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159話目 旅行③

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秩父鉄道に揺られ、今回の宿の最寄り駅である秩父駅に到着した。

ここから目的地までは相当な距離が離れており、歩いていくには体力的にもなかなか厳しい。

バスはありはするものの、本数が少ないためここはタクシーでパパッといってしまうことにした。

駅降りて目の前にあるタクシー乗り場に止まっていたタクシーに乗り込み、くねくねとした山の道を通って20分ほどで到着した。

「おお、これはまた随分立派な旅館。」

「ほんとだね……、実在したんだ……」

洋を徹底的に排除したような見た目の旅館は、まさに農家屋敷と言った形で、ずっしりと2人を待ち構えていた。

門をくぐって中に入り、今回2人が宿泊する部屋に入った。

2人が止まるのは今いる母屋にある部屋ではなく、別邸にある部屋である。

窓の外に広がる日本庭園は、まるで江戸時代にでもタイムスリップしたかのような気分にさせられる。

一枚板の大きなテーブルを真ん中に置き、ベランダには露天風呂までついている。

「これは……」

部屋自体はあまり広くはないものの、あまりに豪華すぎる仕様に言葉を失ってしまう。

「ひとまず荷物を置こうか。」

「そうだね。」

いつまでも棒立ちしているわけにはいかないため、荷物を片付けて用意されていた座椅子に座る。

高ぶる感情を抑え込むかのように、机の上に置かれている饅頭に手を伸ばす。

季節は夏、外は30度に迫るほどの気温で、まだ来たばっかりでエアコンはいじってすらいない。

大きく空いた窓から入ってくる風は爽やかで、よそから聞こえてくる風鈴の音色も相まって今が夏であるということを忘れてしまう。

時刻は16時を回ったかというところ、夕食の時間まではあと2時間ほどある。

「貸切風呂あるみたいだけど、行ってみる?」

「いきまーす!」

部屋の中でだらだらとしていてもいいが、日中にかいた汗を食事までには流しておきたかったために、無料で入ることのできる貸切風呂に向かうことにした。

部屋に露天風呂が付いているが、夜になって寝る前にゆっくり入りたいために、最初に向かうは別邸にある貸切風呂だ。

母屋にも貸切風呂があるため、そちらも出来れば行きたいところである。








備え付けのタオルを持って向かった別邸の貸切風呂は、幸い利用者が誰もおらず、すんなり入ることができた。

「いやぁ、随分歩いたね。夕日最近運動してなかったと思うけど大丈夫だった?」

「うん。景色とかそういうのに夢中になっていたからあまり気にならなかったよ。」

「確かにねぇ、あの景色を見せられると疲れなんか全部吹き飛ぶよね。」

貸し切りの為、周りを気にせずに大声で話しながらゆっくりとできるのが強みだと思う。

服をさっと脱いで浴室に入る。

とはいっても、あの風呂場独特の湿った空気ではなく、こちらも部屋と同様に露天風呂であるため、外の空気を肌で感じる。

「私露天風呂って、なんかいけないことしているみたいだよ……」

「えぇ?そう?」

「まあそこまで気にはならないけどね。」

どうせいるのは夏海だけだし、だれかほかの人の視線があるわけでもないので気にしないことにした。

入念に髪の毛と体を洗い、少しぬるめのお湯に一気に浸かる。

「うひょ~ッ」

「なんか夕日おっさんみたいだね。」

「いやいや、お風呂は気持ちがいいよ。」

「それは同感だけども……」

露天風呂というのは開放感があって非常にいい。

室内の場合聞こえてくる音は、湯舟やシャワーから発せられる水の音か、桶が当たる音くらいだろう。

ただ、露天風呂の場合に聞こえてくるのは、外にいる時に聞こえてくる音とほとんど同じだ。

すこし水の音があるかなと言った感じ。

ここはあたりを山で囲まれたのどかな場所で、東京のように常に車の行き来するような場所ではない。

私たちが住んでいるようなところに露天風呂なんか作れば、車の音しか聞こえないんだろうなと思いながら肩までじっくりと湯舟に浸かる。

「旅行ってすごいね。どれだけ病院で休んでも、1回旅行に行った方が休まる気がする。」

「そうかもね、空気もきれいだし。でも、まだ1日目の夜にもなってないんだよ?これから夕飯食べて、明日もあるんだから。」

「そうだね~、まだまだ続くんだね。」

いつも話すときは顔を見て話す2人だが、珍しく一切顔を合わせることなく会話をする。

だが、その会話はすぐに終わり、場に響くのは自然の音色と水の音だけであった。











「いや~、さっぱりさっぱり!」

「ほんとだね!温泉ってすごいんだねって思った!」

「あれ!?もしかして温泉初めてだった!?」

「え?そうだけど。」

「Oh……、私は知らず知らずのうちに夕日の初めてを奪ってしまったわけだ。」

「ん?そうだけどどうしたの?」

「ごめん、何でもない。」

お風呂上りと言えば牛乳、体に染みついたその行動を無意識のうちに取る夏海を真似、夕日も牛乳をくいッと飲み干す。

先ほどまで来ていた服は着ず、旅館で用意されていたアメニティの浴衣を羽織って部屋へと向かう。

「あ、そういえばなんか夕食の30分前からBarやるらしい。」

「はぁ!?ちょっと!行きます行きます!」

「いやいや、あと30分あるから!」

お風呂で結構ゆっくりしたため、現在の時刻は17時で、夕食の時間は18時の為にBarが開くまでは30分ほど時間がある。

「まあ、部屋でゆっくりしてればすぐに30分なんか立つよ。」

「それもそうだね。少し休もうか。」












「はッ!い、今何時!?」

「……ん?」

「うわ、18時だ……」

どうやら部屋についてごろごろしていたら寝てしまったらしい。

気が付いたときには18時を回っており、Barの時間は終了してしまっていた。

「ああ、ああああ、私のお酒が……」

「あはは、って!それより夕食食べに行かないといけないよ!」

「そ、そうだった!」

夕食を食べるのは、ここ別邸ではなくて母屋である。

母屋までは廊下でつながっているわけではなく、一度靴に履き替えて外を通らないといけない。

そのため行くまでに数分の時間を要するのである。

夕食の時間は18時からで、すでに時間になっている。

緩んだ浴衣をきちっと着なおして、スマホ片手に母屋へと走り出した。
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