死神の業務日報

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死刑執行人②

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「あー、ごきげんようスミス、今日の調子はどうだい?」
「んー、あまり良いとは言えませんね、ここはなんだかジメジメしていてとても生活しずらいですから、私の自慢のブロンドも早く出たいと嘆いていますよ」

「そうか、それは残念だ、そういえばこの間話していた件だが」
「ええ、私も今その話を切り出そうとしていた所なんですよ、執行官さんはよく気が付いて下さいますね、ありがとうございます」

 ヘンリー死刑囚は、リゲルに深々と御辞儀をした。
 こんな、いかにも礼儀正しくて虫も殺せなさそうな人が、いったい何故死刑になんてなったんだろう・・・もしかしてこのドリアードでは、蒼星が元いた世界では軽い罰として処罰される様なものも、直ぐに死刑判決が出てしまう法律になっているのではないか、もしくは人種や出身地によって差別的なものがあるとか、だとしたら俺はこの先どう善悪の区別をしていけば良いんだ。
 蒼星が頭を抱えていると、リゲルはヘンリーの問いに答える様にゆっくりと口を開いた。

「ヘンリー、君の罪状にある『殺人』についてだが、詐欺師の君は直接手を下していないのだから、殺人には成りえない、そう言っていたね・・・僕も君の話を聞いた時は確かに殺人を目的にしたわけではない犯罪行為に対して、殺人罪を適用するのはああまりにも強引だと感じ検討させてもらった」
「うんうん、そうだろう! それで? どうだったんだい?」

「ヘンリー、君は今まで詐欺行為の標的にしていた4つの家族に対して、まずはその匠な話術で年頃の娘に近づき、彼女の恋人として家族の前に現れた、そして暫くして家族の人間が完全に君を信用しきった所を見計らって、彼女を騙し金銭の貸付を要求する、そして少しずつ膨らむ金額に耐えられなくなった彼女を、今度は売春宿で働かせ荒稼ぎする、そしてそのあと彼女を薬物に依存する様に仕向け、最終的には彼女の家族へ莫大な貸付金の請求がいくようにし、そのあとは・・・」

 リゲルは少しうつむきながら冷静な口調で話を続けていたが、よく見ると自らの拳を思いっきり握りしめ、今にも殴りかかろうとするのを必死で堪えているかの様に、自らの激情を抑え込んでいた。

「そのあとは、家族全員に多額の保険金をかけ、全員が自殺するまで執拗に追い込んでいき、家族が崩壊すると跡形もなく姿を消した」
「い、いや待ってくれよ執行人さん、それはたまたま偶然そうなってしまっただけで、僕は本当に彼女を愛していたんだ! それなのにあんな事になってしまって・・・僕は」

「お前は! 今までの犯行すべてが偶然の一致だとでも言うのか! 最後に標的にされた家族の娘は、薬物で死にかけた所をかろうじて助け出された時・・・・お願いだから殺してくれと、泣きながら懇願したらしい」
「そ、それはさー、な、なんて言うか大袈裟っていうか、そーだたまたま! そりゃ詐欺師続けてればそんな事の一つや二つ」

 ヘンリーが必死で弁明しようとした瞬間、蒼星の目の前を今まで見たこともないまぶしい光が照らし、次の瞬間突然脳内にある映像が無理やり流れだした。
 その映像は、首を鎖でつながれた女性が必死で助けを求めヘンリーに手を伸ばす横で、大量の札束を数え、両手に女を抱きながら高笑いしているヘンリーの姿だった、その映像があまりにもリアルで、蒼星はまるで実際にその場に居合わせた様な感覚に襲われた、だが次の瞬間には蒼星は元居た牢獄の前で四つん這いになっていた。

「1098番ヘンリースミス! お前を詐欺罪、そしてそれに伴う計8件の殺人罪の実行犯として死刑に処す事を告げる!」

 リゲルは、書類の中から判決書を取り出すと、ヘンリーにしっかりと見せる様に前へ突き出した。

「そ、んな・・・は、ははっ・・・はは・・・なんっで、俺が」

 ヘンリーは、もはや放心状態で口を開けたまま、天井の一点を見つめていた。

「刑の執行は明日11時・・・それまで、どうかあなたの魂が安らかであらん事を」

 リゲルは胸に手を当てそう言うと、姿勢を正し頭だけをゆっくりと下ろして礼をした。
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