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第五話 共同作業

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人事、総務とのヒアリングも終わり、ホッとひと息つきたいところだが、中々そうはさせてくれない。

道夫の推しの萌絵ちゃんは、2課の赤木主任と仲良く作業をしていて、羨ましさで手が止まってしまう。

「だめ、だめ、作業に集中しないと!」と独り言。

ふと、遠くから視線を感じて振り返ると、山田課長がこっちを見ていて、眼があった。

「イケミチ~」と手招きをしている。

「今、手が止まってた様だけど、この間の事思い出してたのか?」

「…いえ…すいません」

「じゃあ今日、帰る前に進捗とできた資料見せてくれる」と意味深な言葉。

道夫は席に戻り、急いで作業に取り掛かった。それはこの間の二の舞にならない為だった。

先日の議事録作成で遅くなった時、課長と会社近くの小料理屋へ食事に行った時の事だった。

カウンターだけの小さなお店は、課長の行きつけの店のようで、店の大将と挨拶するといつもの席に座った。

あまり飲めない道夫は、ビールで乾杯後料理に箸を進めていたが、課長は浴びるように次から次とビールの栓を抜いた。

会話は、始めは仕事の事だったが、途中から恋愛の話しになり、課長の昔の恋話から失恋の話しになる頃には、道夫の肩に身体を預ける位、傾いていた。

「ところで、…うぃ…イケミチは彼女とかいるの?」

「…いません。」と情け無いような声。

「だろうね、仕事も恋も真剣さが見えんからなぁ…」と痛い所を突く。

「好きな子は?…」

「総務の佐々木さんなんか可愛いかなって…」と言った途端、課長がキスをして来た。

「盗られる前に予約しとこうっと」って

「えっ?」

びっくりした道夫は、抵抗も出来ずされるままだった。

店の大将も見て見ぬふりで、小さく咳払いだけした。

キスが終わると、「佐々木さんは、赤木くんも狙ってるわ、あなた赤木くんに勝てる?」

下を向き首を横に振る道夫。

「だったら今は、私の事を好きになりなよ」と課長からの告白?

「…」無言の道夫。

「じゃ、今日はこれ位にしといてあげる」

大将に精算を依頼して、店を出ると課長はタクシーを拾い、店を後にした。

道夫が資料を慌てて作り出したのはそういう訳からである。

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