上 下
20 / 60

20 キス

しおりを挟む
 イーサンはそれ以来、お茶会や夜会で隙をついては参加者の一人として私に話しかけてくるようになった。

 まだ彼はただの商人であるはずなのに、何故貴族の夜会に参加出来るかというと、きっとやんごとなき高貴な誰かの紹介を受けて潜り込んでいるのだろう。

 今夜、城の大広間で開かれた夜会でも、イーサンはそれとなく挨拶をし五分ほど世間話をしてから颯爽と去って行った。

 話術が優れた彼らしく、今も何人かの紳士と話して盛り上がっているようだ。きっと、自分の商売のチャンスを探しているのよね。何回か生まれ変わっても使い切れないくらいお金を持っているだろうに、その手に触れるものなんでもお金に変えてしまいそうな彼らしい。

「あれは……ベッドフォードか。先ほどローレンも、彼と話していたようだが」

 王族としての彼の立場上、国外からの賓客と踊らざるを得ないギャレット様は私の元にまで戻って来た。そして、面白くなさそうな顔をして隣に居る私の顔を見つめた。

 私は曖昧に笑い、自然に見えるように一歩後ろに下がった。ギャレット様は最近イーサンと話す私を見ては、苛立っているようだ。

 やたらと傍に居たがるし、今まで素通りしていた何の罪もない挨拶に来ただけの紳士たちにも、やたらと威嚇しているような気がする。

 そう。現在のギャレット様は、私への執着心をとても感じるのだ。

 なんだか、この前までちょっとしたことでも恥ずかしそうにして照れていたのに、嫉妬を感じているようなギャレット様には私への好意を隠す気が全く見えない。

 え。これって、もしかして……大きな勘違いでなければ、ギャレット様に対する私の態度、すべてがまるで裏目に出ているような気もするけど……私は依頼主の王妃様からの指示通りにしていて、このまま突き進むしかない。

「ええ……ほんの世間話程度ですが。偶然、名前を知ることになりましたが、彼ももう少しで王太子妃になる私の顔を、覚えて貰いたいのかもしれません」

 ギャレット様のお顔はとても整っている代わりに、真顔になると少々怖い。

 それも、戦う剣士でもあるせいか目力が異常に強いので、間近で彼の視線を受け止める私は体力を削られていくしかない。

 この状況で、私が逃げてしまうのもおかしい。だって、私は彼のことを好きだから婚約者に選ばれているのだから。

 ギャレット様、お願いだから……もう少し、離れてえ……。

「ローレンには、少し隙があるようだな」

「隙ですか? いいえ。私はそのような……」

 珍しく相当苛立っている様子のギャレット様は、眉を寄せて顔を近づけた。

「随分とあいつと親しげに話しているように、俺には見えた……何か個人的な話でもしていたのか?」

「何を……いいえ。それは気のせいですよ。彼と私は、名前を知っている程度の仲ですもの」

 王妃様はきっと、恋愛に全く興味なさそうだったギャレット様が、こんなにも私の行動を気にしていることを知らないのだ。

 以前、ギャレット様に好意を持たれているようだと報告した時も、あの子は美人を見慣れているのだから、各国の美姫にも眉ひとつ動かさなかったお前程度で何を勘違いしているのだと一蹴されたし、ペルセフォネ様の指示だって、なんだか逆効果になってるみたいだし……彼の好意が高まったところで、イーサンという恋敵が現れれば、もっと私への執着が深まるかもしれない。

「そうか。だが、ローレン。君は俺の婚約者なんだ。誤解を受けるような行動は慎んでくれ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺の妖精すぎるおっとり妻から離縁を求められ、戦場でも止まらなかった心臓が止まるかと思った。何を言われても別れたくはないんだが?

イセヤ レキ
恋愛
「離縁致しましょう」 私の幸せな世界は、妻の言い放ったたった一言で、凍りついたのを感じた──。 最愛の妻から離縁を突きつけられ、最終的に無事に回避することが出来た、英雄の独白。 全6話、完結済。 リクエストにお応えした作品です。 単体でも読めると思いますが、 ①【私の愛しい娘が、自分は悪役令嬢だと言っております。私の呪詛を恋敵に使って断罪されるらしいのですが、同じ失敗を犯すつもりはございませんよ?】 母主人公 ※ノベルアンソロジー掲載の為、アルファポリス様からは引き下げております。 ②【私は、お母様の能力を使って人の恋路を邪魔する悪役令嬢のようです。けれども断罪回避を目指すので、ヒーローに近付くつもりは微塵もございませんよ?】 娘主人公 を先にお読み頂くと世界観に理解が深まるかと思います。

モブの私がなぜかヒロインを押し退けて王太子殿下に選ばれました

みゅー
恋愛
その国では婚約者候補を集め、その中から王太子殿下が自分の婚約者を選ぶ。 ケイトは自分がそんな乙女ゲームの世界に、転生してしまったことを知った。 だが、ケイトはそのゲームには登場しておらず、気にせずそのままその世界で自分の身の丈にあった普通の生活をするつもりでいた。だが、ある日宮廷から使者が訪れ、婚約者候補となってしまい…… そんなお話です。

【完結】転生令嬢は推しキャラのために…!!

森ノ宮 明
恋愛
その日、貧乏子爵令嬢のセルディ(十二歳)は不思議な夢を見た。 人が殺される、悲しい悲しい物語。 その物語を映す不思議な絵を前に、涙する女性。 ――もし、自分がこの世界に存在出来るのなら、こんな結末には絶対させない!! そしてセルディは、夢で殺された男と出会う。 推しキャラと出会った事で、前世の記憶を垣間見たセルディは、自身の領地が戦火に巻き込まれる可能性があること、推しキャラがその戦いで死んでしまう事に気づいた。 動揺するセルディを前に、陛下に爵位を返上しようとする父。 セルディは思わず声を出した。 「私が領地を立て直します!!」 こうしてセルディは、推しキャラを助けるために、領地開拓から始めることにした。 ※※※ ストーリー重視なので、恋愛要素は王都編まで薄いです 推しキャラは~は、ヒーロー側の話(重複は基本しません) ※マークのある場所は主人公が少し乱暴されるシーンがあります 苦手な方は嫌な予感がしたら読み飛ばして下さい ○小説家になろう、カクヨムにも掲載しています

幼馴染の公爵令嬢が、私の婚約者を狙っていたので、流れに身を任せてみる事にした。

完菜
恋愛
公爵令嬢のアンジェラは、自分の婚約者が大嫌いだった。アンジェラの婚約者は、エール王国の第二王子、アレックス・モーリア・エール。彼は、誰からも愛される美貌の持ち主。何度、アンジェラは、婚約を羨ましがられたかわからない。でもアンジェラ自身は、5歳の時に婚約してから一度も嬉しいなんて思った事はない。アンジェラの唯一の幼馴染、公爵令嬢エリーもアンジェラの婚約者を羨ましがったうちの一人。アンジェラが、何度この婚約が良いものではないと説明しても信じて貰えなかった。アンジェラ、エリー、アレックス、この三人が貴族学園に通い始めると同時に、物語は動き出す。

聖女は世界を愛する

編端みどり
恋愛
聖女召喚されたけど、コレって誘拐じゃん。会話ができるの虐待するシスターだけなんてつらすぎる。なんとか、あの優しいお兄さんと誰にも邪魔されずおしゃべりしたい。 ※17話くらいまで聖女がひたすら虐げられております。 もともと短編でした。短編は完結したので下に移動。その後や番外編をちょこちょこ更新予定。 37.怒られてばかりの聖女サマ 抜けてたの入れました。あと、番号ずれててごめんなさい!訂正しました

冷酷王子が記憶喪失になったら溺愛してきたので記憶を戻すことにしました。

八坂
恋愛
ある国の王子であり、王国騎士団長であり、婚約者でもあるガロン・モンタギューといつものように業務的な会食をしていた。 普段は絶対口を開かないがある日意を決して話してみると 「話しかけてくるな、お前がどこで何をしてようが俺には関係無いし興味も湧かない。」 と告げられた。 もういい!婚約破棄でも何でも好きにして!と思っていると急に記憶喪失した婚約者が溺愛してきて…? 「俺が君を一生をかけて愛し、守り抜く。」 「いやいや、大丈夫ですので。」 「エリーゼの話はとても面白いな。」 「興味無いって仰ってたじゃないですか。もう私話したくないですよ。」 「エリーゼ、どうして君はそんなに美しいんだ?」 「多分ガロン様の目が悪くなったのではないですか?あそこにいるメイドの方が美しいと思いますよ?」 この物語は記憶喪失になり公爵令嬢を溺愛し始めた冷酷王子と齢18にして異世界転生した女の子のドタバタラブコメディである。 ※直接的な性描写はありませんが、匂わす描写が出てくる可能性があります。 ※誤字脱字等あります。 ※虐めや流血描写があります。 ※ご都合主義です。 ハッピーエンド予定。

ぼくは悪役令嬢の弟〜大好きな姉の為に、姉を虐める令嬢に片っ端から復讐するつもりが、いつの間にか姉のファンクラブができてるんだけど何で?〜

水都 ミナト
恋愛
「ルイーゼ・ヴァンブルク!!今この時をもって、俺はお前との婚約を破棄する!!」 ヒューリヒ王立学園の進級パーティで第二王子に婚約破棄を突きつけられたルイーゼ。 彼女は周囲の好奇の目に晒されながらも毅然とした態度でその場を後にする。 人前で笑顔を見せないルイーゼは、氷のようだ、周囲を馬鹿にしているのだ、傲慢だと他の令嬢令息から蔑まれる存在であった。 そのため、婚約破棄されて当然だと、ルイーゼに同情する者は誰一人といなかった。 いや、唯一彼女を心配する者がいた。 それは彼女の弟であるアレン・ヴァンブルクである。 「ーーー姉さんを悲しませる奴は、僕が許さない」 本当は優しくて慈愛に満ちたルイーゼ。 そんなルイーゼが大好きなアレンは、彼女を傷つけた第二王子や取り巻き令嬢への報復を誓うのだが…… 「〜〜〜〜っハァァ尊いっ!!!」 シスコンを拗らせているアレンが色々暗躍し、ルイーゼの身の回りの環境が変化していくお話。 ★全14話★ ※なろう様、カクヨム様でも投稿しています。 ※正式名称:『ぼくは悪役令嬢の弟 〜大好きな姉さんのために、姉さんをいじめる令嬢を片っ端から落として復讐するつもりが、いつの間にか姉さんのファンクラブができてるんだけどどういうこと?〜』

【短編】悪役令嬢と蔑まれた私は史上最高の遺書を書く

とによ
恋愛
婚約破棄され、悪役令嬢と呼ばれ、いじめを受け。 まさに不幸の役満を食らった私――ハンナ・オスカリウスは、自殺することを決意する。 しかし、このままただで死ぬのは嫌だ。なにか私が生きていたという爪痕を残したい。 なら、史上最高に素晴らしい出来の遺書を書いて、自殺してやろう! そう思った私は全身全霊で遺書を書いて、私の通っている魔法学園へと自殺しに向かった。 しかし、そこで謎の美男子に見つかってしまい、しまいには遺書すら読まれてしまう。 すると彼に 「こんな遺書じゃダメだね」 「こんなものじゃ、誰の記憶にも残らないよ」 と思いっきりダメ出しをされてしまった。 それにショックを受けていると、彼はこう提案してくる。 「君の遺書を最高のものにしてみせる。その代わり、僕の研究を手伝ってほしいんだ」 これは頭のネジが飛んでいる彼について行った結果、彼と共に歴史に名を残してしまう。 そんなお話。

処理中です...