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42 海辺②
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……どうして? こんな場所に彼女が居るの?
あれは、アーロンの子を身ごもったと嘘をつきキーブルグ侯爵家に入り込んだサマンサだった。さきほど水に沈み行く私を観察する目は酷薄で、これまで私の知っている彼女であるとは思えなかったけれど……。
スカートは無事に水の中に落ちたので、岸に近付こうとした。
子どもの頃にエタンセル伯爵家の領地にある川で良く水遊びをしていたので、実は私は泳げるのだ。けれど、大抵の貴族令嬢は泳げないと思う。
それに、スカートを外すという知識がなかったら、あのまま沈んでしまったはずだ。
ここは人気も少なく、悲鳴をあげたからと、すぐに人が来てくれる訳ではない。
ゆっくりと岸に向かって泳ぎながら私は命の危機を乗り越えたのだと、ほっと安心していた。
その安心が、いけなかったのかもしれない。いきなり右足が引き攣れるようにして痛み、水中で足がつってしまったのだと理解した。
「ああっ……痛いっ……っいやあっ」
私は懸命に泳いで岸に辿り着こうとするけれど、足がつって痛みが尋常ではない。悲鳴があげてばしゃばしゃと悶えてしまった。
その時に、ばしゃんっと水音がして、力強い腕が腰に巻き付いた。
「アーロンっ……」
「ブランシュ。足がつってしまったのか。大丈夫か? とにかく、岸の上に上がろう」
アーロンは私を岸に上げると、私のつってしまった足に応急処置を施した。ぐうっと丸まってしまった足はゆっくりと元の形へと伸ばされ、段々と痛みが軽減して来た。
アーロンは私が急に居なくなってしまったことを、何も責めなかった。
ドレスのスカート部を水中に落としてしまった下着(ドロワーズ)姿の私に、これでは足が見えてしまうといけないからと、着ていた上着を脱いで絞り巻き付けてくれただけだ。
……優しかった。これまでと、同じように。
「アーロン……ごめんなさい」
話も聞かずに走り出してしまったのは、それが本当にショックでどうしようもなかったからだけど、それは私の問題で……アーロンに責任がある訳ではなかった。
「ブランシュ。もう何も気にしなくて良い。それより、このままでは風邪を引いてしまう。馬車へ戻ろう」
足をつった時に暴れて靴も水の中に落としてしまった私を見て、アーロンはすぐに横抱きにした。
「アーロン。私……どうしても、貴方に聞きたいことがあるの」
真剣な問いかけに、アーロンは神妙な表情になり頷いた。
……私だって邸に帰ってから、落ち着いて話せば良いと思った。
けれど、この機会を逃せばまた何も言えないままになってしまうと、何故かそう思って居た。
あれは、アーロンの子を身ごもったと嘘をつきキーブルグ侯爵家に入り込んだサマンサだった。さきほど水に沈み行く私を観察する目は酷薄で、これまで私の知っている彼女であるとは思えなかったけれど……。
スカートは無事に水の中に落ちたので、岸に近付こうとした。
子どもの頃にエタンセル伯爵家の領地にある川で良く水遊びをしていたので、実は私は泳げるのだ。けれど、大抵の貴族令嬢は泳げないと思う。
それに、スカートを外すという知識がなかったら、あのまま沈んでしまったはずだ。
ここは人気も少なく、悲鳴をあげたからと、すぐに人が来てくれる訳ではない。
ゆっくりと岸に向かって泳ぎながら私は命の危機を乗り越えたのだと、ほっと安心していた。
その安心が、いけなかったのかもしれない。いきなり右足が引き攣れるようにして痛み、水中で足がつってしまったのだと理解した。
「ああっ……痛いっ……っいやあっ」
私は懸命に泳いで岸に辿り着こうとするけれど、足がつって痛みが尋常ではない。悲鳴があげてばしゃばしゃと悶えてしまった。
その時に、ばしゃんっと水音がして、力強い腕が腰に巻き付いた。
「アーロンっ……」
「ブランシュ。足がつってしまったのか。大丈夫か? とにかく、岸の上に上がろう」
アーロンは私を岸に上げると、私のつってしまった足に応急処置を施した。ぐうっと丸まってしまった足はゆっくりと元の形へと伸ばされ、段々と痛みが軽減して来た。
アーロンは私が急に居なくなってしまったことを、何も責めなかった。
ドレスのスカート部を水中に落としてしまった下着(ドロワーズ)姿の私に、これでは足が見えてしまうといけないからと、着ていた上着を脱いで絞り巻き付けてくれただけだ。
……優しかった。これまでと、同じように。
「アーロン……ごめんなさい」
話も聞かずに走り出してしまったのは、それが本当にショックでどうしようもなかったからだけど、それは私の問題で……アーロンに責任がある訳ではなかった。
「ブランシュ。もう何も気にしなくて良い。それより、このままでは風邪を引いてしまう。馬車へ戻ろう」
足をつった時に暴れて靴も水の中に落としてしまった私を見て、アーロンはすぐに横抱きにした。
「アーロン。私……どうしても、貴方に聞きたいことがあるの」
真剣な問いかけに、アーロンは神妙な表情になり頷いた。
……私だって邸に帰ってから、落ち着いて話せば良いと思った。
けれど、この機会を逃せばまた何も言えないままになってしまうと、何故かそう思って居た。
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