死神の業務日報

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法治国家ドリアード

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ドサッ!
「いっ、てっ!」

 視界が真っ白になったと思ったら、いきなりふわっとした感覚に包まれ、次の瞬間には見知らぬ部屋の中に落とされて思いっきり尻餅をついた。

「はぁ・・・つーかここ何処だよ」

 部屋全体を見渡すと、どうやらここも書庫の様で木で出来た棚の中に分厚いハードカバーの本や、羊皮紙の様な質感の紙がところせましと並べられていた。

「へぇ・・・すげぇ」

 蒼星が本棚から一冊の本を取り出してみると、書いてある文字は明らかに日本語ではないのに、何故か何が書いてあるのかが理解できて、なんだか自分が少し賢くなった様な気分になった。

 手に取った本のタイトルは『法治国家ドリアードの歴史』と書かれており、今のうちにこの世界の事を知っておいた方が良いと考えた蒼星は、本の表紙をそっと開いた。

『法治国家ドリアードの歴史』

 本国ドリアードは、長きに渡る戦乱の末8つの小国が集まり建国された連合国である、

ドリアードはエスカ大陸において唯一の王を持たない国家である、

建国時連合議会で定められた5つの憲法を元に作成された法に基づき、すべての民を平等に扱う民主主義国家である、

国民投票によって決められた法務大臣を国の首相とし、国内で発生した犯罪行為や紛争については、全ておおやけに裁判を行い公平な判断の元判決が下されるものとする。

『法治国家ドリアード 憲法五戒』

 一つ、いかなる理由があろうと、法の介入無く人を殺める事を禁ず。

 一つ、法に定められた正当な理由なき暴力、及び財産その他の略奪を禁ず。

 一つ、種族、思想の違いによる紛争を禁ず。

 一つ、死刑執行人の承諾なく、死罪刑を執行してはならない。

 一つ、法の垣根を超え、人々が融和し互いを尊重しあえる場合、五戒を含む法の行使の一切を禁ず。

 以上五か条を元に定められた法に従い、法の女神テミスの名の下公平かつ恒久的な平和を目指す国家となる事をここに宣言する。

 法治国家ドリアード初代首相 アストラル・オース
 
「へぇ・・・なんつーか、異世界なのにすごくまともというか、まるで現実世界の日本みたいだ、てかそれにしても法の女神テミスって、あいつがこの国の主神なのかよ」

 蒼星は正直いったいどんな世界に連れていかれるのかと内心ヒヤヒヤしていた為、戦争や武力行使ですべてを片付けるのではなく、

しっかりと法律らしきものが存在することにホッとしたが、同時にこの国が主神として祀っているのが先ほど自分をおちょくりまくり、強制的にこの世界に連れてきたやつだと知って、なんだか少し釈然としない気持ちになった。

「はぁ・・・てか出口どこだ」

 蒼星が出口を探して辺りを見回すと、部屋の隅に小さな木の扉があり外からはたくさんの人が話している声が聞こえてきた。

 蒼星が恐る恐るドアを開くと、そこにはたくさんの机が規則正しく並べられており、だだっ広い部屋の中には様々な色のポンチョみたいな短いローブを着た沢山の人が、まるで何かに追われているかの様に慌ただしく働いていた、

天井からは各部署の名前なのか『軽犯罪科』とか『憲法遵守委員会』などの色々なプレートが下げられており、現代で言う所のオフィスの様な造りになっていた。

「ここどこだよ・・・つーか俺、どーすればいいのこれ」

 慌ただしく働いている人々は、自分の仕事に夢中なのかまるで蒼星の事など居ないかの様に完全に放置されていた。

「あ、あのー、すみません」
「あー、各種申請の方は一階の受付にどーぞ!」

 蒼星は勇気を振り絞って声を掛けてみたが、かなりの食い気味であしらわれてしまった。

 はぁ・・・まったくなんだよここは、俺はどうしたら良いんだっつーの・・・てかあの神様とか名乗ってたやつこんな所にいきなり放り込んで俺をどうしたいんだっつーの。

「あ、エリカちゃーん、今夜俺と食事・・・どう?」
「もーまたアイビスさんったらー、こんな所で油売ってるとまた大臣に怒られますよー?」

「んー? 大丈夫だって、今は俺新人の研修中だからさ♪ 来るはずの新人が一人来なくて探しに来たんだけど、中々見つからなくてね、

そしたらこんな所にこの町一の美女がいるじゃないか、これは声を掛けずにはいられないと思ってね」

 蒼星が呆然と突っ立っていると、斜め前のデスクに腰かけた明らかにチャラそうな無精ひげの中年男性が、一輪の花を片手に女性職員を口説いていた。

「もー、アイビスさんはしょうがないんだからー♪ あっ、お客さん来ちゃったから」

「ははっ、連れないなぁエリカちゃんはー、それじゃあまた今度だね」

 明らかに仕事をさぼっているであろう中年男性は、女性に軽くあしらわれしぶしぶ彼女のデスクから降りた。

 ・・・どこにでもいるんだなこういう人って、頭の中お花畑っていうか仕事とか勉強とかよりも恋愛が一番にあって、いつでもどこでも年中発情期みたいな感じだ、正直俺はこういうタイプかなり苦手だ、そもそもなんでそんなに恋愛に夢中になれるのか全く理解できない。

「お? どうした少年! そんな迷子の子犬みたいな目をしても、彼女は助けてくれないぞ?」

「あ・・・はぁ、そうですね」

 やばい面倒くさい絡まれた・・・。

「うんうん、ん? というか君どこかで見たことあるなー、名前教えてもらえる?」

「え!? いやー、えーっとそのー、遊佐・・・蒼星です」

「ゆ・・・さ・・・ユサ・・・あー! ユサ君って君かー!!」

「えっ・・・え!?」

 蒼星が名前を名乗ると、男は大袈裟な身振りで蒼星のことを指さした。

「もー、ずっと探してたんだよ? 君のことー」
「え・・・っと、その、なんでですか?」
「そんなの決まってるじゃないかー! だって君は今日からここで働くんだから」

 中年男は真っ白な歯を見せてさわやかに笑うと、親指をグッと力強く立てた。
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