上 下
30 / 60

30 後悔②

しおりを挟む
「よし、殺そう。罪状は、十分なはずだ。貴族の家での窃盗、貴族の子の母を騙る詐欺師への幇助。そして、兄の妻にまで手を出そうとした。万死に値する」

「御意」

 アーロンとクウェンティンの間で、再度繰り返されたヒルデガード死刑宣告に、私は慌てて止めに入った。

「待ってください! 駄目です! 殺さないでください!」

「何故……殺してはいけないんだ。ブランシュ。兄の俺が言うのもなんだが、ヒルデガードは、これからも我が家の邪魔にしかならない。あれを生かしておけば、必ず俺たちに不利益を与えるはずだ」

 これは、アーロンの言う通りだと、私だってそう思う。

 けれど、両親を亡くしているアーロンにとって、ヒルデガードは唯一血の繋がった兄弟だと知っていた。

 私だって……肉親のエタンセル伯爵である父に言いたいことは、沢山ある。

 死んでしまえば、もう話すこともわかり合う事も二度と出来なくなってしまう。

「アーロン。お願いですから、たった一人の弟を殺さないでください。死んだ人は、もう二度と戻らないのですから。血の繋がった弟を殺してしまって、貴方に未来に後悔して欲しくありません」

 言い終わってから食堂はしんとして静かになり、私はなんだか急に恥ずかしくなってしまった。

 若い時からアーロンは軍人として生きていた訳だから、殺す殺されるの世界に生きていたと思うし、子どもじみた説教をしたと思われてしまったかも知れない。

「……わかった。ブランシュの言う通りにしよう。ありがとう。俺の今後も、考えてくれて」

 アーロンは、大人だ。

 私はこの時、そう思った。自分とは違うけれど、私の意見を受け入れ、肯定してくれる。

「いえ……差し出がましい真似をして、申し訳ありませんでした」

「謝らなくて良い。そろそろ城へ行く。ブランシュは、ゆっくり休んでいてくれ。クウェンティン。妻を頼んだぞ」

「かしこまりました」

 時計を確認してからアーロンは慌ただしく出勤し、澄ました顔をしたクウェンティンに私は聞いた。

「あの……クウェンティン……仕事しては、駄目? 暇で暇で、死にそうなの」

 これまでキーブルグ侯爵家の当主として忙しく書類仕事をしていたせいか、これからは貴婦人として優雅に生活しろと言われても無理があった。

 あの案件がどうなっているか、その後が気になって堪らないものもあるのに……。

「駄目です。奥様。先ほどお聞きになったでしょう。旦那様のご指示です」

 無表情でしらっと切り返され、私は珍しく食い下がった。

「黙っておけば、わからないでしょう。お願いだから、クウェンティン」

「奥様は僕を含め、何人かの使用人の仕事を奪われるおつもりのようですね」

 真面目な執事の言い分には何も言い返せず、私は黙って朝食を食べるしかなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻のち愛人。

ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。 「ねーねー、ロナぁー」 甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。 そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。

記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。

ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。 毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

旦那様に離婚を突きつけられて身を引きましたが妊娠していました。

ゆらゆらぎ
恋愛
ある日、平民出身である侯爵夫人カトリーナは辺境へ行って二ヶ月間会っていない夫、ランドロフから執事を通して離縁届を突きつけられる。元の身分の差を考え気持ちを残しながらも大人しく身を引いたカトリーナ。 実家に戻り、兄の隣国行きについていくことになったが隣国アスファルタ王国に向かう旅の途中、急激に体調を崩したカトリーナは医師の診察を受けることに。

一年で死ぬなら

朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。 理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。 そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。 そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。 一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

処理中です...