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59 信頼①
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「……奥様ではないですか!!」
私はここまで数え切れないほどの扉を叩き、それを無視されていた。
だから、その扉から彼が顔を出した時に、願っていたにも関わらずに信じられなかった。
「……サム!」
それは、キーブルグ侯爵家に居るはずの庭師のサムだった。どうして彼がこんな場所に居るの? という疑問が頭をかすめたけれど、今はそんなことを気にしている場合でもなかった!
「どうかなさったのですか? それに、その血は……」
私の服や手は、アーロンの血で汚れていた……初対面の人は関わりたくないと目を背けて行ってしまうだろう。けれど、一年間とは言え私に仕えてくれた庭師サムならば、事情を聞けばわかってくれるはずだ。
ああ……神様!
思わず、天を仰いで感謝したかった。これで、アーロンの命が繋げるかもしれない。
「サム! お願い助けて……アーロンが背後からヒルデガードに背中を刺されてしまったの。ヒルデガードは彼が倒してくれたけれど、今重傷なのにどうしようもなくて……早く医者に連れて行かなくては!」
「なんと……ヒルデガードが……老体ですが、それならば儂にお任せください。今旦那様はどちらにいらっしゃいますか?」
サムは一瞬呆気に取られていたようだったけれど、私から事情を聞いて、すぐに扉から出て来た。
「こっちよ!」
私はサムをアーロンの元にまで導き、様子を見ていたらしい村人たちも、第三者たるサムが出て来てくれたことで顔を見せ始めていた。
「……旦那様……旦那様。サムでございます。ああ……なんとお労しい……」
アーロンは自分で止血しようとしてか、着用していた上着を刺された場所に巻いていた。
「サムか……すまない。俺は今、歩けないと思う……どうにかなるか?」
簡潔に自分の状況をサムに説明したアーロンは、もう目の焦点が合っていなかった。さっきも……見えなくなっているって言っていたから、もう私たちも見えないのかもしれない。
「大きな布を、借りてまいります。人手があれば、運べますので」
「悪い……」
サムにそう告げてもう限界だったのか、アーロンは目を閉じて身体の力を抜いた。
その様子を見たサムは慌てて立ち上がり、知り合いらしい人に声を掛けて、にわかに周囲が騒がしくなっていた。ヒルデガードが居る方向を見れば、近付いて来た人に悪態をついているようだ。
けれど、もう私には関係ない。アーロンはもう家族でもなんでもないと先んじて言っていたし……いくら私でも夫を殺そうとした殺人犯に、情けを掛けることもないと理解出来る。
「奥様!」
倒れているアーロンと私の元にやって来てくれたのは、執事のクウェンティンだった。彼らしくとんでもない状況を目にしても、冷静沈着だった。
「クウェンティン! ああ……帰って来てくれたのね」
「はい。旦那様を医者まで運びます。奥様はお怪我はございませんか?」
クウェンティンは私の身体に付着した血を見て、そう尋ねてきた。
「……私は大丈夫よ。アーロンが、守ってくれたの……身体のどこにも、傷はないわ」
堪えていた涙が溢れて、止まらなくなった。アーロンは自分が大怪我を負っても、妻の私の事は守ってくれた。
……アーロン。お願いだから、死なないで。
クウェンティンの連れていた従者たちも手伝い、大きな布に載せられてアーロンはようやく医者の元へと運び出されることになった。
おそらく、遠くなっていた意識の中で、不意に目を覚ましたのだと思う。
「……嫌だ! 初夜もまだなのに、死にたくない!」
こんな命の危険がある状況ではあるのだけど、彼の発言が響いて周囲もぽかんとしてしまった。
「……大丈夫です。旦那様は、絶対に死にません。奥様。奥様と幸せになるために、何回でも死んだって、地獄の王を騙してでも生き返りますよ」
クウェンティンは呆れたようにそう言ったので、止まらないのではないかとまで思って居た私の涙も引っ込んでしまった。
生涯不敗の軍神。そして、知略を使わせれば右に出る者は居ないと言われてしまうほどの将軍アーロン・キーブルグ。
絶望しているだろう私と彼が育てた執事クウェンティンを、こんな発言で笑わせて安心させてしまうのだって、彼にはきっと……お手のものなのよね。
「ふふ。なんだか、アーロンらしいわね」
そして、アーロンはそう思わせたのなら、勝算があるのだと思う。そういう人だもの。これまでの彼との時間で、私は夫アーロンのことが十分過ぎるほどに理解していた。
「奥様……笑っている場合ではありません。これは、国中で面白い噂話になりますよ。あの人らしいですけどね」
シュレイド王国では、将軍アーロンは有名人なのだ。下手すると周辺国まで笑い話として、この話は広まってしまうかもしれない。
「けど、アーロンならば、きっとこう言うわ。誰かを守れるために勝てるのなら、自分が笑われるくらいどうでも良いことだって」
アーロンならばどんな戦いでも最後に勝って、私の元に帰って来てくれる。そう信じられる。
これまでもこれからも、そうしてくれるだろう。
私はここまで数え切れないほどの扉を叩き、それを無視されていた。
だから、その扉から彼が顔を出した時に、願っていたにも関わらずに信じられなかった。
「……サム!」
それは、キーブルグ侯爵家に居るはずの庭師のサムだった。どうして彼がこんな場所に居るの? という疑問が頭をかすめたけれど、今はそんなことを気にしている場合でもなかった!
「どうかなさったのですか? それに、その血は……」
私の服や手は、アーロンの血で汚れていた……初対面の人は関わりたくないと目を背けて行ってしまうだろう。けれど、一年間とは言え私に仕えてくれた庭師サムならば、事情を聞けばわかってくれるはずだ。
ああ……神様!
思わず、天を仰いで感謝したかった。これで、アーロンの命が繋げるかもしれない。
「サム! お願い助けて……アーロンが背後からヒルデガードに背中を刺されてしまったの。ヒルデガードは彼が倒してくれたけれど、今重傷なのにどうしようもなくて……早く医者に連れて行かなくては!」
「なんと……ヒルデガードが……老体ですが、それならば儂にお任せください。今旦那様はどちらにいらっしゃいますか?」
サムは一瞬呆気に取られていたようだったけれど、私から事情を聞いて、すぐに扉から出て来た。
「こっちよ!」
私はサムをアーロンの元にまで導き、様子を見ていたらしい村人たちも、第三者たるサムが出て来てくれたことで顔を見せ始めていた。
「……旦那様……旦那様。サムでございます。ああ……なんとお労しい……」
アーロンは自分で止血しようとしてか、着用していた上着を刺された場所に巻いていた。
「サムか……すまない。俺は今、歩けないと思う……どうにかなるか?」
簡潔に自分の状況をサムに説明したアーロンは、もう目の焦点が合っていなかった。さっきも……見えなくなっているって言っていたから、もう私たちも見えないのかもしれない。
「大きな布を、借りてまいります。人手があれば、運べますので」
「悪い……」
サムにそう告げてもう限界だったのか、アーロンは目を閉じて身体の力を抜いた。
その様子を見たサムは慌てて立ち上がり、知り合いらしい人に声を掛けて、にわかに周囲が騒がしくなっていた。ヒルデガードが居る方向を見れば、近付いて来た人に悪態をついているようだ。
けれど、もう私には関係ない。アーロンはもう家族でもなんでもないと先んじて言っていたし……いくら私でも夫を殺そうとした殺人犯に、情けを掛けることもないと理解出来る。
「奥様!」
倒れているアーロンと私の元にやって来てくれたのは、執事のクウェンティンだった。彼らしくとんでもない状況を目にしても、冷静沈着だった。
「クウェンティン! ああ……帰って来てくれたのね」
「はい。旦那様を医者まで運びます。奥様はお怪我はございませんか?」
クウェンティンは私の身体に付着した血を見て、そう尋ねてきた。
「……私は大丈夫よ。アーロンが、守ってくれたの……身体のどこにも、傷はないわ」
堪えていた涙が溢れて、止まらなくなった。アーロンは自分が大怪我を負っても、妻の私の事は守ってくれた。
……アーロン。お願いだから、死なないで。
クウェンティンの連れていた従者たちも手伝い、大きな布に載せられてアーロンはようやく医者の元へと運び出されることになった。
おそらく、遠くなっていた意識の中で、不意に目を覚ましたのだと思う。
「……嫌だ! 初夜もまだなのに、死にたくない!」
こんな命の危険がある状況ではあるのだけど、彼の発言が響いて周囲もぽかんとしてしまった。
「……大丈夫です。旦那様は、絶対に死にません。奥様。奥様と幸せになるために、何回でも死んだって、地獄の王を騙してでも生き返りますよ」
クウェンティンは呆れたようにそう言ったので、止まらないのではないかとまで思って居た私の涙も引っ込んでしまった。
生涯不敗の軍神。そして、知略を使わせれば右に出る者は居ないと言われてしまうほどの将軍アーロン・キーブルグ。
絶望しているだろう私と彼が育てた執事クウェンティンを、こんな発言で笑わせて安心させてしまうのだって、彼にはきっと……お手のものなのよね。
「ふふ。なんだか、アーロンらしいわね」
そして、アーロンはそう思わせたのなら、勝算があるのだと思う。そういう人だもの。これまでの彼との時間で、私は夫アーロンのことが十分過ぎるほどに理解していた。
「奥様……笑っている場合ではありません。これは、国中で面白い噂話になりますよ。あの人らしいですけどね」
シュレイド王国では、将軍アーロンは有名人なのだ。下手すると周辺国まで笑い話として、この話は広まってしまうかもしれない。
「けど、アーロンならば、きっとこう言うわ。誰かを守れるために勝てるのなら、自分が笑われるくらいどうでも良いことだって」
アーロンならばどんな戦いでも最後に勝って、私の元に帰って来てくれる。そう信じられる。
これまでもこれからも、そうしてくれるだろう。
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