上 下
161 / 193

160話目 旅行④

しおりを挟む
もし外が雨だったらと考えるとなかなか悲惨なことだが、幸い今日は天気に恵まれている。

息は上がりはしたものの、すぐに母屋のお食事処に到着した。

囲炉裏を囲むように置かれた低めの机には、すでに料理が並べられていた。

「豪華だ!」

用意されていた食事は、豪華としか言い表すことのできないほど豪華であった。

季節の野菜を使った前菜の盛り合わせや、このあたりの清流で伸び伸びと育った川魚は目の前の囲炉裏でじっくりと焼かれ、塩焼きにされていたり、美しく盛り付けられたお造りには、摺りたてのワサビが添えられている。

加えて、自家製の野菜をふんだんに使った汁物に、これから旬を迎える松茸の炊き込みご飯など、多種多様な種類の食事が並べられている。

「夏凪さんは未成年ということでご提供はできませんが、一ノ瀬さんはお酒のご用意ができます。お持ちしますか?」

「お願いします!」

「これは日本酒がすすむぞぉ~」と言いながら豪華な食事を写真に収める夏海、気分は慣れた旅女子だ。

「そんなに写真撮ってどうするの?」

「え?SNSにあげるんだよ!夕日と旅行に来たよって」

「ああ、そういうことね。じゃあ私も上げようかな」

夏海みたくはうまく取れないだろうけど、私も頑張って少しでも食事がおいしく見えるように写真を撮る。

「どれどれ?……って、なんか老人が頑張って撮ったみたいな写真だね」

「なにそれ、もしかして喧嘩売ってたりする?」

「いやいや、売ってない売ってない」

多少発言にイラっとしながらも、早速撮った写真をSNSにあげようとしたらストップが入った。

「駄目だよ夕日、今ここで写真上げたらネットに私たちがこの旅館にいるってバレるよ」

確かにそれはまずい。

リスナーが秩父に大量に押し寄せてきたりしたら困る。

「そんなことより、冷めないうちに食べちゃおうよ!ちょうどお酒もきたし~!」

そういうと、夏海はパキッと割り箸を割って「いただきま~す!」と元気よく食べ始めた。

ゲームの中のあのきりっとした感じと、現実のこのおちゃらけた感じの違いに時々違和感を覚える。

ただ、時々出るゲームと同じお嬢様口調で同一人物だとわからされる。

それにしても、もしほんとは同一人物ではないといわれても信じてしまうかもしれない。

「あれ?夕日食べないの?」

「ああ、食べます食べます」

ただ、今はそんなことを考える時間ではない。

温かいうちに食事を食べ終えなければ!








「いやぁ、食べたなぁ」

「おいしかった。」

相当量があった為、もしかしたら食べきれないのではないかと心配していたが、杞憂に終わった。

箸の止まる暇などはなく、延々と胃の中に食事が放り込まれていった。

さながらブラックホールだ。

「どうする?お風呂入る?」

夏海が夕日にそう問いかけると、夕日は「ふぁぁ~」と大きくあくびをして「明日の朝でいいかも、眠いし」と答えた。

夏海は「そうだね」と返すと、食事をとっている間に用意されていた敷布団に横になった。

まだ時刻は20時と言ったところで、普段ならこれからがゴールデンタイムの最高の時間だ。

ただ、歩き疲れ、おなかを満タンにした2人は力尽きたかのように深い眠りについていった。









翌朝、2人が目を覚ましたのは5時であった。

ただ、季節は夏で、5時でもすでに結構明るい。

普段はめざましでも目を覚まさない頑固な2人も、このような環境に放り込まれれば日の光で目が覚める。

格別に気持ちの良い朝を迎え、踊り狂ったようになっている髪を鎮めるように、部屋についている露天風呂に入ることにした。

2人で入るには多少狭いが、2人からすれば入れればよいため、そこまで気にはしない。

「こんなに気持ちがいい朝、生まれて初めてかもしれない。」

「それは同感ね。」

朝から活発に動き回る鳥の鳴き声、靄の出た湿った空気は異世界に迷い込んだかのようで、幻想的だった。

夏海の上に抱きかかえられる形で座った夕日は、ただひたすらに流れる雲を見つめていた。












「この後どうする?6時から朝食だけどどこか行きたいところある?」

「う~ん、ないかな。十分疲れもとれたし、1か月ゲームに触ってなかったからそろそろ禁断症状が出そうだよ……」

「あ~、なるほど。じゃあご飯食べてすぐ帰っちゃう?」

「それがいいかな?」

秩父と言えば有名なアニメの聖地があるが、なにも聖地を回るだけが旅というわけではない。

ほかに行きたいところもすぐに思いつかなかったため、さっさと家に帰ってしまうことにした。

時計の針が6時を指し、夕食とは異なり別邸のお食事処に向かった。

母屋とはまた異なった雰囲気のお食事処、同じく囲炉裏の周りを囲うように置かれた低めの机の上には、焼き魚を中心とした和の朝食が並べられていた。

山菜の入った味噌汁、自家製の野菜を漬けたぬか漬け、土鍋で炊いたホカホカの白米。

それらをよく味わいながらゆっくり食べ、7時ごろには旅館を後にした。

こんな田舎の方は待っていてもタクシーはほとんどやってこない。

旅館の人が西武秩父駅まで送ってくれるということだったので、甘えることにした。

帰りは西武秩父駅から西武線に乗って池袋へと向かうルートだ。

西武秩父から飯能までは進行方向を背にして座るクロスシート、飯能からは後方に背を向けるといった特殊な特急列車、特急ラビューに乗り、サクッと帰ってしまうことにした。

崖のぎりぎりに敷かれた線路を通り、電車はゆっくりと家へと歩みを進めている。

まだ8時にもなっていないということで、車内に人の姿はまばらだ。

ただ、東京に近づくにつれて駅には人が増えてきている。

今日は平日、通勤ラッシュの時間だ。

そんな人混みの中を颯爽と駆け抜ける特急列車、すれ違う他の車には人はぎゅうぎゅうに詰め込まれている。

2人とは無縁の光景だ。

「2人で秩父に行ってきましたっと。」

すでに秩父を後にしているため、それぞれSNSに昨日撮った写真を投稿した。

すぐにその投稿にはコメントが付いた。

『ユウヒさん体調大丈夫だったのですね!』

『あまり無理はしないでください!』

といった優しいコメントの数々。

私のプレイが好きでゲームを始めてくれた人もいる。

配信を見て、試合を見て応援してくれる人もいる。

そういう世界が私は好きだ。

今日からまたプロゲーマーとして、私の大好きな世界へと戻る。

夏海、いや、メアリーがいれば、音符猫がいれば、アルミがいれば私たちは負けることはない。

明日からも気合を入れていこう!
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

VRゲームでも身体は動かしたくない。

姫野 佑
SF
多種多様な武器やスキル、様々な【称号】が存在するが職業という概念が存在しない<Imperial Of Egg>。 古き良きPCゲームとして稼働していた<Imperial Of Egg>もいよいよ完全没入型VRMMO化されることになった。 身体をなるべく動かしたくないと考えている岡田智恵理は<Imperial Of Egg>がVRゲームになるという発表を聞いて気落ちしていた。 しかしゲーム内の親友との会話で落ち着きを取り戻し、<Imperial Of Egg>にログインする。 当作品は小説家になろう様で連載しております。 章が完結次第、一日一話投稿致します。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉

まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。 貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

最前線攻略に疲れた俺は、新作VRMMOを最弱職業で楽しむことにした

水の入ったペットボトル
SF
 これまであらゆるMMOを最前線攻略してきたが、もう俺(大川優磨)はこの遊び方に満足してしまった。いや、もう楽しいとすら思えない。 ゲームは楽しむためにするものだと思い出した俺は、新作VRMMOを最弱職業『テイマー』で始めることに。 βテストでは最弱職業だと言われていたテイマーだが、主人公の活躍によって評価が上がっていく?  そんな周りの評価など関係なしに、今日も主人公は楽しむことに全力を出す。  この作品は「カクヨム」様、「小説家になろう」様にも掲載しています。

オワコン・ゲームに復活を! 仕事首になって友人のゲーム会社に誘われた俺。あらゆる手段でゲームを盛り上げます。

栗鼠
SF
時は、VRゲームが大流行の22世紀! 無能と言われてクビにされた、ゲーム開発者・坂本翔平の元に、『爆死したゲームを助けてほしい』と、大学時代の友人・三国幸太郎から電話がかかる。こうして始まった、オワコン・ゲーム『ファンタジア・エルドーン』の再ブレイク作戦! 企画・交渉・開発・営業・運営に、正当防衛、カウンター・ハッキング、敵対勢力の排除など! 裏仕事まで出来る坂本翔平のお陰で、ゲームは大いに盛り上がっていき! ユーザーと世界も、変わっていくのであった!! *小説家になろう、カクヨムにも、投稿しています。

処理中です...