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24 死んだはずだった夫②
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「縁は既に切った。殺されないだけ感謝しろ。お前の願いは、一切聞かぬ。さっさと出て行け。ああ……この女も居たな。誰だ? お前の女か?」
……なんですって? そこに居たのは、先日元気な男児を出産したばかりのサマンサだ。
だからこそ、私はキーブルグ侯爵家はこれで大丈夫だろうと、そう安心して出て行くつもりだったのに……どういうことなの? この女性サマンサは、夫アーロンの愛人ではなかったの?
「やっ……やだ。お忘れではないですか? 私は以前、アーロン様にお会いしたことがあって、泥酔された時に一夜を共にして妊娠したんです!」
サマンサは笑いながらしなを作ってアーロンに言ったけれど、不快そうな表情の彼は鼻で笑った。
「そんなことが……ある訳がない。あいにく、俺は酒が強くてね。これまでに酔い潰れたことなど一度もないと言い切れる。行きずりの女と一夜を共に過ごした記憶どころか、お前と会って話したこともない。ああ。死んだと聞いて、詐欺師が上手く取り入れると踏んだか。クウェンティン。不毛な言い合いは終わりだ。この二人をさっさと、つまみだせ!」
「御意」
アーロンの言葉にクウェンティンは胸に手を当てて返事をして、使用人に目配せをした。
「まっ……待ってください! 私は! 私は詐欺師ではありません!」
「兄上! 酷いよ! 話を聞いてくれ!」
なおも言い募ろうとしていたヒルデガードとサマンサは、数人の使用人に取り押さえられた。大きく息をついた不機嫌そうなアーロンは部屋へ戻ろうとしてか、こちらを振り返って私を見つけた。
まさか、ここに私が居るとは思っていなかったのだろう。とても、驚いているようだ。
「ああ……ブランシュ。どうした。疲れていたのではないのか?」
アーロンがゆっくりと近づいて来て、何故か私は逃げ出したくなった。
……彼さえ生きていてくれればと、訃報が届いた一年ほど前から数え切れぬほどに思ったのに。
今ここに、そのアーロンが居るのに……それなのに、なぜだか怖いのだ。
アーロンは話に聞いた通り、精悍で美形な顔を持つ男性で、その体は逞しく鍛え上げられ頼れそうだ。
私のことを、きっと守ってくれるだろう。そんな彼が、ただ距離を縮め近づいて来ただけなのに、私は泣きそうになった。
……どうして? 望み通りに、夫アーロンはこうして帰って来てくれたのに。
「あの……本当に、アーロン……様なのですか?」
今日初対面だというのに、いつも心の中で彼を呼んでいるようにアーロンと呼びそうになった私は慌てて敬称を付けた。
「ああ……留守の間、随分と不安にさせたようだ。本当に悪かったよ。何もかも説明するから、俺の部屋に戻ろうか」
アーロンは私の手を握り歩きだそうとして、立ち止まり、私の手と自分の手を見比べた。
彼の大きな手には、赤い血が付いてしまっていた。
「あ、これは……汚してしまって、ごめんなさい」
……いけない。赤い長手袋を身につけていたから、自分も気が付かなかった。
包帯を巻いていたけれど、傷口が開き血が滲んでしまっていたのだろう。義母に鞭を打たれた時の怪我の赤い血が、アーロンの手を汚してしまっていた。
「これは……何か、怪我でもしたのか?」
アーロンは心配そうな表情で、私の手袋を取り、訝しげな表情で取れかけていた包帯をめくった。
「……クウェンティン! クウェンティン! 俺の妻の手を鞭で打った奴は誰だ! さっさと教えろ……殺してやる!」
悪鬼のごとく戦場を駆け抜け、自軍を勝利へと導く血煙の将軍。アーロン・キーブルグは、そう呼ばれていると知っていた。
けれど、こんなにも恐ろしく、迫力のある男性だとは……。
生きて帰って来た夫の鼓膜を破りそうなほどに覇気ある怒声を、間近で初めて聞いた私は、本日二度目の気絶をしてしまった。
……なんですって? そこに居たのは、先日元気な男児を出産したばかりのサマンサだ。
だからこそ、私はキーブルグ侯爵家はこれで大丈夫だろうと、そう安心して出て行くつもりだったのに……どういうことなの? この女性サマンサは、夫アーロンの愛人ではなかったの?
「やっ……やだ。お忘れではないですか? 私は以前、アーロン様にお会いしたことがあって、泥酔された時に一夜を共にして妊娠したんです!」
サマンサは笑いながらしなを作ってアーロンに言ったけれど、不快そうな表情の彼は鼻で笑った。
「そんなことが……ある訳がない。あいにく、俺は酒が強くてね。これまでに酔い潰れたことなど一度もないと言い切れる。行きずりの女と一夜を共に過ごした記憶どころか、お前と会って話したこともない。ああ。死んだと聞いて、詐欺師が上手く取り入れると踏んだか。クウェンティン。不毛な言い合いは終わりだ。この二人をさっさと、つまみだせ!」
「御意」
アーロンの言葉にクウェンティンは胸に手を当てて返事をして、使用人に目配せをした。
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「兄上! 酷いよ! 話を聞いてくれ!」
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まさか、ここに私が居るとは思っていなかったのだろう。とても、驚いているようだ。
「ああ……ブランシュ。どうした。疲れていたのではないのか?」
アーロンがゆっくりと近づいて来て、何故か私は逃げ出したくなった。
……彼さえ生きていてくれればと、訃報が届いた一年ほど前から数え切れぬほどに思ったのに。
今ここに、そのアーロンが居るのに……それなのに、なぜだか怖いのだ。
アーロンは話に聞いた通り、精悍で美形な顔を持つ男性で、その体は逞しく鍛え上げられ頼れそうだ。
私のことを、きっと守ってくれるだろう。そんな彼が、ただ距離を縮め近づいて来ただけなのに、私は泣きそうになった。
……どうして? 望み通りに、夫アーロンはこうして帰って来てくれたのに。
「あの……本当に、アーロン……様なのですか?」
今日初対面だというのに、いつも心の中で彼を呼んでいるようにアーロンと呼びそうになった私は慌てて敬称を付けた。
「ああ……留守の間、随分と不安にさせたようだ。本当に悪かったよ。何もかも説明するから、俺の部屋に戻ろうか」
アーロンは私の手を握り歩きだそうとして、立ち止まり、私の手と自分の手を見比べた。
彼の大きな手には、赤い血が付いてしまっていた。
「あ、これは……汚してしまって、ごめんなさい」
……いけない。赤い長手袋を身につけていたから、自分も気が付かなかった。
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悪鬼のごとく戦場を駆け抜け、自軍を勝利へと導く血煙の将軍。アーロン・キーブルグは、そう呼ばれていると知っていた。
けれど、こんなにも恐ろしく、迫力のある男性だとは……。
生きて帰って来た夫の鼓膜を破りそうなほどに覇気ある怒声を、間近で初めて聞いた私は、本日二度目の気絶をしてしまった。
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