上 下
44 / 60

44 嘘②

しおりを挟む
「そうでした……アーロン。私を海に突き落としたのは、あの人なのです。貴方の愛人を装ってキーブルグ侯爵邸に居た……サマンサさんだったのです」

「……なんだと?」

 今までのアーロンであれば、怒りのあまりここで怒鳴ってしまっていたかもしれない。けれど、彼は激しい怒りの表情を一瞬見せただけで、何度か大きく息を吐いて自分を落ち着かせているようだった。

「旦那様……今は奥様を抱きかかえたままですので」

 クウェインティンのたしなめるような言葉を聞いて、アーロンは頷いた。

「わかっている。俺だって何度かやらかしてしまったことの、自覚はあるんだ。あの女……確か、子どもを置いて逃げ去ったと聞いたが」

「ええ。そのように聞いております。子どもを預けた慈善院には旦那様の言いつけ通り、定期的に物資を届けておりますが、シスターたちに育てられて、すくすくと育っていると……」

「つまり、あの女は迎えに行ってはいないんだな……自分の子どもなのにか」

 アーロンはここで考え込むような様子を見せたけれど、立ったまま話すのもと思ったのか、近くにある馬車へと乗り込んだ。

「……奥様。スカートを外したんですね」

「ええ。貴方の講義を聴いていたから、命拾いしたわ。ありがとう。クウェンティン」

「何の話だ?」

 私たちの会話の内容を掴み切れなかったのか、アーロンはそう言ったので、クウェンティンは苦笑して答えた。

「いいえ。旦那様。水中に誤って落ちた場合は、奥様のようなドレスを着た女性はなかなか泳ぐことが難しいです。ですから、スカート部だけを外せば、身軽になり泳ぐことが出来るとお教えしていたのです」

「クウェンティン……ブランシュが助かったから、それは良いが。他に余計な事は教えていないだろうな?」

 眉を寄せたアーロンが尋ねると、クウェンティンは涼しい表情で軽く頷いた。

「余計な事ではないんですが……奥様たってのご希望で、領地経営と財務管理についてはお教えしております」

「……ブランシュに、何を教えているんだ。優雅に暮らす貴族夫人だぞ」

「私の希望なのです。アーロンが不在の時に、何もしないという訳にはいかず……」

 アーロンは自分が居ない間は、私に邸に居るだけで良いとクウェンティンに命令していたはずなのだ。けれど、それを押し切って仕事をしたいと申し出たのは私だ。

「奥様は現在、他の領地の代官として仕事が出来るまでに成長されました。僕も教師として、とても鼻が高いです」

「ええ。クウェインティンは本当に教え方が上手で、良い教師でした」

「お前……いや、もう良い。ブランシュ。海に落とされた時の状況と、そして、あの女の様子を出来るだけ詳細に教えてくれ」

 私はクウェンティンと仲良く微笑み合い、そんな二人を見てアーロンは頭が痛いとばかりに額に手を置いて、話を変えることにしたようだった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻のち愛人。

ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。 「ねーねー、ロナぁー」 甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。 そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。

記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。

ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。 毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

旦那様に離婚を突きつけられて身を引きましたが妊娠していました。

ゆらゆらぎ
恋愛
ある日、平民出身である侯爵夫人カトリーナは辺境へ行って二ヶ月間会っていない夫、ランドロフから執事を通して離縁届を突きつけられる。元の身分の差を考え気持ちを残しながらも大人しく身を引いたカトリーナ。 実家に戻り、兄の隣国行きについていくことになったが隣国アスファルタ王国に向かう旅の途中、急激に体調を崩したカトリーナは医師の診察を受けることに。

一年で死ぬなら

朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。 理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。 そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。 そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。 一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

処理中です...