに躍起になっていた。
「じゃあ誘って良かったな。俺も去年文化祭出てないんだ」
「そうなの?」
「うん、あの時は想像してた高校生活が全然叶わなくて、不貞腐れてたから」
「今じゃ想像もできないね」
「そうなんだよ。人ってほんの少しの思い込みで何もかも塞ぎ込んでしまうところがあるからさ、厄介なんだよ」
「……確かにそうかもしれないね」
時間は過ぎて夜の明かりが消されかけている。
「もう時間ね、そろそろ帰りましょうか」
私が立ち上がる。すると彼は覚悟を決めたように私の腕を掴んでいった。
「ねえ彩菜、俺彩菜が好きだよ」
プロポーズだ。応えてやりたい、私だってこの人のことが祐介が好き。でも彼もきっと私の本当の姿を見たら離れてしまう。だから、ごめん。
「ごめんなさい、私、貴方のこと本当は愛してる。でも私といるときっと不幸になる。嫌な目に遭う。だから、気持ちには応えられない。ごめん」
顔が熱くなった。胸が痛んだ。自分を蔑んで恨んで憎んで嫌いになった。母の遺言を果たすためだと自分を無理やり納得させてここまで来たのに結局私は臆病者だ。
涙が自分の頬から引き摺り下ろされた。
あの人の泣き声が聞こえる気がする。だけど私はあの子の元へ行けない。だって私は目の前のこの人に告白をされてキスまでされたのだから。
「……紳士的じゃないかな」
静雄は自信なさげに言う。
「さあ、でも私は好きよ。思いの外繊細なのね」
「まあね。でも君こそ複雑極まりない。いいや君たち、かな。」
「やっぱり気づいていたのね」
「うん。君が殺し屋組織のボス補佐夢原ここなだってことは。あと彩菜さんがその組織のボスだってことも」
彼の指が頬に触れる。
「君も知ってるでしょう?俺が財閥の御曹子だって」
「ええ、この間依頼で会ったばかりだもの」
「所詮俺も同族だ。でも俺は君を怖いだなんて思わないよ。両親に比べたら可愛いものさ」
あの父親がうちに依頼した、敵対組織の情報傍受は酷く簡単だった。だからその上で更に要求された、有能な社員を引き抜いて連れて来いと。やり方は問われなかった。
「可愛くなんてないよ、貴方が見ているのは私の一部で全部じゃない」
「それの何が悪いの?自分の全てを曝け出すのは凄く勇気の要る行為だよ。俺はここなに心の影を少し見せてくれただけで君の全てを愛する気になった。君はどうなの?」
私だって、そうだよ。ここまで言っているのなら応えても良いんじゃないか。
「私も、好きになった。貴方の雑多な所も繊細で紳士的な所も。でもどうやって愛したら良いかわからないの」
「そんなの、これで良いじゃないか」
再び唇が重なる。
空から滴が一粒落ちて来た。今度は三つ、たくさん。雨が私たちを包み込んだ。濡れて風邪をひくだとか、明かりが消えてしまうだとかそんな事は考えていなかった。だって祝福されている気持ちになったから。神は自分を見ていなかったけど、祝福しているのだ。
互いに手を重ねみんなの元へ帰った。
後ろで立つ男の姿は気にしないことにした。
ここなに呼び出された。クラスの光を浴びることを許された俺は色んな人を下の名前で呼ぶようにした。ここなは真剣な眼差しで俺に頼んだ。
「彩菜を、幸せにして」
「へっ?」
素っ頓狂な返事しかできなかった。
「急でごめん。だけどあの子今辛そうで、悲しそうだから。でも貴方のことは好きみたいだから」
突然声をかけられたこともこんな話をされたこともかなり驚いた。しかしそんなことを頼まれたことが一番の驚きだ。
「どうして?」
「貴方が優しくて、彩菜に好意を持って接してくれそうだと思ったから。お願い、今のままだと彼女潰れてしまいそうなの」
「一体何があったの」
「それは言えないわ。ごめんなさい」
僕はその頼みは快く受けるつもりだったが、友人の静雄のことが気になった。
「なあここな、君はどうなの?」
「どうって」
「君のことが好きな人、たくさん居ると思うけど。幸せになろうとはしないのかなって」
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俺はスッと立ち上がってここなに告げた。
「いいよ。今度の後夜祭にでも誘ってみる。でも、ここなも近々誘われるから、受け入れる準備しておいて」
立ち去った。
「なあ静雄、お前ここなのこと好きだろ?」
「はあ!?」
突然の声かけに驚いた彼は飛び上がった。
「ま、まあ好きだけど……」
「今度の後夜祭誘わねえの?」
「誘いたいけど、多分断られるよ」
「どうしてそう思うんだ」
「俺、チャランポランだし、あいつと違って背負うもんがないし」
「だから諦めるのか?俺を焚きつけたのに」
静雄は気まずそうに頭を掻いた。
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俺は立ち去った。また景色が変わるけど、それは青春の1ページを作る小さなものだ。
最近、ここなの様子が変だ。心ここに在らず、と言うかの如く空を見上げてはため息を吐いている。普段の彼女からこんな姿を見れるだなんて思っていなかったが少し心配だ。
「なあここな、どうしたの?」
「……」
「ここな?」
「はっ、はい!」
彼女は飛び上がった。
「どうしたのよ。疲れてるの」
「いえ、ただちょっと気になることがあって」
「へえ……もしかしてそれ静雄君と関係ある?」
なんで、とでも言いたいような顔をしている。
「祐介に聞いたわ。後夜祭のダンスに誘われてるんでしょう」
「祐介に聞いたって、上手くいってるの?二人」
「まあそうなんじゃない。この間誘われたし、私あの人嫌いじゃないしね」
私は少し照れ臭くなって笑った。
「ここなは?静雄君と行かないの?」
「行きたいわ。初めてだもの。男の子とそういうことするの。でも私怖がられないかな」
自分にも刺さる言葉だった。
「それを言ったら私も怖いわ。でも貴女は私に付き合ってるだけでなにも悪くないのよ」
「そんなわけないわ!人に反することを何度もして来た。貴女より卑劣なこともして来た。尊厳を失うことを経験して来た。貴女の方が立派なのよ」
ここなはツインテールを揺らしながら訴えかける。痛いほど伝わる。彼女がいかに自分を大事にしているか。
「なら尚更幸せにならないと。人が人らしくあるためには人並みの幸せが必要よ」
私は彼女のおでこに口付けた。
まっずい!寝坊しちまった!昨日、今日着る服とかダンスの手順とか確認してソワソワしてたから寝るのが遅くなっちまった。急いで会場に向かうけど間に合うだろうか。いや間に合わせる。自転車を走らせて急ぐ。すると左の角から自転車の光が見えた。急ブレーキをかけると、そこにはスーツ姿の静雄がいた。
「あっ、静雄!」
「祐介、……ふっ、お前遅刻しそうなのか?」
「お前こそ、スーツで自転車なんて似合わねえぞ」
「五月蝿え。……ありがとな。ここな、誘ったら来てくれるって言ってたよ」
「そりゃ良かった。まあここで遅刻したらその縁も切れるかもな」
「おっと、ほんじゃま、急ごうぜ」
二つの自転車が競い合うように走り合う。綺麗な彩菜の姿、笑顔のあの子を想像すると胸が高鳴る。高揚して暑くなる。早くあの子に逢いたい。足は勝手に自転車を早く漕いでいた。
そして再び道を憚られる。転がった二つの身体。それはよく知った女の子の姿だった。幸にして二人は元気そうだがなぜこうなったのか全くわからない。
「……彩菜?」
「ゆうすけ?」
彼女は俺に気がつくと隣にいたもう一人の女の子に声をかけた。
「はあ、これで助かったわ。ここなは静雄君に運んでもらいなさい」
「えっ」
彩菜は俺の自転車の後ろに乗って俺の腰を抱きかかえるように掴んだ。さらに心臓が早く動く。
「ウチらも遅刻寸前なの。連れてってよ、祐介」
俺は少し調子に乗って静雄に告げた。
「だってさ、急げよ?あと10分で開始だ」
俺たちは一足先に移動を開始した。しかし出発する寸前に二人が立ち上がる音がしたので大丈夫だろう。
後夜祭会場に到着した。と言ってもいつもの学校だが。それでも空が暗く、見慣れない火の灯りがあるから不思議な感覚だ。到着するとクラスのみんながこっちを見た。
「おー、2分前だよ。ギリセーフだね」
「お二人でのご到着か?お前いつの間にそんな男前になったんだ」
先日カラオケに行ったクラスメイトが俺に言った。
「ふんっ、俺だってやれば出来るんだよ」
俺は自転車から降りて彼女に手を差し出した。スッと彼女も降りてくれた。ただ制服のままなので着替える必要があるみたいだ。
「祐介、待ってて。世界で一番貴方に相応しくなるから」
そう言って着替え場所にはけた。俺は彼女を待とうと思って会場で立っていた。しばらくして自転車に乗った二人組が来た。
「間に合った?」
「アウトでーす!」
二人組にみんなが答えた。
「うそっ、彩菜さんは?」
「着替えに行ってる」
「マジかあ。ごめん、ここな」
静雄は自転車から降りてココナをおろした。彼女はほんの少しつまづいてしまった。彼はつまづく先へ待ち、彼女が転ばないように支えた。
「大丈夫か?」
「う、うん。ありがと」
俺よりカッコいい仕草に思わず口笛を吹いた。
「ここなも着替えるのか?」
「そうね……、待っててくれる?」
「もちろん」
彼女の指先に彼は口付けた。ここなは彩菜と同じ方向に去って行った。
小走りで着替え場所に行くと着替え終わった彩菜が待っていた。
「やあここな、二人ともアウトね。」
「それは彩菜もでしょ」
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「ううん。それどこにあったの?」
私は彩菜の着ている赤いドレスを指した。
「ここの委員が貸してくれた。で私もう借りて来たから」
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「急いでね、私と二人であの人たちを驚かしてやりたいの」
「わかってる」
私は着替え室に駆け込んで急いでドレスを着た。ドレスはフリルのない、落ち着いた色合いだ。流石彩菜だ。私の好みをよく知っている。
着替え終えて彼女の元へ行く。彩菜は私を見て微笑んだ。
「うん。やっぱりよく似合ってる、流石私の秘書」
「貴女もよくお似合いです。ボス」
クスッと笑い合った。こんなに笑った日があっただろうかと感動した。
「さ、行きましょ」
彼女は私の手を引いた。
二人の前に戻ると彼らはかなり楽しみ待ってくれていたみたいですぐさまこちらに駆けつけた。彩菜の手はすぐに離れてしまったけど、静雄の温度が柔らかく伝わった。
「ここな、よく似合ってる。綺麗だね」
彩菜以外にかけられたことのないセリフを少し照れくさく受け取る。
「貴方も……素敵よ」
そして曲が始まる。私は流れに任せて足を運ばせた。教養として知っていた。こういう場での踊り方を。だけどそれより彼の顔を見ながら踊れることが嬉しくて勝手に体が動くのだ。くるりくるりと回りながら彼に身を寄せて愛おしさを込みあがらせる。仲睦まじいカップルは曲が終わるまで踊り続けた。
頼りない足取り、慣れていないのだろう。だけど懸命に引っ張って行こうとしてくれる。それが歯痒くてかわいい。
「祐介。大丈夫よ、落ち着いて」
優しく声をかける。私が少し力強く脚を動かす。
「ワン、ツー。ワン、ツー。そうそう、上手い上手い」
コツを掴むのが早い。しばらくリズムを刻んだ後彼に身を任せる。辿々しさが少し和らいで彼の緊張も解けて来たようだ。優しくて大きい手のひらから喜びを感じる。
「彩菜」
祐介は一曲が終わると人が少ない場所に連れ出して、ジュースを買ってくると言って走り去った。ダンスを終えた後の好き人を置いていく男は初めてだったが、初心な彼が可愛くて大人しく待つことにした。それにこちらにとっても都合がよかった。
「……学校には来るなと言わなかったか」
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「まあいい。で、何の用だ。手短に済ませろ」
「はっ。先ほどお二人を轢いた車ですが、犯行者の所在がわかりました。……いかがいたしますか」
「誰だった?」
「反対派の黒島が手引きしたようでして現在、犯行者の所在に向かっております」
「そうか。なら見つけ次第捕らえろ、そして地獄を味あわせてやれ、今のボスはこの私だと見せつけるのだ」
「かしこまりました」
「もう時間がない、退がれ」
「はっ」
茂みから影がなくなる。
祐介がペットボトル二つ抱えてやって来た。
「お待たせ。……ってあれ?何かあったの」
「ううん、なんにも。スポドリにしたのね」
「えっ、なんか不味かった?」
「別に。あんたスポドリ飲むイメージなかったから」
「あ、ああ。結構動いたしね」
彼は私にペットボトルを渡すともう片方をほぼ全て飲み干した。
「ぷはあ~」
私も少し飲んだ。甘酸っぱい。
「ふふっ良い飲みっぷりね。スーツも暑いんじゃない?」
「あっつい。ネクタイ外すわ」
彼は慌ただしい手つきでネクタイを外して首のボタンを一つ外した。涼しくなったのか、顔が緩んだ。
「可愛い」
汗をタオルで拭いた。タオルは途中で友達に貰った。
「ありがと……てか、可愛いってなんだよ。俺今日カッコよかったでしょ」
「十分すぎるほどね。楽しかった。あと、嬉しかった」
「彩菜なら誰からも誘われそうだけど」
「そうでもないわ。皆んな、それぞれで組んでいるから。あと私文化祭参加するの初めてなのよ」
「えっ、そうなの」
「ええ。忙しくてね……」
ふといつもの光景を思い出す。去年は母が亡くなったばかりで組織を纏めるのに躍起になっていた。
「じゃあ誘って良かったな。俺も去年文化祭出てないんだ」
「そうなの?」
「うん、あの時は想像してた高校生活が全然叶わなくて、不貞腐れてたから」
「今じゃ想像もできないね」
「そうなんだよ。人ってほんの少しの思い込みで何もかも塞ぎ込んでしまうところがあるからさ、厄介なんだよ」
「……確かにそうかもしれないね」
時間は過ぎて夜の明かりが消されかけている。
「もう時間ね、そろそろ帰りましょうか」
私が立ち上がる。すると彼は覚悟を決めたように私の腕を掴んでいった。
「ねえ彩菜、俺彩菜が好きだよ」
プロポーズだ。応えてやりたい、私だってこの人のことが祐介が好き。でも彼もきっと私の本当の姿を見たら離れてしまう。だから、ごめん。
「ごめんなさい、私、貴方のこと本当は愛してる。でも私といるときっと不幸になる。嫌な目に遭う。だから、気持ちには応えられない。ごめん」
顔が熱くなった。胸が痛んだ。自分を蔑んで恨んで憎んで嫌いになった。母の遺言を果たすためだと自分を無理やり納得させてここまで来たのに結局私は臆病者だ。
涙が自分の頬から引き摺り下ろされた。
あの人の泣き声が聞こえる気がする。だけど私はあの子の元へ行けない。だって私は目の前のこの人に告白をされてキスまでされたのだから。
「……紳士的じゃないかな」
静雄は自信なさげに言う。
「さあ、でも私は好きよ。思いの外繊細なのね」
「まあね。でも君こそ複雑極まりない。いいや君たち、かな。」
「やっぱり気づいていたのね」
「うん。君が殺し屋組織のボス補佐夢原ここなだってことは。あと彩菜さんがその組織のボスだってことも」
彼の指が頬に触れる。
「君も知ってるでしょう?俺が財閥の御曹子だって」
「ええ、この間依頼で会ったばかりだもの」
「所詮俺も同族だ。でも俺は君を怖いだなんて思わないよ。両親に比べたら可愛いものさ」
あの父親がうちに依頼した、敵対組織の情報傍受は酷く簡単だった。だからその上で更に要求された、有能な社員を引き抜いて連れて来いと。やり方は問われなかった。
「可愛くなんてないよ、貴方が見ているのは私の一部で全部じゃない」
「それの何が悪いの?自分の全てを曝け出すのは凄く勇気の要る行為だよ。俺はここなに心の影を少し見せてくれただけで君の全てを愛する気になった。君はどうなの?」
私だって、そうだよ。ここまで言っているのなら応えても良いんじゃないか。
「私も、好きになった。貴方の雑多な所も繊細で紳士的な所も。でもどうやって愛したら良いかわからないの」
「そんなの、これで良いじゃないか」
再び唇が重なる。
空から滴が一粒落ちて来た。今度は三つ、たくさん。雨が私たちを包み込んだ。濡れて風邪をひくだとか、明かりが消えてしまうだとかそんな事は考えていなかった。だって祝福されている気持ちになったから。神は自分を見ていなかったけど、祝福しているのだ。
互いに手を重ねみんなの元へ帰った。
後ろで立つ男の姿は気にしないことにした。
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