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55 卑怯者①

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 あんなにも恐ろしかった義母は、私にはもう手が出せない。

 不敗の軍神と呼ばれる夫アーロンに守られて、私は幸せだ。

 ……心からそう思う。何があったとしても、私を守ってくれる。愛してくれる。誰よりも肯定してくれる。

 アーロンは私との距離を縮めようとしてか、ことある毎に逢瀬(デート)を望んだ。

 今日も王都の郊外にあるにある、小さな村で買い物をしようと言うのだ。エタンセル伯爵家での生活を話せば、彼は遠出を良く提案してくれた。

 馬車で二時間ほどかかる道のりだけど、アーロンと一緒ならば気詰まりすることもなく、長時間の移動も楽しむことが出来る。

 お母様が亡くなってから、私が失った何もかもを、彼が取り戻してくれたような気がしていた。

「しかし、帳簿を確認して驚いた。ブランシュ」

 馬車に揺られて変わらない風景を写す窓をぼんやり見ていた私に、アーロンは言った。

「自分は生活するのに必要な物以外何も買わずに、仕事ばかりしていたか……クウェンティンは、俺の言うことを聞いていないな」

 私は苦笑した。

 執事クウェンティンは料理人に頼まれたとかで、途中の村で新鮮な海産物を仕入れに行って、今一緒には居ない。

「きっと、クウェンティンはこう言うわ。旦那様には奥様の意向を第一にとお聞きしております。奥様は贅沢な生活は、望まれませんでした……って」

 今ではクウェンティンの無表情や、こちらの話を言葉通りにしか受け止めないという理由が私には理解出来ている。

 彼は裏稼業を営む暗殺者として育てられたから、気持ちの機微がわからずに、そのまま大人になってしまった。

 ……あまりにも育った環境が特殊過ぎて、感情を殺すことが当たり前になってしまったのかもしれない。

 アーロンは真面目な表情をして頷いた

「俺がもっと細かく指示をしていれば、良かった。悪かった」

「いいえ。アーロンはこの国を……私の命を守るために、それこそ死ぬ気で戦ってくれていたのです。それを感謝こそすれ、非難したりするなど、絶対に出来ませんわ」

 アーロンは三倍の数の軍勢を相手に、それこそ死に物狂いで私たちを守ってくれたのだ。

「ブランシュ……お前に会う前にはもう、戻れない。軍人だって辞めても良い。周辺国は当分何も出来ない。平和が続くだろうし……今は誰も、俺に将軍であることを強要しない」

 私と結婚するために将軍となったアーロンは、今では不敗の軍神と恐れられるようになってしまった。

「けれど、アーロン。辞められますか? 皆、貴方を頼りにしています。もちろん、私だって一緒です」

 アーロンさえ居れば大丈夫だと思われてしまうくらいに、彼が考え出すいくつもの奇策や知略は素晴らしいらしい。

 辞めたいという事は簡単だけど、おそらく周囲は必死で止めるはずだ。

「だが、ひとたび戦いが起これば一年も……いや、それ以上に妻に会えなくなる。それは、嫌だ」

 ため息をついたアーロンだけど、私は彼が簡単に辞められないだろうと予想し、何も言わないことにした。

 きっと辞められるわと励ます事は簡単だけど、きっと、キーブルグ侯爵位を維持させる事を考えれば、辞められないはしないもの。


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