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19 義母の訪問①
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「ええ。私もブランシュを心配していたのよ。嫁いだ先で夫がいきなり亡くなってしまうなんて、夢にも思っていなかったものだから。レナードも心配していたわ……貴方に社交が出来ているかとね」
義母グレースは嫁いで一年近くにもなろうとしている私の元へ、突然先触れもなく訪れると、無表情のままでそう言った。
「ご心配して頂いて、ありがとうございます。お義母様」
冷たい口調や視線などを見るに、彼女の言葉通り、私を心配などしているはずなどない。
けれど、私は嬉しそうな声を出して、礼を口にするしかなかった。
いつものように喪服を着て顔にもヴェールを付けている私のことを、目を眇めて見る義母は、この目に映るもの、何もかもが気に入らないと言わんばかりだった。
これまでにエタンセル伯爵である父と義母は、私の嫁いだキーブルグ侯爵邸には訪れたことがなかった。
アーロンよりお金を貰い持参金なしという条件で嫁ぐことは許されたけれど、それからは私は肉親でもなんでもないと考えていたのだろう。
「ブランシュ。この前、ハンナに会ったそうね」
「はい。夜会で、偶然会いました……ハンナは本当に可愛らしくて、すぐに結婚相手が決まりそうですね」
これを聞いて、義母が前妻の娘である私を思い出した理由を理解することが出来た。
きっと、あの時に会ったハンナが私の話をしたから、私を思い出し、自分もこうして会いたくなったのだろう。
「ええ。貴方も侯爵家に嫁いだのだから、豪華な生活をしていると思ったら……そうでもないのね。その喪服も、そろそろ寒いのではなくて?」
私が着ている黒い喪服を、グレースはじろじろと観察していた。無遠慮で失礼な態度だけど、彼女に注意出来るはずもない。黙って耐えるしかなかった。
彼女の言う通りに三着喪服を作ってから、私はそれを着まわしていた。
本来ならば未亡人とは言え、常に喪服で居なければいけないということではない。
執事クウェンティンは新しいドレスを作れば良いと何度も何度も言ってくれたけれど、私は肌着を何着か新調しただけで贅沢するつもりはなかった。
そもそも、キーブルグ侯爵家に嫁ぐまでハンナのおさがりを着ていたし、私は贅沢する方法も知らない。
それに……もうすぐ再婚して出て行く予定のキーブルグ侯爵家のお金なんて、自分勝手に使えるはずがないわ。
「ええ。そろそろ、一年前に亡くなった夫の喪が明けますので……」
歯切れ悪く言った私の言葉に、義母は手に持っていた扇を開いて、興味なさそうに言った。
「ああ。確かそうだったわね。ここ一年は、大変だったでしょう」
労いの言葉を掛けられても、この義母は絶対にそうは思っていないと理解してしまえるのも、複雑な気持ちを抱いた。
言葉を言葉通り、受け取れない……それに、義母グレースはいつ機嫌を損ねてしまうかもわからず、私は常に怯えなくてはいけなかった。
「はい。ですが、良い使用人に恵まれましたので……」
これは、嘘偽りのない事実だ。
当主アーロンが居なくて嫁いでそうそうに未亡人になった私を支えてくれたのは、クウェンティンを始めキーブルグ侯爵邸で仕える使用人たちだった。
慣れない私の至らぬ点も、慣れている彼らが居たからなんとかなったという部分も多い。
「そう……ああ。本当に良い庭ね。帰る前に、見ても良いかしら?」
「はい。お義母様。どうぞ」
義母グレースが、癇癪を起こさずに帰ってくれた……先程からしくしくと痛んでいる胃の辺りを片手で押さえながら、私は義母に続いて立ち上がった。
……良かった。本当に良かったわ。
久しぶりにこうして会った義母は、私がエタンセル伯爵家に居た時よりも、だいぶ落ち着いているように見えた。
一年も経てば、人は変わってしまうのかもしれない。
良きにつけ悪しきにつけ。
庭を歩く義母が唐突に立ち止まり、道に落ちていた鋏を持ち上げた。きっと庭師が落として忘れてしまった物だろう。
「お義母様、それは私が……」
「ブランシュ! 私が怪我をしてしまうところだったわ! これを落とした庭師を、ここに呼びなさい!」
いきなり大声で怒鳴り付けられ、私は心臓がぎゅうっと絞られるような感覚を思い出した。
……ああ。この人が、変わるはずなんてなかった。私は一体何を、勘違いしていたのだろう。
義母は私が使用人と上手くやっていることを知って、その関係を故意に壊してやろうと……そう思うような人なのに。
私の後に付いていたクウェンティンは、急ぎ走って年老いた庭師サムを連れて来た。
「クウェンティン。私とサムを残して、ここから立ち去りなさい」
「奥様? しかし……」
私が小声で耳打ちしたクウェンティンは、戸惑っているようだ。けれど、余計な人がここに残れば、彼らにも累が及ぶ可能性だってあった。
無関係な人を巻き込みたくない。
「良いから、行きなさい!」
初めて彼に声を荒げて命令した私に驚いたのか、クウェンティンは慌てて頭を上げた。
「奥様……かしこまりました」
私と庭師サム、そして義母のグレースのみになったその場で、怒声が響いた。
「私がこれを踏んで怪我すれば、どうするつもりだった!? そこの使用人を、お前はどうするつもりなの。ブランシュ!」
「本当に申し訳ありません。お義母様。使用人の粗相は、私の責任です。私が代理で責任を取ります」
ここで私がこう言わずに、義母にサムを引き渡すことになれば、彼は死んでしまう。
公爵家出身の義母は、それが許される大きな権力を持っている。
義母は私にこう言わせるために、使用人の粗相を探していたのだ。
それは、私だって理解していた。けれど、広い庭を剪定しなければならない庭師が、何か落とし物をするなんて、良くあることだ。サムは悪くない。
義母グレースは嫁いで一年近くにもなろうとしている私の元へ、突然先触れもなく訪れると、無表情のままでそう言った。
「ご心配して頂いて、ありがとうございます。お義母様」
冷たい口調や視線などを見るに、彼女の言葉通り、私を心配などしているはずなどない。
けれど、私は嬉しそうな声を出して、礼を口にするしかなかった。
いつものように喪服を着て顔にもヴェールを付けている私のことを、目を眇めて見る義母は、この目に映るもの、何もかもが気に入らないと言わんばかりだった。
これまでにエタンセル伯爵である父と義母は、私の嫁いだキーブルグ侯爵邸には訪れたことがなかった。
アーロンよりお金を貰い持参金なしという条件で嫁ぐことは許されたけれど、それからは私は肉親でもなんでもないと考えていたのだろう。
「ブランシュ。この前、ハンナに会ったそうね」
「はい。夜会で、偶然会いました……ハンナは本当に可愛らしくて、すぐに結婚相手が決まりそうですね」
これを聞いて、義母が前妻の娘である私を思い出した理由を理解することが出来た。
きっと、あの時に会ったハンナが私の話をしたから、私を思い出し、自分もこうして会いたくなったのだろう。
「ええ。貴方も侯爵家に嫁いだのだから、豪華な生活をしていると思ったら……そうでもないのね。その喪服も、そろそろ寒いのではなくて?」
私が着ている黒い喪服を、グレースはじろじろと観察していた。無遠慮で失礼な態度だけど、彼女に注意出来るはずもない。黙って耐えるしかなかった。
彼女の言う通りに三着喪服を作ってから、私はそれを着まわしていた。
本来ならば未亡人とは言え、常に喪服で居なければいけないということではない。
執事クウェンティンは新しいドレスを作れば良いと何度も何度も言ってくれたけれど、私は肌着を何着か新調しただけで贅沢するつもりはなかった。
そもそも、キーブルグ侯爵家に嫁ぐまでハンナのおさがりを着ていたし、私は贅沢する方法も知らない。
それに……もうすぐ再婚して出て行く予定のキーブルグ侯爵家のお金なんて、自分勝手に使えるはずがないわ。
「ええ。そろそろ、一年前に亡くなった夫の喪が明けますので……」
歯切れ悪く言った私の言葉に、義母は手に持っていた扇を開いて、興味なさそうに言った。
「ああ。確かそうだったわね。ここ一年は、大変だったでしょう」
労いの言葉を掛けられても、この義母は絶対にそうは思っていないと理解してしまえるのも、複雑な気持ちを抱いた。
言葉を言葉通り、受け取れない……それに、義母グレースはいつ機嫌を損ねてしまうかもわからず、私は常に怯えなくてはいけなかった。
「はい。ですが、良い使用人に恵まれましたので……」
これは、嘘偽りのない事実だ。
当主アーロンが居なくて嫁いでそうそうに未亡人になった私を支えてくれたのは、クウェンティンを始めキーブルグ侯爵邸で仕える使用人たちだった。
慣れない私の至らぬ点も、慣れている彼らが居たからなんとかなったという部分も多い。
「そう……ああ。本当に良い庭ね。帰る前に、見ても良いかしら?」
「はい。お義母様。どうぞ」
義母グレースが、癇癪を起こさずに帰ってくれた……先程からしくしくと痛んでいる胃の辺りを片手で押さえながら、私は義母に続いて立ち上がった。
……良かった。本当に良かったわ。
久しぶりにこうして会った義母は、私がエタンセル伯爵家に居た時よりも、だいぶ落ち着いているように見えた。
一年も経てば、人は変わってしまうのかもしれない。
良きにつけ悪しきにつけ。
庭を歩く義母が唐突に立ち止まり、道に落ちていた鋏を持ち上げた。きっと庭師が落として忘れてしまった物だろう。
「お義母様、それは私が……」
「ブランシュ! 私が怪我をしてしまうところだったわ! これを落とした庭師を、ここに呼びなさい!」
いきなり大声で怒鳴り付けられ、私は心臓がぎゅうっと絞られるような感覚を思い出した。
……ああ。この人が、変わるはずなんてなかった。私は一体何を、勘違いしていたのだろう。
義母は私が使用人と上手くやっていることを知って、その関係を故意に壊してやろうと……そう思うような人なのに。
私の後に付いていたクウェンティンは、急ぎ走って年老いた庭師サムを連れて来た。
「クウェンティン。私とサムを残して、ここから立ち去りなさい」
「奥様? しかし……」
私が小声で耳打ちしたクウェンティンは、戸惑っているようだ。けれど、余計な人がここに残れば、彼らにも累が及ぶ可能性だってあった。
無関係な人を巻き込みたくない。
「良いから、行きなさい!」
初めて彼に声を荒げて命令した私に驚いたのか、クウェンティンは慌てて頭を上げた。
「奥様……かしこまりました」
私と庭師サム、そして義母のグレースのみになったその場で、怒声が響いた。
「私がこれを踏んで怪我すれば、どうするつもりだった!? そこの使用人を、お前はどうするつもりなの。ブランシュ!」
「本当に申し訳ありません。お義母様。使用人の粗相は、私の責任です。私が代理で責任を取ります」
ここで私がこう言わずに、義母にサムを引き渡すことになれば、彼は死んでしまう。
公爵家出身の義母は、それが許される大きな権力を持っている。
義母は私にこう言わせるために、使用人の粗相を探していたのだ。
それは、私だって理解していた。けれど、広い庭を剪定しなければならない庭師が、何か落とし物をするなんて、良くあることだ。サムは悪くない。
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