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7.めんどくさい初夜
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「いっただぁきまぁす!」
「はい、召し上がれぇ。いただきまぁす」
倹(つま)しく、慎ましい僕たちの晩餐会が始まった。
ハナはまず、大皿に乗っている豚の生姜焼きを豪快に頬張った。
汁物からスタートしない。そう、それが若さだ!
根菜類の味噌汁を啜りながらそう思った。
「おいひぃおいひぃっ! たぁりんやるぅ」
「ありがとねぇ」
「さっきつまみ食いした時さ、もう一口食べちゃおうかなぁって思ったもん」
彼女は素直な感想を述べ、そのまま白米を頬張った。
……女子高生、というよりかは高校球児だなこりゃ。
「ん~~~~!」
「ちゃんと野菜も食えよ?」
至福、という言葉をそのまま具現化したかのような表情を浮かべるハナ。
物と情報が跋扈する今の時代、ここまで美味しそうに飯を食う女子高生は少ないだろう。
「ハンバーガーを美味しそうに食べる選手権」のエース、というだけでなく、「幸せそうに美味しく食べる選手権」のトップランナーでもあるのだろう。
「このお吸い物も美味しいぃ~。根菜っていいよね?」
「ずいぶんとシブいな」
「お漬物も手作り?」
「そうだよ」
「やるねぇ。おばちゃんといい勝負っ! って、そうだ」
「ん?」
「たぁりん、飲まないの? ビールとか」
「ああ、飲むけど」
「んじゃあたし持ってくるね。冷蔵庫勝手に開けてもいいよね?」
「うん。一番下のとこに入ってる」
「はぁい。あ、あとグラスは?」
「棚に入っているだろう。適当でいいぞ?」
彼女は足早にビールとグラスを持ってきて、隣にちょこんと腰掛けた。
「はい、どうぞ」
「おう、さんきゅう」
グラスを手渡し、缶ビールを開け、手際よくお酌をするハナ。
カプカプと小気味よい音色を奏でながらそれはグラスへと注がれてゆく。
「毎晩おじちゃんにやってあげてるのっ。これ、あたしの仕事」
「おぉ、手慣れてるねぇ。うまいうまい」
ああ、微醺(びくん)を齎(もたら)す金色に輝くキミが愛おしいっ!
「あざっす。んじゃ、いただきます」
「はぁい、どうぞぉ。今日一日ありがとねぇ~!」
僕は一気に飲み干した。
「っくぁ~!」
「良い飲みっぷりぃ! はい、お代わり」
「おう、ありがと。ほら、ハナもそっち戻って食事しな? こっち、自分でやるからさ。気にしないで大丈夫だよ?」
「はぁい!」
長い一日の終わりに、互いを労いながらとる食事。最高だ。
いつぶりだろうか。僕自身、忘れていた何かが込み上げてくる。
「美味いな」
「うんっ! 美味しいぃ!」
「ごはん、お代わりもあるからな、ゆっくり食べろよ?」
「はぁい! てかさ、やっぱ一緒に食べるのがいいよねぇ!」
「ああ。そうだな」
スマホをいじりながら独りでとる食事。
家族でいるが、特に会話もなく、テレビを観ながら何となくとる食事。
向かい合うだけで一切会話のない食事。
別にどれも否定はしない。それぞれ好きな食べ方をすればいい。
ただ僕は、これがいい。
「ハナは好き嫌いとかあるのか?」
「ないよぉ! でも、食べたことないものはあるなぁ」
「なに?」
「うさぎ? とか、熊とか」
「ははははっ! 僕も食ったことないよ」
「そうかぁ。じびえ、っていうんだっけ? なんかねぇ、おじちゃんが前に言ってた。でも、あんまし食べてみようとも思わないけどねぇ。あははははっ! たぁりんは何か嫌いなモノあるの?」
「〆鯖と生牡蠣かなぁ。焼き鯖と牡蠣フライは大好きだけどな」
「あははははっ! なんかウケるぅ!」
「……そんな笑うとこかぁ?」
その後も他愛のない会話を続けながら二人で晩御飯を楽しんだ。
食卓に並べたものはキレイになくなっていた。
ハナは、ご飯と味噌汁をしっかりお代わりしてくれ、明日からも作り甲斐があるな、と僕の心を躍らせてくれた。
「ご馳走様でしたぁ~! いやぁまんぷくまんぷくぅ」
「ご馳走様。良く食ったなぁ」
「うんっ! 愛情たっぷりで美味しかったよっ!」
「おう、そいつぁ良かった」
二人で食器を片付け、僕は洗い物を始めた。ハナにはテーブルを拭いてもらったのだが……
「なぁに見てんだよ」
「チラっ、チラチラっ」
「ぷっ、言葉に出すな。なんだよ」
「あのですねぇ、そのぉ、何といいますかぁ、先ほど買ってましたよねぇ? アレを」
「あ、ああ」
スーパーで買い出しをした際に、とりあえずで小分けになっている箱入りのアイスも購っていたのだ。それを彼女はちゃっかり見ていたらしい。
見た目は見た目として置いといて、とにかく中身は小学生だ。
目をパチパチさせながら上目遣いをワザとらしくしてくるハナに思わず吹き出してしまった。
「ははははっ! 面白い顔すんな。いいよ食べて。一個だけな」
「あはははっ! ありがとぉー!」
居間でアイスをこれまた幸せそうに食べているハナ。
「冷たくて甘くておいひぃ~。たぁりんも食べる?」
「いや、僕は大丈夫だよ。ありがとな」
一日しかいないが解ってきた。こりゃバカ親にもなる。
それほどまでに彼女は純朴だ。しかし、歳は十七、華の現役女子高生、さらにヒロイン属性マックスで見た目も超絶に良い。
……ああ、もう危険なニオイしかしない。ここは東京だ。しかも副都心部。生まれ育っているから理解できる。
と、この先のことを考えると気が重くなったが、送り出したおじちゃん、おばちゃんの心情を察すれば、僕が弱音を吐いてどうする、と思った。何度も言うが、何より、彼女が一番辛いのだから。
「でもなぁ、あたしぃ、ほんと狼になっちゃうのかなぁ」
「あっ!」
……忘れていた。これは、血の繋がりのない歳の離れた親戚を預かり、育ててゆく、というラブコメではないということを!
人狼になり得るジェーケーを力でねじ伏せ、正気を保たせる、というとんでもファンタジーだったということを!
「お、おう、な」
現実を思い出し、煮え切らぬ返事をしながら洗い物を続けた。
ハナは虚空を見つめ、うつむき、語りだした。
「なんなんだろうねぇ、あたし。ただの女の子なんだけどなぁ」
「…………」
「真上とか、三竹とか、人狼とか、ぜんぜんわかんないっしょ」
僕の方は向かずに、ハナは語り続けた。
「うちは古い家系だし、なんとなく他の家とはちがうって気はしてたけどぉ。なんか、急だよねぇ」
ハナを見て、高校時代に付き合っていた人のことを思い出した。
感情の起伏が激しい、ただ振り回されているだけだ、と当時は感じていたが、そうじゃない。
女子高生は、実に不安定で、とても繊細な生き物なのだ。
だからこそだ。だからこそ、大人がしっかりと見守り、ただ何でも押し付けるのではなく、助けてほしい時にちゃんと手を差し伸べてあげられるように、そう心構えていなければいけないのだ。
「……たぁりん」
「ん?」
「たぁりんだけなんだって」
「なにがだ?」
「あたしのこと救えるの」
「うん」
「どう思う?」
「どうって?」
「ヤじゃない? そういうの。何かいきなりって感じでさ」
「う~ん」
「…………」
「正直なぁ」
「うん」
「正直怖い」
「…………うん」
「死にたくもない」
「…………う、ん」
「ましてや赤ずきんじゃあるまい、食われたくもない」
「…………」
「でもなぁ」
「…………」
「それでもイヤじゃねぇよ」
「へっ?」
「ハナ、安心しろ。俺がお前を救ってやるから、大丈夫だ」
彼女はハッと僕の方を向き、大きな瞳をさらに大きく見開いて、顔を朱に染めた。
「えっ、ちょ、ちょっとなにぃ! ビックリするじゃんっ! どうしたのぉ?」
「どうにもこうにも、そのまんまだろう」
「う、うぅううううう……」
呻きながら身を丸めるハナ。
どこか具合でも悪いのかと声を掛けた。
「どうした? アイス急に食ったから腹でも冷えたか?」
するとハナは、ガバっとすごい勢いで立ち上がり、足早でどこかへ向かいはじめる。
「おい、どこいくんだ?」
「お手洗いっ! レディーにそういうこと聞かないのっ!」
何か逆に怒られた?
「ああ、すみません」
ハナは顔を朱に染めたまま、ドスドスと大きな足音を立て、トイレに入った。
「う~ん、やっぱ僕には女心、いや、ジェーケー心はわかんねぇなぁ」
独りごちたところで、洗い物が終わった。
居間に戻り、換気のために窓を開けると、外はもう真っ暗だった。
夜の八時を回るところであった。
「ハナ、トイレ長いなぁ。でもなぁ、あんましこういうこと言っちゃいけねぇだろうしなぁ」
と、鬼の居ぬ間になんとやら。心の声を口に出していた。
とりあえず僕は寝床の準備をし始めた。
そもそも使っているマットレスと布団を簡易にメイキング。といっても、掛布団と毛布を敷き直し、枕に新しいタオルを当てたくらいだが。
そして、僕の寝袋と、キャンプ用の枕も出して、準備完了。
ここの間取りは、奥からベランダ、六畳の寝室(収納付き)、開けっ放しにしている引き戸を挟んで十畳の居間、キッチン、の順に配置されており、そしてその居間とキッチンの間にある扉を開けると左手にトイレ、右手に洗面所と風呂、正面に玄関、という形になっている。
新居に越すまでは、寝室にハナを寝かせて引き戸を締め、居間に僕が寝ようと考えていた。
当たり前である。年頃の女の子と布団を分けたとしても、枕を並べることは出来ない。
「おっしゃ、準備完了。おっハナ、戻ったか」
「……うぅん」
「ん? 大丈夫か?」
「だいじょうぶっ!」
「へっ、なに? 怒ってる?」
「おこってないっ!」
「あ……あらそう」
「うんそうっ!」
語気が強い。訳がわからん。だから放っておくのが一番だと考えた。
「……ねぇえ」
「ん?」
「アイス、美味しかった。ご馳走様でしたっ」
「おお、良かった良かった! 一日一個までだからな?」
「むぅ……わかったぁ」
とりあえず元に戻った? と思い、一安心したところで、先述した寝床についてハナへの説明を開始した。
「よし、んじゃあこっちの部屋の、ここでお前は寝なさい。ちゃんと枕カバーとその上にかけてあるタオルも変えてあるから、綺麗だからね。そんで、ここ」
次いで、ガラガラぁっと音を立てて引き戸を開け閉めしてみせた。
「ここ閉めるから、夜中トイレに行きたくなったら開けて行くんだよ?」
「…………」
「ん? ハナ? どした、固まって」
「うぅ~ん、あれぇ? たぁりんどこで寝るの?」
「ああ、こっちの居間だよ」
「なんでぇ?」
「へっ?」
「へっ?」
一瞬、黄色い服を身に纏った人間をお辞めになられたさるお方が何かを発動させたように間が空いた。
そして、時は動き出す。
「いやいやいやいや、バカ言ってんじゃないよっ! あなた女性よ? 僕、男よ? 一緒に寝ないでしょ!」
「いやいやいやいやっ! 朝一緒に寝てくれるって約束したじゃんっ! おじちゃんとおばちゃんと一緒に寝てるっていったじゃんっ! 怖いじゃんっ! ひとりぃ!」
「…………あっ」
「ほぉら、思い出したでしょ?」
やっべぇ、朝、何かそんな話したような。でもなぁ、狼に変身したら、とか、そんな理由じゃあ一緒に寝れないってなったようなぁ、イヤ、越して一部屋あげた時に、とか、あれあれあれあれ、なんだったけぇ。
とにかく、僕は混乱していた。
「さっきの責任取ってよねぇ!」
「えぇええええええええ、な、なにっ?」
「救ってくれるんでしょ? あたしのこと」
「あ、ああ。まぁなぁ(家族として当たり前だろう)」
「だったら一緒に寝るっしょ?」
「いやぁ、お前それ強引だぞ?」
「もう夜は一人で怖いのっ! この部屋何にもないし、余計に怖いぃいいいい!」
愚図る小学生の女子をあやすようだった。はて、どこかでこんな経験したような、という既視感を覚えたが、それよりも何よりも今を切り抜けることが最優先だった。
「ああ、そうだ。ここ開けときゃいいのか。引き戸、開けておくよ」
「で、たぁりんはどこで寝るの?」
「ん? だからここ」
「じゃないのぉ! だったらあたしもそっちぃ!」
「勘弁しろよお前ぇ」
「う、うぅうう……そんなに、ヤなの?」
涙を浮かべる彼女。正直ズルい。
僕はただ、一般常識的な倫理観、かつ大人の常識的な配慮と考慮でもって動いただけなのに、彼女にとってはそんなのどうでもよくて、一緒に寝ない、がイコールで自分のことが嫌いで一緒に寝ない、となってしまうようなのであった。
てか、マジでメンドクセェ……と、言えるはずもなく……
「やったぁ! 隣にたぁりんいるとあんしぃいんっ!」
「…………」
寝室で並んで寝ることになった。
「こっちこないの?」
「それだけはいけません」
「なんでぇ?」
「狭いでしょ? それ一人用だし」
「そかぁ」
「…………」
「でも、たぁりん一人でキャンプしてるみたいでウケるねっ! あはははっ! ミノムシみたい」
「そだねぇ」
「……うんしょっ、うんしょっ」
「なにしてんのかな?」
「近くに寄ってるぅ」
「へっ? どうして?」
「近くにいたほうがいっぱい安心できるからぁ」
「あ、そうだ、歯ぁ磨いてなかった。磨いてこよー」
「あっ、あたしも行くぅうう!」
「って、ついてくんなよぉ!」
「えっ、えぇえっ?」
「あっ、あああああ! ウソウソ、ウソです。はい、いきましょー」
「もう、ビックリさせるの良くないよ? その、たぁりんのかまってちゃん気質、ぜったい良くない。なんかチクチクするもん」
「…………」
「そんなイジワルしなくても、あたしはちゃんとたぁりんのこと……」
「お前、歯ブラシ、持ってないじゃん」
「あっ! そだ、バッグの中だ」
チャぁあああああああああンスっ! と一人で洗面台に行こうかと思ったが、文句を言われても面倒なので待っていることにした。
「たぁりん、お待たせぇ! いこぉー!」
一軒家じゃあるまい、行くも引くも目と鼻の先だろうに。と思ったが何も言わず、平常心を心掛け、洗面所へと赴き、彼女と並んで歯を磨いた。……………なんだこの絵面。
なんだこの苛立ちは……。
ハナは可愛い、それはわかる。ヒロイン属性もマックス。それも何となくわかった。穢れを知らない純朴さ。うん、わかる。女子高生特有の不安定さと繊細さ、これも理解している。
じゃあ、なんだ、この苛立ちは……。
「さ、磨き終わったよぉ。戻ろ?」
「……はい」
深く考えるのはやめよう。イライラしない。平常心、平常心。そう心の中で繰り返した。
「電気、消すぞぉ」
「まって、まって、まって…………」
「…………」
「いいよぉー!」
ピィ、という甲高い電子音と共に室内が暗黒に包まれた。
心地が良い。これでようやく静かに……
「ぎゃぁあああああっ!」
……眠れなかった。
「なんだよぉ……」
「へっ? なくない?」
「なにがだよぉ……」
「暗すぎっしょ!」
「……えぇええ?」
「いやっ、暗すぎっしょ!」
「いいじゃぁん……暗い方が眠れるよぉ?」
「マジないからっ! これ、マジないっ」
「…………」
「あのオレンジっぽい色のがギリっ!」
「…………」
「もういっそ電気消さないでもいい感じだよね?」
ピィ、という甲高い音と共に、室内の明るさを常夜灯のそれへと変化させた。
「んじゃ、おやすみぃ」
「あああああ、まって、まって」
「……なぁにぃ」
「あたしより先に寝ないでね」
「……………」
「へっ? たぁりん? うそ、寝た?」
「早く寝ろっ」
「うぅうう……おやすみなさいぃいいい」
「はい、おやすみ」
今日一日、長かったなぁ。そうしみじみと思った。
ハナ登場、初めてのハンバーガー、分厚い封筒に福沢さんの行列、おじちゃんとの通話、不動産屋からの内覧、帰宅からの買い出し、そして炊事に風呂。
でもまぁ晩飯は楽しかったが、その後なんだかグズりだすし、めんどくささも「がっはっは」とおじちゃんみたいに笑い飛ばせればいいのだが……おじちゃんにとってハナは娘同然で、僕とはちょっと、というか全然感覚が異なるし……
頭の中がグルグルと回り始めようとしていた。
「くぅ~……かぁ~……」
ハナの寝息。
……もう爆睡してやがる。って、始発で来たんだもの、当然か。
色々と気になることはあるが、明日も忙しくなりそうだし、ハナにならい、僕も思考を停止させ、夢の世界へと旅立つことにした。
想像していた以上に大変で、めんどくさくて、面白い、そんなハナとの同棲生活は始まったばかりだった。
「はい、召し上がれぇ。いただきまぁす」
倹(つま)しく、慎ましい僕たちの晩餐会が始まった。
ハナはまず、大皿に乗っている豚の生姜焼きを豪快に頬張った。
汁物からスタートしない。そう、それが若さだ!
根菜類の味噌汁を啜りながらそう思った。
「おいひぃおいひぃっ! たぁりんやるぅ」
「ありがとねぇ」
「さっきつまみ食いした時さ、もう一口食べちゃおうかなぁって思ったもん」
彼女は素直な感想を述べ、そのまま白米を頬張った。
……女子高生、というよりかは高校球児だなこりゃ。
「ん~~~~!」
「ちゃんと野菜も食えよ?」
至福、という言葉をそのまま具現化したかのような表情を浮かべるハナ。
物と情報が跋扈する今の時代、ここまで美味しそうに飯を食う女子高生は少ないだろう。
「ハンバーガーを美味しそうに食べる選手権」のエース、というだけでなく、「幸せそうに美味しく食べる選手権」のトップランナーでもあるのだろう。
「このお吸い物も美味しいぃ~。根菜っていいよね?」
「ずいぶんとシブいな」
「お漬物も手作り?」
「そうだよ」
「やるねぇ。おばちゃんといい勝負っ! って、そうだ」
「ん?」
「たぁりん、飲まないの? ビールとか」
「ああ、飲むけど」
「んじゃあたし持ってくるね。冷蔵庫勝手に開けてもいいよね?」
「うん。一番下のとこに入ってる」
「はぁい。あ、あとグラスは?」
「棚に入っているだろう。適当でいいぞ?」
彼女は足早にビールとグラスを持ってきて、隣にちょこんと腰掛けた。
「はい、どうぞ」
「おう、さんきゅう」
グラスを手渡し、缶ビールを開け、手際よくお酌をするハナ。
カプカプと小気味よい音色を奏でながらそれはグラスへと注がれてゆく。
「毎晩おじちゃんにやってあげてるのっ。これ、あたしの仕事」
「おぉ、手慣れてるねぇ。うまいうまい」
ああ、微醺(びくん)を齎(もたら)す金色に輝くキミが愛おしいっ!
「あざっす。んじゃ、いただきます」
「はぁい、どうぞぉ。今日一日ありがとねぇ~!」
僕は一気に飲み干した。
「っくぁ~!」
「良い飲みっぷりぃ! はい、お代わり」
「おう、ありがと。ほら、ハナもそっち戻って食事しな? こっち、自分でやるからさ。気にしないで大丈夫だよ?」
「はぁい!」
長い一日の終わりに、互いを労いながらとる食事。最高だ。
いつぶりだろうか。僕自身、忘れていた何かが込み上げてくる。
「美味いな」
「うんっ! 美味しいぃ!」
「ごはん、お代わりもあるからな、ゆっくり食べろよ?」
「はぁい! てかさ、やっぱ一緒に食べるのがいいよねぇ!」
「ああ。そうだな」
スマホをいじりながら独りでとる食事。
家族でいるが、特に会話もなく、テレビを観ながら何となくとる食事。
向かい合うだけで一切会話のない食事。
別にどれも否定はしない。それぞれ好きな食べ方をすればいい。
ただ僕は、これがいい。
「ハナは好き嫌いとかあるのか?」
「ないよぉ! でも、食べたことないものはあるなぁ」
「なに?」
「うさぎ? とか、熊とか」
「ははははっ! 僕も食ったことないよ」
「そうかぁ。じびえ、っていうんだっけ? なんかねぇ、おじちゃんが前に言ってた。でも、あんまし食べてみようとも思わないけどねぇ。あははははっ! たぁりんは何か嫌いなモノあるの?」
「〆鯖と生牡蠣かなぁ。焼き鯖と牡蠣フライは大好きだけどな」
「あははははっ! なんかウケるぅ!」
「……そんな笑うとこかぁ?」
その後も他愛のない会話を続けながら二人で晩御飯を楽しんだ。
食卓に並べたものはキレイになくなっていた。
ハナは、ご飯と味噌汁をしっかりお代わりしてくれ、明日からも作り甲斐があるな、と僕の心を躍らせてくれた。
「ご馳走様でしたぁ~! いやぁまんぷくまんぷくぅ」
「ご馳走様。良く食ったなぁ」
「うんっ! 愛情たっぷりで美味しかったよっ!」
「おう、そいつぁ良かった」
二人で食器を片付け、僕は洗い物を始めた。ハナにはテーブルを拭いてもらったのだが……
「なぁに見てんだよ」
「チラっ、チラチラっ」
「ぷっ、言葉に出すな。なんだよ」
「あのですねぇ、そのぉ、何といいますかぁ、先ほど買ってましたよねぇ? アレを」
「あ、ああ」
スーパーで買い出しをした際に、とりあえずで小分けになっている箱入りのアイスも購っていたのだ。それを彼女はちゃっかり見ていたらしい。
見た目は見た目として置いといて、とにかく中身は小学生だ。
目をパチパチさせながら上目遣いをワザとらしくしてくるハナに思わず吹き出してしまった。
「ははははっ! 面白い顔すんな。いいよ食べて。一個だけな」
「あはははっ! ありがとぉー!」
居間でアイスをこれまた幸せそうに食べているハナ。
「冷たくて甘くておいひぃ~。たぁりんも食べる?」
「いや、僕は大丈夫だよ。ありがとな」
一日しかいないが解ってきた。こりゃバカ親にもなる。
それほどまでに彼女は純朴だ。しかし、歳は十七、華の現役女子高生、さらにヒロイン属性マックスで見た目も超絶に良い。
……ああ、もう危険なニオイしかしない。ここは東京だ。しかも副都心部。生まれ育っているから理解できる。
と、この先のことを考えると気が重くなったが、送り出したおじちゃん、おばちゃんの心情を察すれば、僕が弱音を吐いてどうする、と思った。何度も言うが、何より、彼女が一番辛いのだから。
「でもなぁ、あたしぃ、ほんと狼になっちゃうのかなぁ」
「あっ!」
……忘れていた。これは、血の繋がりのない歳の離れた親戚を預かり、育ててゆく、というラブコメではないということを!
人狼になり得るジェーケーを力でねじ伏せ、正気を保たせる、というとんでもファンタジーだったということを!
「お、おう、な」
現実を思い出し、煮え切らぬ返事をしながら洗い物を続けた。
ハナは虚空を見つめ、うつむき、語りだした。
「なんなんだろうねぇ、あたし。ただの女の子なんだけどなぁ」
「…………」
「真上とか、三竹とか、人狼とか、ぜんぜんわかんないっしょ」
僕の方は向かずに、ハナは語り続けた。
「うちは古い家系だし、なんとなく他の家とはちがうって気はしてたけどぉ。なんか、急だよねぇ」
ハナを見て、高校時代に付き合っていた人のことを思い出した。
感情の起伏が激しい、ただ振り回されているだけだ、と当時は感じていたが、そうじゃない。
女子高生は、実に不安定で、とても繊細な生き物なのだ。
だからこそだ。だからこそ、大人がしっかりと見守り、ただ何でも押し付けるのではなく、助けてほしい時にちゃんと手を差し伸べてあげられるように、そう心構えていなければいけないのだ。
「……たぁりん」
「ん?」
「たぁりんだけなんだって」
「なにがだ?」
「あたしのこと救えるの」
「うん」
「どう思う?」
「どうって?」
「ヤじゃない? そういうの。何かいきなりって感じでさ」
「う~ん」
「…………」
「正直なぁ」
「うん」
「正直怖い」
「…………うん」
「死にたくもない」
「…………う、ん」
「ましてや赤ずきんじゃあるまい、食われたくもない」
「…………」
「でもなぁ」
「…………」
「それでもイヤじゃねぇよ」
「へっ?」
「ハナ、安心しろ。俺がお前を救ってやるから、大丈夫だ」
彼女はハッと僕の方を向き、大きな瞳をさらに大きく見開いて、顔を朱に染めた。
「えっ、ちょ、ちょっとなにぃ! ビックリするじゃんっ! どうしたのぉ?」
「どうにもこうにも、そのまんまだろう」
「う、うぅううううう……」
呻きながら身を丸めるハナ。
どこか具合でも悪いのかと声を掛けた。
「どうした? アイス急に食ったから腹でも冷えたか?」
するとハナは、ガバっとすごい勢いで立ち上がり、足早でどこかへ向かいはじめる。
「おい、どこいくんだ?」
「お手洗いっ! レディーにそういうこと聞かないのっ!」
何か逆に怒られた?
「ああ、すみません」
ハナは顔を朱に染めたまま、ドスドスと大きな足音を立て、トイレに入った。
「う~ん、やっぱ僕には女心、いや、ジェーケー心はわかんねぇなぁ」
独りごちたところで、洗い物が終わった。
居間に戻り、換気のために窓を開けると、外はもう真っ暗だった。
夜の八時を回るところであった。
「ハナ、トイレ長いなぁ。でもなぁ、あんましこういうこと言っちゃいけねぇだろうしなぁ」
と、鬼の居ぬ間になんとやら。心の声を口に出していた。
とりあえず僕は寝床の準備をし始めた。
そもそも使っているマットレスと布団を簡易にメイキング。といっても、掛布団と毛布を敷き直し、枕に新しいタオルを当てたくらいだが。
そして、僕の寝袋と、キャンプ用の枕も出して、準備完了。
ここの間取りは、奥からベランダ、六畳の寝室(収納付き)、開けっ放しにしている引き戸を挟んで十畳の居間、キッチン、の順に配置されており、そしてその居間とキッチンの間にある扉を開けると左手にトイレ、右手に洗面所と風呂、正面に玄関、という形になっている。
新居に越すまでは、寝室にハナを寝かせて引き戸を締め、居間に僕が寝ようと考えていた。
当たり前である。年頃の女の子と布団を分けたとしても、枕を並べることは出来ない。
「おっしゃ、準備完了。おっハナ、戻ったか」
「……うぅん」
「ん? 大丈夫か?」
「だいじょうぶっ!」
「へっ、なに? 怒ってる?」
「おこってないっ!」
「あ……あらそう」
「うんそうっ!」
語気が強い。訳がわからん。だから放っておくのが一番だと考えた。
「……ねぇえ」
「ん?」
「アイス、美味しかった。ご馳走様でしたっ」
「おお、良かった良かった! 一日一個までだからな?」
「むぅ……わかったぁ」
とりあえず元に戻った? と思い、一安心したところで、先述した寝床についてハナへの説明を開始した。
「よし、んじゃあこっちの部屋の、ここでお前は寝なさい。ちゃんと枕カバーとその上にかけてあるタオルも変えてあるから、綺麗だからね。そんで、ここ」
次いで、ガラガラぁっと音を立てて引き戸を開け閉めしてみせた。
「ここ閉めるから、夜中トイレに行きたくなったら開けて行くんだよ?」
「…………」
「ん? ハナ? どした、固まって」
「うぅ~ん、あれぇ? たぁりんどこで寝るの?」
「ああ、こっちの居間だよ」
「なんでぇ?」
「へっ?」
「へっ?」
一瞬、黄色い服を身に纏った人間をお辞めになられたさるお方が何かを発動させたように間が空いた。
そして、時は動き出す。
「いやいやいやいや、バカ言ってんじゃないよっ! あなた女性よ? 僕、男よ? 一緒に寝ないでしょ!」
「いやいやいやいやっ! 朝一緒に寝てくれるって約束したじゃんっ! おじちゃんとおばちゃんと一緒に寝てるっていったじゃんっ! 怖いじゃんっ! ひとりぃ!」
「…………あっ」
「ほぉら、思い出したでしょ?」
やっべぇ、朝、何かそんな話したような。でもなぁ、狼に変身したら、とか、そんな理由じゃあ一緒に寝れないってなったようなぁ、イヤ、越して一部屋あげた時に、とか、あれあれあれあれ、なんだったけぇ。
とにかく、僕は混乱していた。
「さっきの責任取ってよねぇ!」
「えぇええええええええ、な、なにっ?」
「救ってくれるんでしょ? あたしのこと」
「あ、ああ。まぁなぁ(家族として当たり前だろう)」
「だったら一緒に寝るっしょ?」
「いやぁ、お前それ強引だぞ?」
「もう夜は一人で怖いのっ! この部屋何にもないし、余計に怖いぃいいいい!」
愚図る小学生の女子をあやすようだった。はて、どこかでこんな経験したような、という既視感を覚えたが、それよりも何よりも今を切り抜けることが最優先だった。
「ああ、そうだ。ここ開けときゃいいのか。引き戸、開けておくよ」
「で、たぁりんはどこで寝るの?」
「ん? だからここ」
「じゃないのぉ! だったらあたしもそっちぃ!」
「勘弁しろよお前ぇ」
「う、うぅうう……そんなに、ヤなの?」
涙を浮かべる彼女。正直ズルい。
僕はただ、一般常識的な倫理観、かつ大人の常識的な配慮と考慮でもって動いただけなのに、彼女にとってはそんなのどうでもよくて、一緒に寝ない、がイコールで自分のことが嫌いで一緒に寝ない、となってしまうようなのであった。
てか、マジでメンドクセェ……と、言えるはずもなく……
「やったぁ! 隣にたぁりんいるとあんしぃいんっ!」
「…………」
寝室で並んで寝ることになった。
「こっちこないの?」
「それだけはいけません」
「なんでぇ?」
「狭いでしょ? それ一人用だし」
「そかぁ」
「…………」
「でも、たぁりん一人でキャンプしてるみたいでウケるねっ! あはははっ! ミノムシみたい」
「そだねぇ」
「……うんしょっ、うんしょっ」
「なにしてんのかな?」
「近くに寄ってるぅ」
「へっ? どうして?」
「近くにいたほうがいっぱい安心できるからぁ」
「あ、そうだ、歯ぁ磨いてなかった。磨いてこよー」
「あっ、あたしも行くぅうう!」
「って、ついてくんなよぉ!」
「えっ、えぇえっ?」
「あっ、あああああ! ウソウソ、ウソです。はい、いきましょー」
「もう、ビックリさせるの良くないよ? その、たぁりんのかまってちゃん気質、ぜったい良くない。なんかチクチクするもん」
「…………」
「そんなイジワルしなくても、あたしはちゃんとたぁりんのこと……」
「お前、歯ブラシ、持ってないじゃん」
「あっ! そだ、バッグの中だ」
チャぁあああああああああンスっ! と一人で洗面台に行こうかと思ったが、文句を言われても面倒なので待っていることにした。
「たぁりん、お待たせぇ! いこぉー!」
一軒家じゃあるまい、行くも引くも目と鼻の先だろうに。と思ったが何も言わず、平常心を心掛け、洗面所へと赴き、彼女と並んで歯を磨いた。……………なんだこの絵面。
なんだこの苛立ちは……。
ハナは可愛い、それはわかる。ヒロイン属性もマックス。それも何となくわかった。穢れを知らない純朴さ。うん、わかる。女子高生特有の不安定さと繊細さ、これも理解している。
じゃあ、なんだ、この苛立ちは……。
「さ、磨き終わったよぉ。戻ろ?」
「……はい」
深く考えるのはやめよう。イライラしない。平常心、平常心。そう心の中で繰り返した。
「電気、消すぞぉ」
「まって、まって、まって…………」
「…………」
「いいよぉー!」
ピィ、という甲高い電子音と共に室内が暗黒に包まれた。
心地が良い。これでようやく静かに……
「ぎゃぁあああああっ!」
……眠れなかった。
「なんだよぉ……」
「へっ? なくない?」
「なにがだよぉ……」
「暗すぎっしょ!」
「……えぇええ?」
「いやっ、暗すぎっしょ!」
「いいじゃぁん……暗い方が眠れるよぉ?」
「マジないからっ! これ、マジないっ」
「…………」
「あのオレンジっぽい色のがギリっ!」
「…………」
「もういっそ電気消さないでもいい感じだよね?」
ピィ、という甲高い音と共に、室内の明るさを常夜灯のそれへと変化させた。
「んじゃ、おやすみぃ」
「あああああ、まって、まって」
「……なぁにぃ」
「あたしより先に寝ないでね」
「……………」
「へっ? たぁりん? うそ、寝た?」
「早く寝ろっ」
「うぅうう……おやすみなさいぃいいい」
「はい、おやすみ」
今日一日、長かったなぁ。そうしみじみと思った。
ハナ登場、初めてのハンバーガー、分厚い封筒に福沢さんの行列、おじちゃんとの通話、不動産屋からの内覧、帰宅からの買い出し、そして炊事に風呂。
でもまぁ晩飯は楽しかったが、その後なんだかグズりだすし、めんどくささも「がっはっは」とおじちゃんみたいに笑い飛ばせればいいのだが……おじちゃんにとってハナは娘同然で、僕とはちょっと、というか全然感覚が異なるし……
頭の中がグルグルと回り始めようとしていた。
「くぅ~……かぁ~……」
ハナの寝息。
……もう爆睡してやがる。って、始発で来たんだもの、当然か。
色々と気になることはあるが、明日も忙しくなりそうだし、ハナにならい、僕も思考を停止させ、夢の世界へと旅立つことにした。
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