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第1章

第4話

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 あれからしばらく寝込むこととなった。
 冷たい風の吹くこの森の中、野ざらしでいるわけにはいかない。何とか力を振り絞り発動した土魔法により作られたシェルターの中で幾日か夜を明かした。
 回復魔法でどうにかなるか。そう試してみたものの、どうやらまだ私のイメージ力が足りないようで、体内から毒を取り除くことができなかった。
 確かに回復魔法を使えば一時的につらさは和らげるものの、またすぐに戻ってくる。それを複数回繰り返したところで無駄であると判断したのだ。魔力切れを起こしてさらに体調が悪くなってしまっては本末転倒である。

 渇きや飢えに苦しむしばらくの時は、とにかく苦痛であった。
 いまのこのシェルターの中は劣悪な環境と言えよう。辛さに耐えながらなんとか作り上げられたこのシェルターには空気穴と言った器用なものは存在しない。
 極限な状態ではそこまで気は回らないのだ。
 結果、しばらく前に作ったときから共通の空気がこのシェルターの中を支配し、まるで雲の中に入ってしまったかのようにじめじめとした空気、どこからともなく湧いてきたハエが不快な羽音を立てながら優雅に羽ばたいている。

「このままではどこか別のところがおかしくなりそう……」

 疲れた時は何もかもが面白い。まったく面白くないそのつぶやきも今ではなぜか笑えてくる。
 毒素は抜けたらしい。体調もある程度は治ってきている。
 いい加減この劣悪な環境から抜け出さないと。……そろそろこのひどい臭いも耐え難くなってきたのだから。

 足に強く力を入れて立ち上がると、よろめく体を何とか支え、シェルターに穴をあけるようにしてこのお手製監獄から抜け出した。

「ッすー……」

 久しぶりの光はとにかく眩しかった。そして、久しぶりの新鮮な空気はとにかく美味しかった。
 大きく吸った空気は、一瞬で腐敗した体の空気を置き換えていく。

 額に手を当ててあたりを見渡す。ただ、すぐにその景色は真っ黒に染まっていった。
 さすがにいきなり立ち上がるのは厳しかったのだろう。めまいがする。痛いほど空いている腹、ジメジメとした環境のお陰か、喉は枯れ切ってはいない。ただ、喉の渇きは感じる。
 ふと思う。

 ……さきほどから体中が湿っぽい。
 原因は服にある。そう思いゆっくりと下を向いてみる。

「あはは、こりゃ服も変えないとだな……」

 今までは光の入ってこない空間であったために見えなかったが、しばらくはほとんど動かずにそのまま土の上で寝ていたのだ。
 外からも、中からも服は汚れていた。
 そういえば、シェルターに避難している間に探知魔法を覚えた。
 これは時々聞こえてくる物音の正体を突き止めるために、物体の動きを察知するようにイメージした結果できたものだ。
 範囲は1キロほどだろうか。動物の動きや木々の揺れが目を瞑っていても鮮明に浮かんでくる。魔法は極めて便利なものだ。

 少しでも遠くを見れるように少し多めに魔力を込めて発動してみると、どうやら周辺に人の存在は確認できないようだ。
 加えて、初日に見たような大型の動物の姿も見られない。どうやらあれは雨が降ったことにより山から下りてきたものらしい。
 ここら辺はあまり凶暴な動物は出現しないようだ。事実、魔法で探知しても一切その存在は確認できないのだから大丈夫だ。

「……なんか少し恥ずかしいな」

 絶対誰も来ないから大丈夫。そう分かっていてもこの森の中で裸になるのはなかなかに勇気がいる物だ。
 ただ、今着ている服をそのまま着るというのは生理的に受け付けない。裸のほうがマシだ。
 魔法で穴を掘り来ていた服をその中に埋めてしまう。金輪際この服は着ることがないだろう。
 お気に入りのパジャマだったのだが、そのお気に入りのパジャマももう以前の見た目とは異なっている。持っていても無駄だ。

 地面に服を埋め、先日泥水を採取した沢へと向かう。
 久方ぶりにやって来た沢の水はきれいに澄んでいた。流れも先日より穏やかだ。
 手が汚れているために、まるで野生動物のように直接沢に口をつけて水を啜る。久しぶりに口にした水は、冷たくそしてすっと喉の奥へと入っていく。
 あまりの美味しさに涙を浮かべ、もう飲むことのできないほどにたくさんの水を摂取した私は、そのまま寝ころぶように沢の中へと入っていく。

「つめてッ」

 想像より冷たい水ではあったものの、火照った体にはちょうどいい。
 適度な速さで流れる水は極めて心地がいい。いざ水の中に入ってみると、初めは冷たいと思っていた水も暖かく感じてくる。おそらく日の光も相まってだろうが。
 シャンプーやリンスが存在しないのは残念だが、洗わないよりはましだ。上から下まで、きれいに洗った手でこするようにして汚れを落としていく。
 およそ1週間分の汚れは私の想像以上に溜まっていたようだ。あれほど毎日手入れをしていた私の長い髪、手を通せば一切の引っ掛かりもなくするりと降りて行った私の自慢の髪も、今ではぼさぼさだ。
 以前の私が見ていれば発狂の1つや2つは不可避であろう。





 一通り体を洗い終え、ぼーっと水に浸かりながら考える。
 念のため発動した探知魔法でもやはり人の姿はない。
 おそらくここから人の住む地域までは相当距離があるのだろう。これほどまでに人の気配を感じないというのも珍しい。
 人里から近い森の中なら明らかに人工的に切断された木の1つや2つ存在するはずだ。ただ、そんなものは一切存在していない。
 陰樹で構成されたこの極相林、人の手が入っていればここまでの遷移は進むまい。
 そうなってくると、人の居るところまで向かうというのはもうちょっと基盤を整えてからの方がいいかもしれない。
 すぐに他者の手を借りるのは無理そうだ。あの性格の悪い神が人里近くに落とすとも考えにくいからな。あえてこの場所に落としたのだろう。

 そう必死に考えてみても、脳の隅に浮かんでくる端から見た私の光景。すこし頬に熱を感じながらも下を向く。

「これじゃあ人には会えないなぁ、えへへ……」

 とにかく服を作ろう。話はそれからだ。
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